天よりきたるもの − 13
姫神に『お許し』を得て、琥珀達はぎこちなく膳に手をつけ始めた。 姫神も見事な箸使いで優雅に口元に料理を運ぶ。 「では、食しながら話を進めようか。…………この憑巫があらかじめ決められていた者で はなかった事はわかった。…では、この者は何処から連れ参った?」 その件についてはカカシが事情を語った。 木ノ葉の里に『依頼』が来た経緯、自分が『彼女』を連れてこの村まで来たこと。 カカシの話の先は、八雲が引き取った。 巫女の代役である少女がこの屋敷で数日過ごし、その間に儀式の手順を覚えてもらってか ら、三日前に潔斎場である山に向かい―――そして、賊に襲われて誘拐された事を話す。 「盗賊側の事は、その男が知っているはずなので、話してもらいましょう。偶然、わが里 の同胞が賊達の中に潜入していたので………ヒダネ、あんたの知ることを」 カカシに促され、ヒダネは口を開いた。 「………私は、奴らに手を貸すようになってからまだ日が浅いので、表面的な事しか知ら されない場合が多いのですが………今回の誘拐に関しましては、どうもあの盗賊どもは、 以前から誘拐を企てていたわけでは無いようなんですよ。ある日突然、『美味しい仕事が 転がり込んだ』と言って、あっという間に計画が出来てしまった。………うま過ぎる話で した。名主の娘が巫女の役目で夜中に山に登るらしい。そこを襲えば、簡単にさらえるだ ろう。巫女というのは、祭りの儀式には欠かせない存在で、名主は今年の祭は是が非でも 成功させたいはずだから、いくらでも身代金をふっかけられる。………あせらせる為に、 身代金の引き換えは儀式ギリギリを狙えばいいと。……巫女が潔斎場に向かう道筋や、時 間という情報もしっかりとおさえてありましてね。無計画な彼らには珍しく」 そこでヒダネは、一番隅の席で小さくなって冷や汗をかいている若い男を見た。 「………それで、不思議なことに、私はそこにいる兄さんに見覚えがあるんですがね」 ひく、と男の咽喉が鳴った。 「………あんた、前に川向こうの宿場町で盗賊どもの頭と密会していただろう。…あんた は私がいた事など、気づいていなかっただろうがね。………今回の誘拐、話を持ちかけた のは、あんただな」 男は、慌てて席を蹴って逃げ出す。 が、忍者が三人もいる中、逃げおおせるわけがない。数歩も行かないうちにカカシに取り 押さえられてしまった。 「あらぁ? ドコにいらっしゃるのかしら〜お嬢様の恋人さんは」 床に押さえつけられ、腕を捻り上げられた男は、思わず悲鳴を上げる。 「いだだだだだっっ! は、放してくれ腕がもげるッ」 「いや〜だ、失礼ねえ。そんな事しないわよ〜。でも、逃げようってんなら、両足の骨砕 いてあげてもいいわよ?」 女とは思えない力で抑え込まれた挙句、ニッコリと微笑む美女に脅された男は観念した。 「………逃げない………逃げないから………やめてくれ………」 それまで息を呑んで固まっていた玻璃が、震える声を絞り出す。 「………レンガ…さん? 貴方………盗賊の仲間………だったの………?」 レンガという名らしい男は、横目で玻璃を見上げたが、フイと眼を逸らした。 「べ、べつに…俺は盗賊の仲間だったワケじゃ……お…俺は………」 ヒダネはあっさりと男の正体を見抜く。 「仲間、ではないが似たようなものさ。…大方、情報屋ってところだろう」 カカシは男をねじ伏せたまま、ふう、とため息をついた。 「な〜んとなく、読めてきちゃったわねえ………世間知らずのお嬢さんが、顔だけオトコ のチンピラに騙されました。…ってトコロかしら」 「そんな…ッ…」 玻璃は悲鳴のように叫び、男に駆け寄って膝をつく。 「嘘でしょう? レンガさんは、あたしを愛しているんでしょう? ………だから………」 「…………………」 男は目を伏せ、玻璃を見ようとしない。 アスマは立ち上がり、玻璃の肩にそっと手をかけて男から引き離した。 「………カカシ、面倒くせえや。俺がこの野郎を抑えている。お前、さっさとゲロさせち まいな」 「品の無い言い方ね〜、このクマ。………琥珀さん、いいですかしらね。このレンガとか いう男が今回の元凶みたいですから。黙秘されても厄介だから、今強制的に告白してもら っても?」 そこへ口を挟んだのは姫神だった。 