それは予期せぬテンペスト −20

 

 

カカシと共に居間に戻ったサクモは、穏やかな声で一同に告げた。
「すまない。待たせたね。………では、改めて顔合わせと、今回の旅について説明を行うとしようか」
大丈夫だ、と言われても白牙公の姿が見えないうちはどこか落ち着かない様子だった鉱の武人二人は、ホッとした表情を浮かべた。
「―――ここ火の国に、私達は親善を兼ねた御前試合の為に来たわけなのだが。これは、双方の国にとって友好関係を築く、いいきっかけになったと思う。そこで、今後両国間で様々な取引が行われる可能性を考え、海路以外の移動路もこの眼で確認しておきたいと私は考えた。つまり、陸路を使って帰国する。……ここまでは、いいかな?」
サクモの視線は、若い武人達に向けられていた。二人の青年は、「はい」と頷く。
「結構。………でもね、実を言うと、そういう公的な理由の他に、この旅には私的な事情も絡んでいるんだ」
サクモは、二人の若い武人達に申し訳なさそうな眼を向けた。
「私の個人的な事情に巻き込んで君達にはすまないと思うが、どうか協力してもらえないだろうか」
武人達は、もちろんです、と頷いた。
「白牙公のお供に選ばれたことを、我らは栄誉に思っておりますゆえ」
「どうぞ、何なりと仰ってください」
「ありがとう。頼みにしているよ。………では、先ず君らから自己紹介してくれるかい?」
「はい」
赤銅色の髪を持つ、背が高い方の青年が先に一礼した。
「鉱の軍、第十一部隊副隊長タイラ・イシトと申します。お見知りおきを」
「鉱の軍、第五部隊所属、ゴドウ・セキヤです。よろしくお願いします」
セキヤと名乗ったくすんだ金髪の青年は、御前試合で不運にもガイと当たった青年である。相手がガイだったので秒殺されてしまったが、それなりに腕は確かな武人だった。
二人とも、二十代半ば。副隊長だというイシトの方が僅かに年長に見えた。
「カノウ」
主の声に、初老の使用人は丁寧に頭を下げる。
「お館様の従者を務めております、カノウと申します。皆様方どうぞ、よろしくお願い致します」
カカシ達は、「こちらこそ」と礼を返した。次は、木ノ葉側である彼女達が自己紹介する番だ。
忍としての序列を考えれば、先に名乗るのはカカシの方―――と言う事になるのだが。
カカシの目配せに気づいたイルカが、先に口を開いた。
「私は、木ノ葉の中忍でうみのイルカと申します。よろしくお願い致します」
当然、次はカカシの番なのだが、彼女は黙ってサクモに視線を向けた。
その視線を受け、サクモは軽く咳払いをした。
「イシト君、セキヤ君。………彼女の自己紹介の前に、話しておかねばならない事がある。先程も言った、私の個人的な事情についてだ。………これは、ごく少数の者にしか知られていない事だし、とてもデリケートな問題なので、今はまだむやみに口外出来ないのだが。………君達を信用して話す。そこのところを、理解しておいて欲しい」
青年達は、その場の空気で白牙公の言う『個人的な事情』を知らないのは自分達だけなのだ、と気づく。
「―――はっ! 承知致しました」
「公のご信用を決して裏切りません」
若い武人達の真剣な表情に、サクモは微笑んだ。
「うん。…さすがにゲンブ中将が推薦してくれた子達だね」
武人達の感情の動きを感じ取りながら、「うまいな」とカカシは思っていた。決して上から押さえつけるような物言いをせず、相手に反感を抱かせないどころか、進んで従わせてしまう空気を持った人だ。
「………私に、一人娘がいた事は知っているだろうか。………その娘が、二十年以上前に誘拐され、行方知れずになった事を」
武人達は、黙って頷いた。その話は、中将から聞いたことがあるからだ。
「………私は何年も娘を捜した。…周りの者にもう諦めろと言われても、私は諦められなくてね。…ずっと、ずっと捜し続けたんだ。…そんな私を、神は憐れんでくださったのかもしれない。………見つかったんだよ。…こんな遠い火の国で、私の娘は生きていたんだ」
え? とセキヤは思わず声をあげた。
