想いのたどりつく処 −25

 


腕がジン、と痺れる。
振り下ろされた棍棒を寸でのところで止めたナルトは、男を睨みつけた。
「………何、すんだってばよ」
「…このガキ。生意気なマネをしやがって」
ここで、この小屋の中で暴れたら、イナリのボートだけではなく、小屋そのものが壊れる。
猪突猛進な行動でいつも環やサクラに怒られているナルトにも、それくらいの分別はあった。
第一、影分身を駆使して戦うには狭過ぎる。
先ずは、この悪者達を外に追い出さなくては、とナルトは唇を舐めた。
(………扉…くらいなら壊れても直せる…よな?)
「ナマイキって何だよ。そっちこそ、ワケわかんねーマネしやがって。…ガキだと思ってナメてんじゃねーってばよ!」
言うが早いが印を結び、二体の影分身を出現させて、扉付近にいた男達三人にいっせいに飛び掛る。勢いで扉の蝶番は吹き飛び、ナルトと男達はもつれ合うように外に飛び出した。
外に、更に十人以上の男達がいるのを見たナルトは、『悪者』の数は二十人前後とあたりをつける。
ナルトの分身攻撃に、小屋の中に取り残された男達は一瞬呆気にとられたが、すぐに後を追いながら叫んだ。
「気をつけろ! そいつァ、忍者だぞ!」
先に外に追い出された男の一人が体勢を整えながら叫び返す。
「だが、たかが一匹だ!」
ヘッとナルトは笑った。
「あいにく、一人じゃねーんだよ、オレは」
その時。
森の中から、しわがれた声が響いた。
「………分身の術か。…しかも、個々で違う動きをする………ということは、影分身。年齢の割に難易度の高い術を使う」
明らかに、小屋に押し入って来たならず者達とは違う雰囲気の声音に、ナルトは一瞬固まる。
「…だが、分身には違いない。…分身は本体に比べて衝撃に弱い」
次の瞬間には、ナルトの分身は音を立てて消えた。―――いや、消された。
攻撃を避けて跳んだナルトは、着地と同時にクナイを構える。
「誰だっ!」
目の前の空間が陽炎のように揺らぎ、男が一人、姿を現わした。
「………霧の、忍だよ………小僧。…その額当ては、木ノ葉だな………もしかして、先だって再不斬とやりあった奴らのうちの一人………か」
ナルトの表情が変わった。
この男は、知っている。
鬼人再不斬が、カカシと闘ったことを、知っている。
「………あの、ヒキョーもんの仲間かよ」
男は冷静に応えた。
「卑怯者、とはどちらの事かね? 鬼人か? それとも、水無月の事か?」
「………みな、づき………?」
「覚えが無いか。………木ノ葉の写輪眼を見つけた。しかも、再不斬とやりあった後で手負いだ。これは千載一遇のチャンスだ…と、式を飛ばしてきたきり、連絡がつかなくなったのだがな」
ナルトはギリ、と奥歯を噛み締める。
やはり、あの男の仲間だ。カカシの記憶を奪った、あの男の。
「やっぱり、ヒキョーもんの仲間だな」
「ヤツは、どうなった」
「………あんなヤローに、カカシ先生が負けるワケねーだろ」
ふむ、と男は目を眇める。
「なるほど、やはり返り討ちか。………愚か者が」
吐き捨てるように呟く男に、ナルトは不快感を隠せなかった。
「テメー、仲間じゃないのかよ」
あの、カカシに襲い掛かってきた男は赦せるものではないが、この男の言葉は死んだ『仲間』に向けられるものとは思えない。
「仲間と言えば、仲間だな。…こうして、地元のならず者に接触してまで消息を追う程には」
忍者同士の対峙に呑まれ、一時身動きが取れないでいた男達が、ようやく我に返ったように叫ぶ。
「あんたっ! こんな時の為にカネ出して助っ人を頼んだんだぞ!」
「そのガキ、片付けてくれ!」
ふう、と霧の男はため息をつく。
