人生色々

 

今は亡き三代目火影、猿飛に秘書よろしく便利使いされていたイルカは、里長が代替わり
した今現在も、何かと便利使いされている。
しばらく里を空けていて里内の事情やシステムに疎くなっていた五代目火影ツナデは、就
任したばかりの頃、「あれはどうなっている」「これは何だ」と周囲に聞きまくった。
その時の周囲の答えの実に六割が「それはイルカにお聞きになってください」だったので、
面倒になったツナデは彼を側に置いておいた方が早いと判断したのだ。
おかげでイルカは、アカデミーでの仕事の他に任務受付所、そして火影の執務室での仕事
をこなす毎日である。
それは改めて考えると、三代目の頃とそう変わらない勤務状況なのであるが、細かい変化
はあった。
先ず、ツナデの場合は彼女の放浪生活にけなげに付き従った付き人のシズネ嬢がいるので、
身の回りの細かい世話まではイルカの負担にならないというのが救いである。
それにシズネは呑み込みが早いので、一度イルカが教えただけで次回からは一人でその仕
事をこなしてくれる場合も多かったから、前よりもイルカの仕事は楽になったと言えるだ
ろう。
おまけにシズネは医療忍者だ。
イルカがゴキゴキと首や肩を回していると、「ちょっと胴衣を脱いで」とアンダーの上から
手を当て、血流を良くしてくれる。肩の凝りが取れて喜んでいるイルカに、彼女はチャク
ラを使って自分で肩凝りをほぐすコツを教えてくれた。
三代目が亡くなった事は、自分の祖父を亡くしたのと同じくらい辛かったイルカだったが、
近くに気遣いを見せてくれる女性がいるだけで随分と救われるものである。
それに、イルカも健康な成人男子。
眺めるのならばシワシワのジイ様の顔よりも、美女の方がいいに決まっている。
実年齢は五十歳だと頭でわかってはいても、現実に眼にするツナデは若く美しい。豊かに
盛り上がる白い乳房は張りがあって、それでいて柔らかそうで。こういうのを『眼福』と
言うのだろうな、と思わず心の中では鼻の下が伸びてしまう。
それは恋人がいようがいまいが関係ない、男の悲しい条件反射であった。
悪いのは、これ見よがしに白い胸の谷間を覗かせるような服を着ているツナデだろう。
イルカなどはまだ、それを顔に出さずに応対出来ているだけマシだった。
冷静に考えれば、彼女はイルカの母親とそう変わらない年齢。
それを常に頭の隅に置いておけば、余計な煩悩に足をすくわれずに済む。何カップかわか
らないような巨大な乳に関しては「これはホルスタイン、これはホルスタイン」と自己暗
示をかけて男の本能に歯止めをかけるのだ。
他の若い忍の中には、五代目の胸の谷間から眼を逸らすことも出来ず、真っ赤になって生
唾をゴクンと飲み込んでしまった未熟者も少なく無い。気の毒に、そういう醜態を晒して
しまった者は「修行が足りない」と一喝され、下忍が受けるような任務に回されてしまう。
一からやり直せ、と降格されないだけマシだろうと、ツナデ姫は笑った。
「アカデミーからやり直し、でもいいけどなァ…それじゃアカデミーの忍師が大変だもの
な、イルカ?」
書類の仕分けをしながらイルカは淡々と返した。
「…二十歳過ぎたアカデミー生ですか。…それはかなり大変そうですね」
「そう言うお前は涼しい顔をして…可愛くないねえ。…若いくせに淡白なんだから」
イルカは心持ち引き攣った営業スマイルを返す。
「……ツナデ様のお美しさはわかりますが。中忍の俺から見れば、ツナデ様は遥か雲上人
です。畏れ多くて、とてもとても……」
「とても、何だ?」
「………煩悩の対象になど出来るはずもない、と」
ぶはは、とツナデは笑った。
「言うねえ。…まあ、いい。……オンナの乳ごときに眼がくらむような男、私の側には置
けないからね」
別に置いてもらわなくてもいいのだが、という心の声は伏せ、イルカは曖昧に微笑んでそ
の言葉を流す。
カカシは今の所、誰に対しても過度な嫉妬心を見せた事は無いが、狭い執務室に見た目若
いツナデと現役で若いシズネの二人の女性がイルカと一緒にいる、という状況は彼にとっ
てあまり愉快なものではないらしい。カカシの心の平安の為にも、イルカとしては極力こ
