FLOWER

 

芝生に輪になって座り、笑いさざめく少女達。まだ若い、くノ一の集団だ。
年の頃は皆まだ二十歳に届くまい。ちょうど、ほどよく蕾がほころんできた美しい花のよ
うな少女達。初々しさの中にも瑞々しい色香が感じられ、男の煩悩を刺激する。
図書処の二階の窓枠に肘を預けた自来也は、口元を緩めながらその集団を眺めていた。
「―――ええ眺めだの〜………」
実年齢カテゴリーではまだ『少年』に分類される自来也だが、その物言いはすっかりエロ
親父である。
「………スケベ」
背後から、呆れたような声が掛かった。
自来也は、振り返りもせず黙って後ろに蹴りを放つ。が、相手も忍。
そんな生ぬるい攻撃など簡単にかわす。
「いやらしい顔ね。そんな顔で声かけたって、誰も靡きやしないわよ」
こちらも自来也とは違った意味で少年らしくないといえば少年らしくは無い。いつの間に
やら、すっかりとおネエ言葉が板についてしまっている少年は、小馬鹿にしたように鼻先
で笑う。
「………うるせーぞ、大蛇。お前も男じゃろーが。ワシは、も〜ちょい年増のムチムチボ
インなお姐さん達が好みじゃが、ああいう可愛いお花ちゃん達もええモンじゃの〜。眼の
保養って言うんだってーの。…ほれ、えらい別嬪さんがおるじゃろーが。眼福、眼福」
何気なく自来也の視線の先を追った大蛇丸は、眼を細めた。
「………確かに、美人だわね」
「おっ、そーじゃろ。お前でもそう思うかよ。…キレイなコだわなあ」
少女達の輪の中央に、プラチナブロンドで色白の、おとなしそうな少女がいた。穏やかな
春の陽だまりのような優しい笑顔だ。
でへへぇ、と相好をくずしていた自来也は、ふと真顔になった。
「………あんなコが、忍者なのかい。………何か、似合わんのう………っていうか、大丈
夫なのかいのぉ………」
本気で心配そうに眉根を寄せる自来也を、大蛇丸は哀れむような眼で見た。
「………あんたに心配される筋合いはないでしょうね、サクちゃんも」
はあ? と自来也は振り返った。
「何じゃーっ? お、お前、あのコ知っておるんかいーっ! ってか、何じゃその親しげ
な呼び方はっ」
大蛇丸は既に自来也に背を向け、スタスタと歩き出していた。
「…あんたには関係ないでしょ。それよりね、猿飛先生が呼んでいるのよ。さっさと来な
さい」
慌てて自来也は大蛇丸の後を追う。
「なあ、なあ。あのコ、サクちゃんっていうのか? お前の知り合いかよ?」
はーっと大蛇丸はため息をついた。
「………あんた………………悪い事は言わないわ。………あの人に手を出したら、恥かく
のはあんたよ」
「あの人?」
大蛇丸の言い方に引っ掛かった自来也は、訝しげな声をだした。
「………サクちゃん、私たちよりも年上だからね。ああ見えて、上忍よ」
風が吹けば折れてしまいそうな、かよわげな風情の少女が既に上忍だと聞いた自来也は、
「うえ?」と眼を丸くした。
「………マジかよ?」
「…嘘ついてどうするのよ」
階段を下り、薄暗いエントランスホールから外に出ると、ちょうど少女達も移動するとこ
ろだったらしい。
皆、服についた芝生を手で払いながら、立ち上がっている。
その集団の中で、自来也が一番の美人だと思った少女も、同じように立ち上がった。
と、意外にも一番背が高い。
他の少女達よりも、確実に頭半分は高かった。
座っている時はよくわからなかったが、服装もかなりボーイッシュだ。
横にいた少女が笑いながら、その背の高い少女の腰辺りについている芝生をはたき落とし
てやると、彼女ははにかんだように笑った。
