想いのたどりつく処 −26

 


カカシのすぐ後からサスケとサクラも駆けつけた為、二十人弱程度だったならず者達の捕縛は短時間で終わった。
任務外ではあったが、このまま放置は出来ない。
あらためてイルカに説明を求められたナルトは、この男達が突然イナリの小屋に押しかけてきた事、自分達を追い出そうとした事、イナリのボートを壊そうとし、またイナリに乱暴を働いた上、殺そうとした事などを身振り手振り付きで訴えた。
イルカが確認するようにイナリに目を向けると、イナリは涙目でコクコクと頷き、ナルトの袖にぎゅっとしがみつく。
イルカは縛り上げた男達を指す。
「じゃあ、コイツらの目的はわからないまま、やりあっていたんだな?」
「だってコイツらモンドームヨーって感じにズカズカーってサ」
「………わかった。直接聞こう」
イルカは、了承を取るかのようにカカシを見た。
その視線を受け、カカシは小さく頷いてみせる。この小隊の隊長は、上忍であるカカシだからだ。
イルカは男達を見回し、リーダー格と思しき男に尋問した。
「…他人の所有する小屋に押し入って、子供を脅した挙句乱暴をしただけでも十分な罪になるが。………一応、その理由と目的を聞こうか。理由如何では、情状酌量もあるかもしれんぞ?」
男達は、互いにおろおろと顔を見合わせた。
自分達の目的。
それを言うべきか、隠し通そうか、迷っているようだった。
カシャ、という金属音に、男達はビクリと身を竦ませる。
わざと音を立ててクナイを引き抜いたカカシは、円環部分に指を引っ掛けて何気なくクナイをくるくると回す。
「………イルカ先生、面倒だよ。こういう手合いに、情けは無用。しゃべりたくないなら、構わないんじゃない? 子供を襲っていた悪漢がいたので退治しました、で終わり。生かしておいても世の中の為になるとも思えないし」
イルカも真顔で、「それもそうですね」と頷いた。
「我々には、こんな事に割いている時間は無いですからね。情状酌量なんて、ヌルイ事言ってないで、さっさとケリをつけましょうか」
ナルトは、普段のイルカらしくない物言いに怪訝そうな表情を浮かべた。『盗人にも三分の理』ではないが、イルカは、何事においても先ずは事情を知ろうとするからだ。
一方、忍達が『裁判抜きの処刑』を実行する気だと悟った男達は、一様に蒼褪めた。
生かす価値の無い悪人である、と判断した者達を処刑する事に、殺しに慣れた忍者が躊躇いを覚えるとは思えない。少なくとも、彼らの『忍者』に対する認識はそういうものであった。
リーダー格の男は、慌てて叫ぶ。
「そ、そんな! まだ死罪になる程の事はやっちゃいねえ!」
カカシは、クナイをくるくると回していた手を軽く捻った。クナイは男の頭スレスレをかすめて、後ろの木に突き刺さる。
「…オレ、子供を殺そうとしたヤツにかける情けなんて持ち合わせていないんだよね」
イナリを踏みつけた男は、地面に擦りつけんばかりに頭を下げた。
「あ、あれはちょいと脅しただけっす! 本気で殺そうだなんて………」
やっとカカシとイルカの意図を理解したナルトは、そーかなあ、と半眼で男を見た。
「………マジっぽかったってばよ? なー、イナリ」
イナリはまたコクコク、と頷く。
カカシの殺意をこめた冷たい視線に、男達は竦みあがる。
所詮、ならず者止まりの悪党達だった。命を懸けてまで張り通す意地も根性も無い。ここで殺されるよりは、牢に入る方がマシだ、と観念した。
「ス、スミマセンでしたっ! 謝りますっ! 何でもしゃべります! だだだ…だから、カカカ…カンベンしてくださいっ!」
ガタガタ震え始めた男達を見て、カカシは興醒めだとばかりにため息をつく。
「………仕方ないなあ………んじゃ、一応聞いてやるからサッサと言え」
ゴク、とリーダー格の男は唾を飲み込んだ。
