優しいカッコウ−7
『子育て宣言』した以上、ミルクやりやおむつ替えはもちろん、入浴作業もやらねばなる まい。 サクモは、一回りも年下の少年に指導されながら、赤ん坊を入浴させようとした。 裸にした赤ん坊を持ち上げようとして、新米の父親は思わず緊張してしまう。 「うわあっ…やわらか…っ………さ、触るの怖っ………」 「大丈夫です、サクモさん。思いっきり握ったりしなきゃ、赤ちゃん壊れませんから! お っかなびっくり触る方が危ないですよ。ほら、ちゃんと支えてあげなきゃ」 「う…うん。………うわ、眼え開けたっ」 「そりゃ、開けますよ」 大騒ぎである。 何とか赤ん坊を綺麗にし、産着を着せ終わる頃には、サクモの方が汗びっしょりになって いた。 「………お疲れさん」 疲労困憊の態で座り込んでいるサクモに、自来也は茶を差し出した。 「あ…ありがとう。………こんな大変な事、自来也やミナトちゃんにやらせてたんだね… ……本当にごめん………」 ハン、と自来也は笑う。 「アンタだって、そのうち慣れる。慣れれば、どうって事はねえわ」 「………そうか、な」 「元々、アンタはワシなんかよりも器用だし、繊細な作業も出来る。…今、怖いのは相手 がアンタにとって未知の生物だからじゃろ?」 サクモは軽く噴きだした。 「………未知の生物、ね。………その通りかもしれない」 女に縁の無い独身男にとって、首も据わらないフニャフニャの赤ん坊など、未知の生物以 外の何者でもないだろう。 「だから、知れば何ともなくなる。…あれは、アンタの子供なんじゃから」 「………うん」 自来也はしばらく躊躇ったのち、口を開いた。 「のう、サクモさん」 「………ん?」 「………………アンタ、最初はあの子を受け入れられんように見えたが………本当に、大 丈夫………なんじゃな? ………すまん。アンタが決めたのなら何も言わんと…言ったが、 やはりワシは心配じゃ」 サクモは自来也の顔を見詰め、おもむろに頷いた。 「………大丈夫、だよ。………ねえ、自来也。君の事だ。………もしかして、今回の事を 画策したのが誰なのか。…何処の差し金だったのか、調べてくれたんじゃないか?」 部屋の隅で洗濯物をたたんでいた少年は、話の雲行きを察して席を外そうと腰を浮かせた。 「いいよ、ミナトちゃんも聞いていてくれて。…と言うより、聞いておいた方がいいかも しれない。………君も、もしかしたら僕と同じような事を仕掛けられる可能性があるから」 サクモにそう言われ、少年は師匠の方を伺い見る。 自来也は弟子に頷いて見せた。 「………サクモさんの言う通りじゃ。聞いておけ、ミナト」 「はい」 少年が座り直して、また洗濯物をたたみ始めたのを眼に納めてから、サクモは話を続けた。 「………で? 自来也。………調べたんだろう?」 自来也はしかめ面になり、口をへの字に曲げた。 「…ああ。………ワシとしても、気になったからの。…勝手な事をしたが………」 「いや。………君の気持ちはありがたいよ。………で? 何かわかったかい?」 「………いや、その………」 自来也は、彼らしくもなく口篭もる。 「…わからなかったんじゃないか?」 「え?」 驚いて顔をあげた自来也に、サクモは苦笑を浮かべる。 「………やっぱり、ね」 「…やっぱりって………どういう事じゃ」 サクモの言う通りだった。 三代目が知らなかった事ならば、他の長老連中が一枚噛んでいると思った自来也は黒幕を つきとめようとしたのだが、それが誰なのかは一向に浮かび上がってこなかったのだ。 「…頭を冷やして、考えたのだと言っただろう? そうしたら、はじめに思っていたのと 違うような気がしてきたんだ。………たぶん今回、事を謀ったのは…この里のお偉方じゃ ないのだと思う。………確証は無いのだけどね」 自来也は膝の上で拳を握り込んだ。 「この、里では………ない? では、まさか………」 「そう。………おそらくは、どこか他所の里の仕組んだ事だと思う」 サクモは、悲しそうに微笑んだ。 「……………たぶん、彼女は………任務に失敗したんだよ」 そして彼は、自分の仮説を話し始めた。 「…木ノ葉には、幾つかの血継限界の家門がある。白眼の日向、写輪眼のウチハなどだ。 …その血は、他所の里にとって垂涎の秘宝も同じだろう。狙われても、不思議ではない。 ………彼女は、そういう血を盗むために木ノ葉に送り込まれた者だったのではないかと思 うんだ」 「………あ〜、話の腰を折ってスマンが………アンタんちは、血継限界持ってたか…?」 サクモは微かに首を振った。 「だから、たぶん最初のターゲットは僕じゃなかったのだと思う。日向やウチハは、血の 管理に厳しいだろう? 