bird cage−3

 

事故死した中忍の妻は、自分がやったのだと自供した。
本当は殺す気なんか、無かったのだと。夫が惨めな事故死をした事を逆恨みしていたのは確かだ。だが、白い牙に自分なんかが敵うわけがない。恨み言と共に刃物を向ければ、向こうが自分を殺してくれると思ったと。
中忍にもなれなかった弱い女を、白い牙が殺す。
世間はまた、醜聞として騒ぐだろう。彼の忍としての誇りなど、地に落ちればいいのだ。
自分の、夫と同じ様に。
なのに、何で―――と、女は泣き崩れた。
だが、サクモが亡くなっていた状況と、カカシの『証言』から、ミナトは事の次第をほぼ正確に把握していた。
サクモは、部下の妻にわざと殺されてやった。
つまりは、カカシの言う通り、自分でやった。立派な、自殺だ。
ミナトは、サクモの亡骸にあった傷口をチャクラで塞いでから丁寧に清め、玄関の血も綺麗に洗い流してしまった。  
その上で、三代目にはサクモは先の任務で『傷』を負っており、それが原因で亡くなったと報告していたのだ。
サクモの遺体を最初に検分した者として、彼女の取調べの席に呼ばれたミナトは、彼女の自供など一蹴し、女を冷たい眼で見た。
「…貴方がやった? バカを言うのも大概にしなさい。…傷を負い、それが元で病を患っていたとはいえ、あの白い牙が、貴方ごときにむざむざと殺られるわけがないでしょう。………貴方の罪は、別のところにあります。……よく考えて、自分で贖いなさい」
呆然とする女を残し、ミナトはさっさと部屋を出る。
女の言い分と、ミナトの言い分。
すんなりと周囲が納得したのは、ミナトの言葉の方であった。常識的に考えて、最上格の上忍が非力な女に殺されるなどあり得ないからだ。
女は、夫を亡くしたショックで妄想と現実を混同した挙句に、虚言を申し立てているのだと判断されてしまった。
「………お前らしくない物言いだのぉ………」
ミナトを追って廊下に出た自来也は、肩を並べて歩きながらチラリと弟子を見た。
青年は、不機嫌そうに眉間に深い皺を刻んでいる。
「…そうですか?」
「…………サクモさんが死んだことで、連中はまた手のひら返しやがったぞ。特に、あの人に命を救われたヤツらは、自分達を救った為に隊長は亡くなったのだ、殉職だと言い立てているそうだ」
「…その通りでしょう。彼らの為に、サクモさんは亡くなったんです」
本当は、『彼らの所為で』と言いたい所をミナトは抑えた。自分が救ったはずの仲間に追い詰められて、殺されたのだ。
「……これで、白い牙は里の仲間を救って亡くなった英雄なのだと言われるようになったとしても………彼も、カカシも喜びはしないでしょうけど」
「ミナト」
「………何です?」
自来也は辺りをはばかる様に低い声で問うた。
「…本当は、何があった?」
青年は足を止め、無表情に師匠を見上げた。
「………三代目にご報告した通りです。…最後に彼と会った時、随分と具合が悪そうだったのが気になった私は、任務から帰還してすぐに様子を見に行ったけれど、彼の臨終に間に合わなかった。………彼は、あの任務の時に負った『傷』が悪化して亡くなったんです。…私は、嘘などついていませんよ、お師様」
フー、と自来也は息をついた。青年は確かに、嘘はついていない。
ただ、言い方が比喩的なだけだと自来也にはわかっている。ついでに、洗いざらい全部しゃべっていないだけなのだという事も。
「………いつからそんなタヌキになったんじゃ、お前は………」
「お師様のお仕込みがいいものですから」
どこまでも不機嫌な弟子に、自来也は天を仰いでガリガリと頭をかいた。
「………カカシは、どうしている?」
「…目の前で、父親が亡くなったんです。…可哀想にうまく話が出来ないほどショックを受けていたので、しばらく病院で療養させています。…サクモさんの葬儀には、出席出来るでしょう。………お師様」
「………うん?」
「…私も、そろそろ独立しなければと思っておりました。これを機に新しく家を借りて、私がカカシを引き取ります。………貴方が私を育ててくださったように、今度は私があの子を育てます」
「………は?」
長い間お世話になりました、と頭を下げ、あっさりと踵を返して去っていく弟子を、我に返った自来也は慌てて追いかけた。
「何じゃ、いきなりお前はっ! 待て、コラ!」




『白い牙』の葬儀は、ひっそりとしめやかに執り行われた。
柩の横に一人立ち尽くす、能面よりも表情の無い幼い子供の姿に同情し、女達は顔を覆って泣いた。
サクモの同僚や部下達の中にも、声を殺して泣いている者もいる。
彼を声高に糾弾していた者は身の置き場がないように顔を伏せ、柩に向かって黙って頭を下げた。
これでもう、あの任務に携わり、生きて戻った者達を悪し様に言う者はいなくなる。言えば、彼らを護って殉職した英雄をも貶めることになるからだ。
里を護って死んだ英霊を疎かにすることは、許されない。
彼は、死を持って責任をとり、全てを清算していったのだ。

―――これからも里で生きていく者を、守る為に。







 