の部屋の滞在時間は短くしたいのである。
そんな若者の心を知ってか知らずか。
「なあ、イルカ」
気の無さそうな顔で書類をパラパラとめくっていたツナデが呟いた。
「はい、何でしょうかツナデ様」
「……三代目が亡くなってからこっち、色々あったよな……」
「…そうですね」
壁際のキャビネットでファイルの整理をしていたシズネが、気遣わしげな視線をイルカに
向けた。彼女は、九尾事件の時に両親を失ったイルカの事を三代目が不憫がり、何かと気
にかけていた事、それを恩に感じているイルカが、三代目を祖父のように慕っていた事を
周囲の話を聞いて知っていたからだ。
「皆、よく働いてくれた。……お前も、ろくに休みも取らずに頑張ってくれたな」
「いいえ、ツナデ様。…皆、この里を守りたいのです。…俺も、三代目様や四代目様が命
をかけて守った里を…微力ながら守りたいと思いますので」
うん、とツナデは微笑んだ。
「…私も、好き勝手に里の外でフラフラさせてもらった分、今度は腰据えてこの里を守る
つもりだよ。……お前達に助けてもらってな」
「…ツナデ様…っ…」
その言葉に感動したシズネは、仔豚のトントンを抱き締めて涙ぐんでいる。
「で、提案なんだが」
「…………………………」
「…………………………」
シズネとイルカは瞬間気を引き締めて警戒モードに入った。
悲しいかな、学習と勘によりこの二人にはツナデの声の調子だけで「何かろくでもない事
を言い出しそうだ」とわかってしまうのである。
「忍者にも娯楽が必要だと私は思うんだよ。…やっぱり、人生楽しんでナンボだろう? 楽
しみがあれば、人間張り切って働けるってもんだ」
「…………………………」
「…………………………」
シズネとイルカの警戒レベルはもう一段階上がった。
「だから、カジノを公費で作って……」
ツナデの言葉は、イルカの「却下です!」という大声とシズネの「あひィ〜ッ」という悲
鳴によって遮られた。
ゆらり、とツナデは立ち上がる。
「………お前ら…いい度胸じゃないの……この私のセリフを最後まで聞かないとは…っ」
だが、思わず抱き締め過ぎて呼吸停止に追い込んでしまったトントンの蘇生を半泣きで行
っているシズネにはもう、ツナデの言葉は聞こえていなかった。
「あああ〜っトントンしっかりしてェエ〜ッ! 息を吹き返さなかったらアンタ、まな板
行きなのよォオ〜ッ!」
そしてその後はオーブン行き。瞬間、美味いだろうなぁ、などと考えてしまったイルカは
慌てて心の中で謝り、仔豚の蘇生を祈る。
あっさり戦線離脱したシズネにため息をつき、ツナデはイルカに向き直った。
「……間髪いれず却下しやがって……私の話を最後までお聞き、中忍」
「は、はい……」
どさ、とツナデは椅子に腰を落とした。
「………私はね、伊達に諸国の賭博場を巡っていたわけじゃないよ。賭け事に興じる人間
ってのは意外と多い。みんな、楽しいからこそ賭博場に来る。…いい娯楽だよ。上手くす
りゃ儲かるし、スッちまってもそこは人生勉強ってもんさ。…それに、作るのは公営カジ
ノなんだから、そこに落ちたカネは全部里のモノじゃないか。どうだい、一石二鳥だろ」
フー、とイルカは息をついた。
「お説、ごもっともな部分はありますが……」
「……何だい。奥歯にモノが挟まったような物言いはおやめ。びしっとお言い! 男だろ」
イルカは顔を上げた。
「…問題点が幾つかあります。…まず、その娯楽の対象は成人でしょう。…下忍の半分は
子供です。…その子達を無視したような娯楽施設を公費で、というのはどうかと。……そ
れと、仰るように忍者も人間です。……賭け事に興じるあまり、身を持ち崩す輩が出ない
とも限りません。…もしも夜逃げ、などという事態になったら、それは単なる夜逃げに止
まらず、抜け忍という事になってしまいます」
ツナデの片頬がピクリと痙攣した。
「…あと、失礼を承知で申し上げますが、ツナデ様ご自身がそのカジノに大金を落とさな
いという保証は無いのではありませんか?」
「………言えてる………」
仔豚の蘇生に成功したシズネがボソッと呟き、ツナデに鋭い視線を向けられて慌てて眼を
そむける。
