想いのたどりつく処 −4
カカシの仕掛けた霧が晴れた時、桟橋にはガトーの躯が転がっており、再不斬と少年の姿 は既に無かった。 白を追ってきていたナルトが、どこか大人びた眼でガトーの骸と、雇い主が殺されたのを 見て我先に逃げだしていくガトーの手下達を見遣る。 「………これで良かったんか? カカシ先生………」 「…さあね。少なくとも、これで橋造りを邪魔しようってヤツはいなくなったけど」 自分の禍々しいチャクラの事等まるで覚えていないかのようなナルトは、傷ついた子犬の ような風情でカカシを見上げた。 「先生、再不斬と………アイツは………?」 「………さあ? オレは知らない」 白々しく首を傾げて見せるカカシの手にはまだ血が付着しており、胴衣にも派手に返り血 の痕、しかも足元には大量の血が生々しく飛び散っていた。カカシが平気な顔で立ってい るのだから、その血がカカシのものではないことくらい、ナルトにも分かる。 大量の血痕を複雑な顔で眺めたナルトは、「…………せんせえ………」と抗議じみた声をも らした。 「…それよりもナルト、早くサスケんとこに戻ろう」 ナルトは悲痛な顔で首を振る。 「………せんせ………でも、サスケはアイツに………」 「チャクラと気配が消えたのは、オレも感じた。…でも、まだ間に合うかもしれんだろ」 ナルトはぴょんと飛び上がった。 「えっ! 助かるかもしれないのっ? アイツ!」 カカシはナルトの頭をぐりっと撫でた。 「そ。………望みは最後まで捨てるな」 再不斬襲撃の騒ぎを聞いて駆けつけてきた環は、倒れているサスケと、その横で身も世も 無く泣きじゃくっているサクラの姿に唇を噛んだ。 (―――間に合わなかったかっ…っ…) 「せ…先生さんっ………すまん………すまん………」 呆然と立ち尽くしていたタズナが悲痛な声をあげ、その場に膝をついた。 「…貴方の所為ではありません、タズナさん」 環が静かに返すと、老人は首を振った。 「いいや…っ…本当ならこの子はこんな所に来るはずではなかったんじゃろ? ワシが依 頼内容をたばかるような真似をしなけりゃ………こ………こんな…こんな、まだ子供なの に………酷い………」 「………子供でも、サスケは忍です。………持てる力の全てで戦い、任務を全うしようと した。………忍として当然のことをしたまでです」 そう言いながら、環はサスケの身体を素早く調べた。確かに呼吸が止まり、脈拍も無く、 死んでいるように見える。 ―――だが、これは。 「………もしかしたら………」 環は、サスケの首に刺さっていた千本を慎重に抜く。 明らかに、意図的に急所を外してあった。 (やっぱり。………まさか、わざと仮死状態に………? 何故そんな真似を………) 「…せ、先生………サスケ君…っ…サスケ君が………」 サクラは涙でぐちゃぐちゃになった顔で環を見上げる。 「大丈夫、サスケは死んではいない。今、息を吹き返させるから」 「ほ…本当っ? 先生!」 「嘘ついてどうする。…サクラは、包帯を用意しなさい」 「は、はいっ………」 ごしごしっと乱暴に手の甲で顔をこすり、サクラは立ち上がった。 環は気休めなど言わない。彼が大丈夫と言うなら、大丈夫なのだろう。 それでも、死んだようにしか見えないサスケの顔を見ると、また涙があふれそうになる。 サスケが死んだと思った時、サクラの胸は押し潰されそうになった。胸の中心が、誰かに 握られたかのようにぎゅうっと痛み、息もろくに出来なくなったのである。 (私の心臓………よく止まらなかったな………) 桟橋に放り出してあったカバンを取りに行き、救急キットを取り出す。消毒薬、薬草、包 帯がきちんと入っているのを確かめたサクラは顔を上げ―――思わずあげそうになった悲 鳴をかろうじて呑み込んだ。 「………うっ………」 環がサスケにキスしている―――ように見えたのである。 サクラはぶんぶんぶんっと首を振った。 (ちちちっ…違うってサクラ! あれは人工呼吸! 蘇生させてるのっ! キスじゃない から、キスじゃっ………あ、でも私もやりたかった〜っ! ううう〜っ…堂々とサスケ君 の唇を奪うチャンスだったのに〜………こんな事なら取り乱して泣いてないで、さっさと 人工呼吸すれば良かった………) やはり忍は冷静でなければ、とサクラは大きなため息をつく。 (…何で私は、大好きな男の子が男とチュウしているシーンばかり目撃しちゃうのかしら ………アホナルトとのアレは事故だし、今回のは蘇生に必要なコトだけど………トホホだ わ………) サクラは肩を落としながらトボトボとサスケの元へ戻った。 