師走忍者えれじぃ
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「うっわあ…やな感じ」 カカシはウンザリと顔を顰めた。 「それはこっちのセリフよね、木ノ葉のお兄さん。…ここはお譲り」 とある国の大名屋敷の天井裏で、カカシは他の里のくノ一と鉢合わせていた。 「ジョーダン。 そう言われてハイそーですかってオレが引き下がると思ってんのアンタ」 距離は3メートルほど。 くノ一は困ったように頬杖をつき、首を振った。殆ど寝そべっているような格好だ。 「思わないけど。でも私、あんたとはやりあいたくないわあ…だって、負けちゃうもん」 「…そんなん、やってみなきゃわかんないよ? 霧隠れのお姐さん」 カカシもまた身体を低くし、匍匐前進ポーズである。 「わかってるわよ、写輪眼のカカシ。…手配帳に載るような大物と鉢合わせるなんて、私 ってば不幸な女だわ…まだピチピチなのに、こんな薄汚い天井裏で死ぬのかしら…」 彼女はハアァ、とため息をつく。 カカシは思わず苦笑した。 「さっきの強気で大上段なセリフはどーしたの。今度は弱気な」 「…最初は額当てしか見えなかったんだもの。…あああ〜〜今年最後は楽勝のオイシイ任 務だと思ったのにな〜〜やっぱ、うまい話なんてないのね…任務成功で報奨金もらって、 優雅に年越し…なんて、夢だったんだ…」 カカシは僅かに眉を寄せる。 「…楽勝…? アンタ、目的は何だ」 戦う前からカカシに対して『負け』を認めている彼女が『楽勝』と言う程度の任務なら、 カカシが請け負ったものとは別の可能性が高い。 「やだ〜…任務の詳細なんて言えるワケないじゃない……わかってるクセに」 「ま、そーだけど。オレと目的が違うんなら見逃してやってもいいんだよ? オレの邪魔 になるようだったら可哀想だけどアンタに正月は来ない。……生きて正月迎えられないの と、僅かでも任務成功の可能性と、どっち取るんだ、アンタ」 くノ一は小首を傾げた。 「親切じゃない。…こんなちんたらした話し合いなんかしないで、私を殺しちゃった方が 早いのに」 「…オレ、フェミニストだし〜〜…ってのはともかく、『どーせ殺されるならアッチも巻き 添えにしてやれ、道連れだわ』なーんて、ヤケ起こされたらヤだし。任務に影響出るじゃ ない。オレだってね、幸せが欲しいの。こんな年の瀬、嫌なお仕事さっさと済ませて帰っ てコタツにはまって熱い鍋でも食いたいわけよ。わかる?」 手配帳に載るような上忍でも人の子なのね…いや、庶民的というか小市民と言うか随分さ さやかな『幸せ』だわ〜親近感持っちゃう――と、くノ一は思わずしみじみと頷く。 「…すっごくよくわかるわ……」 「早く帰って、年末大掃除手伝わないと怒られるし」 「……誰に?」 「………学校の先生……」 「……? よくわかんないけど、木ノ葉の上忍ってのも大変なのね…」 カカシはへらっと笑った。 「…まーね……でもご褒美あるから」 真面目に手伝えば、『学校の先生』は「よく出来ました」と褒めてくれて頭撫でてくれて、 そして美味しい『飴』もくれる。『飴』の中身は美味い鍋とか熱い風呂とかお日様の匂いの するふかふかの布団とかラブラブキスとかアレとかコレとか……ああ、とにかくオレの欲 しいものオンパレードなのよっ! とカカシは思わず握りこぶしを作る。 「んでもって、『よく出来ました』の花マルもらうんだっ!」 『花マル』? ボーナスの事かしら、と首を傾げつつも、くノ一もヨシっと握りこぶしを 作った。 「わかった! 私も幸せが欲しいもの!」 忍たる者、己の任務内容を他人に漏らすなど言語道断。ましてや他の里の忍になら、たと え拷問されても口外しないのが普通だろう。 だが、口を噤んでも結局ここで殺されて、任務は遂行出来ない。 (…なら、ここは危険を冒してもこの木ノ葉の上忍の案に乗るべきね。何事も臨機応変! それが忍者ってモンよ! 任務内容漏らした事なんか黙ってりゃバレやしないわ) 彼女はこの際ちっぽけな『可能性』に賭ける事にしたのだ。 お互いにじり寄り、距離を一メートルに縮めたところで彼女は自分の『目的』を打ち明け た。 「おねーさん、大胆な発言だわ…何でソレが『楽勝でオイシイ任務』って言えるのかね。 アンタ、任務斡旋所に騙されたんと違う?」 「……だって…簡単そうに見えたんだもん…簡単っぽいのに、報酬がいいから…きっと皆、 年の瀬で忙しくて引き受け手がないんだわって…」 カカシは頭を抱えた。 「この大名屋敷はね…超一級の細工師が作り上げた罠がありとあらゆる所に仕掛けてある ので有名なんだよ。知らなかったの?」 彼女はぷるぷる、と首を振った。 「…んま。そんな情報無かったわ…」 「……あー、ここでアンタに会えて良かったわ。アンタが罠に引っかかって死ぬのは勝手 だけど、えらい騒ぎになんのは目に見えているからね…したら、オレすっごいやりにくく なる所だった」 くノ一はアハハ、と引き攣った笑いを浮かべた。 「そ、そーだったんだー…良かったわね、お互いに」 カカシははあ、とため息をついた。このくノ一、新米かい。 