ほしにいのる
「お帰りなさいサクモさん、お疲れ様でした。…今日のカカシ君の歩行記録は十一歩です。記録更新ですよ」 「うわ、子供って日々進歩するんだね!」 この頃、カカシはつかまり立ちをするようになった。 数歩、つかまり歩きをすることもある。その記録は、日々更新されている。 残念ながら、その初歩行は見逃してしまったが。二、三日任務に出ていた間に、この子は人間として一歩成長してしまっていたのだ。 ハイハイのスピードたるや、これがつい最近まで寝転がっているだけしか出来なかった赤ん坊か? と思うくらい速い。 じっと寝ているだけではなくなった赤ん坊の面倒を見るのは、大変だ。 その大変な事を、僕は頻繁に赤の他人である少年にお願いしてしまっているのだ。申し訳なくて頭が下がる。 「いつもありがとう、ミナトちゃん」 「とんでもないですー。責任重大かしらって思うことはありますけど。カカシくんに、変な言葉とか覚えさせたりしたら大変ですもんね。でも、カカシくんは賢いですよお。たぶん、他の子よりおしめ卒業も早いんじゃないでしょうか」 そう、この子は、カカシの面倒を見る為に、わざわざベビーシッターの勉強をしに行ったという。 子育ての知識は、父親である僕よりもあるだろう。 なら、『仕事』として報酬を払おうと思ったのだが、この子は頑として受け取ろうとしない。 違う、と言うのだ。 カカシの世話をするのは、仕事ではない、と。 そうなると、僕がこの子に気持ちを返す手段は、ひとつしかない。 僕の、忍としての知識や技術を教えることだ。 この子の師匠は自来也だから、あまり勝手な事は出来ないかと思ったのだが、当の自来也は寛容と言うか鷹揚と言うか。 僕があの子に何か教えるのは、全く構わないという。 「わしの手間が省けていいわい」とまで言っていたが、これは僕を信用してくれているのだと解釈しよう。 ミナトちゃんは、それに関しては否と言わなかった。眼を輝かせ、僕の言葉を聞き、動きに眼を凝らす。 知識の吸収に関しては、貪欲とすらいえた。 ―――ああ、この子も、忍なのだ。悲しいほどに。 あの自来也をして『本物の天才』と言わしめたこの子の実力は、計り知れない。 きっと、誰よりも多くの『智』と『技』をその身に宿し、忍としての最高峰まで登りつめるだろう。 火影にふさわしい忍に。 その姿を僕は、容易に想像することが出来る。 あの子が、僕の介抱をする為に青年の姿に変化したことがあるからだ。 姿かたちだけでなく、中身まで備わった時、彼は恐ろしく魅力的な青年になるに違いない。 そんな彼を育てる為の力に少しでもなれるなら、僕にとってこんなに嬉しい事は無い。 ミナトちゃんは、カカシの小さな両手を握ってあやすように上下に振った。 振動が面白いのだろう。カカシは嬉しそうに声を立てて笑う。 「きっと、すぐに何にもつかまらずに歩けるようになりますねー。子供って可愛いですよねえ」 「うん。…将来、きっと君はすごくいいお父さんになるだろうねえ。…僕と違って」 ミナトちゃんはびっくりしたように眼を見開いた。 「は? サクモさん、いいお父さんだと思いますけど」 「え…まさか。……だって、自分ひとりじゃカカシの面倒見きれないし………」 ミナトちゃんはカカシの手を離し、腰に手を当てた。 「…いいですか? 世間のお父さん達の中で、子供の世話を一人でこなせている人なんか、いたとしてもほんのひと握りですよ! 大抵は子育てなんか妻に任せっきりで、それで当然って顔して威張ってるんですから!」 「………そうなの?」 「そういうグチ、よく聞きますもの」 ……………ご近所の奥さん達と、どんな話してるんだろう、この子……… 「……でも………」 「でも、じゃないです。サクモさんは、ご自分が見られる時はちゃんとカカシ君の世話をしようと努力なさってますし、何よりカカシ君を愛しているでしょう? ………僕は、貴方はいいお父さんだって、そう思います」 「そうかなあ………」 そう言われてもねえ。僕がダメ親なのは、誰が見ても明らかだと思うんだが。 「証拠、見せてあげましょうか?」 ―――証拠? 「え? どうやって?」 「こうして。…はい、お座りね、カカシ君」 ミナトちゃんはカカシを座布団の上に座らせた。 「サクモさん、台所の方へ歩いて行ってください。僕は、縁側の方へ行きます」 「? ………うん………」 ミナトちゃんの言う通り、立ち上がって台所の方へ歩き出す。ミナトちゃんも同時に動いた。 すると、きょときょと、としたカカシが、次の瞬間猛然とハイハイを始めたのだ。 ―――僕の後を、追いかけて。 僕の脚にカカシが激突する前に、慌てて抱き上げる。 ミナトちゃんは、勝ち誇ったように微笑んだ。 「ほぉら、ね? サクモさん。カカシ君は、昼間一緒にいた子守じゃなくて、帰ってきたばかりのお父さんの後を追いかけるんです。…お父さんが、大好きなんですよ。…これって、サクモさんがいいお父さんだって証拠です」 「………うん。