それは予期せぬテンペスト(中) −1
土の国。忍達の隠れ里が『岩隠れ』なので、岩の国、と呼ばれる事もある。 今現在、火の国と土の国は表立った争いはしていないが、木ノ葉の忍がいきなり子供を連れて行って診てくれと言うよりも、旅行中の鉱の国の貴族の方が医者側に構えられなくて済む。 チハヤを病院に連れて行くのはサクモとカカシ、それに従者のカノウと、護衛としてイシトが供をすることになった。 カカシは忍服を脱いで女物の服に着替えた。 男として生きてきた年月の方が長く、また結婚してからも女性らしい服装をすることは稀な為、未だに妙な気分になる。 「お待たせしました。すみません」 カカシは、サクモの腕からチハヤを抱き取った。 「とーた………」 「いい子だね。お熱があるから、ちょっとお医者さんに診てもらおうね?」 チハヤは、首を振ってむずがった。 「ん〜…ゃ、やあ」 「嫌じゃないの。お熱、つらいでしょ? お医者さんに診てもらえば、元気になれるから」 「………ん」 カカシは、大人しくなった息子の頭を撫でた。 「よしよし」 サクモは、カノウから手渡されたショールをチハヤに着せ掛ける。 「じゃあ、行こうか」 「はい。すみません、よろしくお願いします」 街のはずれに馬車を停め、一行は徒歩で街に入る。 サクモは、大きな通りを見回した。 「さて、病院はどこだろうね」 「聞いて参ります、お館様」 先に立ったカノウが、目についた商店で道を聞いてきた。 「お館様、お嬢様。この町には、町立の大きい病院がひとつ。個人的な開業医院がひとつ、あるそうです。医者の数は大きな病院の方がおりますが、飛び込みではだいぶ待たされるとの話でございます」 「そうか。…その、開業医の方だが。評判は?」 「悪くはございません。親切な対応をするところだと言っておりました。腕の方は、そこそこでしょうね。自分の手に負えないと判断すると、町立病院の方に紹介状を書いて回すそうです」 サクモは、カカシを見た。 「どうする?」 カカシの判断は早かった。 「その、町医者の方でいいでしょう。大きい所は、面倒そうです。時間ばかりかかってしまいそうですし」 「わかった。では、その開業医の方にしよう」 カノウは頷いた。 「あちらの道を左に真直ぐ行くと、右手にあるそうでございます。目印は、橙色の瓦屋根だとか」 目当ての開業医院はすぐに見つかった。 カカシはその建物で、あるものに眼をとめた。 (……こんな所に木ノ葉の『草』が……?) 木ノ葉の忍だけが気づくしるしが軒先にさりげなく施されていた。 岩隠れに潜伏して、国内の動向を探っている『草』がいるしるしだ。 他国の情報は値千金の場合もある。 だが、サクモ達がいるところで『草』に接触したくはなかった。 後でテンゾウを遣って、めぼしい情報があるかどうか探ってきてもらおう。 医院の規模は本当に小さかった。 イシトは、医院の中には入らず表で待機。 カノウは、せっかく街に来たのだから、と一人で食料の買出しに行ったので、医院にはチハヤを抱いたカカシとサクモが入った。 受付に中年の女性。医師が一人、看護士が二人ほど。 このうちの誰かが木ノ葉の同胞のはず。 受付の女性は、旅の途中で子供が熱を出したと言うと、いたく同情してすぐに看護士を呼んでくれた。 看護士はチハヤの熱をはかり、細かい症状をカカシから聞き取ると番号札を差し出した。 「この番号でお呼び致します。お掛けになって、少々お待ちください」 待合室には先客がいた。齢八十は越えていそうな老女と中年の男性、そして三、四歳くらいの男の子を連れた母親らしき女性。 「座らせてもらおう、カラシ」 「あ…はい」 サクモに促され、カカシはベンチ状の長椅子に腰を下ろした。 子連れの女性が、チハヤを覗き込む。 「この街の人じゃないんですね。お子さん、お幾つですかぁ?」 カカシは、女性の気さくさに戸惑いながらも努めて愛想よく返した。 「あ…一歳です。国に帰る途中で、ちょっと熱を出してしまって………」 まあ、と女性は眉根を心配そうに寄せた。 「それは大変ですねぇ。小さなお子さん連れで、旅だなんて」 「熱は大したことはないんですけど。念の為、お医者様に診ていただこうかと思って」 「ああ、その方が安心ですものね。まあ、それにしてもなんて色白で可愛らしいお嬢ちゃん! お母さんにもお父さんにもよく似ているから将来が楽しみですね〜」 「え……そ………」 この子はお嬢ちゃんではないし、自分達も夫婦ではなくて親子だ。 カカシは何処から訂正しようか、訂正などしなくてもいいかと迷い、結局黙ってしまった。 サクモも、微苦笑を浮かべるにとどめる。 ほほほ、と老女が笑った。 「もしかして、お嬢ちゃんじゃなくてお坊ちゃんじゃないのかね?」 カカシは老女を振り返り、気まずそうに頷く。 「はい。お、男の子………です」 あらやだごめんなさいっ! と、女性は慌てて謝った。 カカシは肩を竦める。 「謝っていただくことはないです。よく、間違われるもので……なんかもう、わざわざ訂正しなくてもいいかな、なんて思ってしまって………」 「まあ、このくらいの年齢だと、区別はつきにくいものだよ」 サクモは、熱で元気の無いチハヤの頭を撫でた。チハヤは、潤んだ眼でサクモを見上げる。 「とーた………」 「いい子だね。大丈夫、怖くないからね」 カカシは、それとなく周囲を見回し、手洗いの表示を見つけた。 