それは予期せぬテンペスト −21

 

 

もう明日は鉱の国へ発つ、という日。
最終的な事務手続きをしに来ていたカカシは、上忍待機所の椅子に座ったまま、胡散臭げに目の前の青年を見上げた。
「………ツナデ様が、オレとイルカ先生のツーマンセルでは何かあった時に人数的に対処しきれまい、とお考えになり、せめてスリーマンセルで護衛をせよ、と増員して下さった、というところまではわかるケド。………何でお前よ?」
青年は肩を竦め、芝居がかった仕草で両手を広げる。
「さあ? ツナデ様が直に動かせる手駒の中で、ボクが一番使いやすいってことでは? ………本当は、諸々考えるとアスマさんか紅さんあたりが適任でしょうけどね。ちょっと、目的地が遠いでしょう。…あの方々は上忍師です。預かっている下忍の教官としての責任がありますから」
「………お前、オレの事情全部知ってたっけ? テンゾウ」
テンゾウと呼ばれた青年は、少し悲しげに首を振る。
「先輩が既に人妻で子持ちだったってことですか? ご多分に漏れず、先輩が開き直ったあの時まで知りませんでしたよ。知った時はそりゃあショックでしたが。………今回の、お父様の件に関しましては、ツナデ様から伺いました。…ボクは暗部です。余計なことは決して他言しません」
カカシは、暗部時代の後輩をじーっと眺める。
確かに、これは暗部の中でも優秀な男だ。便利な特殊能力も持っている。
それに、先輩であるカカシの言う事にはまず逆らわない。
(………ま。ある意味、適任っちゃ適任か………)
「………わかった。じゃあ、よろしく頼むわ。………あ、その無表情なんとかしなさいよ? オレの子達、泣かせたら承知しないから」
ハハハ、とテンゾウは乾いた笑い声をあげる。
「大丈夫です。ボク、結構子供ウケいいんですよ?」




その日は朝から快晴だった。
旅立ちの日としては悪くない。
カカシとイルカは子供達を連れ、里の大門から出た。テンゾウは、荷物持ちよろしく後からついてくる。
サクモ達とは、火の国の一番大きな街道の起点で待ち合わせていた。
馬車は大きな六頭立てなので、捜さずともすぐに見つかる。
一行に気づいて歩み寄ってきたサクモに、カカシは一礼した。
今日のカカシは、きちんと忍服をつけている。女姿ではやはり動きにくいからだ。
ただし、口布を上げて額当てを斜につけたいつものスタイルではなく、左眼をこの間の目立たぬ眼帯で隠し、額当ては腕に巻きつけている。これだけで、いつもとはかなり印象が違って見えた。少し伸びていた髪も切らず、襟足でまとめている。
「おはようございます。お待たせしましたか」
「おはよう。…いや、こちらもまだ馬車の最終点検をしているところだから」
サクモは、イルカ達にも微笑みかけた。
「おはよう。いい天気だね」
チハヤを抱いたイルカは、丁寧に頭を下げた。
「おはようございます」
イルカに手を引かれて歩いてきたチドリは、ぴょこんと跳ねる。
「おはようございます! おっきぃおとうさん」
「おはよう、チドリちゃん」
サクモは笑って、子供達の頭を撫でた。
「チハヤちゃんは、まだおねむだね」
イルカは、眠っているチハヤを申し訳なさそうに見た。
「すみません、昨夜なかなか寝なくて。…いつもと何かが違うと、この子なりにわかったのかもしれません」
「旅立ちの前夜は、どうしても空気が変わってしまうものだからね。子供は、そういった空気の変化に敏い。…馬車の中、子供達が眠れる場所を作ってある。チハヤちゃんを寝かせてあげたらいいよ」
チドリはともかく、チハヤは体調を崩しやすい子だ、とカカシに聞いていたサクモは、なるべく子供の身体に負担がかからないように気を配り、馬車の中を改装していたのである。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてこの子を寝かせてきます。…おいで、チドリ」
イルカは会釈し、子供達を連れて馬車に向かった。
カカシは、後ろに控えていたテンゾウをサクモに紹介する。
「実は、五代目の配慮で護衛が一人増えました。これはテンゾウといいます。事情はわきまえていますし、信用はおける男ですから。…それと、人数増えたからと言って、依頼料は変わりませんので」
カカシに紹介されたテンゾウは、サクモに一礼する。
「テンゾウです。よろしくお願い致します」
「サクモです。…こちらこそ、よろしくね、テンゾウ君。………依頼料、増えたって別に構わないよ? カ………」
自分の娘をどう呼べばいいのかわからなくなったサクモの言葉は、そこで途切れる。
「………カグヤ、とお呼びになりたいのはわかりますが。…この旅の間は一応、芥子と呼んで頂けますか? 申し訳ありませんが、オレも貴方を父とは呼びません。…それと、依頼料に関しましては最初に取り決めた通りで。…人数が増えたのは、こちら側の都合ですから」
「………わかった。………では、そろそろ出発しようか」
「了解です。…テンゾウ、鉱の武人さん達にも挨拶しておいてね」
「はい、先輩」
テンゾウがスタスタと馬車の方へ行くのを見送りながら、サクモは「先輩って?」と訊ねた。
「…とある部隊に所属していた時の後輩なんです。…少々特殊な部隊だったので、タテヨコの繋がりも他の部隊より特殊……なのかもしれないです」
「………特殊な部隊か。………それはもしかして、ツナデ殿の側近くについていたお面の人達かな」
やはり、勘のいい男だ、とカカシは思った。僅かな情報で『正解』に辿り着く直感力は、武人としても鉱山の経営責任者としても彼を一流にしている要因になっているのだろう。
カカシは、ヘタに隠し立てするのを諦めた。
「その通りです。あの、獣面をつけているのは暗部………暗殺戦術特殊部隊。火影直轄の部隊です」
「………火影殿の直轄。…なるほど、信用がおける、というのはそういう意味もあるのだね。…でも何か、危ない響きの部隊名だな、と思うのは気のせいだろうか………」
「気のせいです、と言いたいところですけど。………まあ、忍の仕事なんて、Dランク以外は血なまぐさいものが多いので………」
「Dランク?」
「Dランクは、駆け出しの下忍が主にやる任務です。忍のやるような仕事じゃないものも多いですよ。畑仕事とか、お使いみたいなものとか。子供にある程度社会性を身につけさせ、世の中の仕組みを教えるのが目的ですね」
カカシは、サクモを見上げた。
サクモの方が背が高いので、すぐ傍に立っているとこうして見上げる形になってしまう。
「………忍のことに、興味がおありですか?」
うん、とサクモは頷いた。
「………君が、やってきた事。君のいる世界の事。………私は、知っておきたい」
カカシは、薄っすらと笑った。
「オレは、貴方にはあまり知って欲しくないって気もします。………オレの事、わかってくださろうというのは嬉しいですけど」
「うん。………君が言いたくないことは、無理に聞きだそうとは思わないから。…話せる範囲で話して」
「………わかりました」
「ちなみに、この護衛任務のランクは?」
「護衛任務は、護衛する対象者によってランクが変わります。…貴方は、鉱の国の要人ですから。上忍がつく必要性あり、と認められたのでAランクになります。………すみません、オレを指名なさったんで、依頼料が割高になっちゃったんですよ」
いや、とサクモは首を振る。
「君が来てくれなきゃ、意味が無いんだから。………ねえ、ひとつ聞いておくのを忘れていたよ」
「…何でしょう?」
その問いはすぐに彼の口から発せられなかった。迷うような間の後、ようやくサクモは口を開く。
「………………怒ってるかい?」
カカシはパチクリと瞬きした。
「は?」
「………私は、任務という名目で、君と…君の家族を、鉱の国へ連れて行こうとしている。………やり方が、強引だったという自覚はあるんだ」
カカシは首を振る。
「いいえ。………別に、怒ってなどいませんよ。先日の打ち合わせの時に、貴方が仰った通りです。…こういう方法でなければ、オレは里を離れられないですから。………オレもね、自分に生まれ故郷というものがあるのなら、見てみたい………って、そう思っているんです」
馬車に向かって歩きながら、サクモは微笑んだ。
「………なら、いいのだけど」


