空に咲く花−3
「人の出入りはきちんとチェック出来ているのか?」 「里に入るには一応通行証が必要ですから……しかし、祭りの間は目が行き届かないかも しれません。普段見ない顔が多過ぎるんです。こう人が多くては、不審人物を見分けるの も困難かと」 警備の責任者にされた特別上忍不知火ゲンマは唸る。 「それを見分けるのが俺らの仕事だろうが! いいから、遊んでいる中忍見つけたら非番 のヤツでも警戒に回るように伝令を出せ! 私服のヤツは着替えなくていい。かえって好 都合だ。そのまま眼を光らせ、少しでも不審なのを見つけたら報告!」 「はいっ!」 ゲンマの指示に従って、中忍は駆けて行く。 ゲホン、という咳にゲンマが振り返ると、今にも倒れそうな顔色の同僚が立っていた。 「……ハヤテ……? 大丈夫なのか?」 ハヤテが具合悪そうにしているのはいつもの事なのだが、ついゲンマは毎度確認してしま う。 「…はあ……何とか。…それよりなんですか? 例年より警戒が厳重な気がしますが…み んなピリピリしてますねえ…もしかして裏情報でも入ってます?」 ゲンマは忌々しげに頷いた。 「そのもしかして、だ。ガセかもしれんが、どっかのバカが祭りの騒ぎに乗じて何やら企 んでいるらしい。こっちとしては祭りなんざ中止してえくらいだがな」 ゲホ、と軽く咳払いしたハヤテはにっこり笑った。 「…それは出来ないでしょう。そんな噂程度の情報で祭り中止だなんて。木ノ葉のメンツ が潰れますよ。…臆病な里だ、とねえ…」 「だーかーら! 俺らが一応警戒してるんじゃねえか! こんな時に限って上忍連中の殆 どは任務で出払ってるし! 手の空いている中忍は少ねえし! 下忍は新米だらけだし!」 「……苛々すると身体に悪いですよ、ゲンマ」 お前に言われたくないわい、とゲンマは目を眇めた。 「…今日のメインは打ち上げ花火です。…それさえ済めば…」 「花火か。打ち上げ会場には特に気ィつけなきゃなあ…一番人が集まる。騒ぎを起こす方 には好条件だ」 ハヤテは目を細める。 「…会場にはイルカがいましたよ。職人さんの法被着てね。似合ってましたよ。……一見、 本職の花火職人に見えます」 ゲンマはほう、と顎を撫でた。 「…アカデミーのイルカ先生か? それはそれは。……なるほど、いい配置だ」 「彼は純粋に職人の手伝いに駆り出されたみたいですけどねえ…ま、こういうのも天の配 剤ってやつでしょうかねえ……あの先生、働き者だし…」 「まったくだな。んじゃ、そっちは先生に任せるか」 運の悪い中忍に勝手に花火会場警備の担当を任せた二人の特別上忍は、顔を見合わせて人 の悪い笑みを浮かべるのだった。 「出たよ、本当に出やがった!!」 口の中でカカシは呟いた。語尾にはハートマークがついている。 「やった〜! 嬉しいなあ…さっさと出てくれて!」 のんびりした口調とは裏腹に、カカシの眼は剣呑な光を帯びていた。するりと取り出した クナイが心地好く手に馴染む。時代錯誤な馬車に取り縋ろうとしているらしい数人の集団 の気配。 (…今ココで襲われかけていた事にもあのオヤジに気づかせずに片づけちゃうのは簡単だ けど、それじゃあ意味無いもんねえ……成金オヤジが臨場感たっぷりに他人に襲われた事 を吹聴できなきゃいけないわけだし!) そうして欲しいと頼まれたわけではないが、あの商人は自分が大変な思いをした事をもっ たいぶって他人に伝えたいタイプだ。そして実際、カカシ達の『仕事の現場』を見せつけ なければ自分が間一髪で助けられていた事も実感出来ないだろう、あの商人は。 そういう想像力には欠ける人物だとカカシは見抜いていた。 自分の命が危なかったのだと自覚出来なければ、高額な依頼料を払う事も渋りそうである。 「…そいつは勘弁ね。上忍二人、派遣させただけでもおカネ掛かるんだって覚えといてよ」 常人では走る馬車に『走って』追い縋る事など不可能なはずだが、相手は忍び崩れのよう である。それをやってのけようとしていた。 「ふふ…なるほど。……元お仲間か…じゃあ、遠慮なく!」 カカシは地を蹴った。 まるでB級娯楽映画のワンシーンのようだ。 走る馬車に襲い掛かろうとする悪漢達。 カカシはまず一番危険な位置に取り付こうとした男を、その手が馬車に掛かる寸前を狙っ て斬り捨てた。 「ひとり!」 「カカシ!」 馬車の中からガイが叫んだ。 「お前は依頼人の側を離れるな! ハエ叩きはオレがやる!」 叫び返しながらカカシは二人目を手裏剣で屠った。 自分を豪胆そうに見せていた商人も、いざ本当に襲われたとなると、途端に不安そうな面 持ちでガイの肩を掴む。 