続・幸せの法則−3

 

やはり遠慮があるのか、カカシの肌に触れるイルカの指はとてもぎこちなかった。キスの
後、まだ躊躇いがちに触れる場所は服を着ていてもさらされている様なところばかりで。
カカシは少し焦れて、イルカの肩口に歯を立てる。
「…て…ッ…」
「イルカせんせー…やる気あるんですか? オレはやる気満々なんですがね。……してく
れないんだったらオレがしますよ。いいんですか?」
イルカは慌てた。
「カ、カカシさんッ…するって…その」
カカシは眼を細める。
「……アナタの服を引っぺがして、あっちこっち触りまくって強引に勃たせて乗っかって
あげます」
それくらいオレはアナタが欲しいんですけどね、とカカシは妖艶な笑みを見せる。
ううっとイルカは呻き声を上げた。
「……イルカせんせ?」
更にカカシに促され、イルカは何とも言えない表情になる。
まるで泣き出す一歩手前のような―――やはり男を抱くのは無理だったか、と一瞬落胆し
たカカシの視界はいきなりひっくり返った。
「あ?」
見慣れた自室の天井に、寝台に押し倒されたのだとカカシはぼんやりと認識した。と、視
界に泣きそうな表情のままのイルカを捉えてカカシは困惑する。
「イルカ先生……」
「…すみません…やる気が無いわけじゃないんです……貴方が欲しいのは俺も同じなんで
す。……抱きたいと思う。欲しいと思う。…でも」
「でも?」
イルカは何とも情けない顔になった。
「……その…実際どうやったらいいのか戸惑ってしまって…貴方みたいに立派な男の方を、
女のように扱うのは失礼かもしないなんて…思ったりなんかもするし……あの…」
「………………はあ」
成る程、とカカシは何となく察した。
つまり、イルカは色事全般に不慣れなのだ。女は知っていても、そう数をこなしてはいな
いのだろう。彼の勤務状態や普段の生活を見ていても、そう遊ぶ時間も金銭的余裕も無い
だろう事は容易に察せられる。
「……こんな話を聞いた事がありますよ」
「カカシさん…?」
寝台に仰臥したままカカシは薄っすらと笑った。
「ある男が結婚しました。彼は、妻をとても大切に想っていた。そして、夫婦仲も良く、
二人はとてもうまくやっているように傍目には見えた。……でも、子供はなかなか出来な
い。何故だと思います?」
イルカは真面目に首を傾げる。
「…どちらかの身体に…子供が出来ない原因があったとか…?」
「普通はそう思うでしょう。でも、二人ともいたって健康で、普通ならハネムーンベイビ
ーが出来ちゃっても不思議じゃないくらいの状態だったそうです。…でもね。問題は男の
方にありました。……その男、とても真面目でウブだったんですよ。風俗関係の遊びはお
ろか、ろくにヌード写真も見た事が無い様なカタブツ。…つまり、知識不足です。彼は、
排泄と射精を同じ物のように考えてしまい、彼女の中で『用足し』をするなんてそんな失
礼な事は出来ない、と…そう思い込んで…」
ぶは、とイルカが思わず吹き出した。
「…アンタ、その男を笑えませんよ、イルカせんせ」
「………ハイ……」
イルカは赤くなって肩を竦める。
「ま、アナタはその男ほど無知ではないでしょうが。子供の作り方知らないワケなかろう
し、女性との経験もあるでしょう。…でも、今アナタが言った事はそのカタブツバカ野郎
と五十歩百歩だとオレは思いますよ」
「……そ…っそれは……」
カカシは両腕を上げてイルカの首筋に触れる。
「……アナタ、どうしたい…?」
「カカシさん……」
「オレに、どう触れたい……?」
カカシの指はイルカの肌の上を滑り、首筋から鎖骨の窪みに落ち、胸筋をたどる。
「…好きにすればいいんですよ…イルカ先生。こういうものに、正しい手順やルールなん
ざ無い。男だろうが女だろうが、やる事に大差は無いでしょ。…好きに触って…オレも触
るから。…綺麗ですね、イルカ先生の身体。肌に張りがあって…健康的で」
イルカは、自分の身体の線を辿るカカシの指に思わず息を詰めた。その息をゆっくりと吐
くと、自分もカカシに手を伸ばす。
「…俺なんかより、カカシさんの方が余程綺麗です……」
無駄な脂肪一つ無く、また無駄な筋肉も無い身体。
元々の色素が薄いカカシの白い肌は荒れた様子も無く、彼が思いのほかきちんと健康管理
をしているのだとわかる。時々指先が引っ掛かるのは完治しても消えなかった傷痕だろう。
それも含めて、綺麗な身体だとイルカは思った。
触れた彼の身体が忍としてのその生き様を言葉より雄弁に物語っている。
「……綺麗…?」
「はい。…貴方は戦う人だ。……貴方がご自身をどう鍛え、戦って生きて来られたか。こ
うして触れたところからそれが伝わってくる気がします。……鍛え抜かれた鋼は美