「………わかった。まだ、下忍なりたてのようなヒヨッコを殺るのは気が進まんが…契約は契約だ」
ナルトは、ドキンドキンと早鐘を打ち始めた心臓をなだめながら、必死に落ちつこうとしていた。
ただのチンピラのような連中だけなら、自分一人でも何とかなると思っていたが、事態が変わった。
この忍のランクはわからなかったが、下忍などではないのは確かだ。
(―――やるっきゃねえってか!)
サスケも、環も、カカシも、イルカもいないのだ。ここは、自分一人で頑張るしかないのだから。
冷静さを欠くとうまくチャクラを練れないのはわかっていたので、ナルトは努めて呼吸を整えようと、息を吸う。
(………こんな時………先生なら………サスケなら………)
―――どう、動くか。
ハッと、ナルトはイナリの存在を思い出した。
小屋に一人、置いてきてしまった。小屋にはまだ残りの男達がいる。少なくとも、分身の一体はイナリの傍に残しておくべきだった。
眼くらましに大量の影分身を作ろうと、急いで印を結びかけたところに霧の忍と名乗った男が斬りかかってきた。
「させんよ、小僧。術は大したものだが、発動までがトロい!」
「………クソッ………」
ナルトには『影分身』という武器があったが、如何せん戦闘における経験が足りなさ過ぎた。本気でこちらを殺しに掛かってくる、敵の忍と一対一で闘うのは初めてと言ってもいいくらいなのだ。
(どうしたらいいんだってばよ………どうしたら………)
一瞬、ナルトの頭の中はパニックを起こす。
そこへ、「ナルト兄ちゃん!」と、イナリの切羽詰った悲鳴が聞こえた。
ナルトが振り返ると、まさにイナリが小屋から蹴り出されるところだった。小さな身体が宙を飛び、地面に叩きつけられる。
「イナリ!」
「このガキ、ナマイキに逆らいやがって。頭、スイカみてぇに叩き割ってやる」
うつぶせに転がったイナリの背中を踏みつけ、忌々しげに吐き捨てた男は棍棒でコンコン、と少年の頭を小突く。
「うぅ…ッ」
イナリの顔が、泣きそうに歪んだ。
「やめろ!」
ナルトが怒鳴った時、一陣の風が吹いた。
木の葉がザアァッと音を立てて舞い、その場にいた者全員の視界を一瞬撹乱する。
瞬間的に眼をつぶってしまったナルトの腕に、ドサリと何が投げ込まれ―――反射的にそれを受け取ったナルトが眼を開けると、そこにはキョトンとした表情のイナリがいた。
「ナルト! その子を守れ!」
その声に視線を返すと、ナルトの背後では既に霧の忍とイルカが闘い始めていた。
「イルカ先生!」
「…なるほど、本当に『一人じゃなかった』んだな」
男は、イルカのクナイを避けて跳ぶ。
「イルカ先生! ソイツ、カカシ先生を襲ったヤツの仲間だ!」
ナルトの叫び声を聞いたイルカの表情が変わった。
「………わかった」
これは、思わぬ手掛かりかもしれない。『犯人』が死亡している以上、もうカカシに掛けられた術に関する情報を得るのは難しいと思っていたが―――
(…わざわざ、波の国まで来た甲斐があったか………)
「………木ノ葉の中忍か………」
男は口の中で呟くと、ス、と忍刀を構えた。
イルカも慎重にクナイを構える。
「…アンタは、霧隠れの者か。…こんなチンピラ達に雇われているとは、落ちたものだな」
ジリ、ジリ、と互いに間合いを計る。
「あいにく、仕事を選べるほど余裕が無くてね」
「ソイツは気の毒に」
おそらく、この男は里の正規の依頼を受けて、ここにいるわけではあるまい。抜け忍か、それに近い状況なのだとイルカは推測した。大方、金に困って用心棒でも引き受けたのだろう。
こういう手合いは、依頼人に義理立てなどしない。金は欲しがるが、命を懸けてまで仕事をしようとする者は稀だ。
