CROSS-OVER U
3
まだ四歳のチハヤは、事態がうまく呑み込めていない風だったが、兄のチドリは、どうやら自分達はとんでもない状況に陥っているのだと、気づいているようだ。 父親に酷似しているのに父親ではない『イルカ』に、母親によく似ている『カカシ』という男。混乱して当たり前だ。 イルカは、心細そうな子供達に同情した。 腹に温かいものを入れれば少しは落ち着くだろう、と思ったのだが、あいにく食料の買い置きがあまり無い。 カカシの帰還が明日のはずだったので、今日は弁当でも買って夕飯を済ませてしまおうとイルカは思っていたのだ。 「ロクなものがなくて、ごめんな」 ラーメンが嫌いな子供はあまりいないハズだ! と、イルカは大鍋いっぱいにラーメンを作って、テーブルの上にドンッと置いた。 ラーメンはインスタントだったが、肉や野菜をあるだけ入れて、ゆで卵も添える。 森の中を歩き回った所為で、空腹だったのだろう。 カカシがお椀にラーメンを取り分けてやると、子供達は遠慮がちながら素直に食べ始めた。 「熱いから気をつけて、ゆっくり食べなさい。…食べ終わったら、少し話をしよう。………今、すっごく変だな、おかしいなって思っているだろう?」 チドリは眼を上げて、頷いた。 チハヤは歳のわりには器用に箸を使って、黙々とラーメンを食べていたが、箸を止めてカカシの顔をじーっと見つめる。 「兄ちゃん、このおじちゃん、おかぁさんよりも、おっきいおとぅさんに似ているね」 「………うん、そうだね」 カカシは、耳慣れない言い回しに首を傾げる。 「おっきい…お父さん?」 チハヤは、ウンと頷く。 「おっきいおとぅさんはねー、おとぅさんじゃないけどおとぅさんなの!」 弟の説明になっていない説明を、兄がフォローする。 「お母さんの、お父さんです。だから本当は、おじいさんなんですけど。……あんまり、おじいさんって感じじゃないものだから………」 子供達の言葉の意味を理解したカカシは、もう少しで「嘘だろう?」と叫ぶ所だった。 彼女は、父親のことなど一言も言っていなかった。 カカシも敢えて聞かなかったが、てっきり彼女も親を失い、四代目に育てられたものだと思っていたのだ。 カカシによく似た男が彼女の父だというなら、カカシ自身の父親と『同じ存在』だと思って間違いない。 二つ名を戴く希代の忍でありながら、自滅の道を辿らざるをえなかった父、サクモ。 この子達の祖父にあたる『サクモ』は、まだ生きているというのだろうか。 「………その、おじいさんも……木ノ葉の忍者?」 ううん、と子供達は揃って首を横に振った。 「おっきいおとぅさんは、こーざんおうだよ」 「あの…鉱の国で、大事なお仕事をしているんです。…すっごく偉い人なんだって、皆言っています」 カカシは、チハヤの『こーざんおう』という言葉を頭の中で反芻した。 (こーざんおう。…鉱の国で、こーざんおう……鉱山王、か! おいおい…鉱の経済の要じゃないか………) 鉱は、火の国から遠く離れた北の格式ある古い国だ。その国の経済の要を担っているということは―――おそらくは貴族階級。それも、国主に次ぐ権力者ではあるまいか。 そんな家に生まれた(はずの)彼女が、何故木ノ葉で四代目に育てられ、忍者となったのかは謎だが、彼女の生まれは、自分のそれとはだいぶ違ったものだったのだ。詳しく聞いてみたいところだが、この子供達に訊ねたところで、詳細はわかるまい。 そういえば、自分達が飛ばされた先の異世界でのイルカの父親は、健在だったと記憶している。なら、サクモが生きている世界があってもおかしくない。 忍者ではなく、木ノ葉の住人でもないのなら、尚更だ。 「………大きいお父さんは、優しい? お前達を可愛がってくれるか?」 うん、と子供達は頷いた。 「すっごくやさしい〜! おれ、大好き」 「木ノ葉に来る時は、いつも珍しいおみやげを持ってきてくれるんです。本とか、お菓子とか。………それから、色々な事、教えてくれます」 「そっか。………そりゃ、良かったな」 此処とは違う世界には、可愛い孫をその手に抱けたサクモも存在するのだ、と知ったカカシは、どこか救われたような気持ちになった。 そこでふと、カカシはある可能性に気づく。 もしかすると、彼女の母親の方も存命しているかもしれない。カカシは、とうとう自分の母親の事を父の口から聞きそびれたのだ。 「じゃあ、大きいお母さんもいるのかな。…どんな人?」 「おおきいおかぁさん………?」 チハヤはキョトンと首を傾げたが、チドリはカカシの知りたいことをしっかりと答えた。 