天よりきたるもの − 1

 

三代目の執務室に出頭するように、との伝言がイルカにもたらされた時。
またいつもの探し物か遣いだろうと、彼は軽く考えていた。
三代目火影はイルカを可愛がってくれてはいたが、その何倍も公私にわたってこき使ってくれて
いたからだ。
(……今度は何だ……?)
イルカは執務室の扉を警護する忍に会釈してからノックする。
「うみのイルカです。お呼びでしょうか、火影様」
「…お入り」
「失礼します」
イルカが室内に入ると、三代目は気難しい顔で座っていた。そしてイルカを執務机の手前まで手
招くと、徐に彼の前に雑誌を置く。
「…? これは?」
「それはな、隣国で発行されておる大衆誌じゃ。…ま、若い男性向けのな」
イルカは眉を顰める。
「これがどうかしましたか?」
「その、付箋がついておるページを見てみい」
「はい」
イルカは雑誌を取り上げ、付箋のついているページまでパラパラ、とめくる。
男性向けの大衆誌、との事だがいわゆるポルノまがいの本では無さそうだ。流行のファッション
や話題のスポットを取り上げたページが目立つ。時々水着のような格好の女の子が載っているが、
健康的なお色気、というやつだろう。
付箋がついていたのは、読者による投稿ページのようだった。だが、そのページを眼にした途端、
「う」と呻いたイルカは硬直してしまった。
「……覚えがあるな…?」
街灯の下、少し不安げな面持ちで佇む可愛らしい少女の写真。
そこに掲載されていたのは紛れも無い―――少女に変化した時の、イルカの写真だった。
雑誌を持つイルカの手は小刻みに震えだした。
「こんな…こんな…っ! いつの間に…ッ」
写真のタイトルは『美少女げっちゅーin木ノ葉!』という品性の欠片もない軽薄なもの。要す
るに、読者が街で勝手に撮った『美少女』の写真を投稿するコーナーらしい。
(断りも無くヒトの写真撮って雑誌なんかに投稿すんじゃねえっ! ドコのカメラ小僧だ! 
コンチクショウ! あ…いや、それよりも…)
イルカは顔色を失って、三代目に向かって頭を下げた。
「も、申し訳ございませんっ! 迂闊にこんな写真を撮られちまって…挙句、それに気づかずに
いたなどとっ…」
火影は、「いやいや」とのんびり手を振る。
「勘違いするな、イルカよ。…わしは、お前を叱責する為に呼んだのではないわ」
「……は?」
イルカは恐る恐る顔を上げた。
「…別にその写真からお前の素性がバレてしまったわけでなし。単に、雑誌に素人さんが撮った
カワイコちゃんが載っておるだけだわ。…誰がその実態はこんなむさくるしい野郎だなどと思う
ものか」
「…はあ…」
それも、そうだが。
忍者が変化の術で全くの他人になれるというのは、堅気の一般人にはあまり知られていないので
ある。
「では何故…?」
「…依頼があったのじゃ。…その、写真の少女を捜して欲しい、とな」
「………………」
捜してどうするのだろう。いや、その前に。
これはこの世に存在しない少女なのだ―――本来は。
「まさか、お引き受けになったのですか?」
火影は時間稼ぎのようにゆっくりとキセルに火をつけ、吸い付ける。
「………まあ、この依頼の件を聞いた時はわしも最初は何か理由をこじつけて断るつもりだった
わ。……だが、話をよくよく聞けば、断ってしまうのも気の毒でなあ」
火影は机の上のファイルから写真を1枚取り出して、雑誌の上に置いた。
「この写真の娘。…お前が変化した姿とよく似ておらぬか?」
「……ええ…そうですね。年恰好や眼、髪の色。…顔立ちの雰囲気も似ているような…?」
イルカは首を傾げた。話がよく見えてこない。
「この娘さんがどういう…? えっと…お捜しなのは、この娘さんなのですか? 俺じゃなく
て?」
いいや、と火影は首を振った。
「先方がお捜しなのは、雑誌に載っておる方の娘じゃよ。…つまり、お前をな」
訝しげな顔で黙り込むイルカに、里長は苦笑する。
「任務じゃ、イルカ。……お前、ちょっと人助けをしておいで」




 
 
