想いのたどりつく処 −11

 

カカシの眼が、驚愕に見開かれた。
『うみのイルカ』
―――では、では、目の前のこの男が…………
「嘘だッ!!」
カカシは思わず叫んでいた。
「…嘘だ、と言われましても………」
困ったように微笑んでいる青年。
アカデミーの忍師。内勤の中忍。
何故、そんな平凡そうで階級も下な男が自分の夫なのか。
「………あんたが………オレの…亭主だって………?」
あ、とイルカは声を漏らした。
「………ご存知…でしたか。………貴方に知らせるのは、もうしばらく様子を見てからだ
と聞いていましたが………」
肯定と取れる彼の返事に、カカシは激しく首を振った。
この男に抱かれて、この男の子供を産んだ? ―――自分が?!
自分の結婚相手は、上忍仲間のうちの誰かなのだろうと勝手に思っていたのだ。自分より
も格下の男とそんな関係になるなど、思ってもみなかった。
カカシはぶるっと身を震わせる。
「………オレがお前みたいな中忍なんかと……? ………そんな事あり得ないっ!」
見かねたアスマが口を挟んだ。
「おいおい………随分な言い様じゃねーか、カカシ。イルカに失礼だろうが」
イルカは、怒らなかった。
カカシのメンタリティが今、自分より十も年下の少女のものだとわかっているのに、怒る
わけにはいかない。
それよりも、カカシに拒絶された方が辛かった。
おそらくは受け入れてもらえないだろうと思ってはいたが、実際にここまで嫌悪も露わに
拒絶されると、応える。
「…いいんですよ、アスマさん。………信じられなくて、当然でしょうから」
「いいや、ガキは躾が大事だぞ? 信じられないってぇコトと、お前に対する無礼な口の
利き方は別モンだろーが。…おら、イルカに謝れ、カカシ」
カカシは拳を握り込んで肩を震わせていたが、ぷいっと横を向くと無言で踵を返し、アス
マが声を掛ける間もなく姿を消してしまった。
「あー………逃げやがった。…しょーがねえヤツだな………シカマル達よりもタチが悪い。
………すまねーな、イルカ」
「…何でアスマさんが謝るんです?」
アスマはバツが悪そうに頭をかく。
「や、何となくな………ウチのおバカな妹が失礼しました、スイマセンってぇ心境になっ
たもんでよ」
そのおどけた物言いに、思わずイルカは笑ってしまった。
「…お気になさらず。………覚悟は、してたんです。………十四歳の女の子が…それも、
特殊な環境で育ち、今また特殊な状況下に置かれた彼女が………俺の存在をすぐに認めら
れるわけが無い、ですから」
それだけではない。
もしも、十二年後の自分には夫が居るのだと教えられたカカシが、半信半疑ながらもその
事実を受け入れる気になっていたのだとしても。
カカシには四代目という、絶対的な力を持つ庇護者が傍にいたのだ。彼女の感覚では、つ
い最近まで。
彼は木ノ葉の頂点に立つ忍で、その上美形でいい男だった。
四代目火影に比べれば、どんな男でも見劣りがして当然である。一見ぱっとしない中忍の
男が夫だと言われて、彼女がショックを受けたのは想像に難くない。
イルカとしては随分と情けない話だが、たぶんそれが真実だろう。彼女の胸中を思うと、
可哀想にすらなる。
「それでもなあ…………」
イルカは、アスマの言葉を遮った。
「今、アスマさんも仰ったでしょう? …いくら上忍と言っても、彼女は子供なんですよ。
今は、何を言ってもすんなりと受け止められるだけの精神的余裕は無いはずです」
それよりも、とイルカは表情を曇らせた。
「…やはりあの戦闘力の低下の方が気になります。俺との事と違って、彼女の生死に関わ
る問題ですから。………いくら十四歳の時点までスキルが戻ってしまっているのだとして
も、仮にも上忍が中忍の俺に後れを取るなんて………」
「考えられねえ、か?」
「………はい。俺が彼女のクセを知っているにしても、です。まだ今の身体に不慣れで、
本調子でないというのもあったと思いますが………」
アスマは腕を組んで唸る。
「ん〜〜〜…そうだなあ………そりゃあま、俺も今のカカシに負ける気はしねーが………
お前が思っているほど深刻でもねえだろ。…カカシのクセをよく知っているお前には一発
も当てられなかったが、他のヤツになら十分通用する拳筋だったぜ?」
イルカは納得がいかない、というように首を捻る。
「………そう、でしょうか。………あの伝説の八葉の中でも最強と謳われた第八中隊の部
隊長なのでしょう? カカシさんは」
「まあ、そうだな。………でもま、心配するな。アレは殺気には物凄く敏感で、殺られる
前に殺る典型的なタイプだ。…それに、あいつが中忍になったトシ考えてみろ。六歳だぞ?
六歳。本物の天才だ。…多少戦闘力が下がったからって、アレに勝てるヤツなんざ、そう
そういねえよ」
アスマは足元にポトリと煙草を落とし、サンダルで踏み潰した。
「………ま、今更昔のことを持ち出しても仕方ねえか。………これからの事を考えねえと、
な………」
「…そうですね。………ああ、アスマさん」
歩きかけていたアスマは、足を止めて振り返った。
「何だ?」
アスマの目の前にずいっと煙草の吸殻が突き出された。
「この演習場内は基本的に禁煙なんです。…目こぼししたんですから、吸殻くらいお持ち
帰りください」
「………ハイ、すんません」
やっぱり強い中忍だ。
アスマは苦笑いしながら吸殻を受け取った。