深夜。
窓辺に人の気配を感じたカカシは、ベッドからそっと抜け出した。
クナイを隠し持ち、用心深く窓を開ける。
そこには、黒髪痩躯の忍が立っていた。
「………大蛇、丸…様」
大蛇丸は、ゾッとするような笑みを浮かべた。
「こんばんは。…ねえ、カカシ君。………私と一緒に来ない…? いい月夜よ」
大蛇丸はカカシに手を差し伸べた。
お茶に誘うように、簡単に「一緒に行こう」と。
「…それとも、君までこんな鳥籠の中で飼い殺しになっている気?」
カカシももう、大蛇丸の言葉の意味がわからない程子供ではない。
「里を………抜けるおつもりですか。…大胆ですね。暗部候補のオレを誘うとは」
大蛇丸は笑って、ペロリと唇を舐めた。
「………あの人に、よく似てきたわねえ………カカシ君。………そうね、私だって、火影になるのがあの人だったのなら、この里にいても良かったのよ。……でも、あんな黄色いヒヨコちゃんの下で働くなんてねえ………」
「………ミナト先生が、四代目になるのが認められない。…そういう事ですね」
大蛇丸の顔から、スッと笑みが消えた。
「…………あの人を。………君の父親を見殺しにした里よ」
サクモが亡くなった事件の折、大蛇丸は長期の任務で里にいなかった。帰還した時は、葬儀も何もかも終わった後だったのだ。
「あの人は、本当にこの里の牙だった。…純粋な、力だった。………彼の価値を認めようとしなかった連中がいる里なのよ。…それでも?」
カカシは顔を上げ、微笑んだ。
「………それでも、父が命をかけて…守り通したところ、です」
フン、と大蛇丸は鼻を鳴らした。
「…バカね。本当に、よく似た親子だこと。………そんなバカなところまでソックリだわ」
大蛇丸はカカシの白銀の髪に一瞬だけ触れた。
「………髪、伸ばしたら? カカシ君。…きっと、あの人に瓜二つになるわよ。彼の亡霊みたいにね。………彼を死に追いやった連中は、腰を抜かすんじゃないかしら?」
きっと愉快よ、と笑いながら、大蛇丸は闇の中に消えた。
カカシはその後姿を見送り、ため息をつく。
自分が止めたところで、大蛇丸は考えを改めたりはしないだろう。力づくで止めるのも無理だ。
その時、フッと、魔法のように室内に人の気配が出現した。
カカシは驚きもせずに振り返る。
「………先生」
ミナトは、眉根を寄せて苦笑した。
「………………どうやら、一足違いだったようだね」
カカシは黙って肩を竦めた。
「大蛇丸は、何をしに来たの?」
もう、ミナトが三忍の一人である大蛇丸に敬称をつけていない事に、カカシは気づいた。既に大蛇丸は、抜け忍扱いにされているのだろう。
「………誘われました。一緒に行こうって」
ミナトは眼を見開く。
「…君を?」
「ええ。………父親を見殺しにした里に、これからも飼い殺されている気か、と」
途端に、青年は苦いものを飲み込んだような顔になった。
「………そんな顔、しないでください。今のは大蛇丸様……大蛇丸が、言ったことです。オレは、そんな風に思っていませんから。…別に、鳥籠の中で飼い殺されているつもりもない。………大蛇丸と違って、オレは貴方が四代目火影となる事に異存は無いですから。貴方の下で、貴方の手足となるのは、オレの意思です」
ここが鳥籠だというのなら、その鳥籠に侵入して鳥達を喰らおうとする蛇を殺すのが、自分の仕事だ。
カカシは、まっすぐに次代の火影の眼を見た。
フ、とミナトは息を吐く。
「………大蛇丸は……サクモさんを気に入っていたからね。……知っていたよ。みすみす彼を死なせてしまったこの里を……彼のような忍を死なせてしまう木ノ葉の里を、大蛇丸は許してはいなかったと。…忍に非情であることを要求するのなら、徹底すればよいものを。口先で綺麗ごとを並べ、中途半端に甘い事を言うのが気にくわないと、はっきり言っていた」
「それで自らが火影になって、思うように変えたかったとでも………?」
ミナトは静かにカカシを見た。
「………そうかも、しれない」
カカシは首を振った。
「では、やはりダメです。………それは、父の望みではありません」
サクモは、ただ真っ直ぐにこの里を愛し、この里に住まう人々を、仲間を護ろうとした。
自ら死を選んだのは、それによって救われるものがあるのだと、信じてのこと。
だから、彼は息子に『僕以外は、誰も恨むな』と言ったのだ。
「………そうだね、カカシ。………私も、そう思う。………さて、お師様が一人で大蛇丸を追ったみたいだから、私も行くかな」
「先生、オレも行きます」
ミナトは、ツンとカカシの額を指で突いた。
「いいよ。…どうせ、今夜中に捕まりはしないから。……カカシはもう寝なさい。ああ、それから、大蛇丸が君のところに来たってのは、皆には内緒ね。言わない方がいい」
カカシは頷いた。
「わかりました。………先生」
窓から出て行こうとしたミナトは、そのままの姿勢で振り返る。
「…何だい?」
「…先生は…この里を護る為に、火影になるのですよね」
ミナトは大真面目に頷いた。
「そう。………亡くなった、君の父上にもそう誓ったから。………あの人が命をかけて護り抜いたものを、私も護ると」
四代目となる青年の答えに、カカシは綺麗な笑みを浮かべる。

その微笑みは、白い牙と謳われた父親にそっくりで――ミナトの胸に、微かな痛みをもたらした。
 

 

 



………と、いうわけでサクモさん死にネタ(?)終了。

サクモさんにしろ、ミナトさんにしろ、バケモノじみた力を持った物凄く戦力になる忍をあっさりと失っていますよねー、木ノ葉。
もったいないオバケが出そう。
(だってこの二人、三忍より強いんですよね…?)

ラスト蛇足部分のカカシは四代目の暗部になる寸前。お父さんの死から6年ほど後です。
ミナトさんも正式に四代目を襲名する寸前。
カカシくんは、父と仲間の死を乗り越え、きちんと『自分の意思』を持った男の子になったのだと思いたいです。

(2009/05/11)



 

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