人生色々

 

この成り行きで、カカシ達は当然のようにツナデ達と一緒に海水浴をする事になってしま
った。近くの店で彼女達の分も日除けのパラソルやシートを借り、セッティングする。
「ほれ、カカシ。これ塗っとくれ」
ツナデはカカシに日焼け止めローションを渡し、パラソルの下に引いたシートに寝そべっ
た。
「え? ツ、ツナデ様に…?」
ツナデはパレオつきの落ち着いた色合いのホルターネックのビキニ。豊かな乳房に嫌でも
目が引き寄せられてしまう。
満更演技でもなく、カカシは狼狽した様子を見せた。
「そうだよ。こういうのは、男が塗ってくれるものだろ? イルカ、お前もシズネに塗っ
ておあげ」
そう言われてこれ幸いとハナの下を伸ばすわけにもいかないイルカである。
「は…はい…でもあの、シズネさん……ぬ、塗ります?」
アラ嬉しい、とシズネは無邪気にツナデの横にうつ伏せになってしまう。こちらはパステ
ルカラーのチューブトップだった。
「お願いしますー、イルカ先生」
「変な触り方すんじゃないよ、二人とも」
「しませんよっ!」
「もちろんですっ!」
男二人が同時に叫ぶと、シズネはきゃらきゃらと笑った。
「やあだぁ、お二人とも。ツナデ様の冗談ですよ。…信用していますもの。でなきゃ背中
なんて見せません」
カカシとイルカは顔を見合わせ、静かにため息をついた。
「…………じゃあ、失礼します」
一本のローションを交互に渡しあいながら、カカシ達はおっかなびっくり女性達の背中に
ローションを塗り始める。
「ちょっとカカシ、水着のストラップは外して塗るもんなんだよ」
「左様ですか。そいじゃ、失礼して」
カカシはもうヤケクソになったようだ。言われてさっさと彼女の背中で結んであった水着
の紐を解く。
「…お前、女と海に来たことないのかい」
「お言葉ですがツナデ様。…そんなヒマ、あったと思いますか? オレは、任務や水練以
外で女性と海に来たことなんかありませんよ」
「……そうだね、お前は小さい頃から任務ばっかりだったものねえ……」
思えば可哀相なことをしたね、と小さな声でツナデは呟く。
(そうか…ツナデ様は自来也様と親しくて当り前だった。…自来也様は四代目様のお師匠。
…なら、子供の頃のカカシ先生をよくご存じでも不思議じゃないんだ…やっぱり…カカシ
先生、子供の頃から……)
イルカの表情に気づいたカカシは、緩慢に首を振る。
「…別に。…オレは自分が可哀相な子供だったとは思いませんし、四代目と行動を共に出
来た事が誇りでもありました。…いいんですよ。オレはこれから、楽しもうと思えば幾ら
でも楽しめるんですから」
「ま…そうだね」
イルカは手早く機械的にローションを塗り終えた。
「背中終わりました、シズネさん。他はご自分でなさった方がよろしいでしょう?」
「ありがとう、イルカ先生。助かったわ。背中は自分で塗ると、ムラになってしまう事が
多いから」
「どういたしまして」
「こちらも終了です。五代目」
「…ご苦労」
イルカは自分達の荷物をごそごそと探る。
「カカシ先生も日焼け止め塗っておいた方がいいですよ。貴方、肌の色薄いから火傷して
しまう……えっと、どこ入れたかな…確か持ってきているはず…」
「ああ、そうだね。お前も塗っておいた方がいいねえ、カカシ。…いいよ、イルカ。それ、
まだ入ってるだろう。お使い」
「いや、でも…悪いですよ、ツナデ様」
「遠慮するな」
ツナデはローションをイルカに渡す。
「カカシに塗ってやれ。…お前も使いたかったら使っていいぞ」
「ありがとうございます、ツナデ様。でも、俺は大丈夫です。ガキの頃から夏は真っ黒に
なるのが普通でしたから。肌、鍛えられてて」
ふうん、とツナデは眼を細める。
「……お前、自分には必要ない日焼け止めをわざわざ持ってきたのかい」
「…………え…」
返事に詰まってしまったイルカに代わって、カカシが何食わぬ顔で説明する。
「イルカ先生は用意周到な人なんですよ。なんたって、小さな生徒を連れて毎年海で水練
の指導をしているんですから。…要りそうなモノを色々持って来るのがクセになっている
んです。この人のカバンの中身、結構驚きますよ。こんな物まで持っているのかって」
「カ、カカシ先生……」
なるほどねえ、とツナデは一応納得した顔をした。
「つまりは、イルカはコイツがアカデミーのガキ並みに手間がかかるってコトを知ってい
るわけだ。…大変だねえ、イルカも」
「ツナデ様っ!」
「…何だよ。言い返せるのかい、お前」
ぐっとカカシは詰まった。自分が色々とイルカに面倒をかけているという自覚はある。
妙なところで正直な男だった。
イルカがそっと口を添える。
「…俺が色々持ってきてしまうのは、ただの習慣ですよ、ツナデ様。貧乏性もありまして。
何か出先で必要になったら買えばいいっていう発想にならないんです」
「それは忍者として正しいぞ、イルカ。…必要な物がいつでも現地調達出来るってえ保障
なんか無いからねえ」
「…ありがとうございます」
カカシはガバッと立ち上がった。
「じゃあ、オレ達泳いできますから、ツナデ様!」
「おー、行って来い。私はここで甲羅干ししているから。シズネ、荷物は見ていてやる。
お前も遊んでおいで」
「はい、ツナデ様。おいで、トントン」
シズネは仔豚と波打ち際で遊びだす。
それを横目に、男達は海の中に入って行った。
少し沖まで出たカカシは砂浜を振り返って大きなため息をつく。
「……あー…参った…」
さすがのイルカも苦笑を隠せない。
「何だか変なことになっちゃいましたね」
「宿まで同じだなんて……ああ、オレのイチャパラ計画が音を立てて崩れていく…」
別に夕暮れの砂浜で『私をつかまえて〜』的追いかけっこがしたかったわけではないが、
二人して職場の上司の背中にオイルを塗らされるというのはかなり理想とかけ離れている。
「いや、俺もね…ツナデ様達の休暇が夏季で、一昨日からお休みに入っているのは知って
いたんです。でもまさか、この海にいらしているなんて……驚きましたね」
一昨日、とカカシは呟いた。
「…じゃあ、あちらさんの方が早く休暇は終わるんですね。…良かった。…少なくとも終
わりまでベッタリ一緒って事にはならないんだ〜」
「ええ。今日は何だか成り行きでご一緒してますけど、別に明日も明後日も一緒に過ごさ
なきゃならんって事はないでしょう……たぶん…」
たぶん。
カカシとイルカは力の無い笑みを浮かべた。
「………だといいですねえ……」
「…………ウン…」






