逢魔ヶ時−2

 

(ああもうっ)
カカシはいらいらとイルカの姿を捜して歩いていた。
カカシの苛立ちの理由は一つだ。
四人目が出たのだ。不審死の。
不審は不審のまま、原因を解明できないでいるうちに出た四人目。
死んでいたのは前線を退き、後進を育てる事に尽力していた男。
アカデミーの中庭に据えられているベンチに座ったまま、眠るように絶命していた。
そしてまた、『犠牲者』の特徴は似通っていた。
ランクは上忍だったが、血生臭い仕事から離れた所為か生来の穏やかさを取り戻し、周囲からもその暖かい人柄で慕われていた男だった。
(上忍も中忍も関係なし、か。畜生…!! )
今回の犠牲者は過去何回もAランクの仕事をこなし、そこで恨みをかっている可能性が高いが、前線を退いてからもう三年以上になるという。
恨みとの因果関係を明らかにするのは難しいだろう。
(何故…?! オレみたいな『人でなし』じゃなくって、イルカみたいな『いい人間』タイプが殺される……?)
もう、いつ何時イルカが次のターゲットにされるかもしれないと思うと、カカシはいても立ってもいられなかった。
イルカの姿が見えないと、不安で仕方ない。
自分の知らない所で骸になって転がるイルカの姿を想像しただけで悪寒がした。


任務受付所を覗いてみた。
いない。
アカデミーの教員控え室を覗いてみた。
やはりいない。
カカシはとことこと壁に近寄り、そこに貼られている今週の予定表を読んでみる。
ナルトの卒業騒ぎの時に大怪我をしたイルカは、三代目のはからいでしばらく身体に負担のかからない受付業務についていたが、何故か怪我が治ってからも完全に受付の仕事からは解放されなかった。
アカデミーの教師と、受付所勤務という二足のわらじをはかされている。
更に三代目の私用まで言いつけられているフシがあるのだから、彼の給料はもっと上げて貰ってもいいのではなかろうかと他人事ながらカカシは思う。
イルカが受付所から解放されない理由の一つには、今期新しく下忍になった子供達の大半を彼がアカデミーで育てたからで―――要するに、彼らの事をよく把握していて、一番適した任務に振り分ける事が出来る人間だ、という事があるだろう。
後は、彼の忍者らしからぬ穏やかな顔も、一般の依頼人を迎えるあの場所には適しているからかもしれない。
だが今はその『穏やかさ』が恨めしい。
カカシ自身がその穏やかさに癒されているのだから、文句を言うのは筋違いだが。
それより、予定表だ。
カカシは彼の名が記されている項目に目を走らせる。
(ああ、何だ。…授業中か……)
カカシはすぐさま教練場に向かった。
この時間、イルカは教室ではなく外で授業をしている。
遠目にでも、見守っていたかった。

「コラアアァァア――――ッ」
教練場のフェンスまで辿り着いた途端、大きな声が響き渡った。
彼、イルカのあんな、腹の底から発声したような怒声を聞くのは初めてのカカシは面食らった。
(…すげえ声。あの人、声量あったんだなあ……)
彼は何やら悪さをしたらしい二人の子供の首根っこを両手で引っつかみ、じたばたと暴れるのをものともせず軽々と生徒達の輪から放り出している。
(あ、いけね…顔がニヤけちゃう…)
恋人の顔を見てニヤけている場合ではないのだが、子供達を叱っている彼の横顔が、あまり見た事無い真剣に怒った顔だったので、つい見惚れてしまうカカシ。
(…かっこいいじゃないか、ああいう顔も。)
そういえば、とカカシはナルトの言葉を思い出す。
『誰に叱られるより、イルカ先生に怒られるのが一番怖かった』
それは単にあの子に一番優しく接してくれる大人の怒りを買うことが怖かったのだと解釈していたのだが、どうもそれだけじゃないな、とカカシは思う。
いつもは穏やかなあの顔にああも迫力ある怒られ方をするっていうのは、子供じゃなくても結構ビビるんじゃなかろうか。
カカシはつい、普段見られない彼の横顔をうっとりと眺めてしまった。