傍系でも能力者が生まれる可能性があるから、結婚相手は慎重に 選ぶし、遊びで子供を作るなど以ての外だと、子供の頃から教育される。どんなに周到に 血を盗もうとしても、余所者は警戒されるから難しい。………となれば、どうすればいい?」 自来也は、ますます渋面になった。 「………ワシがその女の立場なら……いや、しかし………」 言いよどむ自来也に苦笑しながら、サクモは自分でその『答え』を述べ始めた。 「…僕なら、そういう事に関してもっと警戒のぬるい人間に目標を変える。それが血継限 界能力者でなくとも、血を盗む価値はあると判断した男に近づく。その里が、子孫を残せ と迫るような上忍クラスの者に。僕にそんな価値があるかどうかは別にして、上から血を 残せと言われていたのは事実だ。………狙われるのは僕じゃなくて、自来也。…君だった かもしれない。でも、君は遊んでいる風でいて、女を見る眼を持っているから、かえって やりにくいかもしれないね。………その点、僕は血に対する警戒心は無いわ、自分で言う のもなんだけど、ウブというか女性に免疫が無いわで………まあ、やりやすかっただろう ねえ………」 淡々と自虐的な仮説を口にするサクモを、自来也は複雑そうな眼で見た。 「しかしな、それで行くとだな………何でその女は、生まれた子供を…しかも、男の子を 連れて行かなかった? 何故、アンタに届けに来た?」 「…僕が、最初に引っ掛かったのは、そこだった。………もしも、木ノ葉の上の人達が、 僕の血を引く子供が欲しかっただけなら、生まれた子をわざわざ僕の所に連れて来るだろ うか、と。…忠実な里の駒にするべく、自分達で好きに育てた方が効率いいじゃないか。 …違うかい?」 自来也は唸った。 「ウウム………言われてみれば、のう……アンタに預けるなんて、リスクの高い………い や、その…なんだ…………」 「だろう? ………なら、何故なんだろうと………僕は考えてみた」 サクモは、静かに眼を伏せる。 「………そして、ひとつの答えに辿りついた。………彼女は、任務に失敗したのだ、と」 自来也と少年は、黙ってサクモが語る言葉に耳を傾けた。 「………彼女が僕に言った『愛してはいけない』……それはすなわち、『本当は愛している』 という事だ、とある人に言われて、やっと気づいたんだ。………あの時、彼女が僕にくれ た愛情はやはり、本物だったのだと。………あの子は、僕と彼女が本当に愛し合って、そ して授かった命だったのだと―――僕は、そう信じる」 それは、先に自来也が投げかけた疑問への答えだった。 真実彼女と愛し合って、そして生まれた命だと確信したから、自分の子だと認められたし、 この先愛して育てていける。だから大丈夫だ、と。 「………彼女が子供を連れて行かなかったのが、その証拠だと思うんだよ。…僕を愛して くれたから、血を盗むような真似が出来なくて……子供を僕に返してくれたのだと思って いる。………ねえ、自来也。これは自分に都合のよすぎる解釈かな。…僕の勝手な妄想だ ろうか」 サクモの言う通り、確証は何一つ無い。仮説に過ぎなかった。 だが。 「………いや。…そう考えた方が、しっくりと来るのう………」 サクモのような男に純粋な愛情を向けられて、身体の関係まで持った女が、子供を堕胎も せずに産んだ挙句に彼を振る、というのがそもそもおかしいと自来也は思っていたのだ。 木ノ葉の上層部が仕掛けた事なら、サクモがその気になったのを幸い、その女を正式に娶 らせて、もっと子供を作らせようとするはずではないのか。 女が逃げたのは、彼といられない理由があったからだろう。それを、愛するがゆえの良心 の呵責―――つまり、これ以上彼を騙せないと、偽れないという事だったのではないかと 考えれば、一応の納得はいく。 真実が何処にあるのかはわからないが、そう考えておいた方が、子供にとっての幸せでも あるだろう。 サクモは、安心したように微笑った。 「…ありがとう。君に『バカ言ってるんじゃねえ』とか一蹴されたら、どうしようかと思 っていたんだ。………でもね、彼女の気持ちが僕の考えと違っていても、それはそれだと も思っているんだよ。…だって、僕が彼女を愛していたのは本当なんだから。…だから、 その結果授かった子供を愛するのは、父親として当然なんだ」 子供に罪はない、とよく言われる。 その通りだと自来也は思うのだ。生まれてきた子供に、何の責任があるというのだろう。 勝手に作って産んでおいて、邪魔だのいらないだのと言う無責任な親に、友人がならなく て本当に良かったと思う。 「………アンタがそういう結論に至った事をめでたく思うぞ。そうじゃ、何だかんだで、 祝いも言ってなかったな。