空に咲く花−2

 

「はあ〜あ…」
街道をテクテクと歩きながら。
ため息なのか欠伸なのかよくわからない音を口布の奥から発生させているカカシに、ガイ
は目を眇める。
「お前なァ……何をダレておる。…まあ、気持ちはわからぬでもないが、依頼人の前では
しゃっきりキリリとするのだぞ!」
「あー、ハイハイ、木ノ葉のイメージダウンになるようなコトしなきゃいいんだろーが。
威信もあるからねえ…? 上忍のさ」
依頼は単なる護衛。
この任務がAランクなのは、ひとえに依頼人が払う依頼料の高さ故だった。
自分は偉いのだから、護衛の忍は上忍を出せ、というわけである。
カカシやガイから見ればただの見栄だ。
その男は身分があるわけではなく、金儲けが上手くて蔵にはお宝がうなるほどあるという
だけなのだ。だが世の中金を持っているというだけで命が狙われるという事は確かにある。
金を出すというもの、断る理由は木ノ葉には無かった。
ただし、護衛は10人。構成メンバーには最低でも上忍を5名は入れろ、と言うのである。
上忍5名など余程の事が無ければ出せない。
冗談じゃない、と言う代わりに火影はにっこりと微笑み、依頼の代理人を言いくるめたの
だ。
一人で何人分もの働きが期待出来る優秀な上忍を3人出そう。護衛の忍があまり多過ぎて
も人目を引くだけでかえって狙われやすい等々……
頭数合わせに彼らと組まされた不運な中忍の男は、おどおどとカカシ達にくっついて歩い
ていた。
「じ、自分は上忍ではありませんが…よろしいのでしょうか」
ガイは振り向き、きらーんと歯を光らせてにっこり笑う。
「良い良い! この程度の手違い、よくある事だ、なあカカシ!」
「手違いじゃなくてワザとだけどね〜…よくある事かどーかはともかく。ま、これも任務
だからさあ、自分は中忍だなんて自己申告せずに堂々と上忍の振りしてなさい。なに、本
人が心配するほど大した敵に襲われる心配なんかないだろうから」
カカシは振り返りはしなかったが、そう言って一応中忍を励ましてやる。
(あ〜あ、これがコイツじゃなくてイルカせんせだったらな〜……イルカ先生の方がコイ
ツより強いだろうしさ〜)
イルカに花火職人を手助けする任務が先に入っていなかったら、ここぞとばかりにイルカ
を巻き込み…いや、指名して一緒に任務につけたものを、とカカシは再びため息をつきそ
うになる。
「そ、そうでありますね。任務ですね! 頑張ります。高名なカカシ上忍とガイ上忍と同
じ任務につけるのは光栄です!」
中忍くんの声にカカシが振り向けば、「その意気だぞ!」とガイは男の肩を抱き、熱く熱く
励ましていた。中忍くんも「はいっ」とその抱擁に熱く応えている。
どうやら熱血という点で後ろの二人はお仲間であるようだ。
(うげ〜…暑い〜うっとーし〜い……助けてイルカ先生〜…)
何故今現在手が空いている上忍が自分と、よりにもよってガイなのか。
ああもうさっさと依頼人の所へ行って、どこだか知らんが行きたい所へ届けて帰って来よ
う。
カカシはしゃっきりと背筋を伸ばすと、歩調を速めてさっさと歩きだした。



