想いのたどりつく処 −2
「何がただの護衛任務だっ! クソ、嘘つきジジイ! 話が違うでしょーがっ」 話が違うどころか、思わぬ敵と遭遇し、戦う破目に陥ったカカシ達は、苦戦を強いられて いた。 襲ってきた霧隠れの中忍を返り討ちにしながら、カカシはタズナを横目で睨む。 環は依頼人のタズナを背後に庇い、薄笑いを浮かべてこちらを見ている男を手裏剣で牽制 した。 「…いや、まさか霧隠れの鬼人、再不斬が出てくるとはタズナさんだって思わんだろう」 「ってゆーかそんなヤツわしゃ知らんっ! ガトーに狙われておることを黙っとっただけ じゃっ」 チッとカカシは舌打ちする。 「依頼に関して隠し事は困るって言ってんですよっ! ああもう仕方ないっ…再不斬はオ レがやる! 環、タズナさんを頼む。サスケ達は環のフォロー!」 「すまん、カカシ! タズナさん、こちらへ! 私の後ろにいてください! サスケ、サ クラ、ナルト、タズナさんを囲め!」 サスケは思わずカカシの方へ足を踏み出した。 「待てよっ! アンタ一人じゃ………」 「邪魔だ下がれっ!」 カカシの気迫に押されて、サスケはそれ以上前に進めなかった。カカシはチラリとサスケ に視線を投げる。 「………サスケ……ちょうどいい。よく見ておけ。………写輪眼での実戦を見せてやる」 環はハッとしてカカシを見た。 (あいつ………写輪眼は封印していたはずじゃ………) 妊娠した時に、三代目によってカカシの左眼は封印されたと環は聞いていた。 そのままずっと封印されているのだと思っていたが、いつの間に封印を解いてもらってい たのだろう。 カカシが額当てを押し上げ、ゆっくりと左のまぶたが持ち上がる。 真っ赤な写輪眼が現われた。 それを見た再不斬はニヤリと笑う。 「…それが写輪眼か………面白い。………ジジイを殺るだけのつまんねー仕事だと思って いたが………まさか写輪眼のカカシと戦れるとはな………ゾクゾクする………」 再不斬とは対照的な、不機嫌そうな顔でカカシは吐き捨てるように低く呟く。 「………こっちは面白くも何ともない。桃地再不斬。―――抜け忍風情が、オレを殺れる と思うな」 戦いは、カカシが止めを刺そうとしたところにいきなり第三者が乱入。霧の追い忍だと名 乗ったその第三者の少年が、再不斬を殺して終わった。 「………カカシ先生、大丈夫なの………?」 環に担がれ、荷物のように運搬されているカカシの顔を、サクラは気遣わしげにのぞき込 んだ。 戦いが終わった途端、カカシは糸が切れた人形のようにへたり込んでしまったのである。 「ん〜、ちょっとチャクラ切れただけだから…大丈夫〜…」 「大丈夫、じゃないだろ。ムチャをして! 何だこの体温は! 上忍ならペース配分くら い考えて戦え!」 環に叱られ、カカシは弱々しい笑みを浮かべた。 「………うん、ごめん。………でも今日はさ、環がいてくれたからさ。思いっきり写輪眼 使っても大丈夫かなーって。………手ぇ抜いて戦える相手じゃなかったしね、ザブ君は」 「まったく……これでよく今まで死ななかったものだ。大体な、お前は昔から………」 ガミガミとカカシを叱る環を、タズナがなだめた。 「ま……まあ、そう頭ごなしに怒らんでも…この兄ちゃんが戦ってくれなかったら、ワシ ら超ヤバかったわけじゃからな! あんな強い忍者に勝つんじゃから、大したもんじゃ」 「カカシせんせーが殺したワケじゃねえけどな」 出番が無くて、いい所がなかったナルトは口を尖らせてむくれていた。 やっと、忍者らしい活躍が出来そうな場面だったのに。 現にサスケは霧隠れの中忍相手に一歩も引かず、戦ってみせた。自分だって、もっと頑張 れたはずだ。再不斬は自分の力など全く通用しない相手だったことは見ていればわかった が、それでも何か役に立ちたかったのだ。 「バッカねー、何ぶすくれてんのよ。カカシ先生や環先生がいなかったら、どうなってた か。私達だけじゃ、おじさんを守れなかったわよ?」 「………でもさ、サクラちゃん………」 ナルトはちらっとサスケを見た。