カカシは、いつの間にかちゃんと自分の部屋に戻ってきていた。
まだ無意識に戻れるほど、『自分の家』だと認識していないはずの部屋に自分がいるのが、
不思議だった。どこをどうやって通ってきたのかも覚えていない。
気づいたら、部屋の真ん中にペタンと座っていたのだ。
「………オレ………」
衝動的に部屋を飛び出して、里の中(正確には屋根の上)を走り回って。
アスマの姿を見つけたから、組み手の相手をしてもらおうと思って声を掛けた。
あのヒゲ男が組み手を面倒くさがって、たまたまそこにいた中忍にカカシの相手をさせた
―――のだと思っていたが。
まさか、偶然演習場にいた中忍が、『うみのイルカ』だったとは。
アスマは、知っていたに違いない。彼がカカシの夫である事を。
知った上で、彼に組み手をさせた。
どんな思惑があったか知らないが、ハメられたようで不愉快だった。
「クソ、あの野郎ども………」
あの、中忍の男―――イルカの顔が目の前にちらついて、カカシは頭を振った。
「なんか、気に入らないっ………落ち着いちゃって、ヒトを子ども扱いしてっ!」
紅の話によると、彼はカカシよりも一つ年下のはずだ。
「オ、オレが今、十四歳までの記憶しかないっていっても、実際はオレの方が年上じゃな
いかっ! ………何で…っ」
何で、あんな地味で格下の男と、自分は結婚などしたのだろう。
「………や…地味は地味……でも、そんな不細工…なわけじゃないし………顔は別に嫌い
なタイプじゃ………ないかも………だけど」
華やかな美形とは程遠いが、誠実そうで、真っ直ぐな綺麗な眼をしていた。見ようによっ
ては、精悍で男前―――と、言えるかもしれない。
アカデミーの忍師は豊富な知識や安定した技術も求められるので、それなりに優秀なのだ
とは思う。事実、カカシの攻撃を一度も喰らわなかったのだから格闘センスもかなりある
のだ。
でなければ、いくら彼がカカシの夫だとは言っても、アスマが自分の代わりに組み手など
させはしなかっただろう。
それでも、能力にしろ容姿にしろ、その程度の男など幾らでもいるはずだ。いったい、自
分が彼のどこにそんなに惹かれたのかわからなかった。
「………そういやオレ、あの男に投げ飛ばされたんだった………」
―――仮に夫婦なのだとして。
組み手で女房投げ飛ばす亭主ってどーよ、とカカシはふくれた。
しかも、あの男はカカシがちゃんと着地するかどうか、見てもいなかった。
「………結構ヒドくない………?」
そりゃあさ、簡単に着地出来る所に、ただ単純に投げられただけだけどさ、とブツブツ文
句を言い―――あ、とカカシは気づいた。
彼は、カカシに拳や蹴りを入れるのが嫌だったのかもしれない。
あの方法なら、カカシを傷つけることなく組み手を中断させることが出来―――尚且つ、
カカシに今現在の力不足を認識させる状況を作り出せる。着地など、見守るまでも無くカ
カシなら大丈夫だと言う確信があったのだろう。
「ちょっと、でもそれって………」
素直に嬉しい、とは思えなかった。バカにしている。
この部屋を住めるように手入れしておいてくれた彼の優しさと気遣いを知って覚えた、く
すぐったいような感情と、実際に逢ってすぐに投げ飛ばしてくれた彼に対する負の感情が
ごちゃまぜになって、カカシを混乱させた。
「ああ、もうっ………」
こんなにイラつくのは、体調がまだ回復していない所為かもしれない。
主治医が持たせてくれた、カルシウム剤とビタミン剤を水で咽喉に流し込み、カカシはベ
ッドに倒れ込んだ。
ふかふかとしたフトンからは、お日様の匂いがする。
あの男が、きちんと干しておいてくれたのだろう。
フトンの柔らかさといい匂いに包まれるうち、カカシの苛立ちは収まってくる。
すると、今度は急に彼に対する罪悪感めいた感情に襲われた。
カカシの八つ当たりのような酷い言葉に、傷ついたように悲しげな眼をした彼。
彼の悲しそうな眼を見た途端、いたたまれなくなって逃げてしまった。
あの人は、悪くないのだ。
「…………オレが………敵の術に掛かったのが悪いのに………」
軽々しく、離婚すればいい、などと。
なんて、無責任で勝手な事を考えていたのだろう。何故、相手にも気持ちがある事を忘れ
ていたのか。
傲慢だ。
先生が―――四代目が知ったら、絶対に怒る。そんな情けない子に育てた覚えは無い、と。
「………アスマにガキ扱いされても………仕方ないかな………」
あの人に謝ろう。それと、この部屋のお礼も言わなければ。
カカシは枕を抱え込み、とろとろとまどろみ始めた。