「お、俺らは………ちょいと、腹いせがしたかったんだ。………前まで、ここらを牛耳っていたガトーカンパニーってのがあっただろう。ソコが、兵隊を集めているって聞いて………結構いい報酬も出るって話だったし、こりゃあ旨い汁が吸えそうだと………なのに、来てみりゃガトーは誰かに殺された後。カンパニーの財産一切も国に没収されたらしいじゃねーか」
「………あてが外れて、気の毒な事だな」
「同情することないってばよ、サスケ」
サスケを睨むナルトを、サクラが小突いた。
「…皮肉よ、おバカ」
ゴホン、とイルカは咳払いして男を促した。
「で? それで何を企んだ?」
「………忌々しいことに、町は完成した橋の落成式の準備で浮かれきっていた。………だから、その落成式を滅茶苦茶にしてやったら、ちったぁ気も晴れそうだと………」
「具体的に、何をする気だった」
「橋を………爆破して………壊してやろうと………」
苦難を乗り越え、やっと完成した希望の橋。
それを落成式に破壊されたら、波の国の人達はどれ程気落ちするだろう。
「ボクのじいちゃんが、すっごく苦労して………ううん、皆で頑張って作った橋を!」
イナリの声が、怒りに震えた。自分が乱暴された事よりも、その企みの方が許せなかった。
「だからこそ、だよ。………だから壊すんだ。壊されても誰も何も感じない物を壊したって意味ねえだろーが、坊主。大騒ぎになってもらわなきゃ困るんだよ。………橋を落とした後は、ドサクサにまぎれてガトーの貯めこんだお宝でもかっさらって逃げようって算段だったんだから」
クス、とカカシは笑いを漏らした。
「………お前らはバカだが、狙いは悪くない。ガトーとかいう男も、そうすれば良かったんだ。橋を完成させてから壊す。…町には、何度も橋を作り直す財力など無い。人々の精神面にも大きなダメージが与えられる。………忍を雇って、あのジイさんを殺すよりも効果的だ」
「………カカシさん」
イルカの窘めるような声に、カカシは肩を竦めた。
「………悪い」
橋を落とすのは、戦では常套手段である。カカシにすれば当然の戦略だが、戦争をやっているわけではない以上、それは戦略でも何でもない、ただの犯罪行為だ。落成式の最中に橋が爆破されたら、どれだけの死傷者が出たかわからない。
ナルトが声をあげた。
「んじゃ、イナリの小屋を分捕ろうとしたのは?」
男は面倒そうに答えた。
「………………アジトだよ。単に橋に近く、人目につかない所で、爆薬の準備をしようと思っただけだ」
フ、とイルカは息をついた。
「………俺達に感謝して欲しいくらいだな。橋の爆破で死人が出たら、お前らの罪は極刑ものだったはずだ。………これ以上、聞く事も無いな。…サスケ、スマンが町の自警団に連絡してくれ。コイツらを引き渡す」
「わかった」
サスケが駆けて行く後姿を見送ってから、イルカはカカシに向き直った。
「………ところでカカシさん、何故ここに?」
カカシは少し決まり悪そうに視線を逸らす。イルカに橋の所にいてくれと言われていたのに、勝手にこちらに来てしまったからだ。
「ええと………何となく、こっちが気になったから追っかけて来た。ゴメン。………橋の周辺を調査しようにも、今は人が多過ぎて邪魔だし」
イルカはにこ、と微笑む。
「いい勘です、カカシさん。現場を調査するよりも、こちらの方が有益な情報が手に入る可能性が出てきました」
「どういう事?」
イルカは、捕らえてある忍を指差した。忍はまだ意識を失ったままだ。武器忍具一切を取り上げ、木に縛り付けてある。
「………あの男、先日貴方を襲った例の奴の仲間のようです。…偶然、このならず者達に助っ人を頼まれていたようで」
カカシは眼を一瞬見開く。
「………なるほど」
チラ、とカカシはならず者達に眼をやった。
「やはり、行動してみるものだな」