サスケはいつものポーカーフェイスで、黙々と歩いてい る。 サスケはサスケで、たった今眼前に突きつけられた上忍同士の戦いを反芻していた。 ウチハの一族がいない今、写輪眼を持つ忍者の戦い方は初めて見た。 上忍が放つ本物の殺気とは、あれ程までのものなのか。火影の屋敷に忍び込んだ際、初め て出会ったカカシが垣間見せた殺気など、ほんの序の口だったのだ。 (………敵の術を瞬時に見切って…あの大量の印を相手と同時に正確に結びきった……… コピー、なんて軽々しいもんじゃないぞ、あれは………) ああいう戦いが、自分にも出来るようになるのだ。 いや、写輪眼が片眼だけのカカシよりも、両眼が開眼している自分の方が、きっともっと 凄い戦い方が出来るに違いない。 サスケは身の内に生じる興奮を、理性でポーカーフェイスの下に抑え込んだ。 浮かれている場合ではない。 彼女の戦い方を見ていれば嫌でもわかる事があった。 たとえ写輪眼で敵の術をコピー出来たとしても、それを発動するだけの基礎的なチャクラ と術に関する知識、コントロールする技術が備わっていなければ、まるで意味が無いのだ。 もしも今、再不斬の術を目の前で見せられたとしても、あの巨大な水龍を生み出す自信は 無い。水遁の基本が分かっていないし、コントロールも出来ないだろう。 お前には基礎的なものが足りない、と言ったカカシの言葉を思い出す。 忍者として未熟な自分が、いきなり写輪眼を使いこなせるはずがない。 それに、あのカカシでさえ写輪眼を使い過ぎると、動けなくなってしまうのだ。下手をし たら死ぬ、というのは脅しではないだろう。 (………オレは………まだまだだ………) だが、実際に写輪眼使いの戦いを見られた事は、幸運だった。 あれで、だいぶイメージが描きやすくなった。術の行使において、イメージが頭の中に鮮 明に描けるかどうかというのは重要だ。 料金をケチる為に依頼内容を誤魔化していたタズナには困ったものだが、そのお陰で本来 なら自分達には回らない任務が回ってきて、結果カカシが本気で戦う姿が見られた。 それに、とサスケは思う。 彼女のあんな姿を、きっとイルカは知らないはずだ。 イルカはアカデミーの忍師で、殆ど実戦には出ていない(はず)なのだから。カカシと共 に戦いの場に在った事等無いに違いない。 (…フン……くだらない優越感だな。………だから何だって言うんだ………) カカシはイルカの妻で。 彼の子を産む為に一度は写輪眼まで封じたのだ。それがどれだけの意味を持つのか、わか らない程サスケは子供ではなかった。 (…………………何で………オレは……………) サスケは苦々しい思いで、大きくため息をついた。 タズナの家までは無事たどり着いた一行は、とにかく休ませてもらうことにした。 初めて里の外に任務に出た子供達は、いきなり他国の忍に襲われるというハードな体験を して、心身ともに疲弊していたのだ。 そして、カカシの消耗が思ったよりも激しかった。一週間はろくに動けないと言う申告を 聞いた環は目を吊り上げたが、動けないものは仕方ない。 タズナの娘に頼み込んで家の奥の部屋を借り、回復するまでカカシを休ませることにした。 カカシは横になったまま、枕元に座っている男を見上げる。 「………どう思う? 環」 「どう、と言われても………これは既に私達の請け負った任務の範疇外の出来事だ。橋が 完成するまでの護衛という話だが。………ガトーが絡んでいると言うのはな………正直、 思ったよりも話がでかい。…火影様もここまで把握していたら、もっと違う判断を下され たはずだ」 そうじゃなくて、とカカシは首を振る。 「………再不斬。………なんか、引っ掛かるんだよね。………あれ、本当に死んだと思う?」 環は顔を顰める。 「…脈は確かめたんじゃなかったのか?」 「そう………確かに脈は止まってた。………でも………あの鬼人を殺すのに千本って普通 ナイと思わない? オレが追い忍だったら、もっと確実に殺る方法をとる。