恋心九十九折−2

 

大浴場でお湯を満喫したアスマはのっしのっしと廊下を踏み鳴らして(彼はこんな所でま
で忍の足使いをする気はさらさら無かった)部屋に戻ろうとしていた。
「…いくらカカシでも、真昼間から部屋でイルカを押し倒してはいめえよ…」
この辺りの洞察(つまり、積極的なのはカカシの方だろうという)は、さすがに長い付き
合いで正しく為されていた。
部屋に戻るのに何の遠慮もいるまいと、アスマは廊下の角を曲がる。
「何やってんだ?」
カカシとイルカが旅館の浴衣姿でどこかの部屋を覗いていた。
イルカがアスマの方を振り返り、「あ、お帰りなさい」と返事になっていない返事をする。
「何でそんな処で引っかかってんだ? 何か面白いものでもあるのか」
更に追及するアスマに、イルカはぱたぱた手を振って否定する。
「いや、別にどうって事は無いんです。…ここの部屋、前来た時は気づかなかったんです
よ。部屋がこちらの棟じゃなかったから、この廊下を通らなかったもので」
アスマはひょいと部屋の扉の上に掛かっている小さな表札のような板の文字を読んだ。
「…遊戯室?」
「温泉に卓球って誰がこういう組み合わせを考えたんでしょうねえ」
その遊戯室の中には卓球台が二つ、きちんとゲームが出来る状態で設置してあった。
それぞれの卓球台の脇には籠が置いてあって、ラケットと球が入っているらしい。
「んで、お前らは入り口に突っ立ってあれを見物してたのかい」
「いや、勝手に入っていいものかわからなかったもんで…」
「……フツー、こういうのはお客の為に作ってあるもんじゃねーのか? 従業員用の娯楽
施設でもあるめえよ」
アスマは、パタパタと丁度良く通りかかった仲居に「おい、姐ちゃん」と声を掛ける。
「はい」
「ここ、勝手に使ってもいいのか? 予約とか別料金とか要るのかい?」
仲居はにこっと微笑んだ。
「いいえ。どうぞご自由にお使いになって下さいませ。あ、備品の持ち出しはご勘弁願い
ます。…失礼な事を申し上げてすみません。以前、備品を持ち帰って部屋のテーブルでお
遊びになった方がいらして…」
ハハハ、とアスマは笑って頷いた。
「わかった。部屋にあるものは持ち出さない。…で、いいんだな?」
「すみません。よろしくお願い致します」
仲居はぺこりと頭を下げ、慌ただしく立ち去った。
これから夕餉の準備で、一番忙しくなる時間帯なのだろう。
「で、お前らここで遊ぶ気なのか?」
スリッパでぺたぺたと中に入って行ったカカシは、籠の中からラケットを取り出して珍し
そうにひっくり返しながら見ている。
「カカシ先生、ちょっとだけやってみます?」
イルカも何気なくラケットを手に取った。
カカシは「んー」と唸りがらラケットとピンポン玉を交互に眺めている。
「………で、どうやんの? コレ」


(何でオレがこんなコトを…っ)
もはや、カカシとイルカに関わった時にアスマが必ず心で呟くお決まりのフレーズ。
何と、カカシは卓球の経験が皆無だったのだ。
見た事もあまり無いらしい。
となれば、くどくど口で説明するより目の前でやって見せた方が早いので、アスマはイル
カとこうして小さな球を打ち合っているのである。
イルカは、小さな子供の反射神経を鍛える為に時々こういう球技を授業に取り入れるので
ある程度慣れていた。
アスマはお遊び程度にやった事があるだけだったが、そこは上忍。
やり方さえ知っていれば、その反射神経と動体視力でプロ並の動きをする。
準備運動的な打ち合いをしばらくした後、二人は本格的なラリーを始めた。
小気味いい音が部屋に断続的に響く。
技量よりも、集中力がいつまで続くかの勝負になった。
「あ」
唐突にあがったカカシの声に、「え?」と反応したイルカが思わずミスをし、球が横にそれ
る。
「あー、惜しかったな。でも、ここまで続くとは思わなかったぜ。カカシ、お前の所為だ
ぞ」
イルカは額に浮いた汗を浴衣の袖でちょいとおさえる。
「はー、アスマ先生さすがですねえ。俺もこんなに打ち合いが続いたの初めてで…緊張し
ましたよ。…で、どうしたんです? カカシ先生」
カカシは気まずそうに浴衣の袖で口元を押さえている。
「ごめんね〜…オレの所為で…あの…いや、大した事じゃないんだけど…」
「何です?」
イルカは、ちょこんと木の椅子に座って見学していたカカシに笑いかける。
「………イルカ先生、動きが激し過ぎて…浴衣の裾が乱れまくって…その、太腿まで見え
ちゃって…」
アスマは脱力して上体を卓球台に伏せ、イルカは「は?」と目を瞬かせている。
「この阿呆が……止めどなく脳味噌タダレていってやがるな……」
アスマは気抜けしたままがしがしと頭を掻いた。
本当のところはコメントすら言いたくはなかったが、黙っているのもそれはそれでストレ
スになる。
一方の、セクハラスレスレ発言を受けたイルカはと言えば。
大して気にしてはいないようで、笑いながら乱れた浴衣を直している。
「やだなあ、俺の脚なんか色気の欠片も無いでしょうに」
「んー…いや、浴衣の裾から覗く肌っていうのがねぇ」
アスマはラケットでぺてぺてと顔を扇いだ。
「……浴衣の裾から見えたのが綺麗なネーちゃんの白いフトモモならわかるけどよぉ…」
「うーわ〜いやらしー…アスマ…」
「野郎のフトモモにときめいている変態に何言われても効かねえよ」
どう贔屓目に見たって、アスマの意見の方が男として正しい。
イルカは密かにそう思ったが口に出しては言えなかった。
ここは話題の転換を図った方が良さそうだと、イルカはさっと自分のラケットをカカシに
差し出した。
「先生、やり方はもうお分かりになったでしょう? はい、どうぞ」
カカシの手を取り、ラケットの握り方を教える。
「はい、こうやって…はい、いいですよ」
「すいません。こうですね?」
カカシはイルカに握らされたラケットをぶんぶん、と振って感覚を試している。
「力、入れすぎちゃダメですよ?」
「はい。イルカ先生コーチして下さいね」
そんな必要は無いだろうと思いつつも、イルカは微笑んで頷く。
「つう事は、オレがお前の相手すんのかよ…」

