伝言ゲーム

 

ねえねえねえ、とイノぶた……じゃない、この私、春野サクラの大親友(ってコトになっている)、山中花店のお嬢様、いのが声をひそめて囁いてきた。
まぁね、サスケ君が絡んでいなきゃ結構仲がいいのよ私達。こうして二人一緒に甘味処で甘いもの食べたりするくらいには。
「ねえ、あの話、聞いた?」
どの話よ。頭の悪い話し方しないでくれるかしら。
でもこういう切り出し方はアレね。大抵噂話。
それもスキャンダル系って相場は決まっている。
「……あの話って?」
「………アンタんとこの先生。……イルカ先生と仲、いいよね?」
カカシ先生とイルカ先生?
「………んー? そうねえ……悪くはないんじゃない? 時々一緒にお酒飲んだりご飯食べたりしているらしいわよ。意外だけど気が合うみたいねー」
それがどーかしたのかしら。
う〜ん、といのは唸る。
「………何よ。先生たちが何だって?」
「あ…うん、あたしも聞いた話……なんだけどサ………うーん、言ってもいいのかな…」
自分から話題を振ったくせに、いのは歯切れが悪い。
「……サクラってばウブだからな〜……結構刺激が強いハナシだからさ〜」
あ、ムカつく。自分だけ大人みたいな顔で。
「あのね、いの。……私だってもう一人前のくノ一よ? いつまでもガキじゃないわよ」
「あら、そう。……じゃあ、聞いても大声あげたりしないでよね?」
いのは失礼なクギを刺しながら、周囲を憚るかのように更に声を小さくした。
「カカシ先生さぁ、イルカ先生にチョーキョーされてるんだって」
………………へ?
ゴメン、いの。すぐに頭の中で単語が漢字変換されない。
チョーキョー………ちょーきょー……ちょうきょう。超強…じゃないよね。………調教?
そう、調教。たぶんこれね。
………って、ええ? 調教??
「………叱責とか教育的指導の間違いじゃないの? 仕事中にエロ本読むような不真面目な上忍だもん、カカシ先生は。見かねたイルカ先生に怒られるってのは有りよ。十分に」
イルカ先生なら、たぶんやる。上忍相手だって遠慮なんかしない人だもん。
それを『調教』だなんてわざわざ変な言い方して、誰かが面白半分にいのをからかってるんだわ。
「……サクラぁ…それのドコが刺激的なハナシなのよ。………あのねえ…………」
いのはテーブル越しに身体を乗り出して、私の耳元で『内緒話』をしてくれた。
私も思わず身体傾けて真剣に聞いちゃったりして。
ボソボソボソ。
ボソボソボソ。
「………うぇ?」
…………ええ、私もそんなにウブじゃありません。ありませんとも。
くノ一がウブでどうするっての。子供の作り方だって知ってるし、世間では愛の形が様々だってコトも知っている。愛というより、嗜好の問題でヤロー同士が妙なことになっちゃうケースもあるのだってことも―――
でもっ……でもっ………ッそんなっ!
「………カカシ先生って……ゲイの上……Mだったの………?」
いのは気難しい顔で首を振る。
「それより意外なのはイルカ先生の方でしょ。………まさかSだったなんてね。…真面目そうな男ほど、妙な趣味があるのかも………知ってる? SとMのヒトってね、相手が自分と逆の趣味だってわかっただけで『じゃあシましょうか』になるんですって。わっかんない世界よね〜」
つーか、わかりたくないッス。ホモでSMなんて、そんなコアな世界。
感受性豊かなオトメとしては、想像もしたくないわ。脳が腐っちゃう。
なのにね、『噂をすればカゲ』って言うでしょ? そんな話をしていたら、噂の当人が店に入ってきちゃったのよーっ!
「…おう、サクラにいのじゃないか。久し振りだな。元気にやってるか?」
「イルカ……先生………」
ああ、ホモでサドだなんて思えない爽やかな笑顔………瞬間固まってしまっていた私といのは、ぎこちなくコンニチハ、と頭を下げる。
「どうした? 元気ないな、お前ら。……あ、おばさん、きんつば六個ください。持ち帰りで。アカデミーの接客用なんで、領収書もお願いします」
イルカ先生はお菓子を注文した後、私たちの顔を心配げに覗き込んだ。
「………任務で何かあったのか? 何でもかんでも話せるわけないのはわかっているが、俺で相談にのれる事なら遠慮はするなよ。…これでも一応、一通りの任務はこなしているからな」
そんなに深刻そうな顔に見えたのかな、私たち。
それにしても、イルカ先生は知らないのかしら。………自分が噂になっている事。
噂が嘘でも本当でも、そのままにしておいたらマズくないかなぁ。だって、『先生』なのに。
イルカ先生がホモでSな変態さんだってのが事実だったとしても、優しい恩師に変わりは無いわ。ここはひとつ、教えてあげるべき―――よね!
「………実はね、先生」
「ん? 何だ?」


