橋の袂では、落成式の準備が進められていた。
それを見たカカシは、眉を顰める。
「………人の出入りが激しいな………」
これでは、術の痕跡など追えるかどうか。
式典のメインは、橋の真ん中で行われるという話だったが、こちら岸とあちら岸の両方がお祭り状態になっているので、とにかく人が多いのだ。
「あの辺りか? サクラ、サスケ」
イルカが確認すると、二人は同時に頷いた。サクラが補足する。
「戦闘があったのは、橋から二つ目の天幕の周辺よ」
「一応、行ってみましょう」
イルカに促され、カカシは歩き出す。
その忍服姿の二人を、人混みから見ている男達がいた。
男達は、小さな声で何やらコソコソと囁きあいながら、人混みを抜けていく。
「………バレたのか?」
「いや、単に用心の為に雇われたんじゃねーか?」
「フン、慌てるコトはねえか。こっちにだって助っ人はいるんだ」
「とにかく、皆に知らせようぜ。またよその忍者共が来ているってな」
その頃、ナルトはイナリに引っ張られて森の中に来ていた。
木登り修行をやった、あの森だ。
「ボート作ってんじゃねえのか? イナリ。ここ、森じゃねーか」
「やだな、材料は森で拾うんだぜー? 兄ちゃん。水辺に運ぶのは、出来あがってからさ」
それもそうか、とナルトは頷いた。
「じいちゃんが昔使ってた、森の作業小屋を使わせてくれてるんだ。道具も全部じいちゃんが貸してくれてさ。………ホラ、あそこ」
イナリが指差す先には、少々古ぼけてはいたが、十分使用に耐える大きな小屋があった。
「へえ、こんなとこに小屋があったんだなー。前の時は気づかなかったってばよ。結構でっかい小屋じゃん」
「兄ちゃんは、木に登るのに夢中だったもんな」
「ム………ま、まーな………アレは集中力が勝負だったから、しょーがなかったってばよ。でもさ、今じゃ木もカベも足だけで楽勝で登れるよーになったんだぜ。天井に逆さまに立つ事も出来るしよ」
ふーん、と曖昧な相槌を打ちながら、イナリはポケットから鍵を出す。
「ボクには出来ないけどさぁ。…ソレって、スゴイの? えーと、忍者として」
「ん〜? そう言われるとな〜………忍者としては、まだ基礎の術なんだってイルカ先生には言われちまったけど。でも、アカデミーではそんな訓練しなかったから、これは下忍になって初めて出来る術ってコトなんだってばよ」
「なんかサ〜、忍者って大変そーだよねー」
おう、とナルトは大きく頷く。
「イナリもわかってんじゃねーか。そうそう。タイヘンなんだぜ〜?」
イナリは鍵穴に鍵を刺しこみ、ふとナルトを振り返った。
「………ナルト兄ちゃんさ、何でそんな大変な忍者になった………なろうと思ったの?」
「ん〜? そうだなあ。オレ、気がついたら忍の里にいたしさ。…他になりたいものも無かったし。………つーか、よくわかんねーうちにアカデミーに入ってたから、もう忍者になるのが当たり前〜………みたいな?」
ナルトの返事に、イナリは脱力する。
「そ………そーなんだ………」
「でもよ、何でそんなコト訊くんだ?」
イナリはガチャガチャ、と鍵を回す。
「だってさー、忍者って大変で、いっぱい頑張らなきゃいけないみたいじゃん。ナルト兄ちゃんってさ、めんどくさいこととか、勉強とかキライそーな感じに見えるんだもん」
年下の少年に、図星を指されたナルトは唸った。
「ううう。………うーん、オレ身体使った修行は好きなんだけどよ。………実を言うとさ、勉強はやっぱ、苦手なんだってばよ。難しいコト言われるとワケわかんねーし。…オレってば頭悪いんかなー、やっぱ。…サクラちゃんにも、いっつもバカって言われちまうし………サスケの野郎にもいっつもドベとかウスラトンカチとか………」
急にションボリとしてしまったナルトを、イナリは驚いた顔で振り返った。