 
旅館の夕食は部屋食だったので、二人きりでゆっくりと取ることが出来た。
大浴場も混浴などという恐ろしい事はなく、ちゃんと男女に分かれている。
二人は広い風呂を満喫して、部屋に引き上げてきた。
「いいお湯でしたね」
「ホント。やっぱ、デカイ風呂は気持ちいいですねえ」
幸い、ツナデ達の部屋は階も違っていて、廊下でばったりと遭遇するような事もなさそう
だとカカシは胸を撫で下ろしていた。
後はもう、イルカと二人でしっぽりと夜を過ごすだけだ。
一番最初にイルカと寝たのが温泉旅館だった所為か、場所が『旅館』というだけでドキド
キわくわく。異様に乙女テンションが上がるカカシである。
部屋へ戻れば、もう布団はちゃんと敷かれていてスタンバイオッケー。
いつでも来い、な状況が出来上がっていた。
その布団を見ただけでカカシの心臓がトクンと跳ねる。
入り口の所にあるスイッチを押して部屋の灯りをつけたカカシの指の上から、イルカの指
が重ねられてまた部屋の灯りが落とされた。
「……イルカ先生…?」
「…どうせ、すぐ消すでしょう…?」
後ろから抱きすくめるようにカカシに身体を寄せたイルカが耳元で囁く。
カカシが望んでいる事などお見通しだ。
囁いた唇がそのままカカシの耳朶をかすめ、首筋に当てられる。
「…そうですね……」
ふふ、とカカシはくすぐったそうに笑った。
ああ、いい。これだ。
このまま、イルカの優しい愛撫に身を任せて至福の時を―――と、カカシはうっとり眼を
閉じた。
その時。
「あらぁ? 電気、つかないんですかあ?」
いきなり背後から声をかけられて、二人は飛び上がった。
おかしい。扉は閉めたはず…いや、まだ錠は下ろしていなかったか?
イルカはパニックになりかけた自分をムリヤリ落ち着かせて、廊下を見た。
「……シ…シズネさん…?」
旅館の浴衣を着たシズネがにっこりと立っていた。
「こんばんは。夕食とお風呂はもうお済でしょう? まだ寝る時間には早いし、ツナデ様
がお二人をお誘いして来いと仰って……」
「…………………はあ」
「…………左様で…」
何とも間の抜けた返事をするカカシとイルカ。
要するに、宴会だろう。飲むのに付き合えというわけだ。二人はそっと目を見交わした。
―――今夜は辛抱して付き合うしかありませんね。
―――そうですね。諦めましょう…
「いらしてくださいます?」
カカシはソツのない笑みで頷いて見せた。
「ありがとう。もちろん、伺いますよ。ねえ、イルカ先生。…でも、今風呂から戻ってき
たばかりなのでね。ちょっと身支度してから参ります。シズネさん、先に戻ってツナデ様
によしなにお伝えください」
シズネは「わかりました」と一礼する。
「五階の紅梅の間ですから。お待ちしておりますね」
シズネが視界から消えた途端、二人は同時にため息をついた。
「………うあ〜驚いた。気配ナシで来るもんな〜さすがツナデ様の付き人」
「…貴方と同じ上忍ですからね、彼女も」
イルカは改めて灯りをつけた。
自分とカカシの二人分の濡れた手拭いを窓の手すりに干す。
「あーあ、もー…いいムードだったのになあ……」
「……怪しまれましたかねえ…」
電気もつけず、男二人でくっついて。
「あ〜? 昼間海で見つかった時からもう怪しまれていますよ。…ったく、もう…半分カ
ンづいているんなら邪魔すんなっつーの…」
はあ、とカカシは息を吐いた。
「まー仕方ない。…ちょっくらお付き合いしてきましょう。ヘタに断ると後が怖いから」
「……ですね」
イルカは慰めるようなキスをカカシの唇に落とす。
「………この続きは後で……」
 
 

      



 

NEXT

BACK