花も嵐も?! −3
(―――上忍って、やっぱり変わり者が多いんだ…) 点心食べながら交際を申し込まれて、断りきれずについOKしてしまったイルカは、た め息混じりに心の中で呟いた。 カカシは美形で、気さくで、優しい。故に、女性にモテる。(線の細さと色気故に、一部 の男達にもモテていることは後で知った)上忍なのだから、強いし頭もいいのだろう。低 能に上忍は務まらない。 そんな彼が、イルカをタイプだと言い、好きだ、付き合ってくれと言う。 これが変わり者でなくて何だろうか。 (自分でも、可愛げがない大女だと思うんだけどなァ。……まー、いっか。…その分、カ カシさんが可愛いし、綺麗だし。………って、何の慰めにもなってないぞ、自分。……… 彼の方が綺麗だなんて、やっぱちょっと切ないっつうか……みじめっぽくない?) 救いは、女性にしては背の高いイルカよりも、カカシの方が更に長身だったことか。 これでカカシを見下ろしながら会話するハメになったら、居心地が悪くて仕方が無かった だろう。 誘われて数回デートを重ねる中でわかったのは、カカシは紳士的な大人の男で、それで いて時々子供のような素直な反応を見せる、『可愛いさ』もあるという事だった。 (………元暗部、なんておっかない所もあるヒトかもって思うじゃない。…なのに何であ んなに可愛いわけ? ちょっとドジなとこもあるし! 思わず世話焼きたくなるじゃない よ。ああ、コレが母性本能刺激タイプってやつかな) 本来、イルカは子供や動物が好きである。 クールな美形のクセに時々子供っぽくて、小動物的な仕草を見せるカカシは、何と言う か結構イルカのツボを刺激してくれるというか、『ストライクゾーン』直撃タイプだったの だ。 (………そーいや、前に先輩に言われたっけな〜…アンタは、ダメ男に引っ掛かって貢い じゃうタイプかもって〜………カカシさんは、ダメ男じゃないけど………上忍様だし、生 活能力あるし。…でも、何となく放っておけない感じ…あるかな) 「参ったな」とイルカは小さく呟いた。 彼をこのまま好きになっていくのは、何となく怖かった。自信が無い。 カカシが言ってくれる『好き』が、どの程度のものなのか、いつまで続くものなのか、イ ルカにはわからなかったから。 もしかしたら、モテる男の気まぐれで、いかにも彼氏がいない感じの女とちょっと遊ぶつ もりなのかと疑った事もあった。 だが、今のところカカシはそういった素振りは見せない。上忍に身体を要求されたら、中 忍のイルカに断れるわけがないのに。 付き合い始めて三ヶ月。 先日ようやく、部屋の前まで送ってくれた時にそっと触れるだけのキスをされた。 それだけだ。 (…あ、ひょっとしてその気にならないのかも。…私、色気無いから? ………カカシさ んの方が色っぽいもんねえ。…手首なんか、私より白いし。………げ…いかん。落ち込ん できた………) 昔、十代の頃に一度だけ彼氏がいた事があったのだが、その相手が始めからそういう事 しか考えていないような男だったので、男という生き物に関して、イルカはある意味諦観 していたのだが。 今から思えば、あの時は相手だって十代だった。 (十代の男の子が、ソレばっか考えてても不思議じゃないっつーか、彼女イコール、えっ ちの対象で当たり前だったんだよね〜…でもさ、女の方はソレばっかじゃないってのよ。 おまけにあの野郎の言い草がハラ立ったし!) あまりにも性急に求められたイルカが嫌がると、その少年はこう言い放ったのだ。 『生意気にイヤがってんじゃねーよ! オレくらいだぜ? 顔にそんな傷があっても気に しねーって。それに、お前みたいにデカくて可愛げの無い女、相手してもらえるだけ有難 いと思えっての!』 頭に血が昇り、グーで殴り飛ばした。 そして、キスひとつする前に別れてしまった。 それ以来、言い寄る男は皆無では無かったものの、その時の事がトラウマになっていて、 まともにお付き合いした男性はいなかったのだ。 (…………なのに、何でまた…OKしちゃったんだろーなー…やっぱ、あの顔がいかんよ な。何であんな、ムダに美形なんだか………) ふー、とイルカはため息をつく。 あの時だって、あの少年のことを一応憎からず思っていたから、お付き合いしたのに。 カカシのように優しくしてくれて、ちゃんと段階を踏んでくれたら、彼の誘いをあんなに 嫌がらなかったのではないかと思う。