はつゆき−一夜明けて・2−

・カカシSIDE・

 

ああもう、何だろうこれは。
予想外だよなあ…こういうのは。
誘ったのはオレだったし。
たぶん、この人はこういう事には不慣れだろうから、オレがリードしてやらなきゃ、なんて考えていたんだけど。
…だけど、それは余計な心配(?)だった。

抱いて布団に連れて行け、なんてオレが我が侭言って甘えた所為もあるだろうけど………
どっちが女役をやるのかなんて確かめもしなかったよ、この人ってば。
まあオレはどっちでも良かったからいいんだけど。
イルカとキスして。唇と、身体中でキスして。あの熱くて余裕のない感覚と時間を共有したい。
ただそれだけだったから。

考えてみりゃ、とことん生真面目なヒトなんだよ。イルカって奴は。
一度腹を括ったら、何事にも真正面体当たり勝負。中途半端な真似はしない。
オレを抱く時もそれは変わらなかった。
真面目な、丁寧な、そして一生懸命(としか表現出来ない)な、その行為。
おかげで、オレは声を殺すのが精一杯。
この人の手でこんなに翻弄されるなんて思わなくて―――すっかり降参。
2回目に突入した時なんか、もう好きにしてくれ状態だった。
そういや、体力はオレよりありそうだもんなあ…この人………



身体中の神経が呼び起こされるような行為のおかげで、疲れているはずなのにヤケに眠りは浅かった。
抱き合っていた相手が目を覚ました気配で、オレの意識も浮上する。
「おはよーございます……」
一応、挨拶なんかしてみる。
んー…我ながらボケた声だな。はっきり目が覚めてない感じ…
「おっ…おハようゴザイます…っ! カ、カカシ先生…」
おーおー、声が裏返っとるよ、キミ。
今現状を認識しましたって感じだな。
……て事は、気持ち良く爆睡してやがったな…この野郎。
「あ…あの…」
「はぁい?」
う〜、眠…だるい…思わず欠伸が出ちゃうね。
「だ、大丈夫…ですか?」
…な〜にがあ…?
「だいじょお〜ぶ〜……です〜…」
あー、口が勝手に返事してる…あまし大丈夫でもナイ気もするけど…腰ちょっとだるいし〜…う〜んでも、乱暴な事はしなかったしな…コイツ…
そのオレのいい加減な返事で安心したのか、イルカはそっと布団から出て行った。
あー、やっぱ眠い…
傍らの温もりが消えたのは寂しかったが、オレはもう一度睡魔に身を委ねようとした。
だが。
まだきちんと眠りに落ちる前にオレは妙な浮揚感を覚え…ああ、イルカに抱き上げられているな、という認識を持つか持たないかのうちに、いきなり心地好い温もりの残る布団から、ひんやりとした冷た〜い布団に強制移動させられてしまったのだ。

…あんまりです、イルカ先生……
暖かいお布団をオレに返して下さい…(泣)オレ、素っ裸なのに……
見れば、イルカは何やらゴソゴソと今まで寝ていた布団を調べている。
……あー…そっか…なーるほどねー……
イルカがオレの着ていた浴衣に細工し、それを抱えて洗面所に消えた所でオレは納得した。
まー、連れ込み宿じゃないからね、ここ。
それくらいの配慮はするか。ましてや常識人のイルカせんせーの事だものな。
顔を上げると、イルカが枕元に新しい浴衣を置いて行ってくれていた。
こういう所は気が回るんだよなあ……

