想いのたどりつく処 −3

 

一週間は動けないかと思っていたが、二日ほど安静にしていられたおかげで、カカシは起
きて出歩けるようになった。
それでも時々ふらつくので、用心の為杖をついている。
足慣らしの為に歩いていると、木立の中から「でやあぁぁぁっ」というナルトの雄叫びが
聞こえてきた。
「…ん〜、特訓中かな? どれどれ………」
雄叫びの方向に足を向けたカカシは、目の前の光景に唖然とする。
「………ナニやってんの? お前ら………」
「あ………カカシせんせ………」
木にもたれかかって、荒い息をついていたサクラがドロドロの顔を上げた。
「サクラ…? いったい何の修行よ」
「えっとね………チャクラコントロール………足の裏にチャクラ集めて………で、歩いて
木を登る修行。でも私達はまだそこまで余裕無いから……走って登っているんです」
なるほど、サスケとナルトはクナイ片手にチャクラを練り、勢いつけて木を駆け登ってい
る。だが吸着力のバランスを崩してナルトはすぐ足が木から離れてしまうし、サスケはチ
ャクラが強過ぎて木の表面を時々粉砕してしまっていた。木の幹を穿っているクナイの痕
は、あそこまでは登れたという印しなのだろう。
カカシは周囲を見回した。環の姿は無い。おそらく、情報収集に出ているのだ。
「………環がやれって?」
「ハイ」
(………そ…そーか、まだそんなレベルだったのか………コイツら………)
その程度のチャクラコントロールは、彼女の感覚では最低限のレベルである。カカシはガ
クリと肩を落とした。
(サスケも? サスケもなのか? んじゃあ、本格的な闘いなんてマジに無理じゃないよ。
何が写輪眼だバカタレ。……今までこいつらに最低ランクの任務しか与えられなかったの
も納得だわ………)
「で、登れるようになったの? サクラは」
「私はね。チャクラコントロールはアカデミーの頃から結構得意だったから、最初から上
の方まで行けたんですけど。………でも、持続力はまだまだ…かな。何度もやると、息が
あがっちゃって………カカシ先生はもういいんですか? 出歩いたりして」
「ん。…オレも寝てばかりだと足腰萎えるからね。…大丈夫、マジに自慢にはならんけど、
写輪眼使った後のチャクラ切れは何度も経験しているから。どれくらい回復してきている
かは自分でわかる」
男の子たちは、カカシが来ている事にも気づかずに必死で木登りを続けていた。
カカシとサクラが見守る中、ナルトが足を滑らせて盛大に落っこちてくる。受身を取り損
ねて転び、地面に頭をぶつけてかなり痛そうだ。
「ぐおおおお〜〜〜っイテェ〜ッ!」
はあっとサクラはため息をつく。
「………アンタ…そんなに頭ばっか打っていたら、アホがもっとアホになるわよ………」
「サクラちゃんってば冷てえ………あれ? カカシ先生だ。なに、もー寝てなくていいの
か〜?」
カカシはヒラ、と手を振った。
「お前に心配されるほどじゃな〜いよ。大丈夫、大丈夫」
ナルトはキランと目を光らせる。
「なーなー、カカシせんせーは手を使わないでも登れんの? 木」
「あー? ………お前、誰に訊いてんの? そんなコトも出来ない上忍なんているわけな
いでしょ」
ナルトはキョトンとした。
「…そーなんだ? そんなもん?」
「ハイハイ、じゃあ見ていなさい」
カカシは杖をつきながらゆっくりと歩き出す。そして、そのままの速度で木を垂直に登り
だした。まるで重力など関係ないかのように。
サクラとナルトはそれを見上げながら思わずため息をついた。
「………環先生と同じだってばよ………」
「………うん………やっぱ、上忍なら当然なのね………」
イルカが聞いたら、中忍でも当然だと言っただろうが、まだ『どのレベルの忍者がどんな
事が出来るのか』を漠然としか把握していない子供達には、チャクラを使っての木登りす
ら当然なのか凄い事なのかわからないようだった。
一方、周囲のことなど気にせず一心不乱に『木登り』をしていたサスケは、登っている最
