黄昏の異邦人-15
*ご注意:『間』および『分岐点』設定のお話です。
ああ、ウチのリビングだ―――懐かしい。 ほんの数日間いなかっただけなんだけど、戻れる保証のない異世界ツアーから無事帰還して寛ぐ自分の家というのは格別だね。 オレは感動に浸りながら、久々にイルカがいれてくれた珈琲を飲んだ。 イルカの話によれば、今回の奇怪な『はたけカカシ入れ替わり事件』は、あるはずのない様な色々な偶然が重なって起きたのではないかと(あくまでも仮説)いう事だった。 ―――って言うか、大元の原因がお兄さん(とその師匠)だったかもしれないってのは向こうでも出ていた説だったし。何だかも〜今更なんですが。 そして、お兄さんとオレがまた偶然同じコトを同時にやるってのが、『揺り返し』のきっかけになるはずだという予想を立てていて、それが大ビンゴでイルカは思わず笑ってしまったらしい。 悪かったな、どうせ同じコトやるんならオレだって裸で風呂掃除じゃなくて、もっとドラマチックな方が良かったよ。 お兄さんとオレの、思考と行動のシンクロだろ? 例えば―――……… そこまで考えて、オレは固まった。 ………待て。オレは、あの時何をしようとしていた? 固まっているオレをよそに、イルカの話は続いていた。 「………というわけで、カカシさんはお前と同じ様に風呂を掃除してくれてたんだけど、うっかりシャワーかぶっちゃってね。やっぱり濡れて………上を脱いで………」 そこでイルカはふわっと目許を赤らめた。 ナニ、それ。―――何で赤くなんのよ、お前。 「………ちょっと残念。……描きたかったな…カカシさん。ほら、あの人忍者だろう? 俺達なんかとは筋肉のつき方が違っててさ……それが凄く綺麗だったんだよ………」 ………恋人目の前にして、他の男(しかもオレと顔ソックリの)褒めるな。 お兄さんが凄いのは事実だけど、ムカつくぞコラ。 ああ、ちっくしょ、大体わかっちゃった。だってオレ、あの人だもん。 ………イルカはきっと、『描きたい病』の発作起こして、このウットリした色っぽい眼でお兄さんを見たに違いない。 んで、お兄さんはお兄さんで、自分の恋人そっくりな男にそんな眼で見られて、思わずグラッときちゃったんだ。きっとそうだ。 …いや、オレはお兄さんを責められないよな。 オレだってあの時、イルカさんにキスしたくなっていたじゃないか。 寂しくて、不安で、イルカさんに縋りつきたくなる気持ちをずっと抑えていて―――それは、いくらお兄さんだって、同じだったはず………だよな。 でも、やっぱ面白くねー。 「………浮気モン」 「はあ?」 「イルカの浮気者。………どーせオレは、ヒョロヒョロのもやしっ子だよーだ」 イルカはキョトンとした眼でオレを見て、それから……大爆笑しやがった。 「………ばーか。俺は単に、いいモデルだなーって思っただけだぞ?」 知ってるよ、わかってるよ。…でも、イルカが描きたいものって、綺麗だとか好きだとか思ったモノじゃないか。 「…………………イルカ、お兄さんと何もなかった?」 はあ? とイルカの声がまた裏返った。 「何でそーなる」 「………だって………お兄さんの方が魅力…あんだろ?」 「魅力…ねえ。そりゃ、無いとは言わんが、お前と比較なんか出来るわけないだろ。………彼は、別の世界の人だ。何かあるとか、無いとか以前の問題だよ。…やっぱり何処か違い過ぎて……お前と似ているから余計にその違いが際立つんだろうな………だから、こういう触れ方は出来ない」 イルカはひょいとオレの首筋をおさえて引き寄せ、軽くキスする。 ………う、久々のキス。 イルカは眼を細めた。ヤメロ、その顔! ………何か、えっちくさくてドキドキするんだよ、バカ。 「…可愛いなあ、お前………」 うわああああ、耳元で囁くなーっ! んでもって、シャツめくって手ぇ突っ込むなーっ! 無言でジタバタしているオレを、イルカはあっさりと押さえ込む。 「こんな事、あの人に出来ると思うのか? …ってか、俺だってお前以外の野郎じゃ勃たねーし」 この直球ストレートがスパーンと腹に決まって、ぐげほ、とオレは咳き込んでしまった。 どーしてコイツ、時々あからさまな物言いすんだか。 「それともお前は、あっちの俺を誘ったりしたわけ?」 ―――な…っ! 「何てこと言うんだよ! そんなこと……っ…」 ちょっとキスしたいなーって思ったけど、誘うつもりじゃなかった! ………でもキスしたら、誘った事になっちゃったのかな……… 「………イルカの、バカ………!」 