「おばあさんは、いません。お母さんが、まだ赤ちゃんだった頃に亡くなったって、聞いています」 「そうか。………なるほど、ね」 イルカの気遣わしげな視線に気づいたカカシは、心配するな、とにっこりと微笑んでみせた。 カカシはただ、『同じ存在』であるはずの女性の事がわかれば、自分の母の事も少しだけわかるかもしれない、と淡い期待を抱いたに過ぎない。 (………バカだね、オレも。…この子達のじい様は、あくまでも彼女の父親だ。オレの父さんじゃない。………なら、母さんだって別人だろうに) それでも、その鉱山王とやらにちょっと会ってみたい、と思ってしまったカカシだった。 ラーメンを食べ終わった子供達の顔色は、先程よりもずっと良くなっていてカカシ達を安心させた。 「………さて、ハラいっぱいになったか? …じゃ、話をしよう」 カカシの改まった口調に、チドリは真面目な顔で座りなおした。 「お前達には、最初に知っておいてもらいたいことがある。…信じられないかもしれないが、本当のことだ」 カカシは、子供にもわかりやすいように言葉を選んで、平行世界について説明をした。 「………そして、今、お前たちがいるこの世界は、元々お前たちが生まれた世界じゃない。別の世界なんだ。……わかるかな。お前達は、何かが原因で別の世界に飛ばされてしまったんだ」 カカシの話を理解した証拠に、チドリの顔色がみるみる蒼褪めていった。 「じゃあ………じゃあ、僕達は? この世界に、もう一人の僕や…チハヤちゃんがいるんですか?」 「…この世界の、はたけカカシはオレだ。オレは男だから、イルカ先生と結婚は出来ないし、お前達を産めない。だからな、この世界にはチドリとチハヤはいないんだよ」 イルカは、奥の部屋から薄いアルバムを持ってきた。 「今の、カカシ先生の話の証拠だよ。………お前達のお父さんと、お母さんは前にこの世界に来た事があるんだ。…まだ、チドリ君が赤ん坊の頃にね」 イルカが広げて見せたアルバムを、子供達は興味深そうに眺めた。 そこには、父と母。そして、今目の前にいるイルカとカカシが一緒に写った写真が貼ってあったのである。 チハヤは、アルバムの中に知った顔を見つけて嬉しそうに声をあげた。 「あ、アスマおじちゃんだー。紅おねーちゃんもいるー」 写真をじっと眺めていたチドリは、やがて冷静に呟いた。 「………でもこれは、僕が赤ん坊の頃の出来事なんですよね…? …ってことは、お父さんもお母さんも、ちゃんと元の世界に戻れた…んですよね? なら、僕達も戻れる…?」 カカシは微笑んで、チドリの頭に手を置いた。 「正解。…だから、イルカ先生が言っただろう? 必ず家には帰れる。心配するなって」 イルカも微笑んで頷いてやると、チドリの緊張していた表情が、ほわりとほどけた。 「よ………かった………」 「よしよし。じゃあ、事実確認をしておくぞー。…お前達は演習場の中にいたそうだが、どうしてそんな所にいたのか説明できるか?」 カカシの質問に、子供達は顔を見合わせた。 「あの………わからないんです。僕たち、家にいたんですけど………」 兄の話に、チハヤが割り込んだ。 「おれが悪いの! 兄ちゃんは、悪くないの! …おれが、おかぁさんの部屋に黙って入ったから。………入って…おれ……イタズラしようと思ったんじゃないの。………でも………」 チハヤの言葉は、尻すぼまりになって途切れた。 「あー、ちょっと待て。……この際、後悔と反省は後だ。…いいか? 事実確認だと言っただろう? 何がいい、悪いじゃない。お前が何をして、そして何が起こったか。おじさん、怒ったりしませんから正直に言いなさい」 「………はい」 チハヤは、思い出し、思い出し、語り始めた。 一人で留守番していた時に、こっそりと母の部屋に入り込んだこと。 見た事の無い形のクナイを見つけたこと。 そのクナイに触った時、チドリに見つかって驚き、椅子から転げ落ちて――― 「兄ちゃんがあぶないって、助けに来てくれたとこまで、覚えているけど………そこから、わかんない。目が覚めたら、森の中だったの」 「クナイ? どんなのだ?」 「こんなの」 チハヤはテーブルの上に指で図を描いた。 それを見たカカシは、思わず唸ってしまった。 「………まさか………」 カカシは、腰嚢の底から四代目火影にもらった三叉クナイを取り出した。 「それって、これか?」 チハヤは、眼を丸くして頷いた。 「それ! わあ、おじさんも持ってるんだー」 カカシはガックリと肩を落とした。 