はじめの一歩−1

 

『恋をすると女は綺麗になる。』
―――という俗説があるが、こんな男にしか見えないような女でもちゃんと『変化』するの
だから大したものだ、とアスマは妙に感心した。
『弟』みたいに可愛がってきたその『少年』が実は女の子だと知った時はたまげたものだ。
線の細い奴だとは思っていたが、『彼』の戦いっぷりは見事なもので、女を感じさせる部分
など片鱗も見当たらなかったから。
彼女が男のように振舞う理由を里長から聞いた時は不憫で、出来る事なら護ってやりたい
と思い―――実際アスマはさりげなくフォローしてやっていた。
四代目火影が死ぬまでずっと、陰で彼女を護っていたように。
酒の席ではいつも隣にいて、妙な酔払いが彼女にちょっかい出すのを防いでやったし、長
期任務の時も着替えその他、女だとバレそうな事柄に気を配ってやった。
彼女もアスマの事は信頼し、大抵の事は打ち明けてくれる。
『弟』みたいな、『妹』みたいな、護るべき対象。
その『妹』が頬染めて『彼』の話をした時、アスマは平静を装いつつも実は彼女が女だと
知った時のように驚いた。
恋愛などには興味を持たないばかりか、それ以前に他人と深く関わる事を疎んじてきた子
が恋人をつくるとは。
聞けば、一緒に任務についた相手の青年に恋をし、相手の男も彼女を女として好きになっ
たらしい。
その青年の話をするカカシは本当に嬉しそうで、幸せそうで。

アスマとしては祝福半分、寂しさ半分。
まさに娘を嫁に出す父親のそれというか―――実に複雑な心境だったのだ。





「カカシ」
「んー? 何? アスマ」
床に座り込んでクナイの手入れをしていたカカシは顔を上げる。
その仕草も表情も、以前と変わりはない。
「来月の任務な……」
「ああ、あれ…何か変更でも?」
アスマは言い難そうにカカシから視線を外す。
「……お前を外すように上に言うからな」
カカシはクナイを握り締めて立ち上がる。
「何故?!」
「………作戦で同行する中忍部隊に、例の先生が入っているからだ」
カカシは訝しんで眉を寄せる。
「…例の…? …イルカ先生の事…?」
「ああ」
「何でだよ。…皆のいる前でバカな事しないよ? オレ。…彼だってそういう所はきちんと
わきまえている人だ。第一、何で外れるのがオレの方なのさ」
「イルカは外せない。…わざわざアカデミーの教師を部隊に入れるからには理由がある。
お前が例のフダ剥がしであいつの知識をアテにしたのと同じだ」
「だからって何でオレが外されるんだよ!!」
アスマは『兄貴』の顔になって、カカシの肩に手を置いた。
「…お前、自分じゃ気づいていないだろう。…あいつがいるとお前は……『男』の顔が保
てなくなってるんだよ」
カカシは驚いたように目を見開き、アスマを見た。
「……そんな…こと…」
「カカシ」
アスマは肩に置いた手にきゅ、と力を入れる。
「…俺はな、カカシ。…それが悪い事だとは言わねえよ。お前は男じゃねえんだ。…好き
な男の前で女の貌になっちまうのは当然だと思うし、そうじゃなきゃいけねえよ。…でも
な、お前の『男の仮面』は言ってみりゃあ戦闘用のもので、お前が戦う為には不可欠だろ
う。…お前はくノ一として戦った事なんかねえんだから」
カカシは唇を噛んだ。
「…作戦を遂行するのに、不安な要素は取り除きたいわけ? 実行部隊長殿は」
「それもある。……今回だけだ。カカシ、言う事を聞いてくれ。イルカが同じ任務につくこと
なぞ滅多にないだろう。…俺は、お前が心配なだけだ」
アスマの手を振り払い、カカシは彼を睨みつけた。
「……ふざけるなっ!!」
「カカシ!」
「何年オレが忍をやってると思っている! ……一度受けた任務だ。そんなふざけた理由
で外されてたまるか」
話の持って行き方を間違えたな、とアスマは内心唇を噛んだ。
カカシの、上忍としてのプライドをもっと考えるべきだった。
忍としてのカカシには自分が女だとか男だとか言う拘りは無い。
ただひたすら、『忍』としての自分を全うするのみ。
そこへイルカとの色恋絡みの話を持ち込まれて、当惑するとともに腹立だしさも覚えたの
だろう。
即座に納得出来る筈もなく、意固地になってしまった。
「アスマ」
カカシは低く唸る。
「…あんたはいつもオレを庇ってくれていた。…それは知っている。感謝もしている。…
でも、そういう気のまわし方されるのは…嫌だ」
「カカシ……」
「オレを外すんなら、他の誰が聞いても納得できる理由を捜すんだな。…でなきゃ、皆も
おかしく思うぜ?」
カカシはぷいっと視線を外し、その場から立ち去った。
その声。
話し方にも女が無理に男っぽく振舞う時の不自然さはない。
カカシは、『男』なのだ。
アスマの前で長年纏ってきた『男の仮面』をはずす事は今まで一度も無かった。全部事情
を知り、気を許している仲のアスマにすら、カカシは女の貌を見せないのだ。
「……そのお前が…あの兄ちゃんの前じゃ、あーんなに可愛い顔になっちまって…本人気
づいてないんじゃヤバヤバじゃねーかよ……」
アスマはため息をついた。
「…そのうちバレっぞ…お前が女だって…」