イルカがチハヤを馬車の中に寝かせている間、チドリは眼を輝かせて馬を見ていた。
馬を近くで見たのも、乗り物に乗るのも初めてだったからだ。
馬の世話をしていたイシトは、チドリが馬に興味を示しているのに気づき、声をかけた。
「………チドリ様は、馬がお好きですか?」
「あ………あの、ぼく、おうま、はじめてみたから………」
おどおどと答える子供に、イシトは微笑んだ。
「ちょっとだけ、触ってみますか?」
ぱっとチドリが笑顔になる。
「いいんですか?」
「そっと触るだけでしたら。…叩いたりしちゃ、いけませんよ」
「はい」
イシトはチドリを抱き上げる。チドリは小さな手で、馬の首をそっと撫でた。
「わあ…あったかい」
「いいですか? チドリ様。馬は、大きくて強いですが、とても臆病…つまり、怖がりな生き物なんです。チドリ様に脅かす気が無くても、馬の方は驚いて蹴ってしまうかもしれません。決して、お一人で近づきませんように」
チドリはコックリと頷いた。
「わかりました。おうまにさわりたいときは、おねがいします」
「チドリ様は、いい子ですね」
チドリは、はにかんで赤くなった。
可愛いな、と思う反面、イシトは複雑な気持ちで子供を抱いていた。
この子は本当に、白牙公の血を引く子なのだろうか。
実の所、彼とセキヤは、あの芥子という女性が白牙公の娘だという事に関しては、まだ半信半疑だったのだ。
聡明な人物だといわれている白牙公が、木ノ葉に騙されているとは考えたくはないのだが。
彼は、『長年行方不明だった娘が見つかった』と思っている。その喜びで、彼本来の慎重さや深慮が今、どこかへ行っているとしてもおかしくない。
彼らにしたら、娘とされる彼女だけではなく、その夫と子供も鉱の国へ連れて行く事が危険な行為に思えてならないのだ。
もしも、鉱山王が娘―――もしくは孫に家督を譲るなどと公言したら。
それが、実現してしまったら。
鉱の国随一の鉱山を所有する翠鉱家が、木ノ葉にいいようにされてしまうのではなかろうか。
ただの一武人が差し出がましい、と思いつつも、ついそんな心配をしてしまう。
「おじさん、おうまにさわらせてくれてありがとう」
ハッとイシトは腕に抱いていた子供を見た。
澄んだ無邪気な瞳がイシトを見上げている。
たとえ、木ノ葉が何を企んでいるにしろ、この子は今、護るべき非力な存在なのだ。
子供には何の罪も無い。
イシトは微笑んだ。
「このくらい、いつでも。………さ、馬車に乗りましょうね」

御者のセキヤが、手綱を取る。
馬が軽快に走り出し、鉱の国への旅が始まった。
 

 

 

(09/09/23)

 



 

考えてみたら、テンゾウ初登場。(笑)遅………ッ 登場させるのが。
彼の言う「センパイが開き直った時」の話はまだ書いていません。
………書けるかどうか自信が無くなってきました………;;

 

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