金の子供の生まれた日
その日、金色の髪の少年はおずおずと口を開いた。 「………あの、お師様」 「あ〜? 何じゃ? シメ。…アカデミーで、何ぞあったか」 いいえ、と少年は首を振った。 もじもじと、言いにくそうに指先をいじっている。 自来也はフッとひとつ笑みをこぼし、読んでいた本を閉じた。 「言いたい事があるなら、言うがええ。………お前はもう、その口で何でも言えるのだか ら、の」 生まれながらに強大な力を持っていた為、少年は(おそらくは産みの母親によって)自分 の声を代償にしてその力を封じられてきた。 故に、つい最近まで彼は声が出せなかったのだ。 自来也によって、その力の正体と、制御の仕方を教えられた少年は、あるきっかけを得て 自ら封印を解いたのである。 声が出せるようになった少年を、自来也はアカデミーに入れた。 同年代の友人を得ることも大事だと思ったからだ。 「どうした? くノ一クラスに可愛い子でもおったか? ん? おなごの口説き方なら伝 授してやるぞ」 少年は慌てて首を振る。 「ち、違います、お師様! …あの………僕、アカデミーで先生に色々教えて頂いたり… ……同じクラスの子達の話を聞いているうち………気づいた事が………」 「…うむ、どうした?」 少年は途端に不安そうに瞳を揺らした。 「………僕は、お師様のご迷惑になっていないでしょうか?」 自来也は「はあ?」と思わず声を上げてしまった。 「何がどうして、そういう話になるんだ?」 「僕の、あの…お寺の和尚様が保管してくださっていた…僕の、荷物。………僕、母が僕 に遺してくれた物だから、大事にしようと思って………よくわからない何かの欠片まで、 捨てないで持っていましたが。………あれが何なのか、僕、やっとわかったんです。…お 師様は、あれをご覧になっているのでしょう?」 自来也には、少年の言う『あれ』が何なのかすぐに察しがついた。 「………額当てのことか」 少年は、きゅっと唇を噛む。 「やはり、ご存知だったのですね? ………額当ての欠片を取ってあったという事は、僕 は木ノ葉に所縁ある人の子供という事ですね。僕の母か、父がこの里の忍者だったのでし ょう? ………教えてください。お師様のことです。あの額当ての事を知っていて、何も 調べなかったなどという事はないでしょう? ………それなのに、僕に何も仰らなかった のは………僕の両親が…抜け忍とか………そういう、咎人だったのではないかと………」 自来也は、息をついた。 「そう、先走るな、シメ。………確かに、お前の両親に関しては火影様が調査をなさった。 ………だがな、わからなかったのだ。………お前が生まれたであろう時期は、木ノ葉も混 乱期でのぅ………任務に出たまま、殉職したのか行方知れずになってしまった忍は大勢お っての………どれがお前の親か、判断は出来なかったのだ。………だから、火影様はお前 を木ノ葉の子だ、と仰った。………誰の子でも関係ない。等しく、大事な宝だと」 少年は、ペタンと座り込んだ。 「そう………だったのですか」 自来也は手を伸ばし、少年の金髪をかき混ぜるように撫でる。 「………それでお前、ワシに迷惑がどーのっていう考えになったんか。…バカじゃのう、 妙な気を回すでないわ」 少年は恥ずかしそうに顔を伏せた。 「………すみません、お師様………」 「謝らんでもええ。………そうだ、あの包みを持って来い」 「あれを、ですか?」 不思議そうに少年は聞き返したが、師匠の命じることには逆らわない。 すぐに自分の部屋に行き、包みを取って戻ってきた。 自来也は、包みをそっと開ける。 古い小さな産着。懐剣。守り袋。そして、欠けた額当てらしき金属片。 「………お前には酷な話をするが、お前のチャクラ………力の源を、お前の声を使って封 じたのは、母御であろう。幼い子供には扱いかねる大きな力を、生まれながらにお前が持 っていることに気づき、お前の身を護る為にそうしたのだ。………ワシや、ツナデにもす ぐにはわからぬ程の巧みな封印術であった。…そんな術を産後すぐの身体で行うのは、お そらく命懸けのこと………」 ひゅっと少年は息を呑んだ。 「………では、は………母が………死んだのは………」 自来也は、狼狽しかけた少年の肩をがっしりとつかむ。 「待て。………ワシが聞いた話では、お前の母御は行き倒れ同然であの村に辿りついたら しい。身重の身体で、無理な旅をしたのであろう。