その笑顔に、自来也の胸はドキンと跳ねる。
「………だらしない顔ね。ハナの下伸ばしてないで、ホラ行くわよ。私まで猿飛先生に怒
られるのはごめんだわ」
「お、大蛇っ!」
「………何よ」
自来也はパンッと手を打って頭を下げた。
「頼む! 知り合いなら、あのコ紹介してくれ〜え! 今度何ぞおごるから!」
大蛇丸は冷ややかに自来也のつむじを見た。
「………いいけど。………後悔しないわね?」
「………? あ、ああ………」
「私を恨むのも、ナシよ」
「………恨む………?」
自来也が首を傾げている間に、大蛇丸は手を挙げて「サクちゃん」と彼女に声を掛けてし
まった。
少女は大蛇丸に気づくと、他の少女達に手を振って挨拶をしてから、こちらに向かって歩
いてきた。
「…久しぶりね、サクちゃん。いつ演習から戻ったの?」
「うん、久しぶり、大蛇丸。戻ったのは先週だよ」
話し方も見た目を裏切ってかなり男っぽい………というか、声がまるで少年のようだ。
大蛇丸は、半歩後ろにいた自来也をくいっと親指でさす。
「サクちゃん、こっちは自来也。…一応、私と同じ班の一員よ」
サクちゃん、と呼ばれた少女は自来也を見て微笑んだ。
「君が自来也君? 猿飛先生に伺ったことがあるよ」
目の前に白くほっそりとした手が差し出される。
「僕は、はたけサクモ。よろしく」
(―――『僕』…?)
瞬間、自来也は何とも嫌な予感を覚える。一人称が男っぽい女性は確かにいるが、目の前
の少女にはあまりにも不似合いだ。
(…まさか…のぅ……ほ、細っこい指じゃが…しかしこれは…これは…もしか…して……)
自来也は、差し出された少女の手をぎこちなく握った。
嫌な汗がつうっと自来也のこめかみから顎へ流れていく。
(………こ、この骨格と『気』は…………っ………)
間違いない。
『はたけサクモ』と名乗った少女は―――男だった。
いや、勝手に自来也が少女だと勘違いしていただけなのだが。
(何っでじゃああああぁぁぁ〜〜〜〜っっっ!!!)
自来也は内心悲鳴をあげる。
くノ一の集団に違和感無く溶け込んでいた上、その中でも一番の美人が男だったなんてあ
んまりだ。反則だ。
大蛇丸の言った、『恨むな』とはこういう意味か。
「………ジ………自来也………じゃ。………よろしゅう………」
サクモは可愛らしく小首を傾げる。男だとわかって見ても、やはり可愛いし美人だった。
「? どうしたの? 自来也君はすっごく手のかかるヤンチャ坊主だって猿飛先生は仰っ
ていたけど、大人しいね。………もしかして、具合悪い?」
ほほほ、といきなり大蛇丸は笑った。
「このおバカさんは、サクちゃんが美人さんなのでアガッてるのよ」
自来也は慌てた。
「お、大蛇っ!」
彼を女の子と勘違いしていたことをバラされると焦った自来也が、大蛇丸の口をふさぐよ
りも早く抗議の声をあげたのはサクモの方だった。
「ひっどいなー、大蛇丸までそんな言い方するんだね。…何でみんな、僕を女の子みたい
に言うのさ」
何でと言われても―――大蛇丸と自来也は思わず顔を見合わせてしまった。
普通、男が一人で女の子に囲まれていれば、モテモテハーレム状態に見えるはず。
そんな状態だったにも拘らず、ハーレムどころかナチュラルに彼女達に混じってしまうよ
うな容姿なのだから、仕方が無いと言えば仕方無い。
自来也はポリポリと頭をかいた。
「………………お、んな………とか、男とか、関係なく………アンタは綺麗なんだもんよ。
美人って言葉がぴったりくる顔なんじゃ。そりゃ、アンタの所為じゃないけどのぉ。……