オレはその浴衣を肩に引っ掛けて、風呂場へ向かった。
習性で気配は消している。…つうか、オレはもう無意識に抜き足で歩いているらしい。
なのにね。
振り返るんだよ、こいつ。
寝惚けてて、完全に気配が殺せなかったのかな…まあ、別にそれが目的じゃないんだから、どーでもいいが。
「あれ? どうしたんです? カカシ先生…起こしてしまいましたか?」
そうですとも。起こされましたともさ。
オレはため息をついた。
「…ええまあ…アナタが、冷え冷えとした布団の中に突っ込んでいってくれたんで目が覚めました」
皮肉っぽかったな? 事実を述べただけだけど。
「あ」、じゃないよ。やっぱり気づいていなかったんですね、アナタ。
「そ、そうですね…すみません。いやその…それは…」
あふ。うー、ねむ…
「…わかってる。…後始末、してくれてるんでしょ? すみませんね」
イルカの後ろの湯船から立ち上る湯気が、とても魅力的に見えて…オレは浴衣を脱ぎ捨てた。
「あ、お風呂入ります? じゃあ俺洗面所でこれ洗いますから、ちょっと待って…」
待ってやるもんか。
オレはさっさと手桶で湯を汲んでかぶった。
イルカに湯がかかるのなんかお構いなし。いや、かかるのがわかっててやってんだな、オレ。
冷たい布団に突っ込まれた、ささやかな意趣返しだ。
「…待ってって言っているのに…」
あはは、恨めしそうな顔。オレは彼を手招きした。
「そんなん、水に浸けとけばいいんですよ。…肝心なとこは綺麗になったんでしょ?」
このセリフは彼にとっては露骨だったようだ。あー、真っ赤。…可愛いなあ…
オレはすっかり機嫌を直し、彼を風呂に誘った。
ついでにモーニングキスもねだる。
イルカはオレの言う通り、素直に浴衣を脱いで風呂場に入って来た。
「贅沢ですよねえ…こんな朝風呂」
イルカの返事がない。
? …何か様子変だぞ、この人。
更に促すと、これまた素直に風呂場の戸を閉めて、中に入って…あら、顔なんか洗ってる。どーも不自然なんだよねー…さっきから、目ぇ合わそうとしないし。
「イールカせんせーってばー」
「…はい?」
お、やっと見たな。
「おはようのキスv」
何その『観念しました』って顔は。
おやまあ、キスした途端、また真っ赤……あはん、ナルホド? 照れているのかなー? ま、昨日の今日だしね。初々しくて可愛い………あー…だけじゃないか。 この男。
うーん…まぁ、まだ若いしねえ。勝手に反応しちゃうコトもあるわな。
そこでオレは、一緒に湯船に入るよう彼にすすめる。あ、前屈みになっちゃって…正直者。
そんじゃあいっちょ、手を貸してあげましょうかね!

「いらっしゃーいv」
どぼん、とこれまた素直にイルカは湯に落っこちてきた。
「…ひ、ひどいですよ、カカシ先生…乱暴な…」
あ、生意気。いっちょまえに文句なんか言っちゃって。
ぶつぶつと言い訳しているイルカに、オレはさっくりとトドメを刺してあげた。
「……ここでなら、洗濯するより後始末、楽ですよ?」
茹蛸になっているイルカの赤い首筋にゆっくりと腕を絡めてやる。イルカは無駄な抵抗を諦めたようだった。
オレが最初っから気に入っている、綺麗に筋肉のついた腕がオレの腰を抱き寄せて…
そうそう、素直にね。
…って、素直すぎ。
せんせー、前戯なしですか―――っ ちょっと、コラ…ッ この若造!
ああ、もう…もーちょっと情緒とかゆとりとか…あ、ダメだこりゃ………


コメツキバッタってこういう感じだったかなー、とオレは風呂から上がるなり何度も頭を下げて謝る男の頭の動きをぼんやり見ていた。
「すみませんでした! 俺ってばもう…」
……まーね…火に油注いだのオレだし…いささか性急だったのは許してあげましょう。
「謝らないで。いいんですよ。オレも調子に乗っちゃったんだから」
「…すみません…」
まだ謝るか、うざったい。
「もう一回謝ったら、殴りますよ」
「すっすいません…っ」
オレは、殴るってちゃんと言った。言ったからには殴る。
顔が腫れたら手当てくらいはしてあげますからね。
それがオレの愛だ。

どうもこの人オレを抱いてしまった時と場所が相当に気になったらしい。
朝の風呂場。
オレがどうでもいいと思う事柄でも、イルカには気になるんだな。
ふうむ。
そういう点も、これから付き合っていけばお互いわかっていくだろう。
人間、物事の物差しはそれぞれ違うものだ。其処が解らないほど、お互いガキじゃないはずだし。
気を取り直して、オレはイルカを慰めてやる事にした。
「……オレのこと、欲しいって思ってくれたんでしょ…? 朝っぱらから」
イルカは苦笑の形に唇を歪めた。
「………はい」
オレは言ったはずだ。
イルカにマジになられて、迷惑だなんて思わないって。
だから多少時と場所がノーマルじゃなくったって、欲しがられて悪い気はしない。
「そりゃ良かった。喰ってみたけど不味かった、なーんて言われたらオレ泣いちゃいます」
「そ…そんな、バチあたりな……」
罰当たりと来たかい。
オレはその物言いがおかしくて笑ってしまった。それから、キスを誘うように見つめてみる。
………はい、ごーかっくv
イルカはちゃんとオレの意図をくんで、キスしてきた。
ご褒美にオレからもキスして。
「……貴方もね、よかったですよ」
おおお、これまた見事な赤面。
イルカせんせ、オレは今まで、関係を持った相手に『よかった』なんて言ってやった事はないんですよ。
で、ここでやめておけば良かったんだよな、オレも。
「…それに、もっと躊躇するかと思いましたが…意外にあっさりと寝てくれましたしね。…もしかして、初めてじゃなかったとか?」
何とも余計な質問をしたものだ。
オレは、イルカの事だから女は知ってても、男はオレが初めてなんじゃないかと勝手に思っていたんだ。
まさか否定ではなく、肯定の返事が返って来るとは思ってもみなくて……