 

やっぱり先生は知らなかったらしい。
私といのの話を聞いた先生の顔ったらなかった。驚愕を通り越して固まっちゃった。
そんなにショックだったのかしら………や、普通に考えたらショックよね。
噂が本当なら、周囲にバレている事に。
虚偽ならその内容そのものに、衝撃を受けるわよねー………
イルカ先生はきゅっと眉間に皴を寄せた。先生にしてはちょっと珍しい表情。
ショックから立ち直ったのか、先生は低い落ち着いた声で聞いて来た。
「お前らその話、誰に聞いた?」
私はもちろん隣のいのを指し、いのは私も知っているいっこ先輩のくノ一の名前をあげる。
あー、あの先輩ったらこういう噂話大好きだもんねえ………
そうか、成程ね、と口の中で呟いた先生は、いのに向き直った。
「いの、すまんが今俺が買った菓子をアカデミーの教員室へ持って行ってくれないか。俺の名前を出して、接客用の菓子だと言えば通じるから。サクラは俺につきあってくれるか?」
私達は黙ってコクコクと頷いた。だって、イルカ先生微笑んでいるんだけど眼が全然笑ってないのよっ! これって結構怖い………
私達に礼を言うと、先生は素早く印を結んだ。さすがに忍師だなーって思っちゃうな、こういうの見ると。綺麗なのよね、指の動きが。
ぽん、という小さな煙幕と共に、私達と同じくらいの年格好の黒髪の女の子が現れる。
………えーっと…イルカ先生、こういう子、好みですか? めっちゃ可愛いんですケド。
この時点で、私の中でのイルカ先生ホモ疑惑はほぼ無くなった。マジ可愛いんだもん。
やーっぱ、イルカ先生も男だよねー。変化に女の子の好みが出ちゃうなんて。
「じゃ、行きましょうか? サクラちゃん」
女の子は姿に合った可愛い声で私を促し、微笑みかける。
何処に行くんですか? とか何しに行くんですか? とか。
普通だったらナニゲに訊いてしまうようなことが言えなかったのは、ニッコリ笑った女の子の眼がやっぱりちっとも笑っていなかったからだった。
だからソレ怖いって! 先生…………


だけど、結果的にイルカ先生にくっついて行ったのは、忍としてとても勉強になったのよ。
いのに噂話をしたくノ一の先輩から始まって、噂の大元に辿り着くまでのお手並みの鮮やかだったこと!
中忍の底力を垣間見た思いだったわ………なるほど、情報収集ってのはこうやるのねって。
私は先生の指示通りにしただけなんだけど、人から目的の情報を聞き出すっていうテクニックが実践で身についた気がする。なんか、得しちゃった感じ。
先生が女の子に変化したのは、噂の当人が聞き回るわけにもいかないっていうのと、『噂話』を聞きだすには女の子の方が自然だからだったのね。
でも、先生ったら女の子の演技が板についてるってのがまた意外。すごいナチュラル。………そうかー、忍って、演技力も要るのねー………とか感心している間に、先生は噂の大元、元凶になったらしき中忍の男の人を発見。
「見つけた!」
私がその声に振りかえった時はもう先生はその人の所に駆け寄っていくところだった。
駆け寄るっていうか、既に突進って勢いで。
「てめえかっ! 妙な噂流してくれたのはっ!」
そう叫ぶと同時に、先生は変化を解く。
「イ、イルカぁっっ?…」
気の毒に、先生に詰め寄られたその人は、ビビリまくって顔を引きつらせていた。
うん、わかるわァ。マジで怒っているイルカ先生の迫力たるや、ちょっとしたモンですもんねー……
「ななな、何の話……」
「とぼけてんじゃねえっ! ネタはあがってんだ! 素直に白状しやがれっ」
パチパチパチ。私は心の中で手を叩く。
お見事よ、イルカ先生! 相手は完全に先生に呑まれている。オチるのも時間の問題ね。
「だから何の話だって……」
そこでイルカ先生はスッと声を落とす。
「俺とカカシ上忍の、ひでえ噂を聞いた。…俺がサディストの変態でマゾのカカシ上忍を調教しているんだってよ。……誰にその話を聞いたかずっと辿ってきたらお前に行き着いたってワケだ。どういう了見でそんな噂を流しやがったんだ。事と次第によっちゃ………」
先生に詰め寄られた男は、首が飛んで行きそうな勢いでぶんぶんと横に振り、否定している。なーによ。往生際の悪い。
「お、俺が…? 違う、俺はそんな噂を流した覚えはない!」
「お前じゃないなら誰だ」
「…知らねえよぉ……あ、でも…もしかして……まさか……」
ん? 身に覚えありってとこ?
「言え。もしかでもまさかでもいいから言うんだ」
更に先生に迫られた男は、渋々って感じでやっと口を開いた。

