―――だから、どおおおおおおおしてこーなるんだ?!
アスマは心の中で叫ぶ。
叫んでも状況は変わらないのだが、やはり己の姿を顧みると叫ばずにはいられない。
猿飛アスマ。
木の葉の里の忍。
大柄な体躯と顎鬚が印象的なヘビースモーカー。
今は、下忍になりたての子供らを率いる先生もやっていて、結構多忙な上忍である。
そして、運が悪い事にあの唯我独尊傍若無人上忍、写輪眼のカカシ様と顔見知り以上の関係だった。
「俺は写真屋じゃねえ」
「わかってるよ?」
にこにこと。
唯我独尊傍若無人上忍カカシ様のご機嫌はすこぶるいい。
「写真屋に頼め」
「頼めるんならアスマに頼んでいないって。…だって、いざとなったら尻込みしちゃったんだな。一緒に
写真撮ろうって約束してくれたんだけど…写真屋なんかに行くの恥ずかしいって。案外シャイなんだ、
あの人」
ほ〜お、とアスマはにやにやした。
「どこの深窓のご令嬢をたぶらかしたんだ? カカシ様は」
「たぶらかしたなんて人聞きの悪い…ちゃんと順序踏んでやっとモノにしたんだからな。ウブで、アス
マみたいに行儀悪くなくって、優しくて誠実な人なんだよね…」
うっとりとするカカシ様。
「おい…何で俺を引き合いに出すんだよ…やっぱりお前の感性って変だぞ。…で、美人か?」
ん? とカカシは首を傾げる。
「んん〜…うん…美人って表現は…んー、でも、笑顔がいいんだ。表情が豊かでねえ…すぐ赤くなっ
てねー可愛いんだな。バランスいいし、凛々しくていい顔だと思うな、オレは」
(―――あんましツラに期待は出来ねえな、こりゃ。まあ、見た目より性格か。性格美人ってヤツかな
…? 何にせよ、このカカシと付き合うってんだから、相当なボランティア精神の持ち主だな…… )
自分もカカシに関しては結構ボランティアなアスマは、『彼女』に少し同情した。
「いいじゃないか。ちょっとオレんち来て、シャッター押すだけ。な?」
その時、カカシのお相手を見てみたいなどという好奇心が頭をもたげなければ―――アスマの貴重
な休日は厄日と化さなかっただろう―――
「おめー、そのカッコで撮るのか?」
カメラをいじりながらアスマはちらりと視線を上げた。
「オレ、上忍登録書の写真もこれだけど……」
いつもの、口布と額当てで顔の大半が隠れたスタイル。
カカシは普段通りの格好でいつものように両手をズボンのポケットに突っ込み、猫背気味の姿勢で部
屋の真ン中に立っていた。
「フン、まーどーでもいいけどな。…それより、お前の彼女、遅くねえか」
「あー、あっちは今日は半ドンだ。午前中は仕事があるんだよ。もうすぐ来るって。…それよりアスマ
さあ、彼女…」
「すいませんっ遅くなりました―――っ」
カカシのセリフに訪問者の大声が重なり―――アスマはもう少しでカメラを落とすところだった。
「…彼女じゃなくて、彼なんだわ……」
カカシのうちの玄関に、アスマも見覚えのある黒髪のアカデミー教師が『急いで走ってきました』とい
う顔で立っていた。
「あ、アスマ先生。…こんにちは」
アスマに気づいたアカデミー教師こと、中忍のイルカは礼儀正しく挨拶なんかする。
「はい、こんにちはって、おい………カカシ…おめー…まさか、今日コイツと…写真…撮るのか…?」
「そーだけど?」
カカシのセリフに驚いた顔をしたのはアスマだけではなかった。
「カ、カカシ先生…そんなお話俺聞いていませんが」
イルカはうろたえてアスマの手に収まっているカメラを見る。
「だって、イルカったらいざとなったら写真屋に頼むのは恥ずかしいって言ったじゃないですか。だか
ら、ここでならいいでしょ?」
「それは…特に理由もないのに改まって写真撮りに行くのも何か変かもと…思い直しまして。…でも、
