WIND −2
里の中で目立つ事を嫌っているようにも見えるサクモが、珍しい色彩の髪をわざわざ長く伸ばしているのがツナデには不思議に思えた。それに、長い髪が余計に彼を少女のように見せてしまうのは、本人だって承知しているだろうに。 サクモは、少し探るようにツナデの眼を見る。 そしてやがて、フッと微苦笑をもらした。 「これね。………僕に出来た、ささやかな反抗ってところ」 ツナデは彼の意外な答えに眼を瞠った。 「反抗? 何に?」 ―――誰に? サクモはこっそりと声を落とす。 「………おじい様に」 そう言って見せた彼の顔は、悪戯っ子のようだった。 「反抗、と言うよりも意趣返しに近いかな? んー、嫌がらせって言った方がいいかも。………僕はね、亡くなった母に似ているんだって。………髪が長いと、余計に似て見えるらしいんだ。…だから、ね」 それが何故、意趣返しになるのか。ツナデの表情を見たサクモは軽く肩を竦める。 「………おじい様は、父が里の外から連れてきた母が気に入らなくて、父が任務で不在の時に追い出してしまった。母は、舅に逆らいきれずに泣く泣く実家に戻ろうとしたんだけど………戻る途中、事故で亡くなってしまったんだ。僕がまだ、二歳にもならない時にね。………おじい様が殺したのも同然だと、父は随分恨んだらしい」 ツナデはびっくりして息を呑む。 「そ…そんな話、私にしていいの?」 「ん? …だって、ツナデちゃんはむやみに噂話をして歩く女の子じゃないでしょ?」 やんわりと釘を刺された形のツナデは、頷いて見せた。 「信用してもらってるってワケね。………もちろんよ。その信用を裏切ったりしない」 「ありがとう。…それで、父も僕が五歳の時に殉職してしまったから。…はたけの血を引く男児は僕一人になってしまって、おじい様は僕を育てるしかなかったんだけど。………僕は、おじい様に可愛がって頂いた記憶が無いんだよ。とても厳しい人でね。まあ、息子ではなく、追い出した嫁に似ている僕を見ていると、イラついたんだろうねえ。………子供心に、理不尽だと思っていたよ。…少しでも髪が伸びると強引に切らされるから、おじい様は髪の長い僕を見るのが嫌なんだって、気づいて………そりゃ、そうだよね。………おじい様は、僕を見るたびに、自分が死に追いやったひとを思い出すんだよ。それって、あんまり愉快じゃないよねえ………」 「そ、それでワザと伸ばしている………の………?」 ツナデは呆気に取られていた。まさか、そんな理由で髪を伸ばしているとは思わなかったのだ。 「まあ、そんなところ。………でも、それ以外はちゃんと大人しく、おじい様の言う事には従ってきたよ。おじい様が課す修行も、勉強も、逆らわずにこなした。忍になれと言われて、なった。中忍にも上忍にもなった。………髪の長さくらい、好きにさせてくれてもいいよね………?」 何となく、ツナデにはわかってしまった。 彼は、母親を追い出した厳格な祖父へのあてつけの為だけに、髪を伸ばしているわけではないのだろう。 孤独な子供が、鏡の中に母親の面影を探すぐらいのことを、誰が咎められるというのだ。 「………よく、問答無用で切られなかったわねえ………」 「ああ、子供の頃は逃げ切れなかったけど。…でも、中忍になるくらいの頃になると、おじい様より僕の方が速いし、力負けもしなくなったし。…それにね、願を掛けているから切りません。男が一度決めた事ですからって、言ったら黙ったよ。………普段から僕に、男が一度口にした事は守れ、と言っていただけにそれ以上は強引に切れとは言えなくなったらしくって」 ふと、ツナデは首を傾げた。 「………願? もしかしたら、本当に願掛けしているの………?」 サクモは素直に認めた。 「………まあね。ウソつくのも嫌だし」 「どういう願掛け…?」 「…さあ、何でしょう」 ツナデは首を捻った。 普通に考えるなら、もっと強くなって上忍に昇格、という類の『願』だろう。