依頼人である商人の男はご機嫌であった。
カカシはそっと相手を観察する。
(…こいつか…偉そうに上忍を5人寄越せなんて寝言をほざいたトンチキは)
年の頃は五十代半ばといったところだろう。中肉中背、顔つきは厳格そうだが、目がいけ
ない。実直さは伺えず、狡猾さばかりがその目に光を与えていた。
依頼人の代理で里まで来た使用人は、主から言いつけられた人数を連れて帰れなかった事
でお叱りを受けるのではないかとびくびくしていたが、商人は一代で財を築いてきた成金
だけあって危ない橋も結構渡ってきた男だった。
善良なる一般人なら知らないような事までよく知っていたらしい。
カカシとガイが名乗ると、目を丸くして彼らを見つめ、「そうか、そうか。やはりな」と一
人で納得して悦に入ってしまった。
つまり、木ノ葉が里でもトップクラスの上忍を遣わす程の『大物』だと自分を認めている
のだと勘違いしたらしい。
そして、名乗らずにガイの後ろにいる忍もきっと名のある上忍に違いない―――と、勝手
に思ってくれたらしく、余計な詮索はしてこなかった。
そんな彼の心の動きなど、カカシとガイには手に取るようにわかる。
そっと目配せをして互いに心の中で肩を竦めるのであった。
商人は『大物らしく』鷹揚に彼らに頷いて見せ、重々しく労いの言葉をかける。
「遠路、ご苦労であった。使いの者から聞いておるとは思うが、少し遠出をせねばならぬ
のでな、護衛を頼みたい。私の命を狙う者は多い…だが、今度の商談には私自らが赴かね
ば意味が無いのだよ…商人は信用が第一でね…ああ、こんな話はキミたち忍者には関係な
いかな? とにかく、あまり動く事の無い私が自ら出向くという事が相手にとっても重要
なのだ。だから少々危険でも行かねばならぬ」
そーお? お偉いのねえ……と胸の中で呟いてシラけているカカシが口を開く事はまずな
いので、仕方なくガイが返事をする。
「わかりました。私どもも、一度請けた依頼は完遂するのが誇りです。ご依頼の件、確か
に。信用を裏切る事はありません」
商人はうむ、とまた頷いた。
「早速だが、すぐに出立したい。良いかな?」
これにはすかさずカカシが答えた。
「もちろんですとも」
(そうそう。さっさとお出掛けして商談だか何だか知らんがさくっと終わらせて帰ってき
ましょう、成金のダンナ。)
にっこり。
傍目には真面目にやる気満々の、カカシの微笑みの裏にあるものを察していたのはガイだ
けだった。


「では、出立する」
商人が乗り込んだシロモノを見て、カカシは一瞬本気で帰ろうかと思ってしまった。
中忍くんも素直にぱか、と口を開ける。
「………高い金払って護衛頼むのって…こういう事だったんですねえ…」
ガイもさすがに引いたらしく、眉間にシワを寄せて唸っていた。
「…もしかして襲って欲しいのかもしれぬな…」
『私はお金をたくさん持ってます!』と大声で主張しているかのようなきらびやかな馬車。
わざわざ馬車、というところもまた自らの財力を誇示しているようなものだ。
今時、個人で馬車を所有するには馬鹿馬鹿しいくらい金が掛かる。
「…いいご趣味で…」
皮肉な感想を漏らすカカシの脇腹をガイが小突く。
「どうする?」
「ガイ、一緒に乗れば? オレ、あのダンナに話合わせるよーな芸当は出来ないしさ。中
忍クンには御者さんの隣りで見張りしてもらって」
「お前は?」
「オレは周囲の索敵。お前達にも見えない所にいるよ」
味方にも位置を悟らせず潜行して敵を警戒する。カカシには慣れた仕事だ。
ガイはすぐに納得して、中忍に指示を出した。
「では、何かあったらすぐ合図するのだぞ」
「わーかってるって♪」
カカシはひゅっと姿を消した。
「…本当にわかっておるのか……」
ガイはため息をつきつつ、豪華な馬車に乗り込んだ。