サスケが自警団の青年達を連れて戻ってくるのに、十分とかからなかった。
自警団の代表らしき青年は、深々とイルカ達に頭を下げる。
「話は聞きました。タズナさんのお孫さんを護ってくださった上、橋を破壊するというとんでもない企みを未然に防いでくださって、本当にありがとうございました」
「いや、我々も、完成した橋が壊される所など、見たくはありませんから。…その男達への裁きは、お任せします」
「…わかりました。…まったく、その企てが実行されていたら、どんな被害が出た事か………考えただけでも恐ろしい」
青年は、縛られているならず者の一団を忌々しげに睨んだ。
「ではまた、後ほど改めて御礼をさせて頂きます。………行くぞ、皆」
ならず者達は観念したのか、大人しく連行されていった。
ホッとナルトは息を吐く。
「………そういやイナリ、ボートは? 壊されなかったか?」
イナリも、男達の姿が見えなくなった事でやっと安心したようだ。ニッコリ笑ってナルトを見上げる。
「ん…ちょぴっとね。でも、大丈夫。シッカリと留めてなかった所が外れただけだと思うから」
少年のケガを目敏く見つけたのはサクラだった。
「ちょっと、イナリ君ケガしてるんじゃない?」
「え? あ、ホントだ! 腕とかヒザとか、血ぃ出てんぞ、イナリ」
サクラとナルトに心配そうに覗き込まれたイナリは、赤くなって首を振る。
「小屋から蹴り出された時にちょっと転んだだけだよ。ヘーキだって!」
「ナルト」
イルカに呼ばれたナルトが振り返る。
「…何? イルカ先生」
「その子を、家まで送ってやれ。…かすり傷だからって、甘く見ない方がいい。ちゃんと手当てしないとな」
ナルトよりも先にイナリが声をあげた。
「一人でも帰れるよ、ボク。小さな子供扱いしないでよ」
小屋から家までは通い慣れた道だ。いつも、一人で往復しているのだから。
サクラが腰に手を当て、首を振る。
「別に、アンタが一人で帰れないほど小さな子だなんて思ってないわ。ただ、こんな事があったすぐ後に、一人でなんて帰せないだけよ! 私が送っていくわ。タズナさん達に、色々と説明しなきゃいけないし………先生、いいでしょう?」
物事の要点を押さえ、順を追ってわかりやすく、かつ伝えるべき事と、伏せておくべき事をわきまえた話をさせるなら、ナルトよりもサクラの方が適任だ。
「うん、そうだな。…頼む、サクラ」
「じゃ、帰りましょう、イナリ君」
「う…うん」
有無を言わせないサクラの迫力に、イナリは逆らいきれずに頷いた。
「あ!」
いきなり大きな声をあげたナルトを、皆が一斉に振り返る。
「………いきなり何よ? ナルト」
サクラが怪訝そうな顔でナルトを睨んだ。
「ゴメン、サクラちゃん…ちょっと待って………」
ナルトは背嚢を下ろし、中をゴソゴソと探る。
「あったあった! 良かった〜、壊れてないってばよ」
ニカッと笑ったナルトは、背嚢から何か小さなものをつかみ出して、ほいっとサクラに見せた。その手のひらで、綺麗な玉がキラキラと光っている。
「これ、イナリがくれたんだけどさ。こういうの、サクラちゃん好きだろ? だから…」
「そ、それはっ!」
ナルトの声を遮って叫んだのは、意識を失っていたはずの霧の忍だった。
即座に、イルカが反応する。
クナイをピタリと男の咽喉下に押し付け、低い声で「あれがどうした?」と問い質した。
男は咄嗟に視線を逸らす。
「な…何でも無い。………逆光で見間違えた」
「………ふぅん?」
カカシは額当てを押し上げた。紅い写輪眼を見た男は、明らかに狼狽する。
が、次の瞬間ニヤリと笑った。
「………写輪眼のカカシ。お前、記憶が無いだろう」


 

 



 

 

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