中にふいにカカシの姿を眼にして思わず気を取られてしまった。
カカシは重力を無視した格好で木の幹に立ち、「おー、頑張れよー」と暢気に手を振ってい
る。
(ちょっ………何であの人がっ………)
ずるっと足を滑らせ、サスケは落下した。途中で木を蹴って宙返りし、きちんと着地した
のはさすがである。
サスケが慌てて見上げると、カカシはサスケがクナイを打ち付ける事が出来た一番上の部
分を手庇で眺めていた。
「サスケ〜、何、お前ここまでしか登れないの?」
サスケはカァッと赤くなる。
「………悪かったなっ………」
あっはっは、とカカシは笑った。
「お前、いつも力任せにぶちかましているから、微細なチャクラコントロールが出来ない
んだよ。もーちょっと落ち着け。お前なら、こんな事すぐに何でもなく出来るようになる。
もっと集中力の意味を考えて、やっきになって登ろうとするな」
「………………あ………」
サスケはパチクリと瞬きした。確かに、少しあせっていたような気がする。
眼前で物凄いカカシと再不斬の闘いを見せつけられ、今の自分の非力さを実感させられて。
サスケはフー、と息を吐いて立ち上がった。
なーなー、とナルトが声をあげる。
「カカシせんせー、オレにもアドバイスくれってばよっ!」
カカシはナルトが挑戦していた木にも眼を走らせ、苦笑した。
「お前はね、身体で覚えるタイプみたいだから、とにかく数こなせ。ああでも、足にチャ
クラ集めるぞーって事だけは忘れんようにな。自分の力を意識してコントロールする為の
集中力の訓練なんだから。後はサスケと一緒だ。ヤケクソみたいに駆け登っていてもダメ。
気持ちをもっと落ち着けろ。お前はその、落ち着きが一番足りない」
ナルトは腕組みしてムムッと唸る。
「………カカシせんせ、イルカ先生みたいな事言うってば………」
「あはは、そう? でもオレ達大人から見れば当たり前。…忍者にとって大事な部分は変
わらないんだから、問題だと思う部分が一致するのはね」
(…イルカ先生も苦労するよね〜…アカデミーなんて、こんなのがいっぱいいるんだろー
からな……)
ああ、愛しの旦那様は今何をしているかしら………と、カカシは空を仰いだ。
この任務に出発する時、とても心配そうな顔をしていた。
気をつけるように何度も言いながら、玄関でカカシを抱きしめて。そして、丁寧にキスし
て送り出してくれた。
あの温もりを思い出すと、カカシの胸は切なく疼く。
(………早く帰りたいなー………イルカ先生に逢いたい……ぎゅって抱いてもらいたい)
霧隠れの鬼人と闘った挙句、寝込んでいたなどと知ったらさぞかし心配するだろう。
(サクラ達に口止め…しても無駄か。…環がバラすよな〜〜〜う〜ん、そっと可愛らしく
頼んでみてもダメかしらん。先生に心配させたくないから、オレが倒れた事はお願い黙っ
ててって)
―――それもこれも、再不斬達ともう一戦交え、生き残れたらの話だ。
カカシはもう、再不斬が死んだとは露ほども思っていなかった。考えれば考えるほど、再
不斬が生きていると考えた方がしっくりくるのだ。
再不斬とは一度闘っているから対策も練れる。問題はあの仮面の少年だ。手配帳を調べて
も該当しそうな忍は載っていなかったが、あれは只者ではない。能力が未知数の分、カカ
シは判断に迷っていた。
いざ闘う事になった時、前と同じように自分が再不斬と戦うべきか。それとも、少年の方
を相手にすべきか。
環の能力を侮るわけではないが、相手が特殊能力を持っていた場合、やはり写輪眼を使え
る自分の方が勝率も上がる。子供達三人は、始めから戦力として数えておかない方が無難
だ。かろうじて補佐に使えるのはサスケくらいなものだろう。
(………もっと条件の悪い戦いもあったじゃないか。………大丈夫。常に最悪のケースま
で想定して策を練る。………そうすれば、生還率は上がる………)
最愛の人と、約束した。
子供達を守ると。
そして、必ず生きて還ると。
 
