ハロウィン・ラプソディ -2
特殊メイクアーチストの卵だというイルカの知り合いは、二つ返事でトンガリ耳を作る事を了承してくれた(らしい)。曰く、自分も勉強になるから、と。 でも、その人が快く引き受けてくれたのは、頼んだイルカの人徳じゃないかな、とオレは思っている。 オレは、その人が勉強しているという工房に一人で出掛けていった。 特殊メイクで耳を作るにしても、一度オレの耳の型を取らなきゃいけないからだ。 その工房は、電車で三駅ほど離れた場所にあった。 あらかじめ、教えてもらった住所で検索して地図をプリントしてきたから、それほど迷うことなく工房に着く。 工房は五階建てのビルで、その一階が特殊メイクの会社。二階が教室になっているのだそうだ。 扉を開け、中に居た人に声をかける。 「失礼します、はたけといいますけど。ヤマトさんって方、いますか?」 四十代くらいのおじさんが作業中の手を止めて顔を上げ、愛想よく笑った。 「ああ、聞いているよ。そこの階段、上がって。二階にいるから」 「あ、はい。ありがとうございます」 言われた通り二階に上がり、最初に目に入った若い男の背中に声をかける。 「こんちはー。ヤマトさん、いますか?」 その男はバッと振り返り、満面の笑顔になった。 「押忍ッ お久し振りです、カカシ先輩ッ!」 ………あ? センパイ?? こんな後輩、いたっけか? オレ。 「ボクですよ、先輩! ほら、前に空手道場でご一緒した………」 あ! とオレの脳裏に甦る、数年前の記憶。 「………もしかして、ボンサイッ?」 凡才、じゃなくて盆栽。 中一で趣味が盆栽だというジジくせ…いや、渋い趣味を持っていたヤツだ。んで、あだ名が『ボンサイ』。 「………山門テンゾウです」 ああ、そうそう、テンゾウだ。 …確か山門って書いて、ヤマト。ヤマトテンゾウ。名前もジジ…いや、渋い。 『ヤマト』ってイルカに聞いた時は、コイツの事だなんて全然思わなかったわ。 「やー、久し振りじゃない。お前もこっちに出てきてたんだー」 「出てきたって言いますか。親の都合で、中三ん時こっちに転校したんです」 「へえ、そうだったんだ。しっかし、でかくなったねー、見違えたわ。元気だったか?」 ちょっと見ただけじゃわからなかったよ。何せ、その空手道場で会った当時、コイツは中学一年生だった。 それから六年。中一からの六年って月日は、すでに成人した大人のそれとはわけが違う。激変する成長期だからな。 テンゾウはニコリと笑った。 「おかげさまで」 「……あれ、でも何でイルカのヤツ、お前だって言わなかったんだろう」 テンゾウの笑みが苦笑に変わった。 「ボクとカカシ先輩が同じ道場にいたのって、すごく短期間だったでしょう? イルカ先輩は、カカシ先輩がやめてからボクが道場に入ったのだと、勘違いしているんじゃないでしょうか」 ああ、そうかもな。オレは中二で道場やめているから。中一で道場に入ってきたコイツとは、ほんの少しの間しか一緒に稽古していない。 それでもお互いに覚えていたのは、組み手の相手を何度かしたり、道場の掃除の担当場所が同じだった所為だろう。(イルカの担当は違う場所だった) 「イルカ先輩はボクにも、同居している友人がハロウィンの仮装に特殊メイクで耳を作ってくれる人間を探しているんだ、としか言いませんでしたよ。お話を伺っているうちに、あ、これはカカシ先輩のことだと気づいたんです。先輩達、仲良かったですものね」 「ああ、うん。ま、腐れ縁ってやつかな。……でも、お前とイルカが連絡取りあってたなんて、知らなかったよ」 「いえ、イルカ先輩には少し前に偶然お会いしたんです。…あれは新宿の駅だったかな。それで、携帯の番号とメアドだけ交換して。その時、特殊メイクのことも言ったんだと思います」 「ふぅん…そっか」 そんな話、聞いてなかったけど。 まあ、オレ達だってお互い、その日あった事を逐一報告しあっているワケじゃないしな。 田舎の空手道場で一緒だったヤツに偶然会ったなんて話は、夕メシ作っている間に忘れてしまってもおかしくはない。 「お前はまだ、空手やってんの?」 「高校までは部活でやってたんですけど。大学に入ってからは、特に。…自己鍛錬はやってますけどね。カカシ先輩こそ、もう全然やってないんですか?」 「うん。…オレは何だかああいうの、性に合わないって言うのかね。……ま、自衛と言うか、護身術と言うか。ある程度、闘い方を知りたかっただけだったから」 「そうだったんですか。…必要に迫られて、だったんですね」 このテンゾウという男は、案外鋭いのかもしれない。その当時のオレの環境や境遇のことなど、詳しくは知らないはずだが、オレの今の言葉から、ある程度察したみたいだな。 オレは肩を竦めてみせた。 「まー、そーゆーコト」 「でも…ええっと、もっと年上の…ガイ先輩でしたっけ。…カカシ先輩がやめた時、残念がって大騒ぎだったんですよ。才能あるのに、もったいないって。いいライバルになったのにって」 ははは、とオレは乾いた笑いで応えた。 「………そりゃあ、彼の見込み違い。…オレはあんな暑苦しい男のライバルなんかごめんだもの」 あの暑苦しい男が、今はやはりこっちに出て来ていて、中学の教諭をやっているんだって事は………まあ、言わなくてもいいか。もうイルカが教えているかもしれないし。 「かわいそうに〜。ガイ先輩、片想いだったんですねー」 「そういうセリフを大真面目で言わないでよ。…それよりえっと、耳の型を取るんだろう?」 