「ど、どーしたの? 兄ちゃん。………あ! あのね、ボクは兄ちゃんのことバカって言ったわけじゃないんだよ? あの………」
ナルトは、どよん、と顔を上げた。
「………あ…ウン、わかってるってばよ。………でもやっぱオレってば、バカなだーって改めて思っちまっだだけ。………オレがバカやった所為で………カカシ先生にケガさせて…………」
記憶を、失わせる結果となった。
その件に関してナルトに責任があるわけではないと、環や三代目は言ってくれたが、「そうか」と気楽になれるほど、ナルトも単純ではない。
実際にカカシに術をかけたのは敵の忍だが、ソイツに術を掛ける隙を与えてしまったのは、自分が飛び出したせいだと―――………
「………オレの、所為なんだ」
表情をくもらせてしまったナルトを、イナリは不安げに見上げる。
「あの、でもさ………カカシ先生って、綺麗なお姉さんが迎えに来て、先に帰っちゃった銀色の頭のお兄さんだよね? さっき、一緒に来てたよね? もうケガ、治ったんだろ?」
カカシが記憶を失っていることは、出来るだけタズナ一家には知らせないでおこう、とイルカに言われているのを思い出したナルトは、曖昧に頷いた。
「ん………ケガ、は…だいぶ良くなったみてぇ………」
「じゃあ、そんなに気にしないでも………」
今度は首を横に振る。
「ケガが治ったからいいとか………そういう問題じゃねえんだ」
「あの先生、怒っているの? 兄ちゃんのこと、嫌いになっちゃったの?」
「いや………怒られてもいねえし、嫌われたとか、そんなんでもねえよ」
いっそのこと、お前の所為だと怒られた方が、ナルトにとってはマシかもしれなかった。カカシは、誰の所為で自分が記憶を失ったのかすら覚えていない。
「よく、わかんないけど………元気出してよ、兄ちゃん。そうだ。ボクの宝物、見せてあげるね。すっごくキレイなんだよ!」
イナリに気遣われていることに気づいたナルトは、慌てて「や、ダイジョーブだってばよ!」と笑って見せた。
「それより、ボート、見せてくれんだろー?」
うん、と大きく頷いたイナリは先に立って小屋に入る。
「ホラ、これ。まだ、作りかけなんだけど」
ナルトは、イナリの指差した物体を見て首を捻った。
「………イナリ。………コレってば、ボートっつうんか………?」
舟のことには疎いナルトにも、それはあまりボートには見えなかった。
強いて言うなら、イカダ。
イナリは赤くなって、バタバタとむやみに手を振り回す。
「ほ、本格的なボートは、イロイロ難しいんだよ! まずは、木材に触ったり、道具の扱い方を覚えるコトが大事なの!」
「そっか。…よくわかんねーけど、舟を作るにもイロイロと段階があるってコトか?」
イナリは勢い込んで頷いた。
「そう! そーなんだよ。にーちゃんだってさ、いきなり天井に逆さ立ち出来るよーになったワケじゃないだろ?」
それもそうだ、とナルトも納得する。
「だな。いきなり色んなコトは出来ねえよな。…それに、コレだって独りでここまで作るのは大変だよな、きっと」
自分の苦労を察してくれたナルトの言葉に、イナリは嬉しそうに笑った。
「そー言ってくれんの、兄ちゃんだけだよー」
そう言いながら、イナリは部屋の隅にあった箱をゴソゴソと探る。
そして、ナルトの目の前に「ホラッ」と何かを取り出して見せた。
「キレイだろー? さっき言ってた宝物!」
イナリの小さな両手の掌に、水晶玉のようなものが載っていた。
透明で、よく見ると中に様々な色彩に輝く無数の粒子がキラキラと漂っていた。
「………すっげ。何だこれ、キレイだなー。こんなん初めて見る。………宝石ってやつ?」
「わかんない。でっかいビー玉にも見えるし」
「ビー玉かー…」