 

      
 
 

      
カカシは、想定し得る限りのケースに対し、策を講じていたつもりだった。
その中でも、あまり歓迎できないケースで再不斬達との戦いは始まってしまった。
まず、予想よりも襲撃が早かった。
再不斬の回復力は、カカシのそれよりもずっと早かったのだ。
そして、環がいない。
食料の買い出しに行くというタズナの娘に、護衛としてついて行ったのだ。タズナの家族
が狙われる可能性は十分考えられた。特に、女子供など恰好の人質となる。
(………護衛なら、サスケあたりに行かせれば良かったかも………)
だが、もう遅い。
カカシ+子供達3人。このメンツで戦い、勝たねば。
先日、『負けた』ことが腹に据えかねていたらしい。再不斬は、始めからカカシしか見てい
なかった。
本来の目標であるはずのタズナの事よりも、カカシと闘う方の比重が彼の中では重くなっ
ていたのだろう。もっとも、タズナを殺すなり拉致するなりするには、カカシが邪魔なの
だから、まずはその存在を排除しようとするのはしごく当然の行為だったが。
カカシは常に子供達の事を気に掛けながら、再不斬と闘っていた。
そもそも、ここまでパワーバランスの悪い小隊で戦うのは初めてだ。自分の他は、戦闘経
験も無い下忍だけ。しかも、全員まだ子供だ。
(サクラは………よし、タズナさんを護っているな。そのまま頑張れ。………サスケ達は
………ちょいとヤバイか?)
嫌な予感ほど当たるもので、お面の少年はどうやら血継限界能力者だったらしく、カカシ
も初めて眼にする術を使っていた。それでも、相対しているサスケはよく応戦している。
さすがはウチハ直系と言うべきか、極限の戦いの中で写輪眼の能力を使いこなし始めてい
るようだ。ナルトも持ち前のタフさで何度も多重影分身を繰り返し、頑張っている。
だが、カカシが見る限り、実力の差はハッキリしていた。
二対一でも、サスケ達の方が劣勢だ。
早くこの闘いの決着をつけて子供達の応援に行ってやりたいのだが、目の前の相手はそこ
まで生易しくはない。
しかも、この濃い霧。
サイレントキリングの達人である再不斬とやり合うには、分が悪かった。
視覚に頼れない分、聴覚、嗅覚、他全ての感覚を研ぎ澄ませて敵の気配を追う。
その時。
カカシの心臓がドキンと跳ねた。
(え………? 今………)
サスケの気配が、そのチャクラと共にふつりと消えたのだ。
(―――まさ、か…………………)
同時に膨れ上がる、凄まじいまでの怒気と、禍々しいチャクラ。
(…これは、ナルトかっ………こんな、時に………っ………)
ナルトのタガが外れた。
その理由は―――………
(サスケ…………ッ)
まだサスケが死んだと決めつけるのは早い。すぐに処置すれば蘇生するような状態かもし
れないのだから。
今すぐにでもサスケ達の所に駆けつけて、状況を確認したかった。
(クソ、再不斬をサクラ達に近づけさせるわけにはいかんしっ)
せめてサポートに中忍がいたら、もっと作戦の立て様もあるのだが。
(ええい、いないモンは仕方ないっ! こーなりゃ、ガキどもよりマシな応援を呼ぶっ!)
カカシは胸のホルダーから巻物を抜き出した。
火の国の中でなら血と印だけで呼べるが、ここは他国だ。巻物の術式の力を借りねば、契
約忍犬を全て召喚することはカカシでも難しい。
「口寄せ!」
口寄せされると同時にカカシの意図を汲み取った忍犬達は、各々の判断で『敵』に襲い掛
かる。
「よし、捕まえたか! 逃がすなっ!」
(今の体調で雷切は辛いが………んな事言ってる場合じゃないからね………)
チャクラを練り上げ、手の先に集中させる。
「―――覚悟、再不斬ッ」
 
 
 
 

      

      
その後の出来事は、カカシも予想外だった。
まさか、あの少年が、再不斬を庇う為に飛び込んで来るとは。
少年の必死さが、その『誰かを想う』一途な黒い眼が、瞬間誰かと重なった。
(―――せ…んせいっ………)
カカシの殺意が鈍る。だが、勢いのついた雷切は止まらない。
血が勢いよく飛び散り、少年の身体がグラリと傾いだ。
「ハク………ッ!」
再不斬は倒れていく少年を咄嗟に抱きとめる。
「白、この馬鹿野郎が…っ…白、白………ッ」
カカシの存在を忘れたかのように、再不斬は少年を抱きしめ、その名を叫んでいる。
その様子を呆然と見守るカカシの耳元では、ドクン、ドクン、ドクン、と脈打つ音がうる
さいくらい鳴り響いていた。
(………何故………オレは…………)

―――殺せなかった?

