人生色々
4
「遅いぞ! 女じゃあるまいし、野郎が風呂上りに何の身繕いだい」 「申し訳ありませんね。お招き頂いたのに手ぶらでは、と思いまして……」 迫力のある眼で睨むツナデに、カカシは下の売店で調達してきた一升瓶を掲げて見せた。 「…ふうん。まあ、いいだろう。お入り」 「失礼します」 カカシとイルカは会釈しながら部屋にあがり、中を見て思わず固まった。 「……ツ、ツナデ様……まさかコレは……っ…」 ふふふ、とツナデは楽しげに笑う。 「せっかくの休みだ。楽しもうじゃないか、なあカカシ。休日の夜とくりゃ、これしかな いよな!」 部屋の中央には雀卓。 ―――アンタの楽しい事って賭博しかないのか! と、心の中で同時に叫ぶ男二人。 「何だぁ? その景気の悪いツラは。…まさかお前ら、麻雀知らんのか?」 「麻雀くらい知っておりますがツナデ様…ひょっとしてお誘いってコレですか……」 ツナデは怪訝そうに眉を顰めた。 「他の何だと思ったんだ?」 「いや……たぶん飲み会だと思ったんスけど……ねえ、イルカ先生」 頷くイルカに、ツナデはあきれたような視線を向ける。 「バ〜カ。大の大人が四人だよ? 四人集まれば雀卓を囲むと相場は決まっているじゃな いか! 常識だろう」 「……………………(それはどこの国の常識なのでしょうかツナデ様…少なくとも俺の住 んでいる国の常識ではないような気がします…)」 「……………………(このオバハンの常識って博打中心…? こんな御ヒトに木ノ葉の未 来を任せて大丈夫なんだろーか……そのうち博打のカタに木ノ葉どっかに取られんじゃね えか?)」 シズネは、どことなくバツが悪そうにモジモジしている。 さすがに全面的に主の肩が持てないでいるのだろう。 「……あの……とにかく、お座りになりませんか? 今、お茶でも……」 「いいよ、シズネ。…コイツら、最初ッから飲むつもりで来やがったんだから。茶碗出し な。せっかくの酒、飲ませてもらおうじゃないか」 (この人本当に好きなんだなあ……賭け事全般が) 情緒、という言葉とは掛け離れた音がジャラジャラと深夜の室内に響く中、イルカは気の 毒そうにツナデを見た。 そして何故かとことん運が悪い。ツキに見放されている。彼女が伝説のカモ、と呼ばれて しまうのも頷けた。 麻雀は純粋に運だけの勝負ではなく、読みも必要だが、最後にモノをいうのはやはり運の ような気がする。それにやっているうちに気づいたのだが、ツナデは本気でこの遊びが他 の誰にとっても、楽しいことだと信じているらしいのだ。 カカシが昼間もらした一言。 幼い頃から遊ぶ暇などなかった、という彼の言葉を気にかけて、ならば今、楽しませてや ろうと思って呼んでくれた―――ようなのである。カカシにとってはありがた迷惑な話な のだが。 カカシもそれに気づいたのだろう。ポーカーフェイスながら、適当にあしらうような勝負 はせず、まともに相手をしている。 「え〜と、それ、ポン」 ツナデの捨て牌にすかさずカカシが宣言する。 「……ツナデ様、また一色手狙いですか?」 「…悪かったね。…それよりお前、写輪眼使ってないだろうね?」 「んな疲れるコトしませんよ。真面目にフツーにやっております」 ふぁ、とカカシはあくびをもらした。 「…それよりもうそろそろお開きにしませんか〜? …昼間泳いだんでもう眠いっす、オ レ」 「勝ち逃げかい、コラ」 「え〜…別に金寄越せなんて言いませんからァ……こういう遊び、久々で結構面白かった ですけどね…ちょっと朦朧としてきました…」 フン、とツナデは鼻を鳴らした。 しかし、横ではシズネも時々コックリと舟を漕いでいるし、この状態でこれ以上続けても 仕方ないと判断したのだろう。 「ったく、酒なんか飲みながら打つからだよ。だらしないねえ。…ま、いい。今夜は勘弁 してやるよ」 一番負けている人間のセリフではないが、何故か他の三人は「ありがとうございます」と 声をそろえて礼を言ってしまった。 「んじゃ、ど〜もお邪魔しました…おやすみなさい」 「オヤスミ。…ちゃんと部屋までお戻りよ」 「はい、ツナデ様。