想いのたどりつく処 −23
先ずは、招待主に挨拶をしておくべきだろう、とカカシ達はタズナの家に向かう。 家の場所は、サクラとサスケがきっちり覚えていた。 「………どうだ? サクラ。以前と比べて、街の様子は」 そっと伺うイルカに、サクラは周囲を見回してから微笑んだ。 「うん、だいぶ活気づいている感じがします。………っていうか、人の表情が全然違う感 じ。すっごく明るくなったような………」 ナルトとサスケも、驚いたような顔で街を見回していた。 「何って言うか………空気が違うってばよ」 「だな。………圧迫が無くなったって感じだ」 そうか、とイルカは微笑んだ。 この子供達は。 初めての里外任務でいきなり他里の抜け忍に襲撃され、圧倒的な力を持った『敵』と遭遇 するというハードな体験をした。 サスケは死にかけ、サクラとナルトは『仲間を失う』疑似体験をし、三人とも世間の広さ と厳しさを垣間見て、少しは成長したはずだ。 そして今。 自分達が関わった事で変化した町をその眼で見て、感慨深げな顔をしている。 それがどういうものであるにしろ、任務の結果を実感する機会はざらには無い。 良い方向に向かった結果を見るのは、更に稀だ。 この子達には良い経験になったな、とイルカは思った。 「うわ、見て、あれ」 サクラが突然声をあげて、ある店を指差す。 その菓子店の店先には、大きな字で『名物・なると大橋まんじゅう』と書いた紙が貼って あったのだ。 「本当に、そんな名前にしちゃったんだ〜橋。………あはは、凄いわねえ」 サスケはムッと眉間に皺を寄せ、ナルトは複雑そうな顔でその貼り紙を見る。 「何かさ。………嬉しいのか恥ずかしいのかわからないってばよ。………別に、オレがガ トー倒したワケじゃねーしさ………」 ふふ、とサクラが笑う。 「………でも、あんなにガトーに怯えきって、竦んでいた町の人達が立ち上がったキッカ ケは、アンタだったのかもね。………タズナさんの娘さんに話を聞いたの。アンタの、と にかくがむしゃらに頑張る姿勢に感化されたイナリ君……あ、タズナさんのお孫さんね。 この子が、ガトーに対抗しようって、町の人を説得して回ったんだって。それで、あんな に小さな子が悪に立ち向かおうとしている事に町の人が心を動かされたらしいのね。…… 結局、町を建て直すのだって、そういう前向きな意識改革が必要じゃない。……だから、 イナリ君を変えたアンタの名前をタズナさんは橋につけたのよ。………皆で立ち上がった 気持ちを忘れないように」 ナルトは照れて、頭をぐしゃぐしゃ、と自分でかき回した。 「んー………イナリかー。だってよ、アイツったら、オレよりもガキんちょなのに、諦め きって、冷めた眼をしてさ。でっかい敵がいる限り、頑張ったってムダなんだ………って さ。…でも、悲しそうだったし、苦しそうだった。………だからオレさ、そんな事ないん だぞ! 頑張って、頑張って、諦めなかったら、何かはつかめるんだって………見せたか ったんだ。………絶対に諦めない事が大事なんだって………」 それは、ナルトのポリシーだった。 イルカは微笑んでナルトの肩をポン、と叩く。 「そうだな。絶対諦めない。………だからお前はアカデミーで成績ドベでも、ちゃんと忍 者になれたんだもんな」 「ドベは余計だってばよ、イルカせんせ」 むーっと口を尖らせたナルトを、サスケが鼻で笑う。 「本当の事だろ、ウスラトンカチ」 「ンだと、このぉっ!」 サスケにつかみ掛かろうとするナルトを、イルカがひょいと抑える。 「やめろ、コラ。…お前はまったく………少しは成長したかと思ったけど、そう言う所は 全然変わらんな。サスケも、コイツをからかうな」 サスケは黙って肩を竦めた。 そんなやりとりを、カカシは数歩後ろで黙って眺めていた。 (………絶対に諦めない………か。頑張って、何とかなるものと、どうにもならないもの があるけどね。