既に上忍になっているサクモが次に望むとすれば――― 「………火影になる?」 あは、とサクモは笑って首を振る。 「ハズレ」 「火影は、サクモさんの目標じゃないわけ?」 ツナデの周囲の男達は、皆―――自来也を除いて、大蛇丸までもが火影となる事を目標にしているようなのに。 「えー? 火影ってガラじゃないよ、僕」 「そーかなあ………いい指導者になれると思うけど。………ん〜、じゃあ何だろう………わかんない。教えて?」 ダメダメ、とサクモは銀の髪を揺らした。 「ツナデちゃんが当てる分には構わないけど、僕から教えるのはナシだよ」 「ム。………あー、マジ見当つかないなー………」 サクモならば、普通の男が欲しがりそうなものなど、もう既に持っているだろうし、まだだとしても簡単に手に入るだろう。 忍としての実力。知識。他者が畏れる二つ名。女性にモテそうな端正な顔立ち。上忍として高ランクの任務を請け負うのだから、実入りもいいはずだ。後は―――……… 「あ」とツナデは声をあげた。 「………いや、まさかね」 「何? わかった?」 ツナデはチラッとサクモを見上げた。 「………うーん、違うな。願掛けするほどのことにも思えないし」 今のサクモに足りないもの。 それは、『背丈』だ。 サクモの背丈は、ツナデよりも少し高い程度である。 優しげな面立ちと長い髪に加えて、小柄なのも彼を少女のように見せている一因だった。 本当に女ならば高い部類に入るが、男としてはもう少し欲しいだろう。 (………でも、サクモさんはまだ十七だし、これからよね、伸びるのも) ニカッとツナデは笑った。 「………いいわ。願掛けの内容なんて、他人に話すことじゃないわよね。………それよりも、サクモさん、最近、結構背ぇ伸びてきたよね?」 突然の話題変換にもサクモは動じない。うん、と嬉しそうに頷く。 「ここ半年くらいで、少しはね」 ツナデは、わざとらしくため息をついてみせる。 「男の子って、コレだからねー………やだやだ。ちょっと目を離した隙に、こうやって図体ばっかり大きくなっていくのよねえ」 あはは、とサクモは笑った。 「それって、ジラ君のことでしょう。おっきくなったよねー、彼。びっくりした。………なんか、すっごく大男になりそうだよねえ。羨ましいなあ」 「………羨ましい? あれが?」 「だって………背が高いと腕も長いじゃない。色々、有利だよ」 ツナデは彼の言わんとしている事を察した。最後の最後で、腕が数センチ短いばかりに敵に攻撃が届かなかったり、仲間の手をつかみ損なったり。―――そういう経験は、ツナデにもある。 「まあねえ。…それが有利になる時もあるよね。でも、デカイと目立つよ? 敵の的にもなりやすいし」 「そうだけど。………おチビって言われるのも、結構屈辱なんだよ」 ぶふ、とツナデは噴き出した。 「そりゃあ、背丈でしかアンタに勝てない連中はそう言うかもね」 腕でも頭でも顔でも負けたら、後は男として自慢出来そうなのは背の高さくらいだ。 サクモは同年代の少年達に比べて体格でも劣るが、筋肉隆々の男達と力勝負をして負けた事は無い。だから、連中は彼の腕の細さや薄い胸板をからかう事は出来ないのである。 「………でもね、子ども扱いされたり、男に言い寄られたりするのは、僕の背が低い所為もあるんだと思うな」 よほどコンプレックスになっているのだろう。サクモがこんな、むくれたような言い方をするのは珍しい。 もしかしたらやはり、彼の『願』は背の高さのことなのかも、と思いながら、ツナデはサクモの肩を叩いた。 「大丈夫よ。サクモさんはきっと背が高くなるから。…そうねえ、180はいくな、うん」 「………いや、慰めてくれなくても………」 サクモの目の前で、ツナデはチッチ、と指を振る。 「慰め? 違うわ。………あのね、私を誰だと思ってるの。これでもねえ、医療忍術に関しては木ノ葉始まって以来の逸材って言われてんだよ? 人体には詳しいの。その私の見立てよ。