では、失礼致します」 背後で扉が閉まる音に、カカシとイルカはやれやれ、と安堵の息を吐いて歩き始める。 「………今度こそ終了……ですね、本日は」 「ぜーったいオールナイトやるつもりだったに違いないですね〜…クソ〜元気なオバハン だ……」 カカシ先生、とイルカは苦笑しながらたしなめた。 「ダメですよ? あの方をそういう呼び方なさっては。…あの方なりに、気を遣ってくだ さっているみたいですし」 「気を遣うなら放っておいて欲しいんですけどね〜…マジで。あ〜疲れた。麻雀なんてガ キの頃付き合いでやっただけだから、役なんてうろ覚えで……」 「その割に勝ってましたね」 「………付き人さんは頭数で座っていただけだし、アンタはマジで勝負なんかしてないし、 ツナデ様は伝説のカモぶりを発揮なさってましたし……あれで負ける方がどうかしている でしょうが。…ホントに弱いんですねえ五代目。…弱いのに何で好きなのかなあ…賭け事」 イルカはややあって口を開いた。 「……勝てないからこそ…なさっているのかもしれませんね。……初代様のお孫様で姫と 呼ばれて育ち、三忍と呼ばれる実力と、医療分野で開花した才能の持ち主。加えて、あの 美貌とスタイル。……でも、賭け事の才能は殆どゼロ。……あの方が博打にまったく興味 がない場合、それは問題にもなりませんが」 「…プラスマイナスですか? …妙なモンで釣り合い取らんで欲しいですね」 「思えば、彼女も肉親とは縁が薄い……それに、噂では戦のさなか、恋人も失っている。 …そういう不運と引き換えてもなお、彼女が持っているものは大きな価値のあるものだと ……天はそう見ているのかもしれません」 カカシは意外そうな眼で傍らの男を見た。 「イルカ先生は、世の中そういうバランスで成立っているとお考えで?」 「……全部が全部、そういう法則に当てはまるワケないですが。そう言ってしまうにはあ まりにも人の境遇というものは不公平なものですから。……でも、何かね…物事って自然 にバランスを取ろうと働いているような気がする時があるんですよ。これは、ものの見方 と考え方次第ですが」 考え方次第、とカカシは繰り返した。 「………うん、それはそうですね。考え方次第で、人間自分で自分を不幸にしていくケー スはたくさんある…それはわかります。よく言いますものね。『不幸中の幸い』とかね。 これは、悪いことはあったけど、最悪の事態は避けられたじゃないかって、慰めているん ですよねえ。自分とか、他人を…それと似たようなモンですか?」 「何がその個人にとって、幸せなことなのか、かもしれません。……病気でも無く、五体 満足でも得たいものが得られない場合、それはその人によって死に等しい絶望かもしれな い。…そこから眼を逸らせない限り、衣食住足りても、自分は誰よりも不幸なのだと……」 カカシは微かな笑みをもらした。 「ああ、なるほど。わかります。…それって、辛い病気を抱えて、身体が不自由な人から 見たら『何を贅沢なことを』って言いたくなりますよねえ…ホント、人間っていうのは贅 沢で勝手な生き物だから。……オレの先生が…四代目が言っていましたね。きっと、この 世の中で一番幸せなのは、根っから謙虚に出来ている人間だろうって。…それを聞いた時、 オレはガキだったんで………そりゃ随分後ろ向きで卑屈な幸せだと思ったんですけどね。 人間、現状に満足したら進歩ないでショ、ってね」 イルカは真顔で返す。 「四代目様の仰ることも、カカシ先生のご幼少の頃の感想も間違ってはいないと思います よ。…要は、己の持って生まれた器をどれだけ自分で自覚出来るか、かもですね」 「……そんな…それって難しいですよお……」 途端にイルカはヘラリと表情を崩した。 「そーですよねーっ…あはは、すみません。…俺、酒が入ると屁理屈っつーか、ラチの開 かないことをグダグダ言い出す事があるんで……気にせんでください。オノレの器量云々 言ってたら、俺は貴方とこうしている事なんか出来ませんから〜」 カカシの膝からカクンと力が抜けそうになった。 (…そうか、素面っぽい顔をしているけどコイツ酔ってやがったのか…そういや、飲み過 ぎると説教魔になる傾向があったっけ…イルカ先生って) そうこうしているうちに、カカシ達は自分達の部屋まで帰りつく。 カカシは扉の前でくるりと向き直って、にぃっと笑ってみせた。 「オレも自分勝手な人間ですからね。…今現在この時の幸福を追求しちゃいます。…オレ はアンタとこうしているのが幸せに繋がるんですけど。アンタ、オレをもっと幸せにして くれる気、ないの?」 常夜灯だけがついている暗い廊下。 そのほのかな灯りに浮かび上がるカカシの白い秀麗な顔に、イルカは引き寄せられる。 「……あるに決まってます………」 背丈の殆ど変わらない恋人にキスするには、近づいてほんの少し顔を傾けるだけでいい。 「…貴方の幸福は、俺の幸福です……」 翌朝、旅館が朝食を持ってきたのは普通よりも随分遅い時間だった。 夜中の三時近くまでツナデの麻雀につき合わされた上に酒が入っており、更に部屋に帰っ てから意地のようにしばらくイチャついてから寝た二人にとっては、丁度いいタイミング で出た朝食だったが、事前に朝食の時間を遅らせて欲しいと連絡をした覚えなど無い二人 は首を捻る。その疑問には朝食を運んできてくれた従業員があっさりと答えてくれた。 「紅梅の間のお客様から連絡がございまして。…なんでも、こちら様を遅くまでつき合わ せてしまったので、朝は遅いはずだと。もしも催促が無かったら、食事をお運びするのは 十時以降にして欲しいというお話でしたので…」 「そ…そうですか…それは、どうも…」 カカシはため息をついた。 「かー…かなわんなあ…伊達にトシくっちゃいないですね。もーマジにガキ扱いですか…」 イルカも苦笑した。 「後で御礼を申し上げなくてはいけませんね。……とにかく、頂きましょう」 二人で遅い朝食をとっているところに、控えめなノックの音が響いた。 「…?」 イルカがさっと立ち上がって扉に向かう。 「はい、何か?」 「おはようございますー! 起きてらっしゃいました〜?」 その声に、イルカは慌てて扉を開けた。 「おはようございます! シズネさん」 シズネは一人だった。ツナデもトントンもいない。 「…お二人とも、大丈夫でしたか? 夕べはごめんなさいね、お付き合いさせてしまって。 …でも、ツナデ様にも悪気はなかったんですよ」 イルカの背後からカカシがのそりと顔を出す。 「…おはよ〜さんです。…あの御方に悪気がないのはわかってますから、お気遣い無く。 …朝御飯の事も、わざわざ気を回してくださって感謝してますよ」 シズネはホッとしたように微笑んだ。 「…良かった。……それでですね、コレ、ツナデ様から差し入れです。…どちらか、おケ ガなさっているかもしれないからって……」 カカシは首を傾げた。 「…ケガ? それ、何ですか?」 「粘膜の傷によく効く軟膏です」 無邪気な爆弾。 イルカは真っ赤になった顔をそむけ、カカシは引き攣った笑顔で礼を言う。 「お…お気遣いありがとう……とツナデ様にお伝えください……」 何もわかっていないらしいシズネは「はい」と朗らかに頷く。 「やっぱり必要だったんですね。さすがツナデ様だわ。では、お食事中お邪魔しました〜 …どうぞ、お大事に」 「どぉもぉ〜……」 限りなく昼に近いとはいえ、朝の爽やかな空気が一変して重苦しく暗くなる。 「………暗に何か宣告された気分………」 「…………ですね………」 今後、事ある毎にからかわれ、嫌味を言われる事はもう間違いない。 二人はもう力無く笑うしかなかった。 「……とにかく…今は…休暇を楽しみましょう!……これからの事を気に病んでも仕方あ りませんからっ! ねっ!」 けなげにメンタルブロウから立ち直ろうとする恋人に負けじと、イルカも己を励ました。 「……で、ですねっ……今この時を楽しまなくてはっ…せっかくの休暇ですものねっ」 ―――深い嘆息。 一抹の不安をはらんだ二人の休暇は、始まったばかりである――― 06/3/5〜3/11 |
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