オレの反応を見たイルカの、しまった、という顔も何だか胸に刺さる。
いや…気を遣わないで下さい、せんせ。そう、お互いオトナですしね。
イルカの過去を云々言えるほどオレも清廉に生きてきたわけじゃなし。
(正直、イルカで何人目かなんて、まったくわからない。…ああ、オレって奴は…)

「あ…その…」
何か言いかけたイルカの言葉をオレは遮った。
「ああ、すいませんね。立ち入った事を訊いちゃって。……ああいう質問はルール違反ですよね。…オレも野暮だな。ごめんなさい」
イルカは何だか悲しそうな顔になる。
イルカ先生? 何でそんな顔するんです? 何だか泣きそうですよ…?
「カ…カカシ…先生…俺……」
あああっ! 泣くなーっこらーっ! いくつだお前は―――――っっ
オレは慌ててさっきまで彼の顎を冷やしていた濡れ手拭いで、ぽろっとこぼれ落ちてきた水滴をぬぐった。
その時、廊下から声がかかる。
「失礼致しまーす。ご朝食ご用意させて頂きますー」
オレは反射的に了解の返事をしていた。
「あ、お願いしまーす」
イルカは濡れ手拭いを握ったまま、洗面所へ駆け込んだ。
ばしゃばしゃと顔を洗っている。起きてから何回目だ?
「おはようございます。よく御休みになれましたか?」
この部屋の係りらしい年配の仲居さんは、相変わらず穏やかで愛想が良い。
「おはようございます。おかげさまでね」
オレも当り障りなく返事を返す。
「ああ、そうだ。ちょっと夕べ粗相をしましてね。…浴衣にお茶をこぼしちゃったんで、風呂場で水に突っ込んでおいたんだけど…シミになっちゃうかなあ」
「あらあら、シミなんてどうでもよろしいんですよ。それより火傷なさいませんでしたか?」
マニュアル通りかもしれない言葉だが、本当に心配そうにこちらを伺う彼女に、ほんの少し良心が痛む。
「平気ですよ。こぼれたのは冷めたお茶だったから」
そこへ、平静を装ったイルカが帰ってくる。
「すいません、浴衣汚したの俺なんです。弁償が要る様なら俺が…」
仲居さんは微笑んで首を振る。
「お気遣いなさいませんよう。浴衣の一枚や二枚、消耗品でございますから。さ、どうぞ。やはり若い男の方は綺麗に召し上がって下さるから、板場の者も腕の奮い甲斐があると喜んでおりますのよ」
いかにも『旅館の朝ご飯でございます』といったメニューが上品に並べられていて、食欲をそそる。
オレは頭を切り替え、さっきのイルカとのやりとりを忘れる事にした。
「どーも。…ほらっイルカ先生も座って。頂きましょう」
「……はい…」
うー、コイツはまだ切り替えが出来てないな。
「では、ごゆっくり」
仲居さんは相変わらず無駄がない。用を済ませるとさっさと立ち去ってしまう。
イルカは居心地悪そうに座布団に座っている。泣いたのが恥ずかしいんだろうな。
……でも、何で泣く? …よくわからん……
「あの…すいません、俺…泣くつもりじゃ……その…」
うんまあ、大抵の場合、涙は勝手に出るもんでしょう。
「謝るのはオレの方みたいですから、謝らないで下さい。…無神経でした」
いかんな。どーも素っ気無い物言いになってしまう。
イルカはそっとため息をついたようだった。
「……カカシ先生。…朝飯食いながら話す話題じゃないですから、後にしますけど…後で聞いて下さい。…俺、先生になら話せる気がするから」
顔を上げたイルカは、子供みたいな邪気のない顔で微笑う。
馬鹿だと言われるかもしれないが、オレはとことんこの人の笑顔に弱かった。