大人のカカシと、当時未熟だった少年を比較する方 が間違っているのはわかっているが。 それでも、イルカのことが好きで、気持ちに余裕がなくなってしまった挙句、オスの本能 を抑え切れなかったとかいうなら、まだ許せたかもしれない。 (でも、あのバカは…モテない女の子なら、選ぶ立場に無いから簡単にヤれると思ってや がったんだ。それが悔しいっ! …悪かったな、可愛くなくて) イルカは、指先で唇をおさえた。 先日のカカシのキス。 恋に慣れない、少年のようなキスだった。 壊れものに触れるような、散りやすい花びらに触れるような。 (…あれにはちょっぴりドキドキしたなー………) 思春期に戻ったようで、切なくなった。 (………でも、お互いにいい大人なのにね? やっぱ、ちょっとヘンじゃない? あの人) ガツガツとエッチな事ばかり求められるのも嫌だが、何も無いのもまた物足りないものだ。 女も結構勝手な生き物だと、イルカは笑った。 (今度のデートで、まだカカシさんがキスより先に進む気配を見せなかったら。………い っそのこと、押し倒しちゃおっかな〜。あんないい男が彼氏だなんて、もうこの先無いか もしれんし。別れる前に、思い出に頂いちゃうってのもいいかも。………彼、優しいしフ ェミニストだから、押し倒したくらいで殺されやしないだろうし) こう見えても、イルカはくノ一だ。 化粧気も色気もない女だろうが、色恋に関してニブかろうが、男に関する手管くらいは 心得ている。幸いにも、訓練だけで任務で実践した事はないが。 「…専門じゃないけど、何とかなるでしょ」 「何が?」 いつの間にか、カカシが机の横に立っていた。 教員室で物思いにふけっていたイルカは、ハッと我に返った。不埒な事を考えていただ けに、恥ずかしくて眼を逸らす。 「………い、いつも唐突ですね、カカシさんは」 「そう? ごめんね。アナタの驚いた顔が可愛くて」 もう最近では、カカシが教員室に現われても、驚く同僚はいない。イルカがカカシと付 き合っているのだと知って、女性達は羨ましがったが。 イルカは苦笑した。 「で、何でしょう?」 「あ〜、相変わらず冷たいなあ。…オレが来たら、デートの誘いだとは思ってくれないわ け? せっかく、任務明けにアナタの顔が見たくて、すっ飛んできたのに」 そういえば、三日ほど任務で里外に出ると聞いていたのをイルカは思い出した。 「ごめんなさいっ! 任務、お疲れ様でした。お怪我、無いですか?」 「うん、大丈夫だよー。ね、お帰りって言って?」 「………お帰り、なさい」 カカシはにこーっと笑った。 「ただいま」 ああ、やっぱこの人、可愛いなあ………と、イルカの胸はきゅうっと甘酸っぱく疼いた。 カカシはイルカを可愛いと言うが、彼の方がよほど可愛い。 「お仕事、終わるまで待ってていい? …御飯、一緒に食べたいんだけど」 「ええ。…すみません、もうすぐ終わりますので」 そう、男を誑し込むのは専門ではないが、今なら相手の好意という強いカードがある。 それで嫌われても、別れる時期が早まるだけの話だろう。 (………今夜実行、しちゃお) おとなしそうな顔したイルカが、自分を襲う計画を立てている事など想像だにしないカ カシは、にこにこと手を振って教員室を出て行った。 「ご馳走様でした。美味しかったです。本当にカカシさんは、いいお店をたくさんご存知 なんですね」 カカシは首を振って苦笑いした。 「…そうでもないんだわ。…実は、里外の仕事が多いから、里の中の店なんて、あまり知 らなくて。…でも、イルカさんに喜んでもらいたくて……人に訊いたり、雑誌で調べたり。 …あは、かっこ悪いね」 「どうして? かっこ悪くないです。その…嬉しいです」 カカシはポリ、と頭をかいた。照れた時のクセだと、もうイルカは知っている。 「あの、もう遅いし…送るよ」 「はい。…ありがとうございます」 カカシはいつも、イルカの住まう部屋の前まで送ってくれる。だが、部屋に入ろうとし た事は無かった。 (…私が誘えば、部屋に入ってくれるかな…) 「じゃあ、また明日…」 カカシはこの前と同じ様に、触れるだけのキスをして、帰ろうとした。 「カカシさん」 「はい?」 カカシは素直に振り返る。 「あの、良かったら…お茶でも如何ですか?」 