究極の選択 − 3

 

早朝、木ノ葉の里、演習場近くの慰霊碑の前に彼は佇んでいた。
「オビト〜…オレ、進歩ないよねえ。…またバカやっちゃったよ」
呆れた顔で「ばぁか」と言い放つ親友の姿が眼に見えるようだ。
親友はもう歳をとらない。あの頃のままの姿で、カカシをこきおろしてくれる。
彼を喪い、四代目を喪った時のあの壮絶な悲嘆を知っている自分だからこそ。
あんな愚かな振る舞いはしてはいけなかったのだ。
―――断じて。
イルカはもう一生赦してはくれないのかもしれないとまで思っていたカカシだったが、夕
べの訪問で光が見えた。
「『復縁する気が無いのなら』って事は、オレが頑張れば復縁の希望があるって事だよな! 
オレ、やる。…頑張る。オレには謝る気があるって。どうしても赦して欲しいんだって…
彼にわかってもらうんだ」
カカシは傍らに置いたバケツの水に浸してあったタワシをむんずと掴み、やおら慰霊碑を
洗い始めた。
こんな事が贖罪になるかはわからなかったけれど。
毎朝慰霊碑の掃除をして、花を手向ける。それは先に逝ってしまった里の皆への謝罪でも
あった。

 
 
 
「げげっ! カカシ先生がも〜いるってばよ!」
集合場所に担当教官の姿があることに気づいた子供達は慌ててダッシュした。
サスケは慌てて時計を確認している。
「まだ10分もあるぞ…嘘だろ…」
「先生、もう身体の具合は大丈夫なの?」
何せ一度『死んだ』身だ。
今まで一ヶ月、静養の名目でカカシは休んでおり、今日が久々の任務だったのだ。
心配そうに見上げるサクラに、カカシは微笑んでみせる。
「だいじょーぶ! ごめんな、お前らにも心配かけて」
「カカシ先生、お花畑見た? 川の向こうから誰かが呼んでたりとかした?」
臨死体験した上忍にナルトは眼を輝かせて訊いてきた。
「…いや〜…あいにくそういうのは……何? そういうのテレビで見たのかナルト」
「ウン。夕べの『怪奇現象すぺ〜しゃる! 君は今夜眠れない』の中でそういうコーナー
があったってばよ。リンシ体験っつうの? オレ、カカシ先生にきいてみよーって昨日か
らわくわくしてたのによ〜…なんだぁ、先生何も見なかったの〜?」
やっぱりなー、とカカシは笑った。
「そうだねえ…強いて言うなら…真っ暗だったよ。暗くて冷たくてな。…嫌な感じだった。
まあ、臨死ってのはホントに死んだわけじゃないから、死後の世界がテレビと同じだと思
わん方がいいぞ」
「…うん。わかった」
キレイなお花畑とか。光のトンネルだとか。どこか願望くさいなあ、とはナルトも思って
いたのだ。それならば今カカシが言った、真っ暗で冷たい世界、の方がイメージとして「わ
かる」死の世界だった。
「…でも、良かった…カカシせんせー、死んじゃったって聞いた時はどうしようかと思っ
たってば……」
えへへぇ、と笑うナルト。微笑むサクラ。サスケまでが表情で『良かった』と言っている。
この子達にも悪いことをしたと心底思うカカシだった。





 
 