卓球ってこういうモンだったかなー、とイルカは先刻までカカシが座っていた椅子に腰掛
けて、その『勝負』をぼーっと眺めていた。
面白いと言えば面白い。
だが、訓練された忍でなければ球の軌跡を追う事も難しいだろう。
速い。
速過ぎる。
カカシは、最初のうちこそ何度か力が入り過ぎて球が相手のコートに入らなかったりした
が、すぐにコツをつかんでアスマと対等に打ち合い始めた。
アスマの方も、初心者相手に最初から本気を出すのは大人気ないと思って手加減していた
が、カカシが慣れてきたと見て取ると打ち返す速度を速める。
カカシは負けじと打ち返し――-結果、どんどん加速していった球は、常人には視認できな
い速度で狭い空間を行き交っていた。
こうなると、上忍といえどただの負けず嫌いのガキに戻る。
たかが卓球。
たかがお遊び。
だが、それが卓球だろうが棒倒しだろうが、『勝負事』となるとオトコは熱くなってしまう
生き物なのである。
「初めての割りにヤルじゃねえかっっ!!」
「写輪眼のカカシをナメてんじゃねえぞ!!」
「眼ェ使ってんのかぁ? 汚ねえぞテメエッ」
「こんなんに使うかボケェッ!!」
よく言葉の応酬までやるゆとりがあるなあ、とイルカは感心しながら眺めている。
「……それにしても…」
いつまでこれは続くのだろう。
カウントは、最初のカカシのミスでアスマに入った2ポイントだけ。
そして2対0のまま動かない。
それがカカシにはくやしいらしい。
今日初めてやったのだからアスマに負けたって別に恥ではないだろうに、カカシはイルカ
の前でアスマに負けたくないのだ。
「あ」
低い、とイルカが思った次の瞬間、カカシの打った球はネットに引っ掛かっていた。
が。
「げ」
球はネットを突き破り、アスマを襲う。
ネットに掛かったと見て構えを解いていたアスマは、その球を打ち返す事が出来なかった。
咄嗟にかろうじて掲げたラケットが球を全くの明後日の方向へ弾く。
「よっしゃ! やっと1ポイントか」
「よっしゃ、じゃねえよ。…ネットぶっ壊しやがって。ノーカウントだ、あんなもん」
ぐるん、とカカシはイルカの方を振り返る。
「イルカ先生、判定」
「えーと…」
イルカは困ってちょいちょい、と破れたネットをいじくってみたりする。
「まあ、カカシ先生は初めてだし……何か、アナタ方に普通のルールを適用するのも無理
があるようですね……。今のはカウントします。2−1です」
「つうわけだ、アスマ」
「わーかったよ。そう言う事なら、本気でいくぜい」
慌ててイルカは付け加える。
「お二人とも、忍術は禁止ですよ! あ、アナタ方ラリー長いから3ポイント先取で勝ち
にしますね」
という事は、アスマがもう1ポイント取ったら終わりだ。
「どっちの味方なんですかあ、イルカ先生は〜〜」
カカシの膨れっ面は無視して、イルカはネットを少し引っ張り、切れた部分を結んで直す。
「俺は中立ですよ。…はい、続きをどうぞ。それからこれ以上備品を壊さないように気を
つけて下さいね」
「はぁい」
さっきの判定ではイルカは自分に有利な判断をしてくれたのだから、とカカシは気を取り
直してラケットを握り直した。
「さあて、んじゃあ続きといくか! お前にさくっと勝って、温泉で汗流して、美味いメ
シを食うんだ!!」
カカシはやる気満々である。
アスマはカカシほど乗り気ではなかったが、一度ラリーが始まってしまうとやはり本気で
打ち返してしまう。
こうして、長い勝負が再び始まった。

 

 



 

すいません・・・
色気もそっけもないむさ苦しい卓球バトルの回でした。
やはり、温泉旅館には卓球台があるといいなあ、と。

まだカカシ達、お風呂にも入ってませんよ・・・
露天風呂! 露天風呂でまたしっぽり・・・ですよねえ、
やっぱりv
うふふ〜〜vv

 

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