好きな割りに賭け事に弱いツナデは、反論出来ずにむくれて見せた。
「………ったく、カタい男だねえ……お前、賭け事なんざやらないってクチかい」
「……カタいわけじゃないですが。…そうですねえ、金が絡む賭け事は怖いです。…それ
ほど余裕がありませんので」
その代わり、人生左右するかもしれない無謀な賭けに出たことはある。
カカシを抱いた。
本人の了解があったとはいえ、あれは一種の賭けではなかっただろうか。
幸い吉と出て彼の恋人となり、今もその関係は続いているが、あれが凶と出ていれば今頃
イルカはどうなっていた事か。あれで、己の人生における運の半分以上は使ってしまった
ような気がする。
賭博場などで運の無駄遣いは出来ないイルカであった。
「ホント、可愛くない男だよ。……まあ、いい。……頭の硬いホムラの爺様やコハル先生
がいい顔するわけないし。…第一、建設費が無いしさ」
イルカは安心したように笑った。
「ご冗談だったんですか。良かった。…一瞬、本気かと思ってしまいました」
トントンを抱いたまま床に座っていたシズネは心の中で思いっきり首を横に振っていた。
(違うっ…騙されていますっ! イルカ先生! ツナデ様は半分以上本気だった! もし
もアンタを巻き込めれば、借金してでもカジノを作っちゃうに決まってる!)
真面目なイルカに賛成してもらえれば、それを「皆がそう希望している」という代表意見
に仕立てて、長老方を黙らせるつもりだったなどという事は、付き合いの長いシズネには
考えなくてもわかってしまう。
「カジノ建設は冗談として置いておいて。まあ、ここからが本題よ。……今までのやり方
だと、細かい休養日は各自に設定されているけど、まとまった休暇って無いだろう?」
「……そうですね」
「あったらいいなーって思わないか?」
「……そうですね」
イルカは思わず本音を漏らしてしまった。
何日かまとまった休みがあれば。あんな事もこんな事も出来るだろう。
にまっとツナデは笑う。
「なあ、勤勉で評判なイルカ先生だってそう思うだろう? 思うよな?」
―――しまった。
何かわからないがハメられたらしい。
「や、でも…ツナデ様…今はまとまった休みが欲しいとか言っている場合では……」
中忍試験にかこつけて里の中に入り込み、木ノ葉の殲滅を目論んだ大蛇丸一党の音隠れ、
そして密かに木ノ葉を裏切って音隠れについていた砂隠れとの戦いの被害は甚大で。
どこの部署も人手不足で、月に二日ある正規の休みすら取れない状況だったのである。
「……でも、結構持ち直してきているじゃないか。何も全員一度に休んでしまおうなどと
言うわけじゃないよ。人間、疲労はたまる。それじゃあ成功する任務も失敗するって言っ
ているのさ。……心身ともにリフレッシュすることの重要性をお前はわからないのかい」
「………は……」
医療のスペシャリストと人体について論争するのは愚かなこと。イルカは口を噤んだ。
その青年の様子に、ツナデは満足げに頷く。
「…わかってくれたようだね。…で、長期休暇だが、まあ期間は一週間程度でいいだろう。
だが、一年のうちいつ取ってもいいなんてコトにしてしまって、万が一休む奴が一時期に
集中してもまずいだろう?」
集中しそうなのはバカンスに適した夏、そして正月のある冬。
「…そうですね」
「だからだな、偏りが出ないように調整したいんだ。出来れば年に四回ほど、各季節に振
り分けて」
「はあ…」
ツナデはにっこりと微笑み、白紙の巻物をイルカに渡した。
「イルカ、お前、皆に文句を言わせないような休暇システムを考案して、文書化しろ。具
体的な数字も入れて、明後日までに作って来い」
「………わかりました……」
今度の火影様はわがまま姫。でもこの程度のことでメゲてはいけない。
他に火影はいないのだし、自分は中忍。逆らうにも限界があった。
イルカは改めて思うのだった。
―――……中忍って…悲しい。

 



 

人生〜いろいろ♪
………というわけで、コピー本『人生色々』から。
ツナデ様の長期休暇計画に巻き込まれるイルカカ。(笑)

 

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