秘の五日間 =第一夜=

 

「…イルカ先生」
「はい」
「ねえ、イルカ先生」
「はい」
「イルカってばー」
「…何でしょうか」
「………強情っ張り」
「そういう問題じゃありません」
「まだ寒いんだから、こっち来たらいいでしょ?」
「俺はここで結構です」
「風邪、ひきますよ」
「バカだから、ひきません」
「石頭」
「…何とでも」

片や、この部屋の主のベッドで膝を抱えている美女こと―――カカシ。
もう一方は言わずと知れたこの部屋の主、イルカ。イルカは毛布をかぶって、板の間に座っていた。
その板の間は、ベッドのある寝室とは襖で隔てられている。従って、この会話は襖越しである。
こういうやり取りがもう三十分近く続いていた。
「じゃあ、貴方がこっちで寝たらいいじゃないですか。これは貴方のベッドなんですから。オレがそっ
ちで寝ます」
幾分怒った口調のカカシが、襖を開けてイルカを睨んだ。
「…それはもう半分貴方のベッドみたいなものです。…ご遠慮なく」
さらっと赤面もせずにそういうセリフをイルカが口にするとは思っていなかったカカシは、かえって戸
惑ってしまった。
「…イルカ先生…何か、怒っちゃったんですか…?」
イルカは驚いて顔を上げた。
「何言っているんです?」
「…だって、イルカ…この部屋へ帰って来てからオレの事ちゃんと見ないじゃないですか…二週間
も一緒にいたんだから、もうオレの女姿は見慣れているでしょうに…」
泣きそうな美女の顔に、イルカは困ってしまった。彼は怒っているわけでも何でもない。
今のカカシと寝るわけにはいかないので、イルカなりに苦心している最中なのだ。
しばらく言葉を捜していたが、ふと何か思いついたらしくイルカはポンと膝を打った。
「……そうか」
イルカはいきなり立ち上がった。
「その手があった」
「?」
イルカはカカシににっこり微笑みかけ、ベッドに戻るように促す。
「さ、カカシ先生こそ風邪ひきますよ。布団に戻って暖かくして下さい。…俺もそっちで寝ますから。
ね?」
「…は、はい……?」
カカシが、イルカの態度が急に変わった理由を悟ったのは次の瞬間だった。
「変化!」
どろん、とお決まりの煙幕が立ち上り、そこに現れたのはここ二週間カカシが行動を共にしていた
少女だった。
「さ、寝ますよ」
「イルカぁ〜」
イルカはさっさとベッドに潜り込む。
「………男のままで貴方と一緒のベッドで眠れると思うんですか? 俺だって健康な男なんです
からね」
カカシはもぞもぞとイルカの隣に潜り込んできた。
「…んじゃ、もう任務中じゃないから、おねーさんイルカちゃん襲ってやる…」
カカシのボソっとした呟きに、イルカはベッドの反対側から落っこちた。
「何考えてんですか!」
「イルカに触る事ですけど」
うう、と頭を抱えるイルカ。
「二週間も一緒にいて、お預けだったんですよお? イルカ先生はオレの事なんかどーでもいい
んですか?」
「どーでも良くないから! 大事だからこんなにこだわってんでしょーが!  …もお…」
どーでも良かったら、これ幸いと据え膳よろしく頂いてしまえばいいだけの話である。
見かけだけでも完璧な美女のお誘いだ。
普通なら、これを断るのは男じゃない―――のだが、イルカにはイルカのこだわりと意地があ
る。
「わかりました! 一緒に寝ても絶対貴方がその気になれない人物になります!」
カカシが止める暇もなく、イルカは印を結んだ。
どん、と変化したイルカの姿に、カカシは思わず口を開けてしまった。
「そ…そーきますかぁ〜?」
カカシの目の前に、ものすごく見慣れた…ただし、鏡の中でだけだが…男がいた。
さしものカカシも、『自分』相手にその気になるほどナルシストでも変態でもない。
「ずるい! オレは火影様に固定されてて変化の術だけは使えないのに〜!」
「何とでも言って下さい。任務の終了した晩くらい、静かに大人しく寝ましょうよ。ね? 三代目
に変化しなかっただけでもいいでしょ」
「イルカの石頭! いけず! ×××(←美女の口から言って欲しくないセリフ)!」
「はいはい。…おやすみのキスくらいならしますよ」
ずささ、とカカシは思わず身を引いた。
「…結構です……」

変化していてもイルカはイルカだと言ったのはどこの誰だったのか。

こうして、一夜目は何とか乗り切ったイルカだった。




 

はい、悪乗りしてちょっと女カカシ続いています。
これは、『うたかた』の前の晩ですね。
火影さまが戻るまでの五日間、どうイルカが耐え忍ぶのか!
カカシは大人しくしていてくれるのか?(笑)

頑張れイルカ先生…!!

 

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