信じなさい」 それでもサクモは、素直に信じようとはしなかった。 「…………………う…ん………」 フンッとツナデは鼻を鳴らした。 「………わかった。じゃあ、こうしよう。サクモさんが二十歳になるまでに身長が180センチに届かなかったら、私は忍者を辞めるわ」 途端にサクモは慌てる。 「ちょっと、何それ! そうやって何でもかんでも賭けにするのやめようよ、ツナデちゃん。……困るよ、僕の所為で君が忍者を辞めたりしたら………それに、辞めてどうするの」 ふふっとツナデは笑った。 「…その時は、サクモさんに責任を取ってもらうの」 「責任って………」 「私をお嫁さんにしてくれればいいんだよ」 え、とサクモは絶句した。 「『え』って何。…私じゃ嫌? 不服?」 「い、嫌とか…そんなんじゃなくて。………ダメだよ、そんな人生捨てるような真似しちゃ」 ツナデは不愉快そうに眉根を寄せる。 「…サクモさんと結婚する女は、人生捨てるハメになるっての? …アンタ、女一人幸せにする自信無いわけ?」 「無いよ」 即答かよ、とツナデは心持ち肩を落とした。 「情けないこと、言わないでよ! アンタねえ…それでも二つ名を持った上忍?」 サクモは目を伏せた。 「だから。さっきも言ったじゃない。………僕なんか、戦うことしか能が無いんだよ。殺したり、傷つける事ばかり上手いんだ。…他には何も出来ない。…男は結婚したら、妻を幸せにする義務があると思うんだ。でも、僕には女の人を幸せにする方法なんかわからない。………僕………僕は、ツナデちゃんには幸せになって欲しいもの」 それに、とサクモは俯いた。 「………お前の彼女になる女の子は可哀想だなって………みんな、言うし………」 ツナデは頭を抱えたくなった。 そんな、やっかみ半分の冗談のような軽口を真に受けるなんて。 「………………それって、アンタが考えているような意味じゃないから!」 「………え?」 え、じゃなーい! と、ツナデは巻物を振り回した。 「アンタって人間の事をよくわかった上で言っているんじゃないんだよ! …あのね、それはモテない男のやっかみ! そうやってアンタの心理に牽制かけてんのよ」 「………そうかなあ………でも、誰かに言われる前から僕自身が何となくそう思っていたから………人に言われて、やっぱりね、と思っただけだし」 フー、とツナデは息をついた。 「………あのね。………私は、サクモさんが何でか今ひとつ自信が持てないでいるって事、知ってる。…でも、アンタにそういう事言う連中の言葉には、深い意味なんか無いの!」 単に、大抵の女の子よりもサクモの方が綺麗だから。 だから並んで歩く女は比べられて気の毒だ、とからかい半分に言っているだけだ。 「とにかく! 外野の言うこと気にしない! ………でも、確かにサクモさんにも選ぶ権利はあるわね。よし、じゃあ忍者を辞めるから嫁にしろ、とかそういう脅迫めいた賭けはナシにするわ。………そうね。じゃあ、さっきの条件で私が負けたら、アンタの言う事何でもひとつきくわ」 「………僕が、二十歳までに180センチ超えたら………?」 ツナデは自信ありげに唇の端を上げる。 「その時は、私の勝ちよ。私の指定したお店でフルコース奢ってもらうわ」 「どういう賭け? それ………」 「どうでもいいの! 私がそう決めたの! …いいわね?」 サクモは苦笑を浮かべて頷いた。 「………いいよ、ツナデ姫」
その賭けから一年半後。
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でましたー、ツナデ姫さまの死のデコ接吻(笑)。 この賭けの事を知った自来也が、サクモに「ツナデにカモられるようじゃおしまいだ」と言うシーンもあったんですが、テンポとおさまりが悪かったのでカットしました。
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