お誕生狂想曲−1  〜  サスケの悲劇 〜

 

「珍しいねえ、サスケがここに来るなんて」
カカシににっこり微笑みかけられ、サスケは目許を赤らめてそっぽを向いた。
「…べ、別に…今日は任務が無くて…休みになったから…サクラにつき合わされて来ただ
けだ…」
あれ? とカカシは首を傾げて見せる。
「オレの見舞いに来てくれたんじゃないの?」
「いやそのっ…そりゃ、み、見舞いだけどっ…その…」
サスケはちらりとカカシの身体に眼を走らせてはまた慌てて逸らす。
初めて逢った時はまだほっそりしていて、その胎内に子供がいるとはとても思えなかった
カカシだったが、さすがに今は胸部も腹部もふっくらとしていて――今なら男に見間違え
るはずもなかった。
妊娠中切らなかった髪が伸びて肩にかかっていて、雰囲気も大分違う。
「ふふ…ありがと。サクラは? 一緒に来たんでしょ?」
「あ…アイツなら、ヨネさんを手伝って茶の支度をしている。前にここに働きに来ていた
時、すっかり勝手を覚えたからって」
「そう。今日のお茶は賑やかだね。嬉しいな」
カカシはそろそろ、と宥めるように自分の腹を擦っている。
その仕草に目を引かれたサスケは、ふと首を傾げた。
「…えっと…変な事訊くようだが……聞いた話じゃアンタそろそろ臨月ってヤツなんじゃ
ないのか? その……街で見かける妊婦はもっとこう…」
カカシも自分の腹を擦りながら首を傾げる。
「やっぱ、サスケもそー思う? …ちょっと小さいよねえ? この子」
細身のカカシは臨月になってもあまり腹が出ていなかったのである。
「…妊婦さんって、普通もっとぽっこりしたお腹してるよね? おヨネさんは大丈夫だっ
て言うんだけど」
「…なら、大丈夫なんじゃないのか? …よくわからんが」
カカシはむう、と唸った。
「やっぱ、イルカ先生のおまじないの所為かな」
「はあ?」
「イルカ先生ったらこーね、オレのお腹両手で擦りながらこの子に話し掛けるわけ」
サスケは訝しげにカカシの腹を見た。
「…何て?」
コホ、とカカシは咳払いをして、イルカの口真似をする。
「いーかあ? 丈夫に育つんだぞ〜」
「…ああ、そりゃあ…丈夫に越した事ないだろう…けど」
カカシはイルカの口真似を続ける。
「今は小さくていい! …生まれて外に出てからでかくなればいいんだ! 小さくても丈
夫に、そしてお母さんを苦しませないようにさっさと生まれてあげるんだぞ〜」
サスケは思わず苦笑した。
「なるほど。そりゃ大したおまじないだ」
カカシはため息をついた。
「なんか心配性なんだよねー、あの人。…ちょっとつわりがきつかったから余計心配して
るんだと思うけど」
そして少し顔を顰める。
「…つ…ッ」
サスケは気遣わしげにカカシの顔を覗き込んだ。
「…痛むのか? 大丈夫か?」
カカシはぱたぱた、と手を振った。
「あ、ヘーキヘーキ。時々ね、あるの。すぐ収まるから」
実は今日は朝から時々腹部に痛みを感じていたのだ。
だがしばらくじっとしていれば収まったので、カカシはまだそれが陣痛なのだと言う事に
気づいていなかった。
痛みから気を逸らすようにサスケに話し掛ける。
「サスケはアカデミーでイルカ先生に習ってたんでしょ? どんな感じだった?」
サスケは生真面目な顔で記憶を辿っているようだ。
「…どんなって…授業は丁寧だったな。……丁寧過ぎてオレは苛々する事もあったけど…
イルカ先生は出来ないヤツを置いてきぼりには出来ないんだ。それから、妙な贔屓をしな
い人だな。そういう所は、オレも…いいと思う。…他の先生は、力のある家の子供を贔屓
したりするのもいたんだ。…公平って言葉の意味を…知っている人だと思う」
カカシはにこにこしてサスケの話を聞いている。
「でも結構血の気は多い方じゃないかな。教師って立場から抑えてはいるみたいだけど…
怒る時はすごい雷を落とすし」
あはは、とカカシは笑った。
「そーだね。ここであんた達を怒鳴った時は迫力あったもの」