「………またコレか………」 このクナイは、時空間忍術を駆使する時の目印―――座標となる呪が刻まれた特殊なものだ。 「こうなってくると、やっぱり無関係とは思えなくなってくるなー………神隠し騒動と、このクナイ」 「………………もしかして最初の、俺達が飛ばされた時にもこれ、持ってらっしゃったんですか?」 カカシはしぶしぶ頷いた。 「持っていました。…オレにとっては、御守りみたいなものだから。腰嚢の底に隠しポケット作って、いつもそこに入れているんです。………あの時は、これが関係しているとは思わなかったから………」 「いや、あれはやはり、解呪の反発がそもそもの原因でしょう。…まあ………貴方がソレを持っていたから………別世界に移動したのかもしれませんが」 「じゃあ、やっぱりコレの所為じゃないですか!」 イルカは、ピッと指を立てた。 「いや、むしろそのクナイのおかげで、俺達助かったのかもしれませんよ? あの解呪の反発によるエネルギーは、膨大なものでした。異空間に移動するには、おそらくハンパないエネルギーが要ると思うんですよ。空間移動に大方のエネルギーが消費されたおかげで、あの場は大した被害も無く、俺達も生き延びられたのでは……?」 カカシは眉間に皺を寄せた。 「そりゃあ………そうとも考えられますが………」 「実証できないので、仮説ですけどね」 チドリがそろそろ、と手を挙げた。 「ん? 何かな?」 「………僕…僕も、空間移動の術が偶然に発動したのだと思っていたんです。…お母さんの部屋にいたはずなのに、気がついたら森の中だったから。……気を失う前に、何かの術が発動したような感覚はありましたし。………でも、僕もチハヤちゃんも、空間移動の為の印はまだ知りません。チャクラも錬ってはいなかった。それなのに、床の………窓の影が、まるで術式が発動したみたいになって………もしかしたら、そのクナイで手を切った僕の血が、影に落ちたことと関係あるんでしょうか」 カカシとイルカは、呆気にとられて子供を見た。 「や………さすが、貴方……いや、かかしさんのお子さんですね………」 「咄嗟にそこまで観察していたのか。末恐ろしい六歳児だな」 「六歳で中忍になった貴方が言わないでください」 アッとチハヤも声をあげた。 「窓の影? おれも、部屋に入って見た時、ジュツシキみたいって思った………」 カカシは首を捻る。 「しかし、窓枠の影なんて、普通ただの格子だろう? 術式みたいになるか?」 チドリが、身振り手振りを加えながら説明する。 「普通の窓ではないんです。………お母さんの部屋の窓は、ええっと…普通にガラスが格子にはまってるんじゃなくて、こう、硬いので出来た葉っぱみたいにキレイな形の模様が、ガラスの上に重なってるみたいで。………鉱の国のものだって」 イルカは頷いた。 「……鉱の国は気候が厳しいので、木ノ葉のような薄いガラス窓では冬の悪天候をしのげないのだと聞いています。層を成した厚いガラスを使うのですが、複数のガラスを桟にはめるのではなく、一枚の大きなガラスを使うのだとか。ガラスの補強と保護を兼ねて、鉄製の装飾を全面に施すそうですよ」 「ウチで、その窓があるの、おかぁさんの部屋だけなの。おっきいおとぅさんが、おかぁさんにプレゼントしたんだよ」 弟の発言の足りない部分を、チドリがフォローする。 「鉱の国のお屋敷の、お母さんの部屋にある窓とそっくり同じものを、大きいお父さんが木ノ葉のお母さんの部屋にも作ってくれたんですって。…お母さんが、その窓が好きだって言ったから」 鉱山王は、孫だけでなく娘にも甘いらしい。カカシは心の中で苦笑した。 「………なるほど。そういう窓なら、雪の国で見た事がある。……そうか、あれなら複雑な模様も描けるな。差し込む太陽の角度なんかで、偶然に術式に似てしまうことも、あり得るか………」 チハヤは、不安そうに瞳を揺らす。 「………やっぱり………おれがいけなかったの………?」 「お母さんの部屋、入っちゃいけないって言われていたのか?」 チハヤは、俯いて小さく「うん」と答えた。 「………黙って一人で入っちゃいけませんって。………でも、おれ………」 カカシは、腕を伸ばしてポンポンポン、とチハヤの頭を優しく叩いた。 「ま、そのことは反省しているようだし! 全部お前が悪いってわけじゃないから、そこは気にするな。偶然が重なったんだろうからな。………今日はもう、風呂に入って寝なさい。疲れただろう」 |
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