………首を落 とすくらいはやるよ。…実際、オレはそうするつもりだった。あのお面ちゃんさえ出て来 なきゃ」 抜け忍を追って来たその里の忍が来ている以上、他里の忍であるカカシ達には手が出せな い。それは、忍同士の暗黙の掟であり、礼儀でもあった。 「首って………子供達が見ている前でか?」 カカシは布団の中で肩を竦める。 「関係ないよ。オレがあの子らの齢の時には、もう数え切れないほど敵を殺していた。… それとも、そこまで気を遣ってやらなきゃいけないわけ? あいつらだって忍者でしょ」 任務の為に、殺るか殺られるか。それが忍者というものだ。相手が侮れない相手なら、尚 更念を入れて後顧の憂いを断つ必要がある。 「…もっともだな。………で、再不斬だが。生きていると仮定した方がいいとお前は思う んだな?」 カカシは黙って頷いた。 「………わかった。私も、再不斬生存説は否定できない。…橋が完成するまでの護衛にし ても、もう一度あれと戦りあう覚悟と準備が必要だな」 「そ。もうここまで係わっちゃったんだから、知らん顔も出来ないでしょ。橋が完成する まではあのジイさん守らなきゃ。………その後、ジイさんがガトーに殺されようが、橋が 壊されようが、オレは知らないけどね」 「………お前なぁ………」 「…オレだって、弱いモンいじめは嫌いだよ。ガトーがいる限り、ジイさんの語る理想の 未来は来ないってこと、環だってわかってるくせに。………でも、だからってオレらがガ トーを排除するわけにはいかんでしょ。………誰かがそういう依頼をしてこない限り」 「………その通りだ。今回の場合、どんなに元凶がわかっていても、それをこちらから消 しに行く事は出来ない…な。任務外のことを勝手にやるわけにはいかない。…それが、正 義だとしても」 カカシは布団の中で低く笑った。 「………戦じゃないからね。戦なら、大将の首とりに行くのが定石だけど。………とりあ えず、一番厄介そうなのに襲われた時の対策練らなきゃね。………ま、再不斬だって、一 度仮死状態にされているワケだから…蘇生したにしても、すぐには動けないはずだ。たぶ ん、オレの回復と同じくらいはかかるよ」 環はフー、と息をつく。 「…敵が再不斬だけ、ならまだやりようもあるんだが。…再不斬が生きているんなら、あ の追い忍を名乗ったガキも仲間だろうし。向こうの戦力がわからんのはやりにくいな。… 仕方ない、付け焼刃でも、サクラ達をもう少し鍛えておくか」 環は大儀そうに肩を回しながら腰を上げた。 「………環」 「何だ?」 「―――再不斬はオレにやらせてくれ。………中途半端な仕事は嫌いなんだ。このままじ ゃ気持ちが悪い」 「…わかった。じゃあ大人しくしてきちんと身体を回復させろ。…でなきゃ話にならん」 環は部屋から出て、後ろ手に戸を閉めた。 再不斬は手強い。 一対一で勝負したとして、自分が勝つ可能性は五分五分だろうと環は思う。 だが体調が万全のカカシなら、その勝率はもっと上がる。木ノ葉の死神、と異名をとった 写輪眼の本領はあんなものではない。 つくづく、カカシと同じ里で良かったと環は思った。 (……間違っても敵にまわしたくはない男だよ。………あ、いや女だったか。…つい忘れ てしまうな………) 環がいたから思いきり闘えた、とカカシは言った。それは、万が一チャクラ切れで倒れて もフォローしてくれる人間がいるから安心して戦えた、という意味だ。 暗部時代のカカシなら、そこまで仲間を信じてくれなかっただろう。チャクラ切れを予想 したなら、写輪眼は使わないか、もしくは死をも覚悟で使う。倒れた後のことを仲間に頼 る、という発想自体が無かったに違いない。 (………少しは信頼されてるって事か………) そう思うと、少し面映い気がする環だった。 |
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ええと、原作の展開をだいぶ端折っております。 |