「…ったく…ガキどもの引率と変わらねえ…」 「あ、ヒドイ。このミナト姐さんを甘く見ないでよね。…これでも中忍になったのは結構 早かったんだからっ!」 「へえ、幾つん時?」 彼女はツンとすまして唇を心持ち尖らせた。 「十四歳よ」 確かにその年齢での昇格は結構早い方だろう。だが、その程度では周囲に優秀な忍がごろ ごろいるカカシを驚かせる事は出来ない。 「……あ、そ」 「………愛想ないわね」 「だって、オレ中忍になったのアンタより八年早いもん」 十四引く八、と思わず計算した彼女は「えええっ!」と声を上げた。 「ウッソーッ! ガキっつーか、幼児じゃないよ。ジョーダンでしょ?!」 何考えてんのよ? 木ノ葉って里は…と、驚くよりも呆れているような彼女に、カカシは げんなりと頭を抱える。 「ンな事フカシてどうすんのさ。…それより、あんまり大声上げるんじゃないよ」 彼女は決まり悪そうに身を縮めた。 「わ、わかってるわよ……」 「ま、アンタの目的はわかった。蔵に潜入して、アンタの国の商人がここのお大尽サマに 間違って納入しちゃったダミーのお宝を本物とすり替えること、だよな。信用問題だもん なあ……オレの目的とは違うから、見逃してやるよ。……潜入するまではご一緒しましょ。 無事に中枢まで辿り着けたら、後は好きにやるって事で。…ああ、オレの邪魔だけはしな いように気をつけろよ。ヘンな気も起こさない方がいい。ちゃんと正月を生きて迎えたい だろ? お互いにね」 「……ええ……」 少しでも彼の妨げになればそこで自分の命は終わるのだと彼女は悟った。 彼は冷酷とか残忍という性質の男ではないだろう。だが、きっと切り捨てる時は眉一つ動 かさず相手を殺す。 殺せる。女でも、おそらくは子供でも。 己の感情ごと殺すだろう。 それが出来なければ、上忍としてこれほど長く生きてこられたはずがない。 随分と前から手配帳に載っていたから、実際会うまではもっと年嵩の男だと思っていた。 が、そんな幼い時から『忍』だったというのなら納得がいく。彼は二十年近く前線で活動 してきた事になるのだ。 ミナトの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。 (……バケモノだわ……この男……) 「おい、もう少し慎重に進めって。……っと、ちょい待ち」 カカシはもう一歩先に進みそうになった彼女を慌てて止める。 「そこ、よく見ろ。…ハメ板の色が違うだろう。トラップの可能性が高い」 色? とくノ一は目を凝らす。 「…わからないわ。…同じに見える……」 カカシは訝しげに眉を寄せた。自分にははっきりと相違が見て取れるのに、この女には分 からないと言う。そうか、とカカシは思った。 カカシは今『色』と表現したが、視覚で捉えられる色彩の相違ではないのだ。雰囲気、空 気、肌で感じる感覚的なもの。この、目に見えないものを視て取る能力のおかげで、彼は 随分と命拾いをしてきたのだ。額当ては左眼を覆ったまま。だからこれはカカシが生まれ ながらに持ち、修羅場を潜り抜ける事で磨いた感性である。写輪眼の能力は関係なかった。 「…そうか…ま、いい…暗いからな。とにかく、そっちには進むな。…二時の方向にゆっ くりと行け」 「了解」 他に引き受け手がなかったと彼女は言ったが、なくて良かったとカカシは思う。 どうやら、彼女は単独任務のようだ。仲間がいたら、事態はもっとややこしいものになっ てしまう。 それは自分にも言える事だった。独りの方が小回りが利くので、今回はサポートを断った。 断って良かったと思う。 他の里のくノ一と行動を共にするなど、頭の固い人間には理解出来ないだろう。カカシに も、これが最善かはわからなかった。 だが、こうなった以上はこのトラップ群を抜けるまでは彼女を助けねばならない。彼女が 仕掛けにはまれば、その騒ぎでカカシも動きを制限されてしまう。 彼女に騒ぎを起こしてもらうのは、目的を達してこの屋敷を抜け出す時でいい。 出来れば何の騒ぎも起こさず、年明けまでこの屋敷の者が異変に気づかないでいてくれた ら良いのだが、彼女と鉢合わせた時点でその望みは薄くなった。 (オレ独りならやれたかもだけど……ま、仕方ないやね……なるようになるだろ……) ああ、愛しのイルカ先生は今頃何をしているだろう。 この時間ならもう寝ているか。それとも、またテストの採点でもしているだろうか。 そして、こんな風に自分が任務に出ている時、彼は何を考えているのだろう。傍らにいな い恋人の事は考えもしないか、それとも少しは心配してくれているだろうか。 カカシは息をそっと吐く。 雑念に逃避している場合ではない。 (…さっさと終わらせて帰ろ……) |
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あああ、『ミナト』姐さん………TT 四代目様のご本名が明かされた今だったら絶対につけない名前。 WEBだから直してしまえばいいのですが、もう同人誌に掲載してしまっているので、このまま放置。 ………同じ名前くらい、たくさんいますわよね、きっと。(涙) |