それだからと言って、ア、アスマ先生にご迷惑をかけるなんて…」
ああ、とカカシは笑った。
「こいつはいいんですよ。どーせ休みの日にする事なんてないんだろうし、なーアスマ」
アスマは諦めきった表情でカカシの頭を軽くはたいた。
「何が『なー』だ。……これは貸しにしとくからな」
「ハイハイ。借りときまっす」
何が悲しくてせっかくの休みの日に野郎同士のツーショット写真なぞ撮らなくてはならないのか。
アスマはげんなりしつつカメラを構えた。
「うら、早くどこでもいいから並べ」
「ほら、イルカせんせ」
「うあああ……」
カカシは声にならない悲鳴を上げているイルカを引きずって壁際に寄った。
「ここらでいいかな。後ろ何もないし」
「ほれ、一応笑え。イルカ」
カカシにがっしりと腕をつかまれたイルカは引き攣った笑いを浮かべた。
カカシ以外の二人はもうヤケクソに近い心境であった。
撮った後、壁と仲良くしているイルカの肩をアスマは慰めるようにパンパンと叩く。
「ま…お前さんも強く生きろよ」
あのカカシとお知り合いどころか友人以上の関係になってしまったらしい中忍に、他にかけてやる言
葉も見つからない。アスマは心からイルカに同情したが、イルカなら何とかあのワガママ姫を御せそ
うな気もしていた。
(ま、結局好きで付き合ってんだろうしな。俺が口出す問題じゃねえ。)
アスマ本人にもそれは言えるのだが。あまり認めたくはないアスマだった。
後日。
「んー…」
意外にも器用に現像までしてくれたアスマから写真を受け取り、カカシは唸っていた。
「文句あんのか?」
「んにゃ…アスマに文句があるわけじゃないんだけどね…うん。ありがとうな」
「何だよ」
カカシはひょい、と一枚をアスマに向けて見せた。
「表情、カタイと思わん? イルカ先生」
それにはアスマも気づいていた。…というか、撮る時からわかっていた。
「………まあな。仕方ねえだろ。…実際、カタくなっちまってたみてえだし」
「写真自体はピンぼけもしてないし、いいんだけどなあ…」
カカシはしばらく写真を眺めていたが、やがてうん、と頷く。
「アスマ」
嫌な予感。
「ゴメン。もーいっぺん頼まれてよ」
カカシ曰く。
「きっと、カメラが目の前にあるからあがっちゃうんだよ。だからさ、イルカ先生に気づかれないように
撮ってくれないかな」
「……そういうのは、隠し撮りって言うんじゃ…」
「やだなあ、濡れ場を撮れとか言ってんじゃないんだからさ、そう深く考えず…」
「野郎同士のカラミなんざ金貰っても撮るかっっ!!!」
「あの人さあ、もっといい笑顔なんだよ…こう…何とも言えない暖かい感じのさあ…オレ、そういう写
真欲しいわけよ。わかる? アスマ」
人の話なんざ聞いていませんなカカシ様に、アスマは深々とため息をついた。
そう。
結局はこの男と『お友達』やっている自分が悪いのだ。
「わかった。……やってはみるけどな。何かあったらお前が責任取れよ。いいな?」
「やーだな。第一級の隠密行動が出来るアスマ上忍様が失敗するわけないじゃない」
「おだてたって、タダじゃやらんぞ。そうだな、石英の鰻重の特上大盛りってとこで手を打ってやるかな。あ、酒もつけて。現像もしてやるんだ、いいだろ?」
「……人の足元見やがって……あれ、クソ高いじゃん…あー、わかったよ。いいのが撮れたら鰻重お
ごる!」
「石英の」
「……石英の特上鰻重おごります…」
勝った。
何となく情けない気もするが、取りあえず無料奉仕だけは避けたい。
でなければ、あまりにも自分が可哀想なので。
(イルカを隠し撮りかよ……カカシとツーショットで……)
思わずため息の洩れるアスマであった。
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