他里の忍とやりあうのが面倒になって、逃げてしまう可能性もある。それだけは阻止したかった。
殺さず捕らえ、情報を引き出さなくては。
イルカと霧の忍が睨みあっているすぐ傍で、ナルトもまたならず者達と対峙していた。
イルカが加勢に来たことで、状況は変化している。
ならず者達にとっては、あまり歓迎しない状況に。
彼らの眼に焦燥が現われていた。助っ人に頼んだ忍者は、黄色い頭の子供が『先生』と呼んだあの忍者の相手をするので手一杯だろう。
もしも、あの黒髪の忍者が強かったら―――今度は自分達の方が危ない。
リーダー格の男は、仲間に目配せをした。
それを受け、男達の眼がギラリと光る。
大人の忍を相手にするよりは、子供のナルトの方が何とかなるだろう、と彼らが思うのは当然だ。
その剣呑な雰囲気に、イナリは怯えた。
「………に、兄ちゃん………」
「大丈夫だ、イナリ」
ナルトはイナリを背後に庇った。
(…オレは先生の言う通り、イナリを守る事に集中すればいい…!)
ナルトは、落ち着きを取り戻して印を結んだ。
「多重影分身の術!」
一斉に現われた大勢のナルトに、男達は度肝を抜かれた。
ナルトが分身の術を使うのはわかっていたが、せいぜいが二体程度だと思っていたのだ。
「げえっ!」
「何だ、コイツッ」
「キモ………ッ」
ナルトは口元を引き攣らせた。
「…ビビるだけならまだしも………キモイだってぇ?」
どれだけ必死になってこの術を覚えたと思ってやがる、と拳を握る。
「だぁれがキモイんだコラァッ!」
ナルトは影分身を駆使し、男達に向かって突進していった。今度はイナリの傍に影分身を残す事も忘れない。
一人、二人と殴り倒し、取り押さえる事に成功するが、男達の中には棍棒や武器を振り回して簡単にナルトを寄せ付けない者もいた。
棍棒を避けきれず、分身が数体消えてしまう。そのスキに森の中に逃げていく男達に気づいたナルトは歯噛みした。
「ちっくしょ!」
―――と、森の中に逃げ込んだはずの男達が、突然吹っ飛ばされたように転がり出てきた。
「………へ?」
ナルトが眼を丸くしていると、森の中からカカシがのんびりと現われる。
「………突然殴りかかってくるから、咄嗟にぶっ飛ばしちゃったんだけど………良かったのかな?」
ナルトはパッと笑顔を浮かべた。
「ナイスだってばよ! カカシ先生!」
カカシは少し首を傾げて男達を眺める。
「…コイツら、何よ?」
カカシの質問に、ナルトは簡潔に答えた。
「悪モン」
「………悪者かあ。…んじゃ、遠慮なくシメていいわけね」
ス、と眼を細めたカカシに男達は息を呑んだ。本能的に、自分達が敵う相手ではないとわかったのだろう。狼狽し、冷や汗をかきながら後ずさる。
思いがけない人物の登場に驚いたのは、ならず者達だけではなかった。
カカシの名を聞いた途端、イルカと対峙していた忍の表情が変化した。
「カカシだと…?」
男の注意が一瞬、カカシの方へ逸れる。その隙を、イルカは見逃さなかった。
はじめから狙っていた通り、男の顔面中央へ渾身の拳を叩き込む。そして、瞬間無防備になった腹へ続け様に一撃を加えた。
鼻っ柱と鳩尾を強打された男は、たまらずに膝をついて喘ぐ。
イルカは容赦なく男の即頭部にダメ押しの蹴りを入れ、昏倒させた。
頼みの忍が倒されたのを見たならず者達は、なりふり構わず逃げ出す。だが、それをただ黙って見ているカカシとナルトではなかった。
 

 

 



 

 

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