振り返ったカカシの頬が、ぱあっと桜色に染まった。 (う…っ…それ、反則っ………可愛い………) 年上で上忍の男に向かって『可愛い』は無いが、本当にカカシは可愛かった。反応が。 「い、いいの? その…お邪魔しても?」 「ええ。…狭い所ですが」 昨日ちゃんと掃除しておいて良かったな〜、とイルカは微笑んだ。今朝、シーツも取り 替えたばかり。 (我ながらグッタイミング。今夜、神様は私の味方かも!) 「お邪魔します」 カカシは律儀に挨拶して、サンダルを脱いだ。 「何だか、緊張しちゃうね。…その、イルカさんの部屋…初めてだから。……凄いねえ、 綺麗にしてて」 「やだ、散らかってて恥ずかしいです。………その、楽にしててくださいね。今、お茶を いれます。あ、珈琲か紅茶の方がいいですか?」 「イルカさんの飲みたいもので、いいよ」 「はい」 ここまでは順調。 (………飲み物に一服盛るかな。…いや、毒耐性ある上忍に、ハンパなクスリは効かない だろうしな〜………あんまり妙な事をするのは逆効果になりかねないし。…あ、一応着替 えるか。忍服のままじゃ、いくらなんでも色気無さ過ぎ) 過剰に露出の多い服では、かえって警戒心を抱かせるかもしれない。そう考えたイルカは、 ごく普通の、それでいてカカシの眼には新鮮に映るだろう服に着替えた。 「お待たせしました」 計算通り。カカシはイルカの私服姿に、眼を瞠った。 「わ、可愛いね。イルカさんのスカート姿って初めて見た。そういうのも、似合うなあ。 …そうだ、今度のデート、そういう格好でしてくれない?」 「………カカシさんが、そう言うなら………」 (………つか、『今度』があれば、だけどね) お茶を飲みながら、他愛もない話をして。 小一時間を過ごしたカカシは、時計を見て慌てて立ち上がった。 「いけない。もう、女の子の部屋にいる時間じゃないね。ゴメン、そろそろ帰るわ」 「帰るんですか?」 「………え、だって………」 イルカもつい、と立ち上がって、カカシの袖にそっと手をかけた。 「…帰っちゃうんですか…?」 「あの………だってもう、遅いし………」 イルカは上目遣いに男を見上げる。 「………こんな時間に、女が男を部屋に上げる意味、わからないって…そう仰るんです か?」 「え………」 「私、貴方の彼女じゃないんですか…?」 カカシの顔がボッと赤くなった。 「え? えええっ…?」 「…ねえ、カカシさん…?」 カカシはわたわたっと狼狽した。 「ででで、でも…っ…その、まだ、お付き合い始めて、三ヶ月で………」 「もう、三ヶ月、です」 「デート、十五回しかしてなくて………っ」 「………十五回も、してるんです」 「まだ、早いんじゃ…っ」 「―――あ〜、ゴチャゴチャうるさい」 カカシは「はいぃ?」と情けない声を上げた。 「申し訳ありませんが、カカシさん。…私、そんなに気が長くないんですよね。…女の私 の方から水を向けているのに、何ですか、その態度。…それでもその気にならない程、私 に色気が無いのは申し訳なく思いますが」 「いや、そんなっ…色気無いなんて思ってないって! でも、あの、いや…こ、心の準備 が………」 カカシは真っ赤になって眼を泳がせている。心拍数もかなり上昇しているようだ。 (…マテ。この人、本気でビビッてない? …あ、わかった………) このカカシという男、見かけほど女慣れしていないのだ。いかにもモテそうな風貌に騙 された。 (………やだ。…本当に可愛い………) クスクスクス、と思わず笑ったイルカに、カカシはかえって怯えたような顔で後退った。 「あ、そんな顔しないでください。…大丈夫ですよ。怖くないですからね。…優しくして あげます」 はっはっは、コレ、セリフが逆だわ…とイルカは思いながら、狼狽しているカカシの肩 に手をかけ、あっさりとソファに押し倒した。 「イイイッ…イルカさ………」 「はい、心の準備に三秒あげます。…出来ますよね? 上忍ですもんね。いいですか?」 長身の男に圧し掛かりながら、イルカはにっこりと微笑んだ。 「はい、三、ニ、………」 ジリリリリン。 「よし、ここまでにしよう。ご苦労さん」 |
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♀イルカでイルカカっつうたらやっぱ女側から襲うしかないですよね! レッツ押し倒し。ごーごー。 |