ふ、とイルカは笑った。 「ほ〜らな。…お前だって、そう言うじゃないか」 あ。 「………………ゴメン」 「……いいよ」 ちゅ、と子供にするような優しいキス。 「お前の身体、好きだよ。…顔も。………俺が一番たくさん描いたのは…描きたいと思うのは、お前なんだけど。…それじゃ、不満か?」 オレは黙って首を振った。 ちゅ、ちゅ、とイルカはオレの顔中に唇を落とす。 「…お前、いきなり別世界に飛ばされて―――不安だったんだろ………?」 うん、と正直に肯定する。 「俺も、すっごく心配だったんだぞ………?」 うん、とオレは頷いてイルカにしがみついた。 やっとのことで、恋人のキス。深くて、熱い。 押し倒されながら、ここソファの上なんだけど〜、とかチラッと頭の隅を掠めたけど、なんかもーイルカの手とか重みとか気持ちよくて、そんな事はどうでも良くなった。 耳元で「お帰り」って呟くように囁かれた一言が、じんわり胸に染み渡って、涙になって零れ落ちる。 ああ、ああ、オレ、帰ってこられた。 オレの、オレだけのイルカの所に。 後日。 木ノ葉のお兄さんだって、オレと似たような展開でご帰還したはずだと気づき。 やっぱりあっちのご両人も、似たような盛り上がりでナニになだれ込んだ可能性もあったのだと思い至って、ちょっと冷や汗をかいた。 だってさー、オレとお兄さんの世界ってどうも混線しやすくなっちゃったみたいだし。 また似たようなシチュで、似たようなコト同時に考えちゃったら、またまた入れ替わり、なんて事になりかねないじゃないか。 ―――それが、コトの最中だったりしたら笑えねえ。 もう泣く。きっと死にたくなる。 まあでも、あの時のイルカさん何かお仕事の最中だったみたいだし、お兄さんがソノ気になっても「仕事が終わってからです」とお預けになる可能性が高いよーな気がする。 ………そういうトコ、あるんだよなあ…あっちのイルカさんって。優しいんだけど、仕事第一みたいな。 お兄さんの無事を喜んで、キスしてってとこまではしてくれそうだけど、ソノ先は読めないんだよね。 でも、きっとお兄さんは、そういうイルカさんがいいんだろうな。オレが、オレのイルカに惚れているみたいに。 向こうのイルカさんも優しくて頼りになるし、いい男だったけど、やっぱりオレはこっちのイルカがいいんだ。 もう、離れたくない。 もしもまた、異世界に飛ばされるようなことがあるとしても(無い方がいいけど)、今度はイルカと一緒がいい。 イルカと一緒にいられるなら、耐えられる。 妖怪がいるような世界でも、もっともっとおかしな世界でも。 『揺り返しの法則』が本当なら、万が一また異世界ツアーご招待があっても、いつかは戻ってこれるって事だけど。でも、そのいつかが来るまで耐えるには、独りっていうのは辛過ぎるから。 今回だって、二人一緒だったらもっと木ノ葉の世界を楽しめたのかもしれない。せっかくの異世界を見るチャンスだったのに、オレは今回おろおろドキドキしてばかりで、ちっとも楽しめなかったんだ。 ちょっともったいなかったな。 オレは、ジーンズのポケットの上から財布を確かめた。これは、いつも持っていなきゃ。 オレの財布の中には、この世界では何処の国に行っても使えない紙幣が入っている。オレがあの日稼いだ(というか、ご褒美にジイ様からもらった)木ノ葉のお金だ。 これが、オレが異世界に行っていた唯一の証拠。 オレはこれを、お守り代わりにいつも財布に入れている。備えあればナンとやら―――だよな。 念の為、木ノ葉のお金は半分イルカにも持たせてある。 イルカはオレの説明にあきれながら、それでもちゃんと財布にしまっていた。 いや、そりゃあね、もう異世界なんかに飛ばされないならそれに越したことはないよ? ないんだけど。 …心残りがいっこ、あるんだよね、オレ。 笑うなよ? ―――オレ、結局向こうの一楽のラーメン、食い損なったじゃないか。あれ、食いたい。 イルカも、それは俺も食ってみたいって言ってたもんな。 だから、今度は飛ばされる時は一緒に行かなきゃ。 イルカだけ異世界旅行してねえってのも不公平な話だろう? 神様。 だから、今度はね。 一緒に一楽のラーメンを食べ比べに行こう。 |
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END