海原越えて
2
『匿名希望の女性』からイルカへのラブレターは、それから何日かに一度、届くようになった。 いつも、イルカが席を外している時にいつの間にか机の上に置かれている。 同僚に尋ねても、誰もその現場を目撃した者はいない。 文面は、最初の時とそう変わらなかった。 イルカのことを褒め、そこが好きだと書いてある。 手紙が何度も届くようになってから、イルカは周囲に注意を払ってみたが、物陰からコッソリとイルカを見ているような女の姿を捉えることは出来なかった。 いったい何処の誰が、こんな事をしているのだろう。 黙って見ているだけでは気持ちが抑えられなくて、手紙を書き、相手に届ける。 でも、恥ずかしくて直接会いに来ることはおろか、名前も告げられずにいる女の子。 (…いや、女の子って決め付けてもイカンかな。………恋に年齢は関係ないし。もしかして、俺よりも年上過ぎて顔を見せることを躊躇っているってこともあるし。文章からも、子供じみた印象は受けないし………) そう考えると、その線が一番あり得そうな気がしてきた。 誰にも姿を見られずに手紙を置いていく手際は、経験を積んだ一人前の忍のもの。筆跡も控えめな文面も、落ち着いた年齢の女性を思わせる。 (………年上の女性、かあ………) 何となく、いいなあ…と、イルカはつい鼻の下を伸ばした。 普段、仕事で若過ぎるレディ達を相手にしている反動ではないだろうが、イルカは自分よりも年上の女性に惹かれる傾向があった。 一切を男に任せて、甘えて寄りかかってくるような女も可愛いといえば可愛いが、きちんと自分と言うものを持っている大人な人に魅力を感じる。そして、媚びる様な計算づくの甘えではなく、何かの折に少しだけ見せる、遠慮がちの甘えたそうな顔が――― (………ってソレ、カカシさんじゃないか………) 何てことだ。 成り行きと勢いで付き合い始めてしまった年上で格上の恋人は、『男』という一点を除けばイルカのタイプそのものだったのか。 (…道理で、何だかんだ言いながらも続いているワケだ………) 通算五通目になった『恋文』を、イルカはチャクラ封じを施した袋に入れる。 まだ、気は抜いていなかったのだ。 手紙が本当に無害なものとは限らない。一通一通では意味が無くとも、何通か揃ったところで発動する仕掛けが施されている可能性もあったので、イルカは手紙を一つの場所に保管しないでいる。 なら、焼き捨ててしまえば良いようなものだが、本当に何かの企みが存在しているのなら、証拠物件を隠滅する手助けになってしまうので、それは出来ない。 『ターゲット』をイルカにする理由は幾つか考えられるので、構え過ぎだと一笑に付すわけにもいかないのである。 それもこれも、誰が手紙を書いているのかわからない所為だ。 (…誰が書いているんだろう………) イルカは、自分がモテるタイプではないと思っている。 うみのの家は、忍としてそこそこ良い血統なのだが、くノ一達が欲しがるような特殊な血筋でも無い。 そんな自分を、真剣に想ってくれている人がいるのなら、その気持ちは本当に嬉しいと思う。 だが、なら尚更早く自分にはその想いに応える気がないことを伝えたい。 公に出来ることではないが、自分には想い人がいるのだ。 その人を―――彼を、裏切ることは出来ない。 もしも六通目が来たら、何か手を打とう。 イルカは、そう決心していた。 いつものように、ひっそりと机の上に置かれた手紙を見て、イルカはそっと息を吐いた。 六通目だ。 今度は、手紙以外のものも同封されていた。 四つ葉のクローバーを押し花にして、しおりにしたものだ。 手紙の文面は相変わらずどこか古風な、あまり若さを感じないものだったが、こんなしおりを贈ってくるところは、まるでアカデミーの女の子のようである。 (………狙い目は悪くないなあ。…俺、結構こういうのに弱いんだよな………) 可愛い、と思ってしまうのだ。 もしもカカシに手紙をもらい、こんな風に四つ葉のクローバーが同封されていたりしたら、そのしおりはイルカの宝物になるだろう。 生徒にもらったとしても、やはり嬉しくてそっと大事にとっておくに違いない。 今このクローバーのしおりを何となく胡散臭いものに感じてしまうのは、やはり贈り主が不明な所為なのだ。 本来短気なイルカは、匿名の手紙に苛つき始めていたのである。 名前を隠したまま、一方的に想いを告げてくるだけの手紙。どうにも陰気な感じだ。 段々、正体不明の相手が不気味にすら思えてきてしまう。 (………いい加減にしろ、と言ったら可哀想かな………) 仕方なく、イルカはペンを取った。 事務用の素っ気無い便箋に、『彼女』宛てに手紙を書く。 好意を伝えてくれたのは嬉しかったが、自分には想う相手がいること。 何も想いを返せないのが心苦しいので、もう手紙は書いてくれるなというような内容を、なるべく相手を傷つけないように注意しながら、簡潔な文章にまとめる。 そして、自分が席を外す時には必ずその手紙がわかるように机の上に置いておいた。 イルカが返事を書いた二日後の朝。 イルカの手紙は消え、代わりにいつもとは少し趣の異なった書状が置いてあった。 (………何だか果たし状………みたいな?) せっかくのクローバーのしおりも、もしも一生懸命に探してくれたものなら悪い、と思いながらも素直に受け取る気がしなくて、返事に同封して返してしまった。 (………怒らせちまったかな………?) しかし、匿名で一方的に想いを寄せた挙句、『振られ』たら即攻撃行動に出るような危険な女は、相当にヤバイ人種だということになる。コピー忍者・はたけカカシ以上にイルカの理解の範疇を超える存在だ。 (………いやいや、まだ中も見ずに果たし状とか思うのは良くないよな?) イルカは、いささか緊張しながら書状を開いた。
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