「すみません、この子、お願いします。…ちょっと、お手洗いに」 「ああ、行っておいで」 サクモにチハヤを抱き取ってもらい、カカシは足早に手洗いに向かった。 扉を閉めてカギをかけ、手荷物の中から紙と筆記具を取り出して素早く文字を書き付ける。 針の先で軽く指を傷つけて紙に少量の血を染み込ませ、印を切って息を吹きかけると、紙は白い蝶に変化した。 手洗いの換気用の小さな窓から、すぅっと蝶は出て行く。白い蝶は、数分でイルカのもとに辿り着くだろう。 後は、イルカがやってくれる。テンゾウに、この医院にいるはずの『草』と接触するよう指示をしてくれるはずだ。 手洗いから出ると、老婦人の姿は無く(おそらくは診察中なのだろう)、サクモは子連れの女性と和やかに世間話をしていた。 あの女性は、目の前の男が鉱の国の貴族だなどと思いもしないだろう。土の国に貴族階級は存在しないのだから、当然だ。 身なりから、上流の人間だろうと言う察しはつくだろうが、サクモはどんな人間を相手にしても無駄に偉ぶったりしない男なので、女性もまったく気後れしていないようだ。 「すみません、ありがとうございました」 「いや」 カカシはサクモからチハヤを抱き取り、女性に向けてにっこりと会釈をする。 「お子さん、大人しくていい子ですね。三つくらいですか?」 男の子は、母親の膝にもたれて熱心に絵本を眺めていた。 「ええ、来月で四つなんですよー。ちょっと、気管支が弱いから毎月お薬を頂いているの。でも、それ以外は結構丈夫だから。気管支も、大きくなればたぶん治るって」 「そうですか。それは何よりです」 今は体が弱いこの子も、成長に従って丈夫になればいいのだけれど。そう思いながら、カカシはチハヤの頭を撫でる。 待合室に戻ってきた老婦人は、会計を済ませると「お先に」と出て行った。次に呼ばれて診察室に入った女性と子供は、五分とかからずに帰ってきた。 毎月来ていると言っていたから、簡単な診察で済むのだろう。 「二十一番でお待ちの方、お待たせ致しました。どうぞ」 「はい」 カカシは、チハヤを抱いて診察室に入る。サクモも、後ろからついてきた。 医師は、四十歳くらいの女性だった。 「こんにちは。旅の途中だそうですね。お母様、お子さんを抱いてそこにどうぞ」 「はい。よろしくお願いします」 カカシは、チハヤを膝に抱いて医師の前の椅子に腰を下ろした。 医師は、看護士がカカシから聴き取って書いた問診票を確かめる。 「えーと、解熱剤の投与は二時間ほど前、と。…熱は下がってきているようですが。お子さん、発熱はよく?」 「ええ。熱はよく出す方ですね。興奮するようなことがあると必ずと言っていいくらいに。お腹も少し弱くて、よく壊します」 「どれ? おばちゃんにポンポン見せてね〜」 医師は、チハヤの腹と背中、口の中を診察した。 「少し、のどが腫れていますねえ。でも、身体に発疹も無いし、特に悪い所は無いようです。風邪気味なのと、お母様の仰る通り精神的なものでしょう。旅の疲れが出ているのもあると思いますし。お薬は普段、どんなものを?」 カカシは、ツナデが処方してくれた薬を懐から出した。 「解熱剤は、これを」 「失礼。見せてください」 医師は紙包みを開けて、少量を取り舌に乗せた。ほんの少し、眼を細める。 「………腕のよい薬師の方がいらっしゃるようですね。私の出番は無さそうです。でも、お手持ちの薬の量が心許ないということでしたら、何日分かお出ししましょう」 カカシは考えた。 ツナデには多めに薬を貰ってきていたが、この先こういう機会はあまり無いかもしれない。 「ありがとうございます。では、十日分ほど頂ければ助かります」 「では、解熱剤と栄養剤を処方しましょう。旅の移動手段は、馬車ですか?」 サクモの身なりを見て、徒歩の旅とは誰も思うまい。 「そうです」 「お急ぎでなければ、今夜一晩はこの町でゆっくりとお休みになることをお勧めします。明日の朝になっても、平熱に戻っていなかったらもう一度診た方がよろしいのではないかと思いますので」 サクモとカカシは顔を見合わせた。 「どうしましょう………」 「私は、お医者殿の言葉には従った方がいいと思うよ。…だが、この町に急に行っても泊まれる宿はあるだろうか。子供はこの子の上にもう一人いるし、大人は全部で七人いるのだが」 おや、と女医師は顔を上げた。 「結構大所帯ですね。ふむ、そうですねえ……泊まるように勧めておいて申し訳ないんですが、この町には偉い人が泊まるような宿は無いんですよ。街道から外れているもので、旅行客もあまり来ませんしね。安宿でよければ、私がご紹介しますが」 「もちろん、贅沢は言いません。ご紹介頂けるなら、ありがたい。よろしくお願いします」 サクモがそう言うならば、カカシに異論はなかった。 元々、この旅の主はサクモであり、カカシ達は彼の護衛という立場なのだから。 そう言いきってしまうには、かなり変則的ではあったが。 |
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前編から随分開いてしまってすみません。 この中編部分は、サイトにUPするよりも早く本として出ますので、これはいわばサンプルのようなものです。 舞台は、御父さんのお屋敷が中心になります。 |