女みたいに言われるのはイヤかもしれんがな、別にアンタを女扱いしとるワケ…じゃない」
サクモはびっくりして自来也を見た。
「………そういう風にストレートに言われると、ムキになって反論するのも子供っぽい気
がするね………自来也君が言うと、からかっているんじゃなくて、本気でほめてくれてい
るみたいに聞こえる」
自来也の方も軽く眼を瞠った。
「………ワシ、マジであんた綺麗だと思ったぞ? そりゃあ、正直言えば…何でこんなキ
レイなのが男なんだよ、神様のバカヤロー! とか思ったけどな」
ぷはっとサクモは笑った。
「ジ…自来也君って…おかしい………面白いねえ。…あ、そうだ。大蛇丸、僕を呼んだの
って、何か用があったの?」
自来也は思わず固まった。大蛇丸は、涼しい顔で笑みを浮かべる。
「いいえ。久しぶりに顔を見たから、元気かしらと思っただけよ」
「そう? ありがとう。大蛇丸も元気そうで良かった。………じゃ、僕はこれで。…自来
也君、今度ゴハンでも一緒に食べようね。大蛇丸もね」
ひらひらっと軽く手を振り、サクモは駆けて行ってしまった。
はああああ〜っと、自来也は息をつく。
「………大蛇」
「何よ」
「………恩に着る」
「あら、サクちゃんが男でも構わなかったわけ? 見境無いのね」
「そーじゃねーっての…………」
フフンと大蛇丸は笑った。
「………あんたがサクちゃんにだらしなくハナの下伸ばしてた事? 今バラしたって面白
くないじゃない」
「…なっ………」
サクモを女の子だと思い込んでいた事をバラさなかったのは優しさでも何でもなく、当分
イジメのネタにするつもりだからなのだと気づいた自来也は吼えた。
「おおお、お前っ! せーかく悪いのおっ!」
「ホメ言葉だわね」
おーっほっほっほ………と、大蛇丸は機嫌よく笑う。珍しいことだった。
「なー、大蛇」
「まだ何か?」
「………お前、サクモさん好きじゃろ」
途端、大蛇丸の青白い面にサッと赤みが差した。
迂闊にも自来也の方に顔を向けてしまっていた大蛇丸は、慌ててそっぽを向く。
その思ってもみなかった素直な反応に、自来也は眼を丸くし―――ニンマリと笑った。
「………ふ〜ん、そーか、そーかぁ。………図星かよ」
「な、何よ。好きか嫌いかで言えば、好きだけど。…あんたが思ってるような下世話な類
の好き、じゃないわ。…私は、才能のある人は好きなの。サクちゃんは品も容姿もいいか
ら、ヒトとして点数をつければ二重マルってとこね。………それだけよ」
ふ〜ん、と自来也は半眼で大蛇丸を見た。
「………大蛇」
「何よッ」
「………珍しく、饒舌じゃの」
「………ッ!」
大蛇丸は歩調を速めてずんずん先に行ってしまう。その背中に、自来也は追い討ちをかけ
る。
「…大蛇よ、恋っつーのはのぅ、下世話とは言わんぞ?」
大蛇丸はピタッと足を止め、いつものクールな顔で振り返った。
「………バカばっかり言ってると、殺すわよ」
 

 



自来也、大蛇丸=14歳。(そうは見えないけれど14歳………TT)
サクモ=16歳。
何故か大蛇丸はサクモをサクちゃん、と呼びます。珍しいです。(何故二人が知り合いなのかは、またいずれ)
すみません、青菜のクサレ脳の中では、サクモさんがすっかりお花ちゃんです。
可愛くてキレイで天然。
…でもトゲならぬ牙も爪も持っている危険な(?)美人さん。
日常と戦闘時では二重人格かと疑われるほど違うヒト。

(07/12/18)

 

 

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