それは予期せぬテンペスト −9

 

 

『オレの息子』―――と、言う事は、目の前の痩身の忍が、この子の父親。
フッと、男は我に返った。
そうだ。
この子は、自分の娘ではない。
生き写しのように似ていても、あの子ではない―――のだ。
男は、腕に抱いた子供に微笑みかけた。
「良かったね、お父さんが迎えにきてくれたよ」
チハヤは自分を抱いている男に向かってにっこり笑い、「とーた」と無邪気な声をあげた。
男の微笑が、切なげに歪む。
「…私はここで、この子を保護しただけだ。…誘拐したわけじゃない」
「………ここで?」
うん、と頷きながら、男はカカシに子供を差し出した。
「私はアスマ殿と一緒にいたのだけど、そこへ偶然この子のお兄ちゃんが…チドリちゃん、だっけ。通り掛ってね。泣きそうになりながらこの子を捜していたんだ。…小さな子が行方不明なんて聞いて放っておけないから。…この子の特徴を聞いて、捜すのを手伝っていただけ」
男の言うことは、一応筋が通っていた。
カカシは肩から力を抜き、息子を抱き取る。
「…そう…だったんですか。ありがとうございました。…失礼なことを言って、申し訳ありません。ご容赦ください」
男は、首を振る。
「いや、親としては当然の反応だから。………無事で、本当に良かった。あ…そうそう、アスマ殿は、薬屋の方へ貴方の奥方を捜しに行っているよ。チドリちゃんは、そこの先の大きな団子の看板がある茶屋に。…私の従者が付き添っているから、心配ない」
いや、自分はお父さんじゃなくてお母さんなんですけど………と、カカシは情けない心地になったが、今の自分が女に見えないのは仕方ない。赤の他人に、いちいち訂正するのも面倒だった。
「それはどうも、恐れ入ります。…ところで…失礼ですが、貴方は鉱の方……では?」
「ええ。……早くこちらに着いてしまって、時間が空いてしまったものだから。…せっかくなので、ゆっくりと木ノ葉の里を歩いてみたくて。…ツナデ殿に、ちょっとワガママなお願いを」
カカシは、イルカの言っていた事を思い出した。ここで確かめられれば、手間が省ける。
「…ご一行に、シンジュというお名前のご令嬢がいらっしゃいますよね?」
男は、訝しげに眉を顰める。
「………シンジュ殿に…何か?」
カカシは首を振った。
「…いいえ。ただ、城下でそのご令嬢と行きあった者が、きちんと送って差し上げなかった事を後悔しておりまして。ご無事が確認できればそれでいいのです」
「ああ! シンジュ殿をを助けてくれたという。……おかげさまで彼女は無事、宿に戻れた。…貴殿が彼のお知り合いなら、彼女がとても感謝していたと、お伝え頂きたい」
ビンゴだったな、とカカシは内心で笑みを浮かべた。
おそらくは、この男がシンジュという娘の『連れ』だった人物だろう。
「それは、もちろん。………私は、はたけカカシと申します。…貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
男は、軽く眼を瞠り、次いで微笑んだ。
「貴殿が噂の『木ノ葉の写輪眼』か! そうか、噂というものは、あまりアテにならないものだね。てっきり、もっと強面の巌のような男かと思っていた。………失礼。…私は翠鉱家当主、サクモという。……人はあまり、私をこの名で呼ばないけれど」
他人は、個人的な名ではなく、彼が背負っているものの大きさを象徴する呼び名を使う。
―――鉱山王、と。
お前の立場と責務を忘れるな、とでも言うように。
一方、カカシの方は相手が意外にも大物だったことに驚いていた。
今回の件があるまで、あまり興味も無くよく知らない国だったが。試合をする相手、ということはつまり『敵』である。
敵の事を事前に調べておくのは常識だ。
その調べた情報によれば、翠鉱家というのは鉱の国主を支える七大貴族。中でも経済基盤を支える重鎮だという。
「………翠鉱家……では、貴方が鉱山王?」
「うん。………まあ、人はそう言うね」
カカシはクス、と小さく笑った。
男の態度が、まるで悪戯を見つけられてしまった子供のように見えたからだ。
確かに、国の重鎮であるはずの名門貴族の当主が、一人で他国の里をフラフラしているのはあまり感心出来ない。
出来れば彼は、自分の素性をここで言いたくは無かったのだろう。
だが、カカシがアスマの同僚なら、しらばっくれてもいずれはわかってしまう事だ。だから、隠さずに名乗った。
「わかりました。…では、サクモ様とお呼びします。…ああ、上の子を貴方のお連れにいつまでも預けていては申し訳ない。…行きましょう」
カカシに抱かれているチハヤが、男の方に「とーた」と手を伸ばす。
「…あ、すみません。珍しいな、この子、人見知りするから初めての人には抱っこしないんですけど………」
そこでカカシは言葉を切った。
男の顔色が悪いように見えたからだ。何かを堪えているように口元を手で押さえている。
「………もしや、ご気分でも悪いですか?」
サクモは首を振った。
「いや。………何でも…無い。………早く、チドリちゃんと奥さんの所へ行ってあげて。………すまないが、私はそこの…橋の所にいると、アスマ殿と私の供の者に伝えてもらえるかな………」
カカシは、気分が悪そうな男を一人にすることに躊躇いを覚えたが、彼には彼の都合があるのだろう、と思い直す。
「わかりました。…では、すぐにお供の方を呼んできますから」
「………頼む」
子供を抱いて茶店に向かう忍の背を、サクモは見送った。
父親の肩越しに、こちらを見ている子供。
その顔を見ていたいという気持ちと、見ていてはいけない、という相反する気持ちが彼を苛む。
やがて彼は吐息をついて、眼を閉じた。