…何もかも、覚悟の上での行動であっ たと、ワシは思う。………お前の母御は、自分の身よりもお前が大事だったのじゃ。…… …そんな母御がお前に遺した物じゃろう? お前に不利益になるような物を、わざわざ取 っておくようなお人には、ワシには思えぬのだがの」 自来也の言葉を、少年はゆっくりとかみしめるように己の中で繰り返した。 「………では…僕の存在が、お師様にご迷惑をかける………という事は無いの…ですね」 「当たり前じゃ。…万が一、お前の親が………そういった咎人であったとしても、子であ るお前にまで罪が及ぶことは無い、と三代目はハッキリ仰った。………お前は、余計なこ とを気にせんでもいいのじゃ」 ぐりぐり、と自来也は大きな手で少年の頭を撫でた。 少年は、ホッと息を吐いた。 「…ありがとうございます。………安心、しました」 ふと、自来也は思いついて守り袋を手に取った。 「………シメ。この守り袋だがな。………これは、ワシにも開けられなかった。たぶん、 お前の母御が封じてしまったのだと思う。………もしかしたら、お前のチャクラになら反 応するかもしれん」 「………何故、封じたのでしょう?」 自来也は苦笑を浮かべて首を振った。 「さあのぅ。…何か、考えがあったのか………ワシにはわからんが。…お前のチャクラで なら、開けられるのではないか?」 封印を解呪する印は教えただろう? と言いながら、自来也は守り袋を少年に渡した。 少年はごく、とツバを飲み込み、ゆっくりと印を切った。 刀印を、守り袋に当てる。 「解」 すると、自来也の予想通り、スルリと守り袋の紐が解けた。 「………開いちゃいました………」 少年は、呆然と呟く。 「ああ、では中を見てもいい、と母御が仰っておるんじゃ」 少年は震える指で、守り袋の中から折りたたまれた油紙と、小さな木片を引っ張り出した。 木片には、無病息災を祈願する文言と、子供の守り神とされている女神の姿が焼印されて いた。 そして、油紙には――― 「………お師、様………」 少年は、その油紙を師匠に手渡す。 紙片に書かれていた文字をざっと眼で追った自来也は、ひとつ頷いて微笑んだ。 「………ミナト、か。………良い名ではないか」 「お師様………」 少年の―――ミナトの眼から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。 「………お前がもしも、チャクラを扱うことを知らず、忍にもならなかった場合は、この 名を知らずに生きていった方が良いと………そう、考えたのやもしれんなぁ。………それ とも、案外洒落っ気のあるおなごだったのかもしれん。………これは、チャクラを扱える ようになったお前への贈り物。…ワシにはそんな風にも思えるのぅ」 ミナトは、きゅっと守り袋を握りしめた。 「………生年月日も、ちょいとズレておったの。…まあ、ちゃんとわかって良かった。後 で、登録を書き換えてもらおう。名前と、生年月日をな」 ミナトはやっと笑みを浮かべ、ゴシゴシと眼を擦った。 「はい」 少年の生年月日は、件の村の人達の『そういえば二月頭頃の寒い日に生まれたような』と いう、ひどく曖昧な記憶によって仮に二月一日にしてあったのだ。 「一月生まれだったのだな。…一月、二十五日………ん? 二十五日? おおっ! 昨日 ではないかっ!」 ぽん、と自来也は膝を叩いた。 「そうとなれば、シメ! いや、ミナトか。…一日遅れだが、誕生祝いをしようではない か! うむ、お前の本当の名前が判明しためでたい日だ! いやあ、しかし、もっと早く 守り袋を開ける事を思い出せば良かったのぉ。………スマンな、ミナト」 また、ミナトの眼から涙が零れる。 「いいえ………いいえ、お師様………僕は、お師様のつけてくださった名前も、大事です。 シメ、と呼んでくださっても………いいんです………」 「いや、そういうワケにも………」 と、自来也が口を開いた時、玄関の戸が開く音がした。 「こんにちは、自来也、いる〜?」 「………………あの、暢気な声は………」 「………サクモ様…じゃないですか?」 自来也は、玄関に向かって声をあげた。 「おー、おるぞ。…何じゃ〜?」 「あがるよー。お邪魔します〜」 サクモは、一応断ってから家の中にあがってきた。 「あー、良かった。シメちゃんもいてくれて」 少年は、師匠よりも年上の上忍に慌ててぺこんとお辞儀した。 「いらっしゃい、サクモ様」 「や〜だな、シメちゃん。