環が根気よく息を吹き込み、チャクラを流し込みながら心臓マッサージを続けていると、 やがてサスケはケホケホッと咽たように数回咳き込み、少量の血を吐き出した。 「よし、サスケ、私の声が聞こえるか? ゆっくり呼吸しろ」 サスケはぜー、ひゅー、と咽喉を鳴らし、それから大儀そうに瞼を持ち上げる。 「………せん………せ………? オレ………」 「うん、よく頑張ったな、サスケ」 環に頬を撫でられたサスケは、数秒ぼうっとした眼で空を見ていたが、自分の置かれた状 況を思い出した途端に跳ね起きようとする。 が、全身に走った痛みに、盛大に顔をしかめた。 「ううっ………」 「あ、こら、急に動くな。お前、生き返ったばかりなんだから」 やれやれ、と環は少年を抱きかかえる。 サクラはぺたん、とへたり込んでしまった。実際にサスケが息を吹き返したのを見て、安 堵で膝から力が抜けてしまったのだ。 タズナも、「良かったのう、良かったのう」と涙をこぼしている。彼の孫はサスケと二、三 歳しか違わない。そんな孫のような子供に目の前で死なれるというのは、随分と応えたの だろう。 「お、やっぱ復活したか〜、サスケ」 のんきな声と共に現われたカカシを、サクラは思わず睨みつけた。 「カカシせんせ、遅いっ!」 「ん〜? ゴメンゴメン。こっちはこっちで取り込んでてさ………」 ポリポリと頭をかいているカカシが血まみれなのに気づいたサクラはギョッとする。 「せ、先生…っ…大丈夫なのソレ…ッ」 「…あ、コレ? ヘーキ。大部分オレの血じゃないから」 ―――ということは、カカシ自身の血も混じっているということか。サクラはキュッと眉 根を寄せた。 「それより、サスケは何ともない? 途中で気配消えたから気になってたんだわ」 サスケは黙って頷いた。 代わって環が口を開く。 「理由はわからんが、どうやらサスケが闘った相手には本気でこの子を殺す気が無かった ようでな。致命的な急所を外して、仮死状態に………つまり、今この場の戦力としてのサ スケを排除したに過ぎなかったようだ」 それを聞いたカカシは、はーっと息をついた。 「そーだったんだ、それでね。………あ〜、良かった。じゃあ、あの白って子、殺さない で正解だったんだ」 環は訝しげな顔をした。 「………殺さなかっただと? じゃあ再不斬はどうしたんだ?」 「ん〜、逃げられちゃった…のかな?」 実際には故意に見逃したのだが、カカシはへらりと笑って誤魔化してしまう。 ナルトは何か言いたげにカカシを見上げたが、結局一言も言わずに口を閉じた。 ナルトはその場にいたものの、霧が濃くて何が起こっていたのか正確にはわからなかった 上、カカシと再不斬の会話もよくは聞こえていなかったのだが。 おそらくはガトーに裏切られた再不斬がそのガトーを殺し、それをカカシは敢えて止めよ うとはせず、彼らの逃亡をも阻止しなかったのではないか、という事はおぼろげながら察 していた。 だが、カカシが詳しい事を言わないでいる理由もわかるような気がして、ナルトは自分も 黙っている事にしたのだ。 「逃げられたって………お前」 「………いいじゃない。もう、タズナさんを殺そうってヤツはいないんだから」 カカシのセリフに、タズナは首を振る。 「………………そのザブザとやらがいなくなっても………ガトーがおる限り………」 「だから、もういないって」 途端、環は血相を変えた。 「カカシ! まさか、お前っ………」 カカシは「オレじゃないもん」と明後日の方を向いている。 ぷるぷると拳を震わせていた環は、やがて大きくため息をついた。 「………カカシ………報告書は私が書くんだからな。………後でキッチリと説明してもら うぞ?」 カカシは素直に頷いた。 「うん、わかってるって。後でね、後で。………ホラ、サスケもケガしてるしさ、みんな 疲れてるでしょ? 早く戻って休もうよ。…オレもまた写輪眼使ったしさ、疲れてるんだ よね。もーバテバテ」 「―――それは、好都合」 何故、その忍の接近に気づかなかったのか。再不斬達が遁走し、ガトーの手下も皆いなく なったと思い込んで、カカシらしくもなく油断が生じた。 その、僅かな隙を突いて新たな『敵』が出現したのだ。瞬時にそう悟ったカカシは舌打ち をしながら跳び退った。 「環! タズナさんを!」 「わかっているっ!」 ガトーが死ねばすべてが終わる。 そう思っていた自分の甘さにカカシは唇を噛む。まだ、タズナを狙う者がいたのか。 ―――と、新たな刺客は、タズナには眼もくれず、真っ直ぐにカカシを狙ってきた。 