世の中には。………すぐに諦めちゃうよりはマシな心構えだよね) カカシは自分の手を見る。 十二年の間に成長し、変わってしまった身体にも慣れてはきた。 この、大人になった自分を見たら、先生は何と言ってくれたかと時々思う。 (…………………先生………) 十二年前に、この大人の身体が欲しかった。 護られてばかりだった子供ではなく、大人なら。あの人と対等な関係も築けただろう。 これも、『頑張ってもどうにもならない』事のひとつだ。 過ぎた時間は戻らないし、死んだ人間ももう還らない。 思わず息をついたカカシを、イルカとサスケが気遣わしげな眼で振り返る。 先に声を掛けたのは、サスケの方だった。 「…疲れたんじゃないか? カカシ…先生」 「………あ、大丈夫。平気だから、気を遣わなくてもいーよ」 イルカは「失礼」と断って、カカシの脈を診る。 「…いくら上忍でもね。久々の遠出で、疲れない方がおかしいですよ、カカシさん。少し、 休みましょう」 サクラが目敏く茶店を発見する。 「イルカ先生、あそこ」 「ああ、そうだな。…あそこで休憩しよう。咽喉、渇いただろう? みんな」 やったー、とナルトは素直に喜ぶ。 「イルカ先生、オレ腹も、ちーっと減ったってばよ」 「あー、わかった、わかった。ダンゴくらいなら食わせてやる。一人、一皿までな」 それを聞いたサクラは嬉しそうに笑った。 「きゃー、先生のおごり? 嬉しーい! いこ、サスケ君」 カカシが反対する間もなく、子供達はさっさと茶店に向かってしまった。 「………現金な奴らめ………」 ため息をつくイルカの横で、カカシがクスクス笑った。 「…みんな、アナタに懐いているんだね、イルカ先生」 「あ………いや、まあ………アカデミーで担任していましたからね」 「先生が、敬語以外で話すの初めて聞いたし」 「………そうですか? そう言えば、そうかもしれませんね。生徒にまで丁寧に話してい られないですからねえ。………アカデミーでは結構怒鳴ったりしていますよ、俺も」 「ふうん………」 イルカは、少し屈んでカカシの耳元で囁いた。 「ご承知だとは思いますが。…サクラとサスケは貴方の事を知っていますが、ナルトは知 らないのでお気をつけ下さい。…あれで、結構カンがいい子だから」 「何故、あの子にだけ教えなかったの?」 イルカは苦笑した。 「そりゃあ、アレがまだ未熟なウッカリ小僧だからですよ。口止めされている事を忘れて、 大声で話しかねない。―――という理由がひとつですが。………本当は、サスケとサクラ には隠しおおせない理由があったんです。…貴方が、サスケの指導を火影様から命じられ る以前に。あの子達は、俺の妻としての貴方に会っていたんですよ。素顔も、知っていた。 …シラを切り通すには苦しい状況だったわけです」 なるほど、とカカシは一応頷いた。 「了解。…気をつけるよ」 茶店で一休みしてから、イルカ達はタズナを訪ねた。 「よう、いらしてくれたのォ! おや、この間とは先生さんが違うようだが………」 イルカは丁寧に会釈した。 「どうも、この度はお招きにあずかり、ありがとうございます。私は環上忍の代理を仰せ つかって参りました。木ノ葉忍者アカデミーで教鞭を取っております、うみのと申します。 …橋の完成、おめでとうございます」 「こりゃどうも、ご丁寧に。………ん? いや…アンタの顔もどこかで見たような………」 「木ノ葉にご依頼にいらした時に、受付におりました。ちょうど、当番でしたので」 おー、そうじゃった! とタズナは手を打った。 「そーか、思い出したわい。…あの先生さんは、どうしたんだね? まさか、ケガとか病 気とか………」 イルカは首を振る。 「いいえ。…ちょうど、別の任務が入ってしまったんですよ。落成式に出席出来ない事を、 タズナさんに詫びておいて欲しいと言付かっております」 「いやいや、アンタ達が来てくれただけでも嬉しいわい。