金糸、銀糸
by アントニオ鰯 様
若すぎる。早すぎる。 波風ミナトは、忍者となってから事あるごとに、その言葉を浴びせられてきた。 他人に言われるまでもない。 己の年齢が少ないことを、誰よりも悔しく思い、気ばかり急いているのは、ミナト自身だ。 自分が、あと十歳ばかり、年がいっていたら。 あのひとより、十歳くらい、年上だったなら。 そう、自分のほうが年上で、キャリアも上なら、こんな任務、自分が隊長として、さっさと、やっつけてしまったのに。 木の葉の攻撃線上に位置する村を、立ち退き命令を承諾しなかった村民ごと焼き払ってしまう、という任務の隊長など、はたけサクモにさせないで済んだのに。 サクモは、木の葉の白い牙としておそれられている。 その威力をもって、再三再四、住民に退去を命じ、脅した。 応じた者は拘束して木の葉に連行し、従わなかった人間をサクモは顔色ひとつ変えず、白銀のチャクラ刀で斬りすてた。 拘束も殺されもせず、逃げのびた者が強烈な復讐心を持って敵側に情報をもたらすことは、堤防に開いた小さな穴と等しく、大きな決壊につながる可能性がある。 猫の仔一匹、逃がすな。 サクモは、冷徹に命じ、念入りに村を捜索した。 夜が更けてから、村人を連行させる隊を里に返し、小隊を一つ残して、村の境界付近にベースを組んだ。 サクモは、外から帰ってくる者を拘束するよう命令し、自身は、何度目かの、村内の探索に入った。 残った小隊の隊長に任じられていたミナトは、必要な指示を出したあと、サクモの後を追った。 私情を問われたら、完全に否定する術は、ミナトには無い。 サクモが心を許すごく少数の中に、ミナトの師である自来也が入っていて、その自来也がミナトをかっていたせいなのか、サクモはミナトに、最初から気安く接した。 サクモは早くに妻を亡くしていて、遺された息子カカシを、どうしても人の手に預けないわけにはいかなかったのだが、いちばんに、ミナトに託すことを望んだ。 ミナトは、喜んで幼子の世話をしたし、感謝してくれるサクモに満足していた。 いつからだろう。 サクモの中の、カカシの面倒をよくみてくれるミナトくん、が物足りなくなってきたのは。 少年が、尊敬する男と肩を並べたい、と憧憬をいだくのとも違って。 ミナトは、サクモに。 美しい村だった。 四季折々の恵みを存分に受けて、豊かに暮らしている村だった。 濃紺の空に星は輝き、大樹は葉を広げ、手作りの木小屋は暖かさを感じさせる。 軍の進行線上にあったばかりに。 戦う者が、邪魔だと判断したばかりに。 サクモは、一軒の家の壁に背を凭れさせ、空を見ていた。 淡い表情をしていた。 ミナトは、追ってきた己の判断が正しかった、と胸を撫で下ろす。 「サクモさん」 ミナトは、静かに声を掛ける。 「……ミナト」 任務地にあるとは思えないほど、弱弱しい声を、サクモは出す。 「どうしたんです? 何か、問題が?」 柔らかい声で問い、ミナトは、サクモの腕をそっと掴む。 「いや。……湯を使わせてもらおうと思ってね。髪の汚れを落とせたら、と」 サクモは、さりげなくミナトの手を払うようにして、額宛をほどく。 銀色の前髪が、さらりと落ちた。 ミナトは、窓から、その家を覗きこむ。 なるほど、村の中でも裕福なほうだったのだろう、調度が充実している。 サクモがこの家を選び、そして、躊躇った理由を、ミナトはすぐに見つけた。 床に放置された、幼いこどもを遊ばせる玩具の数々。 ここのこどもは、カカシとちょうど、同じ年頃なのだろう。 ミナトは、そっとサクモの肩を抱く。 木の葉に連行した者に、幼児は無かった。 今、出て行ったばかりというこの有様は、事前に退去していたということを示しはしない。 白い牙は、女、こどもでも容赦はしない。 はたけサクモは、幼い息子の、優しい父親だ。 白い牙からサクモに戻りかかった男は、戦地で許されないほど、揺れている。 ミナトは、サクモの髪を束ねている紐を解いた。 それを左手にに巻きつけ、右手でサクモの銀糸を取り、口付ける。 サクモの手から、額宛が落ちる。 何度も、何度も、ミナトは接吻を繰り返す。 絶頂期にある恋人同士のように。 姫君に忠誠を誓う騎士のように。 ミナトが目をあげると、サクモは、困ったような、それでいてどこかなまめかしいような、老成したような、幼いような顔をしていた。 ああ。 ミナトは、その言葉を自分に許す。 おれは、このひとに恋している。 このひとを愛している。 「湯は必要ないですよ。汚れなどありませんから。あなたに汚れなど、ありません。後の確認はおれがします。ベースに戻ってご指示を」 事務的でしかない声で言いながら、ミナトは、サクモの髪を結びなおす。 サクモは、ミナトを瑠璃色の瞳で凝視していた。 ふ、と淡い表情が消えた。 草地に落ちていた額宛を拾いあげ、固く、締めなおす。 「上奏を認可する。波風ミナト、村内の捜索ののちベースへ」 それは、木の葉の白い牙が激をとばす声音だった。 「承知」 ミナトが答えると、サクモは、枯れ葉を残して消えた。 サクモの髪を絡めていた右手の指を、ミナトはそっと己の唇に当てた。 任務終了後、里に帰還して、サクモのミナトへの態度が変わるということはなかった。 己の感情に名称を与えてしまったミナトばかりが、ますます、自分の若さ、稚さを嘆くばかりの日々だった。 だが、サクモにとっても、無かったことにはなっていなかったらしい。 ある日、ミナトはサクモから、亜鉛や鉄のサプリメントを渡された。 「髪を食べるという異常行為の原因の一つに、こういうものの不足があるらしいーよ? 大部分は原因不明らしいけどね。まだまだ成長期なんだし、気をつけるんだよ」 真剣に心配そうな顔をしているサクモの前で、がっくりと膝をついてしまわなかった自分を、ミナトは褒めてやりたかった。 年齢の問題だけではないらしい、自分の恋の前途の多難さに、ミナトは天を仰いだ。 紺碧の空の下、サクモの銀髪とミナトの金髪が、ただ、きらきらと輝いていた。
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