その不躾な視線にやがてイルカも気づいたようだ。
結構距離はあるのだが、彼も中忍だ。
隠す気のなかったカカシの気配に気づくのは容易だろう。
カカシはは開き直ってフェンス脇の木の幹に寄りかかり、腕を組んで『見学』のポーズを取った。
イルカは仕方ないな、と言うように苦笑を浮かべ、カカシの存在を黙認する。
今のところ、何の変わりも無いようだ。
カカシはほんの少し安心して、イルカを見つめた。
叱られていた二人の子供も仲間の輪に戻って大人しく座り、授業は滞りなく進んでいる。
先刻何故イルカが大声で怒ったのかはすぐわかった。
火薬の匂いがする。
教室でやってもいい火薬の講義を、わざわざ外でやる理由も察しがつく。
(どこまでも心配性で用意周到なヒトだこと……)
カカシは笑みをこぼす。
今度、彼の作った指導要領と授業内容一覧を見せてもらおうかとカカシは考えた。
どうも自分自身が「まともな」コースを辿って忍者になっていない所為か、預かった下忍の子達がどこまでの知識を持っているのか把握しきれない。
技や体術なら、少し見ただけでわかるが、頭の中身まではよくわからないから―――
(……無駄かな? ナルトが全くわかってない事もサクラはすらすら答えるし……)
同じ先生に同じ授業を受けていれば、皆『同じ知識と力』が身につくのであれば苦労は無い。
サクラは言っていた。
『イルカ先生は、ちょっとした質問でもすごく丁寧に教えてくれるから好き』
そう。
それがあの人の性質なのだ。
優しくて、すぐ親身になって…質問に答えてやるのは先生の仕事かもしれないが、彼は質問してきた子供のレベルに合わせた答え方をしてやる。
何故、何の為にしてきた質問かまで考えて………
彼は、カカシが理屈に構わず直感で身につけてしまっていた術を丁寧に基本原理から説明してくれた事もある。
あれのおかげで、闇雲にコピーして使っていた術をアレンジして使うなどという器用な真似が出来るようになった。
(オレもイルカ先生の授業受けようかなー…初心に帰っていいかも…変化で子供に化ければ周りも変な目で見ないし〜…あ、そーだよ、そうすればもっと近くでイルカを守れるじゃないか!)
我ながらナイス。
一石二鳥のアイディアではないか、とカカシは頷いた。

カカシが見守る中、どうやら授業は終了したようだ。
子供達の元気な挨拶が聞こえ、イルカがこちらに向かって歩いてくる。
「お疲れ様でした〜」
カカシがのんびり手を上げると、イルカははにかんだ笑みを浮かべる。
「どうしたんですか? こんな所で」
「イルカ先生の授業風景が見たかっただけですよ。もー、あの怒声にシビレちゃいました」
あは、とイルカは照れて頭をかく。
「いやー、もうしょっちゅう怒鳴ってばっかりで。声帯鍛えられますよー」
「……次、午後からもう一つ授業ありましたよね。…オレ、後ろで聞いていていいですか? ああ、もちろん目立たないように変化していきますから」
「はあ?」
イルカは訝しんで眉を寄せる。
カカシは一瞬、自分の懸念をイルカに打ち明けようか迷った。
だが確証は何一つ無い上、何にどう気をつければいいのかもわからない。
「オレ、あんまりアカデミーまともに行った事無いんで…授業を受けてみたいだけですよ。他の先生のじゃ退屈そうだけど、イルカ先生の授業なら、声を聞いているだけで幸せですもん」
「………貴方がそう仰るのなら、嫌とは言えませんね。………すいません。ご心配かけて」
「……バレバレ?」
イルカは苦笑した。
「三代目に注意を受けました。……偶然かもしれないが、最近立て続けに不審な死を遂げている人達は大人しい内勤の忍ばかりなのだと。…俺も見た目はその条件に当てはまるから注意をするように、と…」
「見た目?」
「………俺は、今まで亡くなった人達みたいに温和じゃないもんで」
「…え…?」
「三代目はご存知ですよ。…俺が大人しい温和な猫を被っているだけだと。ガキの頃の俺はそんなに大人しい子供じゃなかった。馬鹿ばっかりやって……大人になって、多少周りと合わせることを覚えただけです」
カカシは首を振った。
「……でも、それでも貴方は……」
優しくて、暖かいのだ。カカシにとっては、この上なく。
言いかけて口を閉ざしたカカシに、イルカは微笑んだ。
「ええ。…俺の本性がどうでも、次に死体になる可能性は高そうなんで、注意はしますよ。…いっそ俺が囮になれて、今までの不審死が解明できればいい。……だからカカシ先生。貴方がその気なのでしたら、側にいて下さい。…もしも、『犯人』がいるのなら、これ以上犠牲者を増やさない為に…死んだ人達の家族の為にも……」
カカシは口布の下で僅かに口元を歪ませた。
 そういう他者の心を思い遣る、真っ直ぐな心根こそが、犠牲者に共通しているものだとわかっていたから。
カカシはただ、イルカの肩を叩いて頷くしかなかった。

 

 



 

んんー・・・何だか、ちっとも話が進展してない二話目。
この分だと、進展した途端に終わりそうな感じ???

イルカ先生の子供の頃って、可愛いですねえ・・・(と、1巻をしみじみと眺めている青菜。カカシ先生とシンクロ中^^;)

 

NEXT

BACK