「………カカシとやら、そなた、そのような事が出来るのか? 黙そうとする人間に、真 実を語らせる事が」 「ええ、まあ………私は、ちょっと便利なモノを持っていますので、やろうと思えば。… ……気は進みませんけどね。術をかけて強制的にしゃべらせる事は出来ますが、精神にか なりの負担が掛かります。この男、忍じゃないからどこまで耐えられるか………ヘタした らオツム飛んじゃうかも」 男は脂汗を浮かべ、真っ青になった。 「…………言う………何でも、本当の事を言う。…そうだ、そ、そこの女神様に誓う…… …誓いますっ………だ、だから、その、妙な術をかけるのは勘弁しっしてください………」 カカシは肩を竦めた。 「…だってサ、アスマ。………じゃ、放してあげるけど、妙な真似したら即、足一本もら うわよ。はい、おとなしくソコに正座」 男はのろのろと身体を起こし、言われるままに正座した。 「今この場にいる全員が証人になるけれど。………八雲さん、記録を取ってくださいま す?」 八雲は「はい」と頷いて、筆記具と紙を取りに行く。 「………さて、正直に話してちょうだいね。…嘘つくと、姫神様の罰が下っちゃうかもし れないから、心してね」 カカシに更に脅しをかけられた男は、恐る恐る少女を見た。少女は、カカシの言葉を否定 する事無くニコリと笑う。男の額からじわりと汗が滴り、床に落ちてしみを作った。 「…………嘘は、絶対に申しません……………」 尋問は、主にカカシが行うことになった。 男を正座させ、その前に椅子を持ってきて座る。 他の者は、そのまま自分の席について成り行きを見守った。アスマは男の背後で、睨みを 利かせている。 「じゃ、名前から。レンガってのは本名? 偽名?」 「…偽名っす………俺は、ゲンジっていいます」 八雲はさらさら、と紙に書き付けた。 「…玻璃さんとはいつ何処で知り合ったの? あんた、ここの村人じゃないでしょ」 「………は、半年ばかし前………川向こうの町で祭があって…こことは違って賑やかな祭 で……そこで引っ掛けたっす」 玻璃は、唇を噛んだ。 「ちょっとカワイイ顔してるから、どこかに引っ張り込んでコマそうと………いや、その …遊ぼうと………じゃねーや………えっと………」 男の背後に立っているアスマが、言葉を捜している男の頭を軽く叩いた。 「なぁにゴマかそうとしてやがる。要するに、甘い言葉で騙くらかして、喰っちまおうと したんだろーが」 「そ………その通りっす、ダンナ…………」 「でも、喰わなかった。…何で?」 カカシは組んだ白い足を、男の鼻先で揺らした。男の眼が、思わずその滑らかそうなふく らはぎと、細い足首に吸い付く。 「……い、色々、話しているうちに………彼女が、でかい村の名主の娘だってわかって… ……よく見りゃ、いい着物着ているし…こりゃあもしかして、いい金ヅルかもしれねえっ て気づいたんでさ、姐御」 「誰が姐御だ」 カカシは組んでいた片足を振り上げてゲンジの頭頂部にカカトを落とした。 「…うがっ…」 「バカ言ってないで、次。………で、即つまみ喰いするよりも、お嬢さんと親密になる方 を選んだってワケね。…最初から逆玉狙い?」 いえ、とゲンジは首を振った。 「何かまだガキっぽいコだし、カワイイけどワガママで気ィきついし。……たぶらかして おきゃ、使い道はあると思ったけど…最初から結婚しようとは考えてなかったっすね。俺、 どっちかって言うと、姐御みたいな美人の方が好み―――ぐげっ」 カカシは男の頭からカカトを浮かせながら、玻璃をちらりと見た。少女は、椅子にかけた まま床を睨んでいる。 「…余計なコトは言わんでよろしい、この女の敵が。………さあ、続きを話すの。巫女を 誘拐するところまで、あんたの知っている事を全部ね」 ゴク、とゲンジは唾液を飲み込む。 「………この村は…村っていってもデカイし、そこの名主なら相当お宝持ってると思った から………現に、玻璃は俺が金に困ってるって言ったら、すぐに持ってきてくれたンすよ。 お、こりゃあ『アタリ』だって思ったわけで」 「それはっ!」 玻璃が声を上げた。 「貴方が、両親を亡くした自分を育ててくれたおじさんが、悪い業者に騙されて借金で首 が回らなくなっていた事がわかったんだ、どうしようって言ったから! このままじゃお じさんは死んでしまうって! 