咄嗟にカカシは、軌道をずらしていたのだ。
あのままならば、確実に少年の心臓を貫いていたはずのカカシの手刀は、寸前で急所を外
した。
サスケを殺したのかもしれない敵を、おそらくは再不斬以上の強敵を屠る機会をみすみす
逃すなど―――
(………しっかりしろ、カカシ。こいつらは敵だ………今、殺さなければ………殺………)
だが、カカシの口からは別の言葉が飛び出していた。
「………まだ、やるのか………再不斬。………その子、すぐに手当てすれば…まだ助かる
ぞ………」
再不斬は驚愕の眼でカカシを見上げる。
「………カカシ………」
「お前だって、これが忍の仕事じゃないってわかってるんだろ。…確かに、オレ達は依頼
を受ければ戦争もやるし、暗殺も引き受ける。………でも、これは違うだろうが。………
お前の矜持はどうした。ガトーなんぞにいいように遣われて、それでいのか………?」
「そ………れは………っ……」
「金さえ手に入ればいいのだよ、その鬼人さんは」
いきなり、霧の向こうから中年の男の声がした。
「里を抜けた忍者に、矜持なんてあるものかね、木ノ葉の忍者さんよ」
ハッと再不斬は振り返り、苦々しげに呟いた。
「………ガトー………」
術の効果が薄れ、あれほど濃かった霧も薄れていく。
霧の向こうから現われたのは、今回の元凶である海運王ガトーだった。
「………何だ? 随分と派手にやられたようだね………そこの小僧は何だ? 死んだのか。
まったく、使えない奴らだ。鬼人が聞いて呆れる」
それは、選りにもよって、相手が木ノ葉の死神・写輪眼のカカシだったからだ、と再不斬
は心の中で毒づいた。普通の忍相手なら、白が戦いに加わるまでも無く自分だけで片はつ
いている。
まさか、橋造り職人風情の護衛任務に、木ノ葉の写輪眼が出てくるなど誰が思うものか。
「…………こんな使えない者達に払う金は無い。………もっとも、最初から払う気はなか
ったけどね。…共倒れが理想だったんだが、まあいい。ここで木ノ葉の忍者諸共、全員死
んでくれれば、それですべてが丸く収まる。何も問題は無い」
その勝手なガトーの言い草に、カカシも思わずムッとなる。
そもそも、あの中年男が悪いのだ。
町の様子を見てきたサクラが、悲しそうな顔で『小さな子供まで物乞いをしている。店に
は品物が無い。町全体がさびれて、荒んでいた』と言っていた。ガトーに逆らい、正義の
声をあげる者は惨い方法で抹殺されたと聞く。
今、再不斬と少年を倒したところで、あの男がいる限りタズナ一家に安息の日々は訪れな
いし、波の国の人々は貧しく不幸なままなのである。カカシ自身がガトーを排除するわけ
にはいかないが。
(―――何とやらは元から絶たなきゃダメってよく言うし。情けをかけなきゃいけない相
手じゃなさそ。………いいよね? 先生………)
「………ザブちゃん」
「………あ?」
「オレも部下が気になるしさ、ザブちゃんもその子、助けたいっしょ?」
「………ああ…どうやら、お前とやり合う理由も無くなったみたいだしな」
「こう霧が濃いと、なーんにも見えないよね」
カカシがス、と指を立てると、俄かにまた霧が立ち込めてきた。
思わず再不斬の背筋に悪寒が走る。
まさか、再不斬十八番の霧隠れの術までコピーされていたとは。カカシという忍の底知れ
なさに、再不斬は心の中で戦慄していた。
「………いいのか」
「オレ、何も見てないし。………この子の止血はしといてやるよ」
「頼む」
短く言い置き、再不斬は霧の中に消えた。
 
 

      

 



原作の展開を端折るだけではなく、大幅に変更。
再不斬と白が死んでないし。(………;;)
原作にある、忍という存在の矛盾した想いとか、白を道具扱いしていた再不斬が最期に『忍も人間だ。感情の無い道具にはなれない』と白の死に涙を流したシーンは切なかったですね。これが無ければ『波の国編』じゃないと思うくらい重要なところだと思います。
白の遺体と並んで横たわり、『出来るなら…お前と同じところに行きてぇなぁ』と言いながら再不斬が息絶えたところでは、不覚にも泣いてしまったくらいです。
(原作読んだ時は泣くまでいかなかったんだけど、アニメで音声がついたらもうぽろぽろと………)
―――そういう感動的なシーンをすっぱり切って変更したら怒られそうですが。
カカシが子供産んでいるような、とんでもないパラレル世界ですので、どうぞご容赦を。
 

そしてナルト。
………ごめんね、活躍シーンを悉く削ってしまって………;;
(……水牢の術のシーンが無かったのは、『波の国編』としてはどーかと思う。あの時のナルトの機転、サスケとの連携は彼らの成長を示しているのだから。………カカシ先生が捕まったところも重要ポインツ でしたよね。あの水牢が解けた時のカカシ先生は凄みがあって壮絶に色っぽかったなあ………v)

 

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