「思い出し泣きなんですよね」
食事をすませ、イルカとオレは散歩に行くといって外に出た。
夕べ降った雪は、日陰に僅かに残っているだけで積もってはいなかった。
赤く色づいた葉が寒そうに濡れている。
山間に流れる渓流を見下ろす橋の上で、欄干に手を預けたイルカがぽそっと呟いた。
「…もう、忘れたつもりでした。…随分昔の事ですから…まさか、思い出した時に涙が出るなんてね…俺もびっくりしましたよ」
オレは黙ってイルカの言葉に耳を傾けた。
「……同性との経験が皆無だって言うと嘘になると思ったから…あんな言い方をしてしまって……」
イルカはやはり言い難そうに語尾を濁した。
「…無理しないでいいんですよ。貴方が言い辛い事なんか話さなくて…」
「いいえ。中途半端に話すくらいなら全部言った方がいいんです。……まだほんのガキの頃の話で…俺、まだ下忍でした。…中忍の任務のサポートを言いつかりましてね…その時の中忍と、結構仲良くなったんですよ。任務が終わった後も、よく飯なんか食わせてくれたりして…俺、可愛がってくれるその人が好きでした。俺よりだいぶ年上だったから、頼れる兄貴みたいで、俺一人ぼっちだったから嬉しくて……」
イルカは一度言葉を切り、唾を飲み込んだ。
「あの時、何であの人があんな事したのか今でもよくわかりません。…俺なんか、小汚いただのガキだったのに……」
オレは嫌な予感で胸の奥が軋んだ。
そのパターンは…まさか……
「ちょ…まさかイルカ…」
「泊まって行けって言われて、素直に泊まっちゃって…ええ、まさかあんな事されるなんて思っていなかったからショックはショックでしたけど。……あの人、謝りながら、辛そうに俺のこと…その…ヤるもんで…俺も複雑で……」
うわあ…やっぱゴーカンですかっ!
オレの馬鹿…イルカにこんな話させてしまって――――――
……いや、オレの初体験も似たよーなモンだけど。
「…俺が目を覚ました時、その人はもういませんでした。…任務で里の外に出たという話でしたけど……彼は二度と里に戻らなかったから。結局、殉職したらしいです。おそらく危険な仕事だとわかっていたんでしょうね。…大抵の任務に連れて行っていた俺を、その時は黙って置いて行った。…俺はついにあの人の本当の気持ちも解らず…恨みも言えずに終わったわけです」

ちくりと、切ない感情が俺の胸をかすめる。
一瞬ぶっ殺してやりたいほどの憎しみを覚えたイルカの『あの人』の気持ちが、何だかオレには解るような気がした。
そいつは、本当にイルカが可愛かったのだろう。
オレがそいつだったとしても、同じ事をしたかもしれない。
死地に赴く前の刹那的な感情。せめて愛しい者の心に己を刻みつけておきたいと―――
「…恨んで…いますか…?」
イルカはゆっくり首を振った。
「いいえ。……あの時は本当に怖くて驚いたけど…俺、それでも彼が嫌いになれなかった。…死んだと聞いた時は、心から悲しかった。……俺、薄情ですかね。最近は全然思い出しもしなかったんですよ」
ふと、イルカは遠く空の彼方へ心を飛ばすように視線を上げた。
「……ああ、でもわかりました。俺、あの人を恨んでも憎んでもいないって……そんな感情残っていたら、おそらくは貴方と唇もあわせられなかったと思いますから…」
イルカは優しく微笑う。
男と肌を合わせる事への嫌悪感や抵抗感が少なかったのはそいつの所為だったのか。
オレは、とっくにあの世の住人になっているだろう男にほのかな嫉妬を覚えた。
「…あ、でもその……」
イルカの言いたい事は察しがついたので代わりに言ってやる。
「でも、男を抱いたのは初めてなんですよね…?」
イルカ先生、そんなに赤面ばかりしてたら頭の血管切れますよ…
はいはい、初めての割にやる事わかっていたのは、ご自分が経験者だったからなんですね。
いいです。
貴方はオレを欲しいと言ってくれたんですから。
オレはそれだけで満足しましょう。(今の所は)

見てろよイルカのお初を奪いやがった中忍め。
あの世で歯軋りしてやがれ。
オレが、イルカの記憶からてめえの事なんざ忘却の彼方へぶっ飛ばしてやるからな。
(―――いかん、リキんだら言葉が汚くなってしまった。)


イルカにとって幸か不幸か判らない決心を胸に秘め、オレはとりあえずさっきオレがつけてしまったイルカの顎の痣に軽くくちづけた。

 



カカシサイドの一人称が楽しかった・・・v
イルカ先生の初体験は殆ど事故ですが、申告しちゃうのがイルカのイルカらしいとこって事で………;;
(イルカ先生ごめんなさい。妙な過去を作ってしまって………アッ………カカシもか^^;)

01/1/2〜1/9

 

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