………そ、そうなのか、な………ちょっと、驚いた」 ………これが、ミナトちゃんの言う『いいお父さんの証拠』? 抱き上げたカカシは、僕の顔を見て「あーたん」とご機嫌な声をあげた。 「あーたん」って何だ? 何て言いたいんだ? カカシ。 「…………………まあ、息子に嫌われていないってのは重要だね………親として」 うんうん、とミナトちゃんは頷いた。 「ですよ。カカシ君は、いつだって貴方を追いかけているんですよ。お仕事に行っちゃったサクモさんの後を追っかけて、玄関に落ちたり」 ………落ち……… 思わず絶句して、カカシをまじまじと見る。 「あ、本当に落ちる前に捕まえましたから、大丈夫です」 「そ、そう………ありがとう」 なら、良かった。………ミナトちゃんの反射神経に感謝だな。 「サクモさん、カカシ君預かりますから、お風呂入ってきてください。カカシ君はもうお風呂済んでいますから」 この子にこう言われたら、もう僕は素直に厚意に甘えることにしている。下手に遠慮すると、この子はかえって悲しそうな顔をするから。 「…ありがとう。助かるよ」 風呂から上がると、ミナトちゃんはカカシを紐で背中におんぶして、食事の支度をしていた。………なんか、本当に申し訳ない光景だ。 「…自来也は?」 「お師様は、明日お戻りの予定です。………そうだ、サクモさん。今日、七夕でしょう? 笹、もらってきてあるんですよ。短冊もあります。願い事、書きませんか?」 「笹?」 ハイ、とミナトちゃんは頷いた。 「一昨日ね、任務で………あ、お師様はAランクの里外任務だったんで、僕達スリーマンセルの仲間だけで、七夕に使う笹を切ってくる簡単な任務を請けたんです。で、僕達も分けてもらって」 「………あの………その間、カカシはよそに…?」 何処かの家にお世話してもらったんなら、お礼を言わなくては。 「あ、大丈夫です。危険な任務じゃなかったから、僕、こうやっておんぶして行きました。問題ナシです」 本日二度目の絶句。 くらっと眩暈がしたような気がした。 ―――笹取りなんてDランクかもしれないけど! ………子供が赤ん坊背負って任務………申し訳ないどころじゃないよ、それ。………ああ、どうしよう……… 僕の絶句を、違う意味に取ったらしいミナトちゃんは、おろおろする。 「…あの…まずかったですか………? カカシ君、何処に連れてっても可愛いって人気者だし………僕も、よそに預けるより安心なので。…あの、もちろん少しでも危険だと思うところには連れてっていませんから………」 つまり、一昨日だけじゃなく、何度かやっていたんだ………この子。子連れ任務。 「あ………違う、怒ったわけじゃないよ。…君にそんな事までさせていたのかと………申し訳なくて………」 ミナトちゃんは首を振った。 「………いえ。やっぱり、僕…ちょっと反省です。カカシ君に何かあったら、責任取れないのに。………すみませんでした」 僕は、ミナトちゃんの頭を撫でた。 「いいよ。………君にも任務があるのに、きちんとそういう部分に気を配らなかった僕が悪い。…今度から、ちゃんと手配するから」 ミナトちゃんはきゅ、と唇を噛む。 「でも僕、カカシ君の世話は出来るだけ僕がしたいんです。………貴方が、いない時は」 「うん。僕も、君に預けるのが一番安心出来る。…これからも、よろしくね」 ようやくミナトちゃんは、安心したように微笑った。 「はい!」 この子は、本当に優しくて、子供が好きなんだな。 食事の後、折り紙を切って作ったらしい、色とりどりの短冊に、願い事を書いた。 こんな事をするのは、初めてだ。 本当は、もっと早くやるものらしいが、ギリギリ七夕なので勘弁してもらおう。 カカシの顔を見ながらなので、願うことはこの子のことばかりだ。 そして、僕とカカシをいつも助けてくれる、ミナトちゃんのこと。…ついでに、自来也とかツナデちゃんとか、大蛇丸とか。…火影様の健康とか……… 僕の手元を見たミナトちゃんが、あきれたような声を出した。 「サクモさん、他の人の事ばかりですね。…ご自分の願い事は?」 「ん? …いや、これって立派に自分のことだよ」 カカシや、ミナトちゃん達が幸せなら、僕も幸せだから。 聡明なこの子は、僕の言葉の意味を察して、大人びた微笑を浮かべた。 「…じゃあ、僕がサクモさんの事を書きます」 「おや、何て書いてくれるの?」 ミナトちゃんは、楽しい謀を打ち明けるかのように声をひそめる。 「―――サクモさんが、次のカカシ君の『初めて』を目撃出来ますように…って」 「なるほど。…それは叶ったら嬉しいね」 笹に、短冊を結んでいく。 願いを込めて。 人間、努力しても自分の力ではどうにもならない、運任せのこともあるからね。 (カカシの次の『初めて』がいったいいつで、何なのかもさっぱり予想がつかない事だし) ―――どうか、ここに書かれた幾つかは、本当に叶いますように。 雲が切れた夜空を見上げ、僕達は天に祈った。
|
◆
◆
◆
………本当に七夕ギリギリのUP。(^^;) |