遊んでいる場合じゃなかったんだって…………あれ、嘘だ ったのねっ…………」 アスマは欠伸をかみ殺した。 「………結婚詐欺師の常套手段じゃねーか………」 「そう言うなって、アスマ。お嬢ちゃんはそれだけウブだったってコトでしょ。さ、続き」 カカシはつま先でちょいちょい、と男を促した。 「そうやって、時々金を…ま、援助してもらってたんすけどね………色々話しているうち に、彼女が自分には親の決めた許婚者がいるんだけど、ソイツと結婚したくないって泣き ついてきて。………親の決めた相手なんて、俺もちょっと可哀相になったっつーか、まー その、情も移ってたつーか………」 「―――正直に言えや、金ヅルに結婚されたら金巻き上げにくくなると思ったってよ」 アスマに小突かれて、ゲンジは「う」とうめいた。 「………そ、それもちょっとアリましたけど〜………ま、ま、ともかく、俺も男だ、イッ チョやったらーって気になりまして………その、逆玉狙い。ウマく入り婿に納まりゃ、将 来は名主で左団扇じゃねーっすか。…それでまあ………考え付いたのが、祭ギリギリまで 行方をくらませておいて、親父さんがアセリきったところに交換条件を持ちかけるって手 です。巫女をやる代わりに、許婚者との婚約破棄と、俺との結婚を認めろってね。…何で も、今年の祭の儀式は大事で、巫女としての彼女は何が何でも外せないって話だったから ………う、うまくいくと………」 黙って耐えている琥珀を気の毒そうに見やり、姫神はため息をついた。 「………浅知恵じゃのう………そんな話に乗った娘も娘じゃが。………わかったぞ。おぬ しら、琥珀が代わりの巫女を連れてきたのに気づいたのであろう。…代わりがおっては琥 珀を脅迫出来ぬゆえ、盗賊どもをそそのかしてこの憑巫をさらわせた。どうじゃ、違うか」 ゲンジはガクリと項垂れた。 「そ、その通りっす………女神様。…俺、あの盗賊達にはちょいとツテがあって………」 玻璃はゲンジを睨んだ。 「何よ、知り合いに盗賊を動かせるくらいの大物がいるっていうのも嘘だったわけね。… 危ない仕事を頼んでも、その人を通すから私達にリスクは無いって言うから私……色々教 えちゃったのに………」 大きな音を立てて椅子が倒れた。 「―――玻璃ッ!!」 琥珀はいきなり立ち上がり、顔面蒼白で娘を怒鳴りつける。 「………お前、お前という子は………よその娘さんを盗賊などに誘拐させて―――その娘 さんがどういう目に遭うか、わかっていて! 誘拐に加担したのかっ」 玻璃は、『二晩も盗賊に誘拐された娘が清らかなわけが無い』と口を滑らせていた。 彼女は盗賊にさらわれた少女がどうなるか薄々わかっていて、それでも巫女がいつ何処を 通って潔斎場に向かうか―――それをゲンジに教えていたことになる。 「………だってっ! ………あたしの邪魔をするからよ!! せっかくうまく行くと思っ てたのに、ヨソからのこのことやって来て! どうせそのコだって礼金目的だってレンガ さんが言うしっ! ………き、きっとお父様は身代金出すはずだから………ちょっと痛い 目に遭うかも………しれないけど……こ、殺される………ワケじゃない、し………」 父親に凄い形相で睨まれ、玻璃の言葉はだんだん小さくなっていった。 カタン、と筆を置く音がした。 「………彼女は………イルカさんは、『困っている人の役に立てるなら』と、ただそれだけ で遠くから来てくださったんですよ…………玻璃さん。………礼など要らない、と」 八雲は声を震わせる。 「………それほど、私と結婚したくないのなら………そう、仰れば良かったのです……… こんな………こんな、大それた犯罪に………」 加担するくらいなら、という言葉は声にならなかった。 『犯罪』という八雲の言葉に、ようやく玻璃は自分も『犯罪者』の仲間になってしまって いたのだという事を悟る。身体をガタガタと震わせ、蒼白になって床に座り込んでしまっ た娘と、拳を握りしめて立っている琥珀を、姫神は憐憫の眼差しで見た。 「………やれやれ………気の毒にな。………育て損のうたのぉ、琥珀」 琥珀は黙って俯き、首を左右に振った。 返す言葉など彼には無かったのである。 |
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