「ご、ご息女が見つかったのですか!」
「そう。この火の国。……木ノ葉の里で、うみの芥子という名で生きていたんだよ」
サクモは、ス、とカカシに手を向けた。
「………彼女が、私の娘。…エン・カグヤだ」
彼らに向け、カカシは優雅に会釈してみせた。
「…木ノ葉上忍、うみの芥子です。……カグヤという名は、慣れませんので。芥子とお呼びくださいな」
「…………………ッ…………」
絶句している青年達を尻目に、サクモは説明を続けた。
「………せっかく見つかったんだ。…私は、彼女に国に………私の元に戻ってきて欲しいと思った。………だが、それはもう無理な話だ。……彼女はもう、ここの人間として暮らしている。…彼、うみの君に嫁いで既に子供も二人いるし。………無理に連れ帰るわけにもいかないだろう」
チハヤを膝に抱いたカカシは、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「だから、せめて一度くらい里帰りして、生まれ故郷を見て欲しいと思ってね。今回の護衛を私が依頼したんだ。………彼女も忍だからね。そういう理由が無いと、里を離れられないんだよ。帰途に陸路を選んだ、私的な事情というのがそれだ。………わかってもらえたかな?」
イシトとセキヤは、俄かには信じ難いといった顔でカカシを見た。
そう言われて改めてみれば、確かに彼女の髪や眼の色、顔立ちは白牙公に似ている。
だが、聞いた話では、彼の娘はほんの赤ん坊の頃に誘拐されたはずだ。
白牙公―――鉱山王が幼い頃に誘拐された娘を捜しているという『情報』をつかんだ木ノ葉が、彼に色彩が似ている女を『娘』に仕立て上げた可能性は無いのだろうか。
その女性は本当に貴方のお嬢さんなんですか、どこにそんな証拠があったんですか、と喉元まで出掛かった疑問を、青年達は呑み込んだ。
何より、彼は彼女を自分の娘だと信じきっている様子だ。自分達が余計な口を挟む問題ではない、と判断し、頭を下げる。
「………わかりました。…白牙公、長年行方不明になっておられたご息女カグヤ様が、ご無事であらせられました事、お慶び申しあげます。我ら二名、鉱の武人の名にかけて、カグヤ様の御身、御守り致します」
いや、オレの事は放っておいてくれて構わないんですけど〜、と思ったカカシだったが、ここは曖昧な笑みを浮かべるにとどめておく。
「ありがとう。…それとね、鉱へはこの子達も一緒に連れて行こうと思う。…大きい方の子が、チドリ。小さな方の子がチハヤ。………私の、孫達だ」
いきなり、大人達の視線が自分に集まった事に気づいたチドリは、キョトンとした。
そんなチドリに、カカシは優しく微笑みかけた。
「………あのね、チドリ。……チハヤを捜してくれたこのおじさんはね。…お母さんの、お父さんだったの。………今まで、遠い外国にいたから、わからなかったんだ。………チドリとチハヤの、おじいさんだよ」
チドリは、大きな眼を更に見開く。
「………おじーちゃん?」
「そうだよ」
チドリは、じーっとサクモを見て、小首を傾げた。
「……………………でも、おひげがないよ? おじーちゃんって、おひげがあるんだよ。それでね、もっとおカオがしわしわ〜、なの」
大人達は思わず笑ってしまった。
チドリの認識では、三代目のような老人が『おじいちゃん』なのだ。
年齢から来る呼称と、続柄から来る呼称の違いを、幼い子供に説明するのは難しい。
「………お館様。ですから、おひげくらいはあった方がよろしいのでは、と以前から申し上げておりましたのに」
「…でもカノウ。…私はひげが似合わないんだよ」
ほ、とカノウがため息をついた。
「まあ………お館様はまだお若うございますから。………おじいさま、という印象は確かにございませんね」
カカシは、丁度いい機会だとばかりに質問する。
「あの。………失礼ですけど、お歳を伺ってもよろしいですか?」
見た感じが若いので、年齢がさっぱりわからない男だと思っていたのだ。
「私かい? ………私は、四十四…いや、今年で四十五になるが」
サクモの答えに、カカシは片眉を上げる。