「わーかってますって。もしも賊が出たら、あの成金にたっぷりとオレ等の仕事を見せつ
ける様にすりゃあいいんでしょーが」
何の事は無い、あの商人はガイの言う通り『襲って欲しい』のである。その上で絶対の身
の安全をはかりたいが為に、高額な依頼料を払って上忍を雇ったのだ。全部、自分に箔を
つける為の演出。パフォーマンスというわけだ。
「こういうのも持ちつ持たれつって言うのかね…」
護衛なんて退屈なだけだが、もしも本当に盗賊でも出たら、それはそれで楽しかろうな、
とカカシは物騒かつ顰蹙な事を考えていた。相手が盗賊なら手加減は無用。思いっきり鬱
憤晴らしが出来る。
「ハハハー…イルカ先生が聞いたら怒りそう〜盗賊とはいえ、人の命を個人的な鬱憤晴ら
しで奪っちゃいけません! …ってか?」
カカシはイルカの言うモラルも、里の外で一般的とされるモラルもきちんと承知していた。
だが、『知っている』という事は即彼のモラルと直結するものではない。
「…自分の欲の為には他人の命なんか知ったこっちゃないって連中でしょうが…他人を襲
うからには、返り討ちも覚悟してもらわなきゃ。…それが世の理(ことわり)でしょ」
他人は平気で殺すが、自分は殴られるのも嫌だなんて、それこそ理屈が通らない。
「どの道、犯罪はハイリスク。わかってやってるんだろうからね」
カカシはふと、空を見上げた。
(…いい天気だなあ……今夜は晴れかな。花火、見たかったな……)
そして、頭を一振りする。
「さあて、お仕事、お仕事」
カカシは周囲を警戒しながら、馬車を追ってつかず離れず走り始めた。



「イルカせんせーい、こんにちはー」
イルカが顔を上げると、満面の笑みをたたえたサクラが手を振っていた。
「おう、サクラ。…おや、去年と違う浴衣じゃないか。今年のも似合うぞ」
えへへ〜、とサクラは嬉しそうに笑う。
「も〜お、忍って記憶力良くて嫌よね〜、そういうのに鈍感そうなイルカ先生だってそう
やってあたしの去年の浴衣覚えてるんだもん。女の子は言わずもがなだわ。新しいのにし
なきゃ笑われちゃうもん」
イルカはふうん、と曖昧に首を傾げた。
「そういうもんか? 別に去年と同じでもいいじゃないか。着られるなら」
「そういうもんなの! 浴衣も水着も、去年と同じなんて恥ずかしいのよ、女の子は!」
…そう言う割りに仕事着はいつも似たようなもん着てないか? とイルカは思ったが黙っ
て苦笑するにとどめる。
「今年のは、いのと買いに行ったのよ。一緒にお祭り行くのに、小物ひとつでもかぶった
らイヤですんもんね、お互いに。それくらい気を遣うのよ、わかった? 先生」
サクラは可愛らしい巾着袋をぶら下げて、きちんと結った髪にかんざしを差している。
小物とはそういう物を指すのだろうな、とイルカは頷いて見せた。
「わかったわかった、大変だな。そっか、いの達とお祭り見物か。ナルト達も一緒か?」
「まーね。…いのったら、自分の浴衣姿をサスケ君に見せたいだけなのよ。でもま、シカ
マル達も一緒だから…また男の子達は男の子達で固まっちゃうのがオチかなあ」
そう言いながらも、サクラは楽しそうだ。
「そう言えば、カカシ先生は? イルカ先生と花火打ち上げの手伝いするから、あたし達
とは遊ばないって言ってたのに。また、遅刻?」
イルカはいや、と首を振った。少し屈んで、サクラの耳元でそっと囁く。
「……カカシ先生は、任務だ」
サクラははっとしたように息を呑んで、そして頷いた。
「…わかった……」
普段どんなに暢気そうに微笑んでいようが、常時いかがわしい本を読んでいようが、自分
の上司は上忍なのだ。突然に高ランクの任務を請け負う事もある。
顔を曇らせた少女の頭を、結った髪が崩れないように気をつけながらイルカは撫でてやっ
た。
「大丈夫、そんな顔するな、サクラ。…知ってるだろ? あの人の強さ」
「知ってるわ。でも、時々ヌケちゃうってのも知ってる。強いけど、体力ないんだから…」
はあ、とサクラは甲斐性なしの亭主の事を語るような口調で呟いてため息をついた。
イルカは苦笑するしかない。
彼女にとって、カカシの写輪眼や雷切のインパクトは強かったが、彼がチャクラ切れで倒
れて一週間寝込んだ事も同じくらい忘れられない出来事だったのだろう。
「…まあ、ガイ先生も一緒…みたいだし…」
サクラは更に浮かない顔になった。
「………それじゃあ、ますます心配だわ……」
「お前なあ……」
だが、今朝の騒ぎを思い出すと否定しきれないイルカだった。

      

 



 

NEXT

BACK