ナルトは、しげしげとその『でっかいビー玉』を覗き込んだ。子供の拳ほどもあるその球体は、ビー玉と言うには大きかったが。
「……なあ、イナリ。これ、サクラちゃんにも見せてやってくれねえ? サクラちゃん、こういうキレイなのが大好きなんだ」
「サクラお姉ちゃん、ビー玉が好きなの?」
「うん。前も任務の最中に拾ってた。…ソレは結局、落とした子が見つかってさ。その子に返していたけど」
イナリは、自分のビー玉をじっと眺めていたが、やがてニカッと笑ってそれをナルトに差し出した。
「これ、兄ちゃんにあげるよ」
「え? でも、これお前の宝物だろ?」
「うん。だから、あげるんだ。どうでもいいものじゃ、あげる意味ないじゃん。…あのさ、兄ちゃんさ、サクラお姉ちゃんのコト好きなんだろー?」
ナルトはボンッと音を立てそうな勢いで赤くなった。
「なななっ………何でソレを………っ」
イナリ少年は、にやにやと笑う。
「そんなん、見てればわかるって〜。でも、片想いなんだろ?」
「よ、余計なお世話だってばよ! 何でいきなりそんなコト………」
「ニブイなあ、兄ちゃん。だからサァ、これ、兄ちゃんからサクラ姉ちゃんにプレゼントしたらって言ってんの! 絶対ポイント高いって!」
オマセな少年が、ほら、と差し出したビー玉もどきを、ナルトは反射的に受け取る。
「………そりゃ、サクラちゃん喜びそう…だけど、マジいいのか?」
「いいって。…兄ちゃんはさー、ボクと母ちゃんの命の恩人だもん。これくらい、何でもないよ。…それに元々、ボクも拾ったもんだから、気にしないでもらってよ」
ナルトの掌で、その玉はキラキラと綺麗に光っている。
「………わかった。ありがとーだってばよ、イナリ」
ナルトは丁寧に玉を背嚢にしまった。
その時。
バン、といきなり小屋の扉が開いた。
反射的に振り返ったナルトとイナリが眼にしたのは、数人の胡散臭い風体の男達が、無遠慮に小屋の中を眺め回している姿だった。
ナルトは、咄嗟にイナリを背後に庇う。
「なっ…何だってんだってばよ、お前らっ!」
男達は、今気づいたという顔で少年達をジロッと睨みつけた。
「………ふん、ガキの遊び場には勿体ねえ、いい小屋じゃねーか。………お前ら邪魔だ。出て行け」
「勝手に入ってきて、何言ってんだよ! ここは、ボクとじいちゃんの作業場だぞ!」
憤然と叫ぶイナリを、ナルトは手で押しとどめた。
「…お前ら、ここに何の用があるってんだ」
「ガキにゃ関係ねえよ。大人しく出て行きゃ、痛い目も見ないで済むぜ」
他人が所有している小屋に断りも無く押し入ってきた挙句に、子供を脅して追い出そうとする輩が『マトモな人間』のワケがない、コイツらは悪人だ、と判断したナルトはそっと体内でチャクラを練り始めた。
(…相手は、忍者じゃない。何人いようが、多重影分身ならやれる………いや、オレがやんなきゃ! イナリと、この小屋を守る!)
ズカズカと小屋に入ってきた男の一人が、作りかけのボートを蹴る。
「何だコリャ。小屋の真ん中にでけえガラクタがあるぜ?」
「邪魔だ、叩き壊して焚きつけにしちまえ」
子供達を怯ませようとする意図もあったのだろう。言うが早いか、男は棍棒のようなものを振り上げる。
イナリは悲鳴をあげた。
「やめて!」
カカシとイルカは、同時にハッと顔を上げ、同じ方向を見た。
「…イルカ先生」
「このチャクラ、ナルト…ですね。何でアイツ………」
イナリに何か術を見せようとしただけならばいいが、とイルカは眉根を寄せた。
遊びにしては、ピリピリとした緊張が微かに伝わってくる。
「ちょっと、気になるな。…一応、見てきます。カカシさんは、サクラ達とここにいてください」
カカシは黙って頷いた。
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