 
 
「…カカシ、入るわよ。………あら?」
紅とアスマが迎えに来た時、カカシはぐっすりと眠り込んでいた。
「起こすのもナンだ。寝かせておいてやろう。腹減ったら食うもんくらいはあるんだろ?」
「ええ。…イルカ先生が気を回して、色々揃えてくれてたから。私達が来たってことは、
メモして置いておくわ」
「………イルカ、か………どうにかならんものかねえ………」
彼らの結婚に関して、最初いい顔をしなかったアスマだが、カカシが不幸になる事を望ん
でいたわけではない。出来れば、二人とも幸せになって欲しかった。
「…わからないわ。こればかりは」
「………そうだな」
アスマと紅は顔を見合わせ、カカシに毛布をかけてそっと部屋を後にしたのだった。
 

      

 



 

目指せ『ツンデレ』(笑)

記憶喪失ネタに加え、挑戦しましょうvイルカカツンデレ。(爆)

以前テレビで見たメイド喫茶の『ツンデレ・メイド』は何かどこかが違う………と思うのでした。あれではただの職務怠慢礼儀知らずメイドなのでは………あれで萌えるとすれば相当変なシュミ(M?)の男のような気がしますが。だってテレビで見たメイドコスのウェイトレス、『ツン』どころかケンカ売っているとしか思えない乱暴な態度で。せめて、お客が注文した飲み物くらいはきちんと置こうよ。カップ投げ出すなよ。中味、こぼれてるよ…って感じで。………サービス過剰?(大笑)
でも、テレビで流していた映像だけを鵜呑みにするのもなんだし………お茶するだけの時間で『ツンデレ』をやるのは難しいですよね………うん。
 

 

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