話を聞いた先生は、怒るよりも呆れてしまった。
まずはそいつの下世話な勘違いが元凶だったのよ。
事の発端は、食堂のサバ味噌定食。
それは、そいつの話を聞き出したイルカ先生自身が思い当たったのがそれくらいしか無いって言ったんだけどね。
まあとにかくサバ味噌よ。
それをイルカ先生が「美味しそうですね」って言ったら、カカシ先生はイルカ先生の作る方が美味しいって言ったらしい。
でもそれは単に、イルカ先生の料理の味にカカシ先生の舌が慣れてしまったからそう感じるだけだと思って、「俺の味に慣らされただけ」って言ったんですって。
で、カカシ先生も「イルカ先生の味か。そうかも」って。
たったそれだけよ?
それが何で「カカシ上忍がイルカ先生に調教されてる」になっちゃうんだか。
「お、俺は調教なんて一言も言ってないって! 俺はただ…」
「ただ?」
「なんか、カカシ上忍がイルカの味に慣らされているらしいって…下克上っぽい響きでアヤシイなあって…そ、それだけ…ちょろっと同僚の奴に……さ、酒の上のヨタ話だよ」
………ふうん。
要するにアレよね。伝言ゲームっての?
最初の文章が、何人にも伝えられていくうちにだんだん変わっていっちゃうってヤツ。
あれにプラス脚色憶測のおヒレがついて、最終的にいのの聞いた「二人はSM趣味の変態ホモさんで、カカシ上忍がイルカ先生に調教されている」っていう噂になってしまったってワケ。
判明した真相は、実にバカバカしい事だったのね………でも、いかな『噂』とはいえ、忍の間でやり取りされた文章が元の形を留めないのってどーかと思うなァ。
先生も大きなため息をついている。
「………わかった。でもやっぱりお前が原因なんじゃないか。いいか? 俺はまだいいが、今の噂、カカシ上忍の耳に入ったらお前の身の保障は出来んからな。責任持って、早急に噂を撤回して回れ。完璧に消せ。………いいな?」
噂の元凶は、脳みそシェイクしてんのかしらってくらい激しく頷いて、回れ右すると駆け出していった。
イルカ先生は、やっといつもの笑顔を見せて私の肩に手を置く。
「ありがとな、サクラ。お前が教えてくれなかったら、俺は噂に気づくのがもっと遅れたかもしれない。犯人捜しにつきあってくれた礼に、何かおごってやるよ。何がいい?」
「えー? いいんですかあ? じゃあ、私は白玉がいいなあ」
「お前、さっきも甘いもん食ってなかったか? まあいいか。女の子は甘いのが好きだもんな。…お遣い頼んだ、いのも呼ばなきゃな」
あ、そうだ。いい事思いついた。
ねえねえ、と唇の横に手を当てて『ナイショ話』のポーズを取ると、先生は少し屈んで私の提案を聞いてくれた。
私は、先生にもう一度さっきの女の子になってって頼んだの。
「何だ? 先生とものを食いに行くのは嫌か? 何ならお前らだけで食いに行けばいい。後で請求してくれれば……」
私は急いで首を振った。
「そーじゃないのっ! いのにも、変化ってもののお手本見せてやってよ、先生。私が話しただけじゃ信じそうもないもの。先生がそりゃあ見事に『女の子』になりきってたかって」
先生は苦笑して、「面白がっているだけだろ」って言ったけど、ひょいと印を結んで変化してくれた。
「………これでいい?」
やーんもお、しゃべり方まで女の子だーっ!
「いい、いい! じゃあ白玉食べに行こっ」


いのと、私と、変化したイルカ先生が歩いていると、美少女3人組って感じで男の子が結構振り返る。
ホントはね、可愛い女の子に変化したイルカ先生とお茶したかっただけなんだ。だって、何だか楽しそうじゃない?
私達に合わせてどんなおしゃべりしてくれるかな、先生。
 

 



 

同人誌『こねたねた』(2006/3発行)書き下ろし。
ネタ募集に応じてくださったBB様に頂いた、「『そこに貴方がいればいい』で、イルカの味に慣らされたカカシのことを誤解した騒ぎ」を書かせて頂いたものです。
ネタガネタだけに、少し長くなってしまったのでWEBでは小ネタではなく、こちらにUP。

08/06/24

 

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