 
「イ〜ルカせんせー! ラ〜メンッ!」
一楽の前を通りかかったイルカの背に、どしっと何かが飛びついてきた。
「…お前ぇ……」
おごってくれるまでこの背中からは降りない、とばかりに張り付いているナルトに、イル
カは降参した。
「…一番安いヤツだぞ…大盛り、お代わり禁止。俺だって支給日前なんだから」
「ありがとー! だからスキだってばよ〜! イルカ先生!!」
イルカは暖簾をくぐり、馴染みの店主に目顔で挨拶する。
「らっしゃい、イルカ先生。おや、ま〜たナルト君くっつけて」
「くっつかれたんですよ。…しょうゆ二つね」
やがて出てきたラーメンをすすりながらナルトは一方的にしゃべっていた。
「…でさ、オレってば大活躍! もうサスケなんかに負けないもんねっ!」
イルカは笑いながら片眉をあげてみせる。
「ほ〜お?」
「あー、疑ってるな? イルカ先生。ならさあ、カカシ先生に聞いてよ。オレ、もうドベ
じゃねえって証言してくれるハズだから! あ…そういや、最近カカシ先生ってば変なん
だってばよ」
イルカはドキリとした。
「変?」
「ん。…まず、遅刻しねえの。絶対オレらより先に集合場所にいるんだってば。…それに
よ、あのヤラシイ本、任務中に読まないし。持って来てもいねえみたいだし。そいから、
すっげー真面目に仕事の指導すんだぜ? 厳しいくれえ」
「……普通、教官ってのはそういうもんだぞナルト…」
それを『変』と言い切られてしまうカカシも気の毒なことだが、以前の行状を見れば仕方
ない。
「でぇもカカシ先生の場合は変なの! あ〜それから、最近仕事終わると前よりよくおご
ってくれるんだ。ダンゴ一本とか、そんなんでも仕事帰りってハラ減ってるから嬉しいん
だな。あの変はずーっと続いてくれるといいなあ」
なるほどな、とイルカは頷いた。
カカシは頑張っているのだ。きっと、この子達にもそういう形で謝っているのだろう。
イルカの部屋のドアの前、外廊下には通行の邪魔にならない程度のプランターが置いてあ
る。普通の花だったり、野菜だったり。季節に応じてささやかな植物を植え、眼の慰めに
しているのだ。
そのプランターには最近ずっとイルカが起きる前に水が遣ってある。
それが誰の仕事なのか、わからないイルカではない。
イルカに何か贈り物をしたりとか、そういう直接的なご機嫌取りをしないで、水遣りとか
掃除とか、細かな気遣いを随所で見せて、地道に努力をしているカカシ。
きっと、そういう方がイルカの気持ちに沿う行為だと考えたのだろう。
(……ま、その通りなんですが。貴方お金は持ってますもんね。金かけりゃ何とかなるっ
て『贖罪』じゃオレは頭にくるばかりでしたよ。…さすが、そういうところはバカじゃな
い……意外とまともな方向で来ましたね…)
ラーメンをペロリと平らげたナルトは、満足した様子で腹の辺りを擦っている。
「はー、美味かったーっ! やっぱ、イルカ先生がおごってくれるラーメンは美味いって
ば!」
「…そーか。ヒトのおごりは美味いか」
ううん、とナルトは首を振った。
「…そーゆー事じゃないんだって……最近わかったってば。…オレ、下忍になってから金
もらえるようになったじゃん? だから、ここのラーメンだって週に一度くらいなら食え
るんだ。それも美味いよ。…でもさ、ちょっと違うんだってば。…イルカ先生と一緒に食
った方がもっと美味いんだって…そういう事なんだってばよ」
にへ、とナルトは照れたように笑った。
イルカは一瞬目を見開く。そして、箸を置くとナルトの頭を撫でた。
「……そっか。そうだな…そう言う事って…あるかもな」
カカシと絶交してから。
一人で食べる食事は以前にも増して味気ないものになっていた。
(そうだな…ナルト。俺もそろそろ応えてきたよ。…あの人のいない食卓に…メシの不味
さに……)
「まー、待っててくれってばよ、イルカせんせ! オレ、中忍になって、上忍になって、
バンバン稼いだら今までの分まとめて返すからよ! 毎週チャーシューメンおごっちゃう
ぜ!」
「…お前が上忍になるまでは俺がおごるのか…?」
半眼になったイルカに、ナルトはしゃらっとした顔で頷いた。
「だって、先生の方がオトナじゃん?」
「もしもだな。…もしも先生が上忍になったら?」
「そん時はアレだ。オレが火影になるまで待っててくれってばよ?」
イルカは苦笑した。
「…先の長い話だなあ……」
「だから長生きしてくれってばよ、先生!」
「………そんな先かよ」
カウンター越しに会話を漏れ聞いていた一楽の店主が爆笑した。

 



 

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