様、なんて呼ばないでもらえる?」 と、サクモは急に眉を顰めた。 「………どうした? 何で泣いているの。………自来也! 何シメちゃん泣かせているん だ!」 サクモは少年の頭を抱き寄せ、自来也を睨みつけた。 「な、何でそうなるんじゃっ!」 「だって、この子が泣いているのなんて初めて見たものっ! キミの所為じゃないのか?」 ミナトは、恥ずかしそうにサクモの腕の中でもがいた。 「………あの、サクモ…さん。…ち、違います………お師様の所為じゃ………」 そこで、ミナトは守り袋のことをサクモに説明して、油紙も見せた。 サクモは、少年の本名と生年月日が判明したのを我が事のように喜び、ミナトをきゅうっ と抱きしめる。 「そうか! そうだったんだ。綺麗な名前だね。…シメちゃん、も可愛いけど、やっぱり 本当の名前で呼ばなきゃね! おめでとう、ミナトちゃん!」 「あ、ありがとう…ございます」 お〜い、と自来也がサクモを呼んだ。 「………ワシにはナンか一言ないのかよ?」 「あ、そっか。…ごめんね、ジラ君。誤解して」 あはは〜、とサクモは笑って誤魔化す。はー、と自来也はため息をついた。 「ところで、何か用だったんかい?」 そうそう、とサクモは部屋の入り口まで戻って、なにやら菓子折りのような箱を取ってく る。 「…これ、頂き物なんだけど、ケーキなんだ。シメちゃん…じゃない、ミナトちゃんのオ ヤツにどうかな、と思ったんだけど。………ああ、昨日が誕生日だってわかってたらね! こんな頂き物じゃなくて、ちゃんとしたケーキを用意したのに」 いいえ、とミナトは首を振った。 「誕生日なんて………この里に連れてきて頂くまで、一度もお祝いなんてした事なかった んです。………そんな風に言って頂けるだけで、すごく嬉しい………」 自来也は、そんな少年を見てふと思いついたように顔を上げた。 「サクモさん、今日はヒマか? 良かったら、一緒にコイツの誕生日祝いをしてやってく れんかの? ちょうどよくケーキも持ってきてくれたことだし」 「え? いいの? 僕が一緒で?」 ミナトは赤くなって、小さな声で「お願いします」と言い頭を下げた。 サクモはニッコリ笑う。 「なら、喜んで」 自来也は、少年の頭に手を置いてニッと笑った。 「よっしゃ、決まりだの。…んじゃ、お前の好物でも作ってやるから、少し待っておれ」 腰を浮かせた自来也に、サクモが声を掛ける。 「ジラ君、手伝おうか」 「アンタは何もせんでいい。………って言うか、台所に入って来るな」 「………………ジラ君、僕が手伝うと、何か壊すと思ってるでしょ」 「あ〜、思っておる。いいから、アンタはシメ…いやミナトといてやってくれ」 自来也は、シッシッとサクモを追い払うように手を振った。 「…ひどいな〜………まあ、いいや。…おいで、ミナトちゃん。今日は二重におめでたい 日だから、記念にお祝いしなきゃ。何でも、好きな物を贈るよ」 「え…そんな、いいですっ………あの、お気持ちだけで………」 丁寧に断ろうとした少年の額を、サクモの白い指が軽く弾いた。 「いいから、おいで。…自来也ー、ミナトちゃん借りていくよ〜」 おー、行って来い、との台所からの応えを聞いて、サクモはニコニコとミナトの顔を覗き 込んだ。 「ね? キミのお師匠様も、いいよって言っている」 ミナトはデコピンされた額をおさえ、コクリと頷く。 「………はい。ありがとう、ございます」 師匠からは、好物尽くしの祝いの膳と、とっておきの巻物。 師匠の友人からは、ケーキと、凝った彫り物の硯。 そして、産みの母からは『本当の名前』。 それらを贈られた十歳の誕生日。 注連丸と呼ばれていた少年は、ようやく『波風ミナト』に生まれ直したのであった。 |
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四代目さまのBD、1/25にいつもお祝いしそびれてしまう……… ので、今年は何とか。1日遅れですが! SSを書いてみました。 チビ四さまの設定は、『焔・解カス・モノ』のものです。 声が出るようになった経緯は、同人誌『Mortal』に掲載。 サイトにはまだUPしておりません。(すみません;) でも、同人誌出した時はまだ全く四代目の名前がわからなかったので、後で何とでもなるようにはぐらかしておいたのですが。 本名判明エピソードがやっと書けて良かったv
サクモさんが出てきてしまったのは、単なる私のシュミというか……… |