サスケはカカシに取り押さえられた時の事を思い出して赤面した。
「そ、それとあの人はちょっと要領が悪い! ガキの目から見たって、もっと上手く立ち
回ればいいのにって思う事あったぞ」
「そーね。でも、そんなトコもオレは好きだなあ…」
カカシはまだ腹を擦っている。
なかなか痛みが引いてくれない。
「…そう言えば…もう一人の子は今日一緒に来なかったの?」
「ああ…ナルトか? アレはたぶん寝ている。…昨日の任務で張り切りすぎて随分チャク
ラを使ってしまったようだったから…」
「見たところ、スタミナはあるのにペース配分と使い方がヘタってところだね、あの子は」
クスクス笑うカカシに、サスケは片眉を顰めた。
「…あいつが術を使うのを見たわけでもないのに、よくわかるな……ちょうどいい。訊い
てもいいか。…アンタは…何者なんだ」
カカシは肩を竦めた。
「何って…イルカ先生のお嫁さんだけど」
「違う! そうじゃなくて! …アンタ自身の事だ」
「へー…サスケ君ったら、オレに興味あるんだ?」
面白そうに目を細めるカカシに、サスケはカッと頬に血を上らせる。
「あっておかしいか! アンタは強い! …それは嫌と言う程わかる。…だがオレは…噂
にもアンタみたいなくノ一が里にいるなんて…聞いた事が無い」
ふう、とカカシは息をつく。
早くこの痛みが引いてくれないだろうかとそっと深呼吸を繰り返す。
サクラが上がって来るまでに収まって欲しいのだが、痛みはだんだん強くなってカカシを
苦しめていた。
「……木ノ葉もけっこー広いのよ…サスケ君。キミ、上忍の顔と名前全部知ってる? 知
らないでしょ? …いくらウチハでも、上層部のこと全部知らされるわけないの」
サスケは唇を噛んだ。
彼女はきちんと半分は答えてくれたのだ。
つまり、彼女は『上層部』に関わる『上忍』なのだと。
(…これ以上はもう…教えられないってコトか…)
名門ウチハの直系でも、彼はまだ下忍の身。
『上』から見れば、その他大勢と変わりなく―――里の機密が彼にもたらされる事は無い。
まだ、当分は上層部とは無縁なのだ。
サスケはカカシがまともに見られず、眼を逸らしていた。
その所為でカカシの変調に気づくのが遅れる。
先程からだんだん強くなってきている腹部の痛みに、カカシはとうとう声を上げた。
「………サ…スケ…ッ…ごめ…ヨ、ネさ…呼んで……」
切羽詰ったカカシの声に、サスケは慌てて振り返る。
カカシが腹を押さえ、辛そうに顔を顰めていた。
息をするのも苦しそうな彼女の様子に、サスケは目を見開いた。
「あ…まさか……! ま、待ってろすぐ婆さん呼んでくるっ!!」
木ノ葉ナンバーワンルーキーの名に恥じない素早さでサスケは階下に飛び降りて行った。
盆を抱えたサクラが驚いて階段の途中で立ち尽くす。
「サスケくんっ?」
「芥子さんの様子がおかしいっ!! オレは婆さん呼んでくるから、サクラは彼女につい
ててやれっ!」
「……!!」
サクラは盆を持ったまま、階段を駆け上がる。
「芥子さん!!」
サクラが部屋に飛び込んだ時、カカシは床に座り込んで泣きそうな顔をしていた。
「…ダメ…サクラ…どうしよう……は、破水…した…みたい…」
サクラは盆を放り投げるように卓に置き、カカシに駆け寄った。
「しっかり! 今ヨネさんが来るわ!」
サクラが握ったカカシの手は、小刻みに震えていた。
「……あ…ァ………い…イル…カせんせ…イルカ……」
「呼んでくる! 呼んでくるよ、イルカ先生!! だから頑張ってっ芥子さん!」
ばたばた、とヨネが駆け込んで来た。
「カカシ様っ!!」
「ヨネさん、あたしイルカ先生呼んできますっ」
サクラの手を捕らえ、ヨネは首を振った。
「アカデミーにはサスケさんに行ってもらいました。サクラちゃんは、ヨネを手伝って下
さいな」
「は…はい」
「さあさ、カカシ様。大丈夫ですよ、大丈夫。…すぐにイルカちゃんも来ますからね。気
をしっかり持って」
カカシは蒼い顔で痛みに耐えながら、それでも頷いて見せた。