…ええと、銀のアタマの兄さん。 ………カカシさんって言ったかの。アンタ、もう具合は大丈夫なのかい? 娘や孫も、そ りゃあ心配しておったんじゃぞ」 あー、とカカシは曖昧に笑った。 「ども。………えっと、大丈夫………です。ども、その節はお世話になりまして………」 いやいやいや、とタズナは首を振る。 「アンタがいなかったら、ワシは生きてはおらん。アンタが、あの恐ろしい男と闘ってく れたから、みんな生きて…今、笑っていられるんじゃ。………感謝、しておる。アンタに は、礼を言いたかったのに、アンタは意識を失ったまま、里に運ばれてしまったからのォ」 「いえ…依頼人を護って闘うのは、オレの仕事ですから。倒れたのも、オレの責任だし」 報告書を読んだだけで、それが自分のした仕事だと実感の無いカカシの返事は、どうして も素っ気なくなる。 今の自分でも、もしもザブザが襲ってきたら全力で闘ってこの老人を護るだろうけれど。 勝てるかどうかは自信が無かった。 その時、タズナの後ろから男の子が飛び出してきた。 「ナルトのにーちゃん!」 飛び出してきたままの勢いで、どーんとナルトに飛びつく。ナルトは慌てて、自分よりも 小さな子供を受け止めた。 「うわ、イナリ。久しぶりだってばよ。お前、元気そーだなー」 「えへへぇ、兄ちゃんを見習って、修行中なんだ! 兄ちゃん達みたいに、手を使わない で木登りなんて出来ないけどさ」 「バッカ、当たり前じゃん。オレは忍者だから出来るんだってばよ」 「わかってるよ。ボクは忍者じゃなくて、じいちゃんみたいに立派な職人になるんだから! そんで、じいちゃんが橋を作って、みんなに喜ばれたみたいにさ。ボクもみんなに喜んで もらえるようなモノを作れるようになるんだ!」 すげえ、とナルトは素直に眼を丸くした。 「お前、すっげー進歩だな、イナリ」 えへへ、とイナリは照れて笑いながら、ナルトの手をグイグイと引っ張る。 「ねえねえ、コッチ来て! ボクね、ボート作りに挑戦中なんだ! ナルトの兄ちゃんに 見せたくて、頑張ってるんだよ!」 「これ、イナリ。ナルト君達は、着いたばかりで疲れておるんじゃから」 「え………うん」 祖父にたしなめられたイナリは、ションボリと項垂れた。 「あの…オレはヘーキ………だけど………」 ナルトは、困ったようにイルカを見上げた。 イルカは笑って、「行って来い」と頷いてやる。 「タズナのおっちゃん、オレは全然ヘッチャラだから! イナリのボート、見てえし。い いよな?」 「まあ…ナルト君がいいなら………」 タズナに許可をもらったイナリは、喜んでナルトを引っ張っていってしまった。 「じゃあ、先生さん達は中でお茶でもどうぞ」 「ありがとうございます」 礼儀としてはここで茶をご馳走になるべきだったが、カカシにそっと袖を引かれたイルカ は苦笑を浮かべながら辞退した。 「申し訳ありませんが、今は到着のご挨拶に立ち寄らせて頂いただけですので。所用を済 ませてから、改めてお伺い致します。よろしいでしょうか」 「遅くなるのかね? 夕飯までには戻れそうかな?」 「あ、ハイ。夕方にはまたお邪魔しますので」 タズナはニッコリと笑った。 「わかった。前の時よりもマシなメシを用意して待っておるから。気をつけてな」 「ありがとうございます」 イルカ達は、ペコリと会釈をしてタズナの家を後にした。 サスケとサクラが、先に立って案内をする。 「………でも、現場って………確か、あの橋…よね。落成式の準備とか、してるんじゃな いかしら………」 「かもな。………でも、あの霧の忍者だっていう野郎が襲ってきたのは、橋を渡りきった 所だったから………」 サスケはス、と指差した。 「確か、あの辺だ」 |
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