 
「申し訳ありません……その…俺なんかの為に……」
イルカは恐縮して隣を歩く銀髪の美女に謝った。
美女はにっこりと微笑む。
「お気になさらず。…これもお仕事ですから〜…むしろ、オレはオレがこの役目を仰せつかる事
が出来て良かったと心から思ってますんで。つーか嬉しいですよ。またアナタと一緒の任務に就
けて。しかも、アナタの護衛役! 粋な計らいに感謝ですよ〜あのジジイ…いえ、火影様に!」
見つけ出した少女を依頼人の元まで送り届けるくノ一、という役どころのカカシは、また艶やか
な美女に変化していた。もしかしたら三代目はまたこのカカシの艶姿が見たかっただけなのでは
ないかと一瞬邪推したイルカだったが、彼にしても一緒に来てくれるなら他の誰かよりカカシの
方がいいに決まっている。
そのイルカも、火影の命令でまた少女の姿に変化していた。
例によって、二人とも術が解けぬように変化固定の術を火影にかけられている。
「いいですか? アナタは普通の女の子なんですからね? 前の時みたいに不埒な真似をしよ
うとした野郎なんかうっかり殴り飛ばしちゃダメですよ? そういうのはオレの仕事ですから
ね〜」
前に女性に変化して任務にあたった時、しつこく言い寄ってきた上、身体に触れてきた男にたま
りかね、つい殴り飛ばしてしまった事のあるイルカは小さく肩をすくめた。
「はい。肝に銘じて普通の無力な女の子になります。よろしくお願いしますね、カカシ先生。…
あ、いや『カカシさん』? …『はたけさん』の方が自然ですかね?」
イルカは小首を傾げてカカシを見上げた。
カカシ扮するところの美女は女性にしては結構背が高く、イルカ扮するところの少女は少し小柄
なので、イルカがカカシに話しかける時は結構上を向く事になる。まともに顔を上げていると首
が痛くなるらしく、イルカは自然に首を傾げるような仕草で話し掛けるようになった。
自分も女にバケている上、少女の正体は三代目言う所の『むさくるしい野郎』である事を重々承
知しているカカシでも、そうしてイルカに見上げられる度に何となく鼓動が早くなる。黒目がち
の大きな瞳の少女は、それでもどこかイルカの面影を残していたから。
(くうっ…可愛いなあ…っ……ああ、危険だ。一人でフラフラ歩かせたら途端にムシが寄ってき
そう! 今回はオレはりきってアナタを護衛しちゃいます!)
「…いや、カカシでいいですよ。…アナタは偽名使うんですか?」
イルカは数秒考えたが、首を振った。
「イルカってのは別に男だけの名前じゃないですよね? じゃあ、いいです別に。変化解いてし
まえば、単なる同名さんですから。……それに、向こうじゃ別の名前で呼ばれちゃうんでしょ?
俺。ややこしいですからね」
「…ええ、まあそうですね」
依頼人の話はこうだ。
依頼人は、由緒ある古い村の名主の元で長く世話になっているという中年の男だった。
名主は村の代表として村人を束ねる一方、祭事一切取り仕切り、村の安泰や豊穣を祈祷する儀式
の責任者であるという。名主の一族が村人から受ける尊敬と信頼は大変なものらしい。
昔から代々世襲でその一族が名主を務めるには理由があった。
言い伝えによれば、遥か昔、名主の一族の祖である男が、山の神と契約をした。
彼の血を引く者が毎年きちんと山を守る神に感謝の捧げ物と祈祷を行い、山を人の手で荒らさな
ければ、彼の村を守ってやるという契約だ。
この神は『竜神』とも『姫神』とも呼ばれており、七年に一度、彼の一族中の清らかなる乙女に
降臨して神託を下す、というのである。
その御託宣の年に条件に適した巫女役の乙女がいなかった場合、神託はくだらない。
だが、『神の声が聞けなかった』年から次の神託までの七年間はどんな凶事が起こるかわからな
い、とされている。現に、前回の巫女役になるはずだった名主の姪が急死して御託宣を受けられ
なかった年には洪水が起こり、それからずっと村の作物は不作なのだという。毎年の捧げ物に心
を尽くし、真剣に祈祷を捧げても収穫は良くはならなかった。
名主としては、今度の『祭り』は何が何でも成功させ、神託を受けなければならない。