「………お館様。…大丈夫、でございますか」
橋の欄干にもたれ、顔を伏せていたサクモは、気遣わしげなその声に身動いだ。
「…大丈夫、だ。………アスマ殿は?」
「すぐいらっしゃいます。…私だけ、一足先に」
そうか、とサクモは息をついた。
「………お館様」
「うん?」
「あの………あ、いいえ。何でもございません」
カノウの態度に、サクモは微苦笑を浮かべる。
「………わかっているよ」
「お館様………」
「………あの子は、カグヤじゃない。………わかっている………」
でも、とサクモは声を震わせた。
「似過ぎている………!」
「……………………」
カノウは、主にかけるべき言葉を失った。
そして、唇を噛む。
まさか、こんな遠い異国の地で、『お嬢様』に瓜二つの子供に遭遇するとは夢にも思わなかった。
カノウも、銀髪の忍が抱いてきた子供を見て、驚愕したのだ。
そして、その子を見た主の心を案じた。
たった一歳で失った、愛娘。
さらわれ、行方知れずになった娘を、彼は諦めなかった。
何年も捜し続け、周囲にはもう諦めろ、葬式をだしてやれ、と諭されても頑として首を縦に振らなかったのだ。
そんな彼が、あの子供を目の前にしてどんな心地になったことだろう。
主の心を思うと、カノウの胸も切なく痛んだ。
サクモは川面を眺めながら、ポツンと呟いた。
「………欲しい、な………」
「お館様?」
カノウは驚いて主の顔を見る。
「………あの子。………ねえ、カノウ。………今の子、養子にもらえない………かな」
そう口に出してから、自分でそれを否定するかのように彼は首を振った。
「………………ダメ、か。………親が、手放すはずが無い………」
忍の世界の親子関係が、どんなものかはわからない。
だが、あの忍は我が子を護る為ならどんな事でもするだろう、とサクモは思った。
たった一瞬だったが、子供をさらったかもしれない『不審者』に向けられた鋭い殺気。
あれは、子供への愛情ゆえに生まれたものだ。
「………戻ろうか。………ちょっと、頭を冷やさないとね」
「はい、お館様」
カノウは、余計な言葉は口にせず、ただ主の言葉に従った。
他国の忍の子を、名門貴族の養子になど、正気の沙汰ではない。
今はただ、心が揺れているだけだ。
自分が心血注いでお育てした坊ちゃまは、聡明な方だと信じている。
決して、血迷った真似はしないだろう。
そう、信じていた。
 


 

(09/06/04)

 



鉱山王=サクモっていうのは、皆さん既にお気づき………でしたよね^^; たぶん。
(『白牙公』ってとこでバレバレですわな)
いつ名前を出そうかなー、名前を出さないと書きにくいよ…と思ってたんですが、せっかく伏せてきたんだから、カカシに名乗るまでガマンしよう、と。
サクモさん存命のパラレルの中では、一番先に話が生まれていた夫婦イルカカVerだったのに、UPは一番後になってしまいました。
話が一番ややこしそうだったので、モタクサしているうちに大学生Verとか先になっちゃって;;

カカっさん、貴族のお姫様だったという何だかなー、なトンデモ設定になってきました………どえぇ。
ヒドイ親子の対面………というか。
鉱山王さん、ソレ娘と孫です。(笑;)

 

NEXT

BACK