「ちょっと。………貴方、本当にオレの父親なんですか? …計算合わなくないですか」
ムッとサクモは眉根を寄せた。
「…………………合っていますよ。君、私が十七の時の子だから」
え? とカカシが軽く仰け反る。
「………じ、じゅうなな?」
カカシだけではない。子供達とカノウを除く全員が、軽い驚愕の表情を浮かべてサクモを見ていた。
その視線に、仕方なさそうにサクモは話し始めた。
「………事情があって、結婚を急がされたんだ。………私は、父が高齢になってから出来た子でね。しかも、初めての男児で、跡継ぎだ。…死の病に罹った父は、自分が生きているうちに何としても息子の子供…孫の顔が見たいと切望してねえ………。私はまだ結婚なんて早いと思っていたけど、病床の父に散々懇願されたら、我を張り通せなくて。………十六の誕生日が、結婚式だった。……鉱では十六で成人とされ、婚姻が認められるから」
なるほど、とカカシは納得した。
「そういう事情でしたか。…オレはまた、若気の至りで出来ちゃった子かと思いました。一瞬」
「そんな情熱的なものじゃないよ。…私が彼女…君の母親と婚約したのは、十二の時だ。…まあ、政略結婚ってヤツだね」
カカシは同情的な眼で父親を見た。十二なんて、まだ子供だ。
親の都合で子供のうちに結婚相手が決まってしまうことなど、貴族と呼ばれるような階級の家にはよくあることだと、知識の上では知っていたが。
実際に自分の父がそうだったと知ると、複雑な気分になる。
カカシの表情に気づいたサクモは、にっこり笑った。
「そんな顔しないで、カグヤ。………政略結婚ではあったけど、私は彼女を愛していたし、彼女もそうだと思っている。…そういう意味では、私は幸運だったのかもしれない」
サクモは、チドリの方に向き直った。
「チドリちゃん。…おひげは無いけどね。私は、君のお母さんのお父さんだから。チドリちゃんにとっては、おじいちゃんって事になるんだよ。…わかる?」
チドリは首を傾げる。
「………おかーさんの、おとーさん………おっきい、おとーさん?」
「…………………うん、そう…とも、言うかな?」
どうしても、チドリにはサクモが『おじいさん』とは思えないらしい。
『大きいお父さん』という言い方でやっと納得したようだった。
うん、と小さく頷いて、「おっきいおとうさん!」とサクモを見上げ、ニッコリ笑った。
そして、早速弟にもその呼び方を伝授する。
「チハヤちゃん、おかーさんのおとーさんだって! おっきいおとうさんだよ」
チハヤはわかっているのかいないのか、ニコニコして「とーた」とサクモの方に手を伸ばす。サクモは、チハヤの求めに応じて小さい身体を抱き上げた。
「………そう言えば、この子は初めから私を『とーた』って呼んでたなあ………」
カカシは沈んだ声で呟いた。
「………チハヤは、オレのことも『とーた』なんです………」
イルカは妻の肩を慰めるように軽く叩く。
「チハヤはまだ、しゃべれる語彙が少ないんですよ。………芥子さんとサクモ様が、よく似ていらした所為でしょうね、その呼び方。………いや、赤ん坊独特の勘で、サクモ様が自分と血の繋がりのある方だとわかっていたのかもしれませんね、チハヤは」
人見知りするチハヤが、サクモのことは最初から拒まなかった。
今も、抱っこされて喜んでいる。
「………だと、嬉しいね」
サクモはチハヤを大事そうに抱えなおし、手を伸ばしてチドリの小さな頭を撫でた。
 

 

 

(09/09/6)

 



従兄弟の子供(幼稚園児)が、おばあちゃん(私の義理の叔母)を『大(おお)ママ』と呼んでます。
昨今よく眼にする『ばぁば』よりいいか………のかな?
あれって『ばばぁ』と語感が似てるんで、なんだかなー、と思うんですよね。
(『じぃじ』とか『ばぁば』って、赤ちゃんのうちなら仕方ないかとも思うけど)

………んが。
素直に『おばあちゃん』って呼べばよかろう。(笑)

 

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