BIRD −6
「わー、君が来てくれるなんて思わなかったよ、大蛇丸」 読んでいた本を閉じてベッドの脇に置いたサクモは、珍しい見舞い客に嬉しそうな顔を見せた。 「………こっちだって、まさかアンタが入院しているなんて思わなかったわよ」 大蛇丸は、布で覆われた籠を「お見舞い」と言って差し出した。 「ありがとう。…別に、怪我もしていないし病気でもないんだけどね。ほら、この間の君の件。あの時の副長に、あの後すぐにここに連れてこられちゃって。忍医さんに過労だって診断されちゃったんだよ。で、強制入院。…しばらく大人しくしてなきゃダメだって」 いくらサクモが隊長で格上の上忍といっても、あの副長の男から見れば子供にしか思えないだろう、という事くらいは大蛇丸にも察しがつく。 大蛇丸は肩を竦め、薄っすらと笑った。 「ああ、あの大男。…案外、世話好きなタイプなのねえ。………まあ、あんな酷い顔色してたら、放っておけないって思われても仕方ないわよ」 サクモはぺち、と自分の頬に手を当てた。 「………そ、そんな酷い顔してた………?」 「…そうね。夜目にもわかるくらい。………だからあの時、二代目も猿飛先生もアンタに言ってたじゃない。よく休めって」 サクモは恥ずかしそうに俯いた。 「うわ………体調管理も出来ない未熟者だって思われたね、きっと。…実際そうなんだから、反論も出来ないなぁ………」 「仕方ないじゃない。アンタ、歳の割にカラダ育ってないもの」 遠慮も容赦も無い言葉でサクモをグッサリ突き刺した大蛇丸は、持ってきた籠を覆っていた布をめくった。 「…食べる?」 「………………たまご?」 籠の中には、白い卵が七〜八個入っていた。 「滋養があって身体にいいでしょ? …生でもいいかしらと思ったんだけど、生卵って飲めない人がいるらしいから。…茹でたの」 サクモは卵を指先で撫でた。まだ、温かい。 「もしかして、君が茹でたの?」 「そうよ」 「そっかー、ありがとう! うん、まだ食事の時間までだいぶあるから、大丈夫だと思う。食べるよ」 サクモはあらためて礼を言うと新聞紙を広げ、その上でゆで卵を剥き始める。 その様子をしばらく見ていた大蛇丸は、ため息をついてサクモから卵を取り上げた。 「…貸しなさいよ。……ホント、見かけによらない人よね。不器用で見てらんないわ。剥いてあげる」 サクモは耳まで赤くなった。 「…………………あの…ゴメン。………ゆ、ゆで卵って………食べたことなくて……殻剥くの初めてで………」 大蛇丸の手が止まった。 「………食べたことない?」 「…うん。………おじい様が嫌いらしくて、食卓に出てきたこと無いんだ」 大蛇丸は、「ふうん、そうなの」と小さく呟いた。 「…ねえ、良かったら大蛇丸も一緒に食べようよ」 大蛇丸は黙って二個目の殻を剥き始めた。サクモが見守る中、あっという間に全部剥いてしまう。皿の上にはつるんとした白いゆで卵が行儀良く並んだ。 「すっごいねー、器用だね、大蛇丸」 「…別に。これくらいの事で器用と言われてもね。………ほら、食べたら?」 うん、とサクモは素直に卵を口に運んだ。 大蛇丸も、手にしていたゆで卵をかじる。 「…美味しいね。なんか、不思議な噛み心地だけど。………何でおじい様は嫌いなのかな」 「卵の白身と黄身が分かれていると嫌がる人っているわね。ゆで卵だけじゃなくて、目玉焼きも嫌いだって人もいるわよ」 サクモは半分までかじった卵を見つめる。 「………生々しいからかなあ………」 「…え?」 「………ほら、さっき滋養があるって君も言ったじゃない。それって、この卵ひとつで鶏一羽分の命だからだよね。まだ生まれる前の命を丸々奪って、食べちゃうわけだから。無精卵とか有精卵とか関係なく、何だか生々しい感じがしない? 黄身と白身が分かれたままだと」 大蛇丸は卵の残りを見、無造作に口に放り込んだ。 「黄身と白身を混ぜたって、同じ事じゃない。馬鹿馬鹿しい。…単に、好みの問題じゃないの? 味も食感もだいぶ変わるから」 サクモはクスクス笑った。 「そーかもね。…僕、考え過ぎかな。………あ、そういや大蛇丸。…君の方はどうなったの? あの悪戯、怒られなかった?」 大物相手の口寄せ契約挑戦を、『悪戯』の一言で片付けられた大蛇丸は苦笑した。 「そりゃあ怒られたわよ。…猿飛先生なんか、もうカンカン。物凄い雷落とされたわ。二代目にも長々お説教されたし。……今、罰で色々やらされているところ。アンタにも謝りに行けって言われたし。………私の件さえなければ、休み無しでアンタが任務に出る事もなかっただろうから、ですって」 サクモは首を傾げた。 「…それはどうかな。あの晩は、他にも結構任務はあったんだ。…君の件がなくても、何かやらされていたかも。………ねえ、大蛇丸ってば先生に言われたからここに来たわけ?」 大蛇丸は少し押し黙った後、口を開いた。 「………それだけじゃないわよ。見舞いに来たのは、私の意志。謝りに行けといわれたのは、好都合だったわ。堂々とアンタを捜せた」 「じゃあ………僕にまた会いたいと思ってくれたの?」 「そうね。…………うん、もっと話したいかな…とは思ったわ。…私なんかと友達になろうって言う酔狂な人、珍しいもの」 サクモは眉を少し顰めた。 「…なんかって、何。………どうして? あの時も、後悔するとか言ったね。どういう事?」 大蛇丸は卵を手に取り、その柔らかさを確かめるように指の間で玩んだ。 「………私と友達になりたがる人なんか、いないからよ。…私のチャクラって、気味が悪いんですって。………まったく気にしない人はいないわ。人によってはバケモノ扱いよ。………アンタだって、少しは思ったでしょうに」 うん、とサクモは頷いた。 「…気味が悪いと言うより、底知れないチャクラだと思った。それに、とても強いんだろうってことも推し量れたよ。………そういう意味じゃ、ちょっと怖いかな」 ふ、と大蛇丸は息を吐いた。 「…ものは言いようね。…まあ、アンタに強いと言われて悪い気はしないけど。………それに、私から見たら、アンタの方がよほどバケモノだし」 サクモは一瞬、眼を見開いた。 「………え?………」 「…あら。気を悪くした?」 サクモは首を振る。 「ううん、そうじゃないけど………」 「………別に、悪い意味で言ったわけじゃないわよ。………底が知れないのも、アンタの方よ。………綺麗で無害そうな顔して、とんでもない牙を持ってる。…花を手折るのも躊躇いそうなその手で、敵の心臓を抉ることも出来る。…きっと、私よりも容赦なく。…ねえ、そうじゃない?」 サクモは苦笑を浮かべた。 「………凄いね。…僕は、君にそこまで褒めてもらえるような忍かな」 「…見くびらないでよ。…対峙した忍の力くらい、量れるわ。………アンタが、ヤバイ相手だってことくらい、すぐわかったもの」 大蛇丸は軽い口調で訊いた。 「………………ねえ、あの時。…私が抵抗したら、どうする気だった? アンタのあれ、チャクラ刀ね。凄く綺麗だったわ。…あれで私を斬った?」 サクモは首をひと振りした。 「そうだね。…同じ里の仲間を傷つけるのは嫌だから、なるべくなら、そうしたくはなかったけど。………でも、君がソマさん達を殺そうとしたら、闘うしかないと思っていた。…僕には、彼らを出来る限り護る義務がある」 「それは、あの時のアンタが隊長だったから?」 「そう。…場合が場合なら、僕は、彼らに死ねと言うのと同じ命令をしなければならない立場だから。…そんな究極の場面以外では、全員の命を護り、里に帰還させるのが僕の役目だと思っている」 大蛇丸は、口元に微笑みを浮かべた。 「ふふ…なるほどね。………ねえ、アンタ、私と友達になろうって言ったわよね」 「うん。…君さえ良ければ」 「…条件があるわ」 サクモは首を傾げる。 「条件?」 「………私を殺すべきだとアンタが判断した時。…アンタ自身の手で私を殺せるって言うなら。………アンタがそういう存在でいてくれるなら。………友達になる」 サクモは真面目な顔でまじまじと大蛇丸を見つめた。 やがて一言、「いいよ」と応える。 「………絶対よ?」 「うん、約束する。………もう他に方法が無いって、そう判断せざるを得ない状況になったら。………僕が、君を殺してあげればいいんだね?」 「そうよ。………あの、綺麗な刀がいいわ。あれで殺して」 サクモは微笑んだ。 「…わかった。………でも、なるべくなら、そういう事態にはなって欲しくないなあ」 大蛇丸も、満足げに微笑む。 「もうダメよ。約束したからね。………ねえ、アンタは何かないの? 私が条件を出したんだから、アンタからも何か言っていいわよ」 サクモはちょこんと首を傾げた。 「別に、友達になるのに条件なんかないけど。………大蛇丸ってば、まだ一度も僕を名前で呼んでないじゃない。友達なんだから、『アンタ』じゃなくて、名前で呼んで欲しいな」 大蛇丸は、腕を組んでサクモを見下ろした。 「………わかったわ。…じゃ、サクちゃん」 サクモは、未知の食べ物を口に入れたような顔をした。未だかつて、サクモをそんな風に呼んだ者はいない。 「…………………………サク…ちゃん………?」 フフン、と大蛇丸は笑った。 「サクモって言いにくいんだもの。…いいでしょ? サクちゃんでも。………それとも、はたけ上忍って呼びましょうか」 サクモはぷるぷると首を振った。 「ん………も、いいよ。君の好きなように呼んで」 その時、コンコン、と病室のドアがノックされた。 「どうぞ」 サクモが応えると、見知った顔がひょいと覗き込む。 「失礼しまっす! 隊長」 「ヤマネさん? ………あれ、皆さんも………」 ヤマネに続いて、中忍達がどやどやと病室に入ってくる。副長のソマを除いた、先日の任務のメンバーが全員いた。 大蛇丸はスッと表情を消すと、さっさと踵を返した。 「じゃ、私はこれで。………まだ、やる事がいっぱいあるから」 「あー、忙しいのにわざわざありがとうね、大蛇丸。…またね」 大蛇丸は振り返り、一言ぽつんと呟いた。 「…約束、忘れないでね」 そして、サクモの返事も待たずに、中忍達の間をするりと潜り抜けて消えてしまった。 それをどこか呆然と見送ってしまった中忍達は、ハッと我に返って慌ててサクモに駆け寄った。 「………………隊長っ! 今の………っ」 「大丈夫ですかっ」 「なっ…何もされませんでしたかっ?」 「…って言うか、あのガキ、何でこんな所をフラフラしているんですっ! 処分はっ」 その勢いに戸惑ったサクモは、思わずベッドの上で後退りをする。 「あ…あの…彼は、僕のお見舞いに来てくれただけです。………あの件については、二代目様と、彼の教官が処分をお決めになりました。…結果、戒告及び相応の懲罰が課せられたようです。……で…あの………皆さんは………」 中忍達は、ホッと一様に息を吐いた。 「そ、そうですか。………いや、ならいいんです。…俺らも見舞いに来たんですよ。大丈夫ですか? 隊長」 サクモは赤くなって頷いた。 「だ、大丈夫です。…ありがとうございます。………もう、だいぶ体力も戻りましたし、そろそろ任務に戻れるかと。………ご心配、お掛けしました」 「そうでしたか? 隊長の診察をした忍医、私の先輩なんですけど。そんな事は言ってなかったなあ。…一週間は安静。―――じゃ、なかったですか? はい、これは我々からのほんの気持ちです」 ナユタはわざとらしく首を傾げ、ベッドの上にポンと果物籠を置いた 「ありがとう…ございます。なんか、すみません………。あの、ナユタさん?」 「は、何でしょう」 サクモは、医療忍をじっと見つめて、吐息をついた。 「………いえ、何でもありません」 サジキがナユタを肘で突く。 「…バレバレじゃねーか」 「何が? 俺は単に、もしも寝不足と疲労でメチャ体力落ちてる若い上忍が医療棟に来たら、よろしくお願いしますね、と先輩に言っただけだぞ。一週間はベッドに縛り付けておいた方がいいなんて、余計な口出しはしていないからな」 いや、きっと似たような事は言ったに違いない、と一同確信する。ソマが、任務完了報告後に必ずサクモを医療棟へ連れて行くことを見越して、手を回しておいたのだろう。 サクモが大丈夫だと言い張っても、絶対に入院させるように。 こうでもしなければ、この若過ぎる隊長は体をきちんと休めることなく、また任務に向かってしまうだろうから。 「…でも、隊長。…あの時、貴方の意思を無視して任務中に意識を奪ったことにつきましては、きちんと謝罪すべきだと思っておりました。…申し訳ございませんでした」 ナユタに頭を下げられ、サクモは困惑の表情を浮かべた。 「………いいえ。…むしろ、貴方にあんな事をさせてしまって、すまなく思います。…僕が、体調を管理出来なかった所為ですから。………謝らないでください」 それから、とサクモは苦笑して続けた。 「僕はもう、隊長ではありませんよ?」 「いやあ、ソレがそーじゃないんですよ、隊長」 その声に、皆が戸口を振り返る。 「副長!」 「ソマさん」 ソマはニッと笑った。 「イセキ上忍の入院が、思ったより長引きそうなんです。胆石だけなら、まあ数日で退院できたでしょうが。検査の時に、あっちこっちヤバイとこが見つかったらしくて。この際だから腰据えて治療しようってコトになったそうです。…で、はたけ上忍には先日のように臨時の代行ではなく、正式に隊長として赴任してもらう、という話になったようですね。辞令は、追って出るでしょう」 サクモは心配そうに眉根を寄せた。 「…イセキさん、大丈夫なんでしょうか………」 「今んとこ、命にかかわるようなモンは見つかってないようですから、大丈夫でしょう。…ま、あのオッサンは酒の飲み過ぎなんですよ。煙草もやめないし。長年の不摂生が祟ったんです。それに、もーちっと体重も落とした方がいいですしねえ。………ああ、隊長は逆です。しっかり食ってもう少し肉をつけましょうね。成長期なんですから」 サクモは素直にこくんと頷いた。 「は、はい」 ソマは満足げに目を細める。 「結構。…今度の隊長殿は、部下の助言にちゃんと耳を貸してくださるようだ。………おい、皆」 ソマが合図をすると、男達はサッと並んで背筋を伸ばす。 「改めまして、サクモ隊長! よろしくお願い致します!」 ソマに倣い、男達は異口同音によろしくお願いします、と頭を下げる。 サクモはするりとベッドから降り、皆の前に立った。 「…こちらこそ。よろしくお願いします」 新・旧両方の隊長を見舞った中忍達は、医療棟を後にした。 「ま、イセキ隊長も深刻な状況ではないし、新隊長も決まったし、まずはメデタシじゃないっすか? ねえ副長」 「…そうだな。新隊長殿の顔色もだいぶマシになってて、何よりだ。…ナユタ、しっかり根回ししといたか?」 「もちろんですよ。きちっと養生出来るよう、部屋の位置から入院日数、食事に至るまで先輩に頼み込みました。ついでに、部屋に出入りする看護士の人選にも気を配るように云ってあります」 ソマはポン、とナユタの肩を叩いた。 「よし、上等だ。こっちで護ってやれるとこは護ってやんなきゃな。………皆も聞いてくれ。俺達の隊長は、海千山千のタヌキ親父から、これから経験を積んでいく若い雛鳥に交代した。…これがどういう事か、わかるな? 俺達は彼の部下だが、単に大人しく従っていればいいってもんじゃない。………あの子を育てるも潰すも、俺達次第だ。…そして、それは俺達自身の命運も分ける。そこんとこ、肝に銘じておいてくれ」 男達は表情を引き締め、「はい」と頷いた。 カナタがフッと笑みを零す。 「一気に隊の平均年齢が下がりましたね。…ま、あの隊長なら仕え甲斐もありますよ。………不遜な言い方になりますが、どうやらアタリみたいですし。…色んな意味で」 歳は確かに若いが、阿修羅と呼ばれるほど腕が立ち、性格も好さげでおまけに美形だ。 確かに『アタリ』だよなあ、と皆胸の内で呟いた。 まだ、一晩一緒に山登りをしただけで、サクモの実力を拝む機会は無かったが、大蛇丸という少年と対峙した刹那に垣間見た、彼の力のほんの一端。 あれだけで十分だった。 『隊長』と呼ぶに値する少年だと、皆が確信したのである。 (………ありゃあきっと、火影クラスの忍になるぞ。…いや、火影になれる器だ。………楽しみじゃないか) 皆で護って、大事に育てていこう。それがきっと、自分達の役目だ。 「よーし、訓練行くぞ! 新隊長殿をガッカリさせないように、先ずは俺達が精進だ!」 副長の号令に、オウッと気合の入った声が上がる。 男達は、駆け足で演習場に向かって行った。 彼らの姿を、物陰から見ていた細い人影がある。 その口元に微かな笑みを刻むと、人影はスゥッと音も無く消えた。
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………終わってみれば、ツナデや自来也よりも、大蛇丸が一番サクモと仲よしさんな感じになってしまいました。 ・・・
えー、ということで、サクモさんマンセー大モテアイドル状態の方向で突き進みたいと思います。そういう趣旨の部屋です、ここは。…スミマセン^^;
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