「こんな所で手負いの写輪眼に出会えるとはな! オレは運がいいっ」 (………狙いはオレかっ………) なら、むしろ都合がいい。タズナや子供達を狙われるよりもずっと、やりやすいというも のだ。 (どうせ、オレの首にかかっている賞金が目当てなんだろーけど。………写輪眼に雷切… ……チャクラを使い過ぎたな。…けど、再不斬クラスの忍がそうゴロゴロいるわけが無い。 さっさとケリをつけるっ…) 「血霧の忍刀七人衆が一人、鬼人再不斬がケツまくって逃げだした写輪眼のカカシを殺っ たとなりゃ、オレは大手を振って里に戻れる! 貴様の首、もらうぞ!」 カカシは小首を傾げてみせた。 「え〜? オレの首、ただの手土産なの〜? 換金すればいいお金になるのにぃ」 カカシのとぼけた物言いに、男はカァッと顔を紅潮させた。 「………っ………黙れっ…金の問題などではないわっ……」 「そう? ま、そう簡単にこの首あげる気はないけど」 今死んだら、イルカは幼い乳飲み子を抱えたヤモメになってしまう。それにまだ、チドリ の兄弟も産んであげていないのに。 (…オレが死んだら、イルカ先生は再婚しちゃうかも………なんか、嫌だな……それ) イルカの性格では、すぐに後妻を迎えるような真似はしないだろうが、いずれ子供の為に は母親が必要だと考えるかもしれない。 「………冗談じゃない」 (イルカ先生のオクサンはオレなのっ! チドリのお母さんはオレなんだからっ!) 自分の座っているあの椅子に、誰か別の女が我が物顔で腰を下ろすなど。想像しただけで も胸が悪くなる。 「カカシ先生っ! 加勢するってばよっ!」 突然、威勢よく叫んだナルトが走り出した。 「あ、バカ! 行くなっ!」 慌てて環が止めようとしたが、ナルトは聞く耳を持たない。大声でわめきながら男に突っ 込んでいく。 「カカシ先生は再不斬と闘って疲れてるんだぞっ! このヒキョーモンッ」 「忍の戦いに卑怯もクソもあるか、ガキは引っ込んでろっ!」 男は苛ただしげにナルトに向けて手裏剣を放った。 「チィッ」 イルカが、特にこの子供を気に掛けている事をカカシは知っていた。 ―――彼を、悲しませたくない。 カカシは左に構えたクナイで手裏剣を弾きつつ、右手でナルトの襟首を捕らえ、そのまま の勢いで環の方へ投げ飛ばす。 「わーっ! ナニすんだってばよ〜〜〜っっ………」 (それはこっちのセリフだ、バカたれッ!) カカシがナルトの方に注意を逸らされた一瞬。 その一瞬を男は見逃さなかった。 「カカシッ!」 その声に、瞬間的に男を真正面から見てしまったカカシは、全身が絞られるような奇妙な 圧迫感を覚えた。 (………しまっ………) 男の術に捕らわれた。 「ク………ハハハ、掛かったな…もう、遅いぞ。………貴様はただ殺すだけでは勿体無い ………」 ググ、と圧迫感が増す。 「う………うぅ………ッ」 カカシの額に脂汗が浮かんだ。指先が冷たく痺れて感覚が無くなっていく。 (………何だ………これは………何かが…吸い取られていく………ような…) 意識が朦朧としてくる。カカシの頭の奥で警鐘がガンガン鳴り響いていた。 (………………嫌………嫌だ………………) 唐突に、カカシの脳裏に浮かんだ言葉。 ………オレカラ――――――ヲ、奪ウナ………ッ……… 「貴様が持つという千の技、この霧の水無月が頂く!」 カッとカカシが目を見開いた。 「―――嫌だああああぁあ…ッ!」 カカシが投げたナルトを環が抱きとめ、そしてカカシが敵の術に捕らわれてから「嫌だ」 と叫ぶまで、時間にして十秒も無かっただろう。 環はナルトを放り出し、慌ててカカシに駆け寄った。 「カカシ!」 カカシは気を失ってグッタリと倒れている。 そしてカカシを襲った霧の忍は、眉間に彼女のクナイを受けて絶命していた。 環はカカシにそっと触れ、脈拍を確認して頭を振った。 「………何が………起きた………」 |
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白状するなら、この『波の国編』夫婦Verでは、オリキャラの環を再不斬に殺してもらう予定でした。そして、原作と同じに七班を『カカシ隊』にするつもりだったのです。………でもいてくれるとちょっと便利だから生かしておくことに。(酷) もしも、夫婦シリーズの最初の頃にテンゾウが原作に出ていたら、彼に七班の先生をやってもらっていたかもしれませんね。(その方が美味しかったな………そのうち交代してもらおーかな………) |