正月がなんだ。
年が変わったからって何が変わると言うのだ。
今日は昨日の続きだし、明日は今日の続きだ。
それだけだ。
ただし、オレにとっての『明日』が来るという保証はない。
それだけなんだ。 「たださあ」
カカシは一人ごちる。
「正月って、店やってないからなあ…食料調達すんのが難儀で困るね」
みんな、当然のように休みやがるんだよね。
「たまにやってる食べ物屋は、正月料金とか言って法外な値段ふっかけやがるし…人の足元見やがって……」
だから、正月なんて嫌い。
オレには新年なんて関係ないけど、この時期は嫌い。
何故だか世間が浮かれれば浮かれるほど気持ちは冷めるし。
いっそ、任務でも入ればいい。
「正月で浮かれきった偉ぶった悪人でもぶっ殺すシゴトでも入らないかなあ…スカッとするだろうになー」
カカシは物騒な事を呟いて、暗い笑みを浮かべた。
「スカッとしたい方法として殺人しか思いつかないなんて、オレってやっぱり変態かも…」
まあ、来るべき食糧難に備えて、カップ麺とか、モチとか。
保存の利きそうな物を確保しておこう。
任務中でもないのに、餓えに苦しむのなんか御免だ。
カカシは少し思考を前向きにして、足を街に向けた。
「ああ、いたいた。…カカシ先生!」
ほえ? とカカシは声のした方向を振り返る。
数メートル離れた所でカカシに向かってパタパタ手を振ってるのは、すっかり顔馴染のアカデミー教師。
「おー、イルカせんせ。お久し振り。…ここ一週間はガキ共の引率でしたっけね。お疲れさん」
「ええ、山中訓練だったんですよ。寒いのに子供達も頑張りました。…カカシ先生、買い物ですか? 良かったらちょっとそこらでお茶でも飲みません?」
カカシは途端に気分が浮上するのを感じた。
「久し振りのイルカ先生のお誘い、オレが断わるわけないでしょー? お茶でもご休憩でもドンと来いですよ」
ご休憩って何ですか、とイルカはほんのり赤くなる。
「…じゃあ、葛餅でも如何です? 健全でしょう。サクラが、美味しいって言ってた店、近くですよ」
「ああ、いいですね。そういう食い物は久々です」
イルカは微笑って同意を示す。
「また出してくれるお茶がね、良いらしいですよー…イルカせんせ、好みかもね」
正月を前に、ささくれていたカカシの神経がほんわりと落ち着いてくる。
腕が触れ合いそうな距離にいる男から感じられる波長の所為だ。
カカシの頭からはもう、物騒な任務を望む気持ちなど無くなっていた。
「あ、本当だ。美味いですよ、ここの葛餅」
イルカは嬉しそうに葛餅を頬張る。
カカシはそのイルカの様子を見ているだけで幸せな気分になった。
「で」
カカシは玉露を一口すする。
「イルカ先生、オレとお茶するのが目的? それとも何か話があるの?」
イルカもお茶を口に含む。
「はい。……あの、オレ…カカシ先生のプライベートな事…あの、ご家族の事とかあまり知らないから、お聞きしておこうかと……正月、来ますよね。…カカシ先生はどういうご予定なのかなあって……もしかして、親戚一同で集まったりとか、そう言う事なさるのかなって…」
カカシはキョトンと目を見開いた。
「…いや、別に……正月なんて、任務がなけりゃ寝てますよ。適当にテレビでも見て、カップ麺に餅突っ込んで食うとか。そんな感じ……イルカ先生はご親戚に挨拶行ったりするんでしょうね」
カカシは、漠然と根拠もなくイルカはそういう世間一般的な『正月』をやってそうな気がしていたのだ。
だから、正月にイルカの家に押しかける事を考えていなかった。
「…いいえ。年始に挨拶に行くのは火影様の所くらいです。俺は正月に行くような親戚は木ノ葉にいません。母方の親戚が里の外にいるらしいですが、忍の俺がのこのこ顔出せる家じゃないです。もう、ずっと音信不通ですよ」
イルカはおずおずと言葉を継ぎ足した。
「……だから…その…カカシ先生が…宜しければ…正月、一緒に…迎えて欲しいかな、なんて…テレビなら俺んちでも見られるし…カップ麺じゃなくて、雑煮くらい作るから…」
「マジ?」
カカシはがばっと身を乗り出していた。
「お雑煮、作ってくれるの? オレ、正月にイルカ先生んちにいていいの?」
イルカはぎくしゃくと頷いた。
「カ、カカシ先生が…嫌じゃなければ…」
正月バンザイ、おめでとう、オレ。
カカシは生まれて初めて『正月はめでたい日』だと認識した。
浮かれまくる世間に背を向けて、独り寂しくクソ高い定食を食うお正月にさようなら。
料理の上手いイルカの作る雑煮を食べて、ぽかぽかと暖かいコタツでイルカとテレビを見るのだ。
「…オレ、イルカの雑煮、食いたいです。テレビも一緒に見たい。…嬉しいです。オレ、イルカ先生は正月オレに構っているヒマないだろうって勝手に思ってた…」
イルカはホッとしたような顔でカカシに笑いかける。
「じゃあ、大晦日から一緒にいて下さい。年越し蕎麦も作ります。……そうだ、御屠蘇も用意しましょうね」
カカシは無言でぶんぶんと頷いた。
一月一日が何だというのだ。
ただ、暦が新しくなるだけ。
今日は昨日の続きで、何が変わるというものでもない。
でも、イルカと共に過ごすのであれば。
それは何か意味を持つものになりそうな気がする。
「で、二日目には火影様の所に一緒にご挨拶に行きましょうね」
「げっ…オレも行くんですかあ?」
カカシは一応渋ってみせたが、どうせ一緒に連れて行かれるのはわかっていた。
「……木の葉丸にお年玉ってのやらなきゃいけませんかね…」
イルカは笑って首を振った。
「いいえ。それは火影様に禁止されています。年始に来る忍からお年玉もらっちゃいけないって、木の葉丸がね。皆、知ってるから誰もそんな事しませんよ」
そこでイルカは悪戯っぽく笑った。
「…お年玉って、年長者が目下の者にくれるんでしたよね。…俺、久々に期待しちゃおうかなあ…」
カカシはお茶を噴きそうになった。
イルカは意味ありげにカカシを見て笑っている。
カカシは心の中で唸った。
つまり、イルカ先生はオレに『お年玉頂戴』って言っているのか…?
カカシはにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「…よろしい。期待していなさい」
イルカは途端に慌てた。
「や、やだな、先生。冗談ですよ」
「いーえ。もうオレ、イルカちゃんにお年玉あげようって決めちゃいました。…覚悟していなさいね」
お年玉もらうのに『期待』はわかるけど、『覚悟』っていったい―――
イルカは心持ち蒼褪めた。
これだからカカシに迂闊な事は言えない。
彼が何を考えているのか、おぼろげに察しがつくだけに怖い。
己の軽口を後悔しているイルカをよそに、カカシは嬉しそうに残りの葛餅を口に入れた。
「嬉しいなあ。…楽しいお正月になりそう」
その日のカカシの保存食料調達買出しが、急遽イルカと過ごす大晦日及び元旦の為の買出しに変更になったのは言うまでもない。
そして、イルカはもちろん、カカシにとって近年稀に見る『いいお正月』が迎えられたのも言うまでもないだろう。
――― 今年も良い年になりますように ―――
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