だが。
カカシに言われた通り、彼女を作戦から外す『誰が聞いても納得する』理由を捜していた
アスマは、思いもかけずその労から解放された。
「あ? 何だと? それ、アイツが自分から言ったのか…?」
紅は自分の長い髪を指先でもてあそびながら頷いた。
「ええ。…あのコが自分から言ったのよ。…今度の作戦、外してくれって」
アスマは耳を疑った。
「バカな…あの強情ッ張りが…自分から? り、理由は?」
紅は困ったような笑みを浮かべた。
「ん〜とね、…体調不良、かな。…あのコ、一昨日倒れたの」
「倒れたあ?」
アスマは素っ頓狂な声を出す。
「アイツがか? 病気なのか? そうなのかっ」
紅はアスマの顔をじっと見つめていたが、やがて息をついて首を振った。
「…あんたには黙っているわけにもいかないわね……正確には病気じゃないわよ。…でも、
もっと厄介な事かもしれない……」
「厄介?」
紅は少し躊躇ったが、思い切ったように視線をあげてアスマを見た。
「………あのコ、妊娠しちゃったの」
アスマの形相がみるみる間に険しくなっていった。
「………ンだとォ…? 本当か、紅」
唸るようなアスマの声に、紅は肩を竦める。
「こんな事、嘘言ってどうするのよ。…アスマ。言っとくけど、大騒ぎしないでよ? 一
番ショック受けてるのはカカシなんだから。…アンタの子供じゃないんでしょ?」
「俺のガキなわけねえだろっ…!! …そうだ…あの中忍野郎はどこだ……」
紅はアスマの鼻先で軽く手を振った。
「バカな真似しないでよ、アスマ。アンタ、あのコの何? 父親? 兄貴? …あのコが好き
な男の子供を身篭るのがそんなにおかしい?」
アスマはぎろ、と紅を睨んだ。
「……そういう問題じゃねえ…」
「じゃあどういう問題よ。…あのね、アタシはカカシが気分悪いって倒れた所に居合わせ
たから、全部事情を知っている医者の所へ連れて行ったの。ほら、あの爺ちゃん医者。
あのコがほんの子供の頃から知ってるっていう…」
「知ってるよ。…俺も随分世話になってる。…で、あの先生が…そう診断したってのか」
「そうよ。…でね、アスマ。アタシが言いたいのは、診断を聞いたカカシの顔なのよ。……
あのコ、どんな顔したと思う?」
「…顔?」
「そう、顔」
紅は目を細めた。
「……見た事もないような綺麗な、幸せそうな顔で微笑ったわ。微笑ったのよ。……あの
コは、自分のおなかに赤ん坊がいる事を喜んだ」
アスマは愕然とした。
「まさか…産む気…なのか……?」
紅はまた首を振る。
「…わからないわよ、そんな事。…ねえでもアスマ…だから…今はあのコをそっとしてお
いて。……たぶん、悩んでいると思うから。……男と付き合ったのも初めてなら恋愛も初
めてっていう超オクテがいきなり妊娠よ? 混乱してるの。アンタがそのヒゲ面出して唸
ったりしたら胎教にも悪そうだから、しばらくカカシの事は放っておいてやって。…落ち着
いたら、あのコの方からちゃんとアンタに言ってくるわよ。…ずっと、そうだったじゃない」
アスマは煙草を噛み潰した。
「……普通ならな。…オレが口出す問題じゃねえさ。……だが紅。…お前わかってて言っ
てるのか? カカシは普通のくノ一じゃねえ。普通の女じゃねえんだ。………『写輪眼の
カカシ』は、里の財産だ。……あの身体は、アイツ一人のものじゃねえんだよ」
「アスマ!!」
紅は悲鳴のような声を上げた。
アスマはほんの少し表情を和らげる。
「……んな、泣きそうな声出すなよ……あのな、紅。俺だってアイツが可愛いよ。……不幸
にしたいとは思わねえ……いきなりアイツの腹から赤ん坊を引きずり出すような真似は
しねえから安心しな」
「言うんじゃなかったわ……」
紅は唇を噛んだ。
「言うんじゃなかった。…アンタは所詮男なのよね!! あのコの気持ちなんか、わかる
わけないんだわ!!」
「おいおい…」
「いいから、アンタは任務の事だけ考えてれば? カカシの事はどうせ外すつもりだった
んでしょ? なら、問題ないじゃない。はたけ上忍は体調不良で今回の作戦遂行は困難。
拠って今回はメンバーから外した。…別にどこにも嘘は無いわ」
フン、と鼻を鳴らして紅は踵を返し、姿を消した。

アスマは噛み潰した煙草を掌で燃やし、新たな煙草を取り出して咥える。
「…ったく、紅のヤツ…あれはあれでカカシを可愛がってるからなあ…」
はあ、とアスマは肩を落とす。
「……にしても……妊娠だあ? あの…あの洗濯板が妊娠…アレもやっぱり女だったんだ
なあ……」
アスマは、カカシの変化が、単に『恋をした』所為だけではなかったのだと悟った。
俗に言えば、『男を知った』所為だったのだと。
相手の男はわかりきっている。
あの、いかにも『誠実でござい』といった看板をぶらさげているような中忍教師。
「おとなしそーなツラして、やってくれるじゃねえか……」
獰猛に低く唸ったアスマは、拳を握り込んだ。

「…鉄拳の一発は覚悟してもらわにゃな………」

 

 



 

宮沢ありす様50001HITリクエスト・『愛をください』の続編。
・・・いつの間にかデキているお二人・・・
(お初ネタ読みたい方は夫婦コーナー内を捜してみてください。
SSへの入り口が隠してあります)
女カカシちゃん妊娠編。
いよいよもってパラレルをいい事に暴走を始める模様。(笑)

・・・イルカ先生大ピンチ・・・? クマの鉄拳くらっちゃうのか・・・?

 

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