今年がちょうどその七年目にあたり、彼の娘がその神の声を聞く巫女役になるはずだったのであ
るが―――いきなり娘は自分に巫女は出来ないと、村から逃げ出したのだそうだ。
彼女には恋人がおり、どうやら『清らかなる乙女』という部分で不都合が生じたようなのだが、
未婚の娘がそんな理由で巫女役を降りて逃げたなど、父親は村の者には到底告げられない。
今回の祭りの重要性を知らないわけでもないだろうに、娘が自分の立場をわきまえた行動をとっ
てくれなかった事も父親にとっては衝撃だっただろう。
迷信深い村の人々は、この『姫神』様を崇敬すると同時に畏怖しており、もし今回もまた『巫女』
がいないなどという事になれば、村人が恐慌状態になるのは眼に見えている。
名主は心労のあまり、倒れてしまった。
彼に恩のある依頼人が、何とかしなければと考えていたその時―――あの雑誌を見たのだ。
偶然見た雑誌で名主の娘そっくりの少女を見つけた彼は、これこそ天の救いだと考えた。
この少女に身代わりをしてもらえば良いのだ。偽者でもなんでも、『神託』がくだったと村人が
思ってくれればそれでいい。
その結果がどうあれ、義務を果たした名主を責める村人はいないだろう。
最初その提案に良い顔をしなかった名主も背に腹はかえられず、とうとう写真の少女にかける気
になってしまった。
そして、写真の少女が撮られたらしい場所にある『里』に捜索依頼をしてきた、というわけであ
る。ついでに見つけ出した少女に巫女役の件を上手いこと承諾させて連れてきて欲しいという、
本来なら何とも面倒な依頼だった。
「お願いだから何とかして欲しいと泣きつかれたそうで…三代目も基本的にお人好しさんなん
ですね。そんなにお困りなら、何とかしてあげようって気になっちゃったみたいです。元々写真
の女の子は捜すまでもないし、後は俺が行ってくればいいだけだと仰るんですが……別に身代わ
りになるのはいいんですが、大丈夫なんですかねえ。だって俺、赤の他人の上、男で全然条件満
たしてないってのに。…神様騙すような事になるんじゃないかって、そっちが怖いですが」
カカシも首を傾げて考える。
「……たぶん、長い間にかなり形骸化しているんじゃないですか? きちんと修行もしていない
ただの娘さんにいきなり神様が降りますかね。依り代になるにはそれなりに霊力も必要でしょう。
だから、儀式と言っても形だけの事だと思いますが。…要するに、彼の一族の乙女が巫女をやっ
ているのを見れば村人が納得してくれるって言うんでしょう? でも、巫女は処女じゃなきゃマ
ズイって思い込んでいる娘は怖くなって逃げた、と。……あ、アナタ、処女なんですよね?」
イルカは「おかげさまで」と引き攣った笑みを返す。彼は『女』として男と関係した事は無い。
従って『処女』という事になる。
「巫女って言うか…神託が降りる人の条件としてそれが一番重要なんでしょうかね? 俺は何
だか違うような気がするんが。…まあでも、神の依り代に純潔を求めるのは古今東西珍しい話じ
ゃないですから。仕方ないですね」
それにしても、とイルカは嘆息した。
(……今年がご託宣の年だってのは、ずっと前からわかっていた事だろう? なら彼の娘さんが
巫女役になる可能性は言ってみれば生まれた時からわかっていた事だ。…その事は娘さん本人が
一番よくわきまえていただろうに……)
イルカは首を振った。
若い娘の考えることなどイルカにとっては宇宙人の思考と同じだ。考えてもわからない。
(…今時の若い娘ときたら…ってトコか? 相手の男も考え無しな野郎だ…)
 
 

      

 



 

久々の『女体変化』ものです!
ウチのお約束(?)として、不公平がないように(笑)両方とも女。
前に女体変化を書いた時に、お遊びで色々と妄想していて(爆)
浮かんだシーンを今回繋ぎ合わせてお話に仕立ててみる気になりました。
・・・任務モノなので、ちょっと長くなるかもしれません。
お付き合いの程、宜しくお願い致します^^;

 

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