「あ、ハイ。じゃあ奥の教室に行きましょう。先生に使用許可はもらってますから」 テンゾウは先に立って歩き出す。 「ボクは、短期の初心者コースの受講生だったんですけど。やり始めたら面白くて。プロコースを受講し直しているんです。でもまだプロじゃないですし、頂くのは材料費だけで結構ですから」 「いや、そーは行かんでしょう。結構手間掛かるんじゃない? 前に、テレビで見たよ」 「そのお気持ちだけで。…というか、ボクからもお願いしたいんですが。耳だけじゃなくて、メイク全部任せてもらえませんか? ハイ、このイスに座ってください」 オレはイスに腰をおろしながら「は?」と聞き返した。 テンゾウ君は、眼をきらきらと輝かせている。 「カカシ先輩、昔道場でお会いした時も、なんか綺麗な人だなーって思ってたんですけど。久しぶりにお会いして、やっぱ綺麗…いえ、前よりも色気も加わって、とてもソソられる人になったなー、と!」 ち、ちょっとヤバくね? コイツ。 オレは一旦座ったイスから思わず立ち上がり、逃げの態勢に入った。 そのオレの反応に、テンゾウは慌てたように手をバタバタと振る。 「あ! すみません。変な言い方して。誤解しないでください。ええと、その…芸術的な眼で見て、ということです。失礼な言い方になりますが、凄くいい素材なんです、先輩」 「………オレが?」 ハイ、とテンゾウは頷いた。 「どんな人間でも、特殊メイクを施せば別人に仕立て上げられます。…でも、素材を生かしたアートとなりますと、やはりその素材の良し悪しがありますから。その点、先輩は細身で背が高くて、手足のバランスがいいし、なんと言っても雰囲気のある人ですから」 特殊メイクの素材として褒められるってのは、喜んでいいのか悲しんでいいのかよくわからんな。 しかし、テンゾウ君は大真面目だ。 オレはイスに座り直した。 「えー、何となくわかった。…そもそも、頼んだのはこっちだし。……どうやら、やりたいメイクの方向性があるみたいだから、任せるよ」 「ハイッ! ありがとうございます。お任せください!」 テンゾウ君はオレの髪をヘアピンで留め、耳の中にスポンジで栓をして、サランラップで耳の周囲をカバーした。 そして何やら、べとべとねとねとしたモノ(これで型を取るんだろう)を耳に塗りつけていく。 サランラップでカバーしたのは、そのべとべとが髪につかないようにとの配慮らしい。耳栓ももちろん、耳の中にべとべとさんが侵入しない為だ。 「………あれ? でもテンゾウ、オレが何に仮装するか聞いてるの?」 オレは、イルカに『トンガリ耳』しか言ってないような気がする。具体的なこと、言ったっけ? 「え、トンガリ耳にするんですよね。トンガリ耳と言ったら、あれでしょう! エルフ。ロード・オブ・ザ・リングって映画に出てくるような、エルフですよね」 ええっ………エルフ、だあ? 「やー、先輩ってば美形だし、絶対に似合いますよねー。顔立ちが日本人離れしているから、映えますよ。眼も深いブルーアイだからカラコン必要ないし」 カラコン…カラーコンタクトか。 ホントは、真っ赤なカラーコンタクトでも入れれば、悪魔っぽくていいよな、とは思うんだが。 あれは眼に悪いらしいって噂を聞くからなー………何せ、片方はもう殆ど視力無いんだから。近視とはいえ、無事に見えている方の眼まで損なうような危険は冒したくはない。 …………じゃなくて。 「似合うとか言ってもらってて悪いんだけど、オレ、エルフとかじゃなくてさぁ、悪魔っぽい感じに仮装出来ればいいやって思ってたんだよ。耳を本格的に作れば、他はそんなに凝らなくてもいいかなって。一点豪華主義みたいな仮装だけど」 えっ? とテンゾー君は驚いたような顔で声をあげた。 「エルフじゃないんですかぁ?」 「………うん。少なくともオレは、そっち路線は考えてなかった」 そーですかー、とテンゾウはさも残念そうなため息をつく。 「ごめんなー、そういうキレイ系は、なんかナルシーっぽくて気恥ずかしいじゃない」 「そんなものでしょうか。………あ! でも、悪魔ってのもいいですね! それ、やりますよ、ボク! メイク、やらせてください。今、イメージ湧きました!」 テンゾウのおメメが再びきらきらと輝く。 「そうだ、悪魔のシッポも作りましょう! 耳、ピアスつけていいですか? ええと、それからご希望なら牙も作りましょうか」 おおお、急にノリノリになったぞ、こいつ。 「う、うん…ピアスはOKだけど……悪魔シッポも出来ればあったらいいと思う。でも、牙とかつけちゃうと、モノ食いにくくない? それに、予算も上がっちゃうでしょ」 「んー…そうですねえ…やり方によっては、安い材料でも作れますけど……仰るとおり、飲み食いはしにくくなるかもしれません。せっかくのハロウィンパーティで飲食に気を遣うなんて嫌ですよね。わかりました、じゃあ耳とシッポがメインってことで。…衣装はどんなの着ますか?」 「そーだな〜………黒のフェイクレザーパンツに、上も黒っぽいのでいいかな、と思ってた。服は手持ちので済ませようかと」 「わかりました。その服、一度見せてください。やるからには、完成度の高さを目指しますよ!」 オレは何だかその勢いに気圧されてしまって。 気づいたらコクコクと頷いていたのだった。 |
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大学生編でも、やっとテンゾウ登場。 2010/11/17 |