サスケは急いでアカデミーに向かった。
この時間ならイルカは授業中のはずだ。
(…ええと…まず教員室で教室を確かめて…いや、休み時間まで待った方がいいんだろう
か……それとも…)
芥子は火影が自分の屋敷で面倒を見ている女性だ。
執務室へ行って先に火影に報告すれば後の指示ももらえるだろう。そう考えたサスケは執
務室に急いだ。
戸口の前でばったりと美貌のくノ一と鉢合わせる。
「あら。…えっと、女子に一番人気のルーキー君じゃない。どうしたの? 火影様に御用?」
「…アンタは?」
「紅。……一応上忍」
サスケは一瞬躊躇したが、上忍なら芥子の事を知っているかもしれないと事情を話す。
「アカデミーのイルカ先生の奥さんが産気づいた。オレはたまたま居合わせて、イルカ先
生を呼んでくるように頼まれたんだが…今は授業中だし、だから先に火影様に報告に来た。
無縁じゃなかろう。彼女は火影様の屋敷に逗留してるんだから」
まあ、と紅は嬉しそうな顔になった。
「あら、とうとう? いいわ、イルカ先生には私が伝えてあげる。私なら授業中でも後を
何とかできるから。火影様にも私が言っておくから、あんたは戻っておヨネさんを手伝っ
てあげなさい」
「…わかった。お願いします」
色々と事情を承知しているらしい紅に、サスケはホッとした。
ヨネの名を出したのだから、芥子の事もよく知っているのだろう。
サスケはまた火影の屋敷に向かって戻り始めた。
(オレが戻って何が出来る訳でもないだろうけど…やっぱ心配だし…乗りかかった舟だし
…)

そして半分ほど引き返したところで、サスケは誰かにもの凄い勢いで追い抜かれた。
サスケだとて歩きではなく、ちゃんと走っていたのだが。
「サスケ! 悪いが先に行く!!」
「…イルカ…先生…?」
茫然とその背中を見送ったサスケは、ハッと我に返って走り出した。
「くっそー! すっとぼけているようでも中忍は中忍かよ!! なんて速さだ!」
初めての子供の誕生がかかっているにしても、速い。
イルカの後姿はあっと言う間に見えなくなる。
「ちくしょー!! オレだってもっとでかくなればっ…アンタなんかに負けないのにっ」
背の高いイルカの方が当然脚も長くて、そして当然「一歩」の歩幅が違う。
同じ力で漕いだ場合、車輪の大きな自転車の方が速いのは当然で―――
それでもどこか釈然としない敗北感に、サスケは歯噛みしながら元担任を追い掛けたのだ
った。
「オレだって…もっと早く生まれていればっ…」


―――『彼女』を射止められたのはオレだったかもしれないのに―――…


サスケは愕然となって足を止めた。

「オレ…今、何を……?…」
今初めて気づいた。―――『彼女』に対する自分の気持ちに。
「…あは…あはは……バカな事を…オレは……あの人は……もう、もうとっくに…」

他の男のもの―――なのに。



サスケはのろのろと足を引き摺るように火影の屋敷に辿り着く。

と、彼を待ち受けていたかのように高らかに産声があがった。

 

 

 



 

サスケファンの方ごめんなさい。(<ここ読みに来ている方には少ないかも
しれませんが。^^;)サス>カカ。
・・・サスケ君、人妻に惚れるの巻。(笑)
自覚した途端に失恋ですか・・・しかしすんなり諦めますかね、この子。
そして、うみの家にはとうとうジュニアご誕生ですv
イルカ先生狂喜乱舞。

 

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