「おい…っ! だ、大丈夫なのか…ッ」 ガイはクナイを取り出し、商人を庇うように構える。 「心配無用! 今外で悪漢を退治しておるのは木ノ葉の誇る写輪眼のカカシ! この私と 比肩する腕の持ち主です! それに御身はこの木ノ葉の蒼き猛獣、マイト・ガイが身を盾 にしてお守りいたす!」 「そ、そうか…頼もしいの…」 ぎゃああ、と外から聞こえる男の断末魔に蒼褪め、冷や汗を流しながら商人は何とか威厳 を保とうと努力していた。 「四人目ッ!」 驚いた馬が更に加速して疾走する馬車の上で、カカシは死闘を演じる。 視界の隅では、御者を狙った賊を中忍が頑張って叩き落としていた。 (グッジョブ中忍クン! ガンバレよっ!) 暢気に心の中で声援を送りながらカカシは腕を一閃させる。 放たれたクナイが二本、木の上から襲い掛かってきた賊の急所に正確に吸い込まれた。 「さぁて、あらかた殺ったかなー? おっと、一人は残しておいて、色々聞かなきゃね」 闇雲に全滅させると後がうるさいのだ。 背後に何か組織がいた可能性もあったとか、何か政治的な事も絡んでいたかもしれなかっ たのに、とか。 現場の苦労も知らず、『上』は言いたい放題だ。 仲間が瞬く間に討たれたのを見て怖気づいた賊の一人が逃走し始めたのに気づいたカカシ は、馬車の上からひょいと中を覗く。 「ガイ〜お掃除終了。一人逃げたからオレ、とッ捕まえてゲロさせるわ。あと、よろしく!」 「おう!」 カカシの気配がスッと馬車の後方に消えていくのを確かめたガイは、依頼主に向かって歯 をきらーんと輝かせながら爽やかに微笑んでみせた。 「悪者どもは、カカシが片づけた模様です。もう安心ですぞ!」 「そ、そのようだな…ご苦労であった…」 やれやれ、と商人は絹のハンカチを取り出してそっと汗を拭った。 「に〜がさないよっと!」 「うわああああっ!」 仲間が返り討ちにあうのを見て逃げ出した賊の一人は、突然目の前に降って来た忍に驚愕 した。 もう攻撃する事も出来ずにへたりとその場に座り込む。 「あら? 抵抗しないの?」 「…無駄な事…だろ……クソ…ッ…ここまでか……だから言ったんだ…予定外の仕事なん かすんなって…」 ピクリとカカシの眉が上がった。 「予定外? アンタら、あの商人を襲う気で来たんじゃないって言うわけ?」 賊の最後の一人は、むっつりと黙って下を向き、唇を噛んだ。 「…殺すならさっさとやれよ」 カカシはにーっこりと微笑んだ。 座り込んでいる賊の目線に合わせてしゃがみ、にこにこ笑いながらクナイでピタピタと賊 の頬を叩く。 「お兄さん、オレの言う事聞いてた? オレ、質問したでしょー? あのねえ、さっさと 答えないとねえ……」 すうっとカカシの周囲の温度が下がった。 「……死なせてあげないよ? 死んだ方がマシって目にあわせてやるから」 忍の言う「死んだ方がマシな目」というのは、筆舌に尽くし難い拷問を指す。 この場合「殺す」、と言われた方がマシだったのだ。 失禁しなかったのが不思議なくらい、賊は震えあがった。 「…言う……言うから……」 カカシは氷のような冷たい殺気を留めたまま、更ににっこりと笑った。 「そう。物分り良くて助かるよ。オレ、サディストってワケじゃないしねえ…殺さずに痛 めつけるのって難しいし。…でもま、オレ、急なお仕事でせっかくのデートおじゃんにな ってね。ちょっとムカついてるから、嘘なんかつきやがったら喜んでいたぶってあげるか ら心して答えるよーにね」 コクコク、と賊は蒼くなって頷いた。 「で、さっきの馬車を襲ったのは予定外って言ったな?」 「あ…ああ。……ひ、一仕事した…帰りで…あの…いかにも金持ちって感じの馬車見掛け て……護衛、少なそうだし、やるかって話に……」 「ふうん。お仕事帰りにまた仕事。勤勉な盗賊だねえ…どこで何をして来たのかなあ?」 う、と賊は言葉に詰まった。 「言わない気?」 じゃあ、オーソドックスにツメからいくかあ、と呟いたカカシに、賊は首を振った。 「いいえっ! 言いますっ!」 賊の『告白』は、カカシの肝を冷やすのに充分なものだった。 必要な情報を聞き出した後、賊を昏倒させて手近な木に縛りつけ、カカシは全速力で走り 出す。 目指すは木ノ葉の里だった。 「……ちくしょう! 日が落ちる…!! 間に合え…ッ」 無情にもカカシの目の前で、オレンジ色に膨らんだ夕日が山間に沈もうとしていた。 |
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走れメロス。(笑)