………おめでとう、サクモさん。可愛い息子が生まれて、良か ったのう」 少年も、師匠に倣って「おめでとうございます」とニコリと笑った。 サクモはキョトンとしたが、すぐに破顔して礼を言った。 「ありがとう、自来也。ありがとう、ミナトちゃん」 まあ飲め、と自来也は徳利を傾ける。 その杯を飲み干し、はあ、とサクモは重い荷を降ろしたように吐息をついた。 「………そうだ、三代目にも挨拶しておかなきゃね。三代目はもうご存知なんだろう? … ご心配おかけしただろうね。…あと、誰に迷惑かけたのかな。ツナデちゃん?」 「まあ、のう。………一応、子供を診てもらったし、子守も頼んだな。…後、今回のこと を知っておるのは大蛇のヤツくらいじゃ」 「わかった。それじゃ、ツナデちゃんと大蛇丸にも挨拶しておかなきゃね。………明日に でも三代目に報告に行って、あの子を木ノ葉の里の一員に登録していただくよ。………別 に結婚してなくても、僕の子だって事で籍に入れていいんだよね」 自来也は天井を睨んで考える。 「………まー、アンタが認めておるのだから、いい…とは思うがの。正式に婚姻せずに子 供だけ作っているヤツは結構おるから」 少年がハイ、と手をあげた。 「サクモさん、赤ちゃんの名前は? 明日登録にいらっしゃるなら、もう決めてあるんで しょう?」 サクモは照れながら頷いた。 「実はね、名前が決まったから急いで里に戻ってきたようなものなんだよね。…早く名前 をつけてあげなきゃ、可哀想だと思って。…だって、もう生まれて二ヶ月にもなろうって のに名無しなんだもの。もしかしたら、彼女が仮の名前をつけておいてくれたかもしれな いけど、僕は聞いてないし。…えーと、そういうわけで、子供の名前は、カカシに決めま した。はたけカカシ、です」 木ノ葉は、生家の職業に関わりのある名前や、姓にちなんだ名前をつけることが多い。 それにしても『はたけ』で『カカシ』かよ、それでいいのか? と自来也は半眼になった。 弟子の方は無邪気に手を叩く。 「カカシ君ですか〜! いいですね。風雨に負けず、外敵から実りを護って立つ者。守護 者という意味ですか」 「ああ、そういう風に強い子になってくれるといいねえ」 ポジティブな解釈をしている弟子と、本当にそういう意味をこめて命名したのか不明な友 人の横で、『カカシ』には木偶の坊とか見かけだおしってェ意味も無かったか? と自来也 は内心突っ込んでいた。 (カカシ坊、か。………ま、ええじゃろう。………サクモさんが考えて決めたってェコト が肝心じゃからな) 「…あ〜、サクモさん」 「何? 自来也」 自来也は面倒そうにガリガリと頭をかく。 「………その…なんだ。…アンタ、自分でしっかりとカカシ坊の面倒が見られる、と自信 がつくまで、ここにおったらどうじゃ?」 サクモは眼を見開き―――その眼が、感謝で潤んだ。 「い………いいのっ? ジラ君!」 「あー、ウチぁ、部屋だけは余っておるからの。遠慮はせんでもエエ」 サクモはちゃぶ台を飛び越して、自来也の首に抱きつく。 「ありがとうっ! ジラ君いい人っ! すっごい助かる!」 そのストレートな感謝の表現に、自来也は面食らって赤くなる。 「…ってーか、ワシが不安なんじゃっ! このままアンタを家に帰して、うっかり落っこ としたとか乳やり忘れたとかでカカシ坊に死なれたら、寝覚めが悪かろうがっ!」 うわあ、やりそう………と心の中で思った少年だったが、賢明にもそれを口に出さずに「お 師様ったら照れちゃって………」と笑ってフォローを入れた。 もうしばらくあの赤ん坊がこの家にいるのだ、と思うと少年も嬉しかったのだ。 サクモは居住まいを正し、自来也とその弟子の少年にきちっと頭を下げた。 「では、お言葉に甘えて、親子共々しばらくの間、お世話になります。…よろしくお願い します」 二十数年後。 『はたけカカシ』の名は、今の『白い牙』と同じように畏敬を持って人々に語られること になる。 だが今、自来也の家のふとんで眠っているのは、ただの無垢で無力な赤ん坊だった。 (………『白い牙』の息子、か。…本人がそう望むと望まざるとに拘らず、周りはあの子 を放っておいてはくれまいの。………どんな運命が待っているのかはわからんが………今、 ワシらは天に祈るだけじゃ。…身も心も、悪しきものがあの子を害さぬように………) ―――健やかに育て、と自来也は静かに微笑った。 |
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カカシくん誕生捏造話終了です。お付き合い、ありがとうございました! (2007/12/18 UP) |