どーやらサクモさん…いや、父さんは向こうで、日本語教師兼、現代日本情報源となる日本人の知り合いを確保しているようだ。
先月のバレンタインの時に、オレは彼にチョコレートを贈ってしまったんだが。
気まぐれに近いオレのそのプレゼントに、彼は丁寧なお礼のメールをくれた。何だかすっごく喜んでくれたみたいで、オレはもっと高級なモンにすればとか、チョコだけじゃなくて何か別の物も添えれば良かった、と後悔したくらいだ。
だってな。
オレからのプレゼントの意味を知った彼が、一ヵ月後に何をするかなんて、ちょっと考えればわかりそうなもんなのに。
彼は、本日ホワイトデーにきっちりとお返しを送ってきたのだ。
ああ、あんなチョコレート一箱に、お返しがコレですか…お父さん。
『好みに合うかどうかはわからなかったけど、数の内ということで、気分転換にでも使ってくれれば嬉しいです』―――って!!
眩暈がした。
ゼニスのデファイ・エクストリーム・トゥールビヨン。
スイスの高級腕時計だよ。
オレの普段使っている腕時計とは、お値段のケタが違う。
包みを開け、中味を見て固まっているオレの後ろから、イルカがひょいと覗きこんだ。
「…すげ。…お父さんからか?」
「……………ウン」
イルカは笑った。
「何だよ、もっと素直に喜べよ。お前が好きそうなデザインじゃないか。…サクモさん、きっと何を贈ればお前が喜ぶのか、悩みながら選んだはずだぞ?」
そりゃあ、好みかどうかと言われれば、好きだよ、チクショウ。ああ、でもどうしよう。
「………いや、嬉しいは嬉しいんだけど………正直、困ってるというか………戸惑っているんだ………だって、オレは単にチョコを一箱、送っただけだぞ?」
ふむ、とイルカは顎に手を当てた。
「海老で鯛を釣るってヤツだな。…っと、睨むなよ。お前にそんな気が無かったのは知ってるって。………思うに、彼は口実が欲しいだけなんだと思うぞ?」
「口実?」
「お前にプレゼントする口実だよ。………彼は、後悔しているんだと思う。………恋人と別れてから二十年近く経って、大きくなった息子を目の前にしたら………俺なら、悔やむ。…恋人が…お前のお母さんが、妊娠していたのに気づかなかったこととか。恋人が突然自分の前から消えた時、もっと一生懸命に捜せば良かったとか。………お前に済まないって、きっととても申し訳なく思っているんだよ。…でも、今更だろう? 時間は戻せない。…なら、何をしたら息子に喜んでもらえるか。………遠く離れて暮らす息子に、何か贈ることくらいしか、思いつかないよ。たぶん。………だから、何か贈る口実があれば、贈る。………それだけじゃないかな」
「………そう………かもしれないけど………」
しかし、なにもこんな百万以上するような時計を買ってくれなくてもいいんですけど………お気持ちだけで十分です! …って、心の底から思ってしまう。
だってまだ大学生だもん、オレ。
分不相応だよ、こんな高い時計。
超ミニスカの女子高生がエルメスやヴィトンのバッグをぶらさげているのと同じくらい、分不相応じゃね?
「お前の気持ちもわからんでもないけどな。…ま、今回は喜んでもらっとけよ。…で、後でお父さんに電話して、御礼言えばいい。直にお前の声で御礼を言われるってのが、きっと何よりも嬉しいと思うよ。サクモさん」
「んー………うん、そうだな」
値段が高いから引いちゃっただけで、単にグッズとして見れば、カッコよくて好みの時計だ。嬉しいっちゃスゴク嬉しいよ、うん。
その時。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
「はい」
『カカシ君? 僕』
「先生。…今、開けます」
ドアを開けると、最上階の住人、金髪美形の教授がにこやかに立っていた。
「ハイ、カカシ君。ホワイトデーのお返しね」
「あ、そんなすみません。ありがとうございます………って、ナンですかソレ!」
何か、でかいもんが教授の横にあった。一人で運んできたんですか? ソレ。
「ん! インテリアにもなるし、一石二鳥だと思って。可愛いんだ。見てよ」
無理矢理っぽくも何とかラッピング(?)されたそのデカイものの正体は―――
「………ちゅっぱちゃぷす………?」
―――の、自動販売機。よく、ゲーセンとか、ファンシーショップの店先に置いてあるヤツ。
もちろん中味入り。
「ホワイトデーって、キャンディとか返すんでしょ? フツーじゃ面白くないから、ちょっと奇をてらってみました!」
ああ、教授ったら嬉しそう………よくよく、サプライズの好きな人だ。人のビックリした顔を見るのが好きなんだな、たぶん。
どーやって手に入れたのかとか、もうそういうコトは問うまい。この人のことだ。コネなんざ山のように持ってんだろ、きっと。
「じゅーぶん驚きました………っ! すげえ、しか言えません」
ウンウン、と教授は満足げ。
「可愛いよね、これ。僕も時々やりにくるねー。じゃ、今日は用があるからこれで。カカシ君も、この土日は仕事ないからゆっくり休んでね。じゃっ!」
バタン。(ドアの閉じた音)
………つむじ風みたいな人だな。
しかし、どーすんのコレ………
父さんといい、教授といい。
方向性は違うが、どーして二人してこちらの度肝を抜くようなコトをしてくださるのかしら………(脱力)
玄関先に鎮座しているチュッパチャプス自動販売機。すげえ存在感だ。
「………何処置く?」
「………玄関くらいしか、ないだろ。………スリッパ立てをどかせば、置けそうだな」
もはやイルカも、諦めの境地に達しているようだ。
オレ達は無言で玄関を整理し(ついでに掃除もして)、棒つきキャンディの自動販売機を設置したのだった。
………そこだけ、ゲーセンみたいになった。
部屋に戻ったイルカは、ポリポリと頭をかいている。どした?
「………何だかなぁ………お前のお父さんと、あの教授のお返しのインパクトの後じゃ、出しにくいな」
「…? 何?」
「いや、俺だってさ。………用意してたんだよな。………ホワイトデー」
そう言いながら、イルカはベッドの下から何やら包みを取り出した。
「でもま、せっかく用意したから、やる」
ほいっと無雑作に放り投げられた包みを、オレは慌ててキャッチした。
「うわあ、サンキュー! 開けていい?」
「うん」
イソイソと包みを開けると、春らしい生成りのサマーセーターが出てきた。
「お、いい感じのセーター! …でもオレ、確かチョコとせんべいしかあげてないよーな………いいのかな、こんなんもらっちゃって」
イルカは苦笑した。
「別に、そんな高級品じゃないから、遠慮すんな。それこそ数のうち、だ」
「えーでも嬉しい。ありがとうな、イルカ!」
にこにこしながら、さっそく着ていたものを脱いで新しいサマーセーターをかぶる。
ああ、そういや、男が服を贈るのは、ソレを脱がせる為とか何とか聞いたよーな。
………朴念仁のイルカさんが、そこまで考えているかはともかくとして。
今夜はコレを脱がしてもらおうかなっと。
こうして、オレのホワイトデーは、海老で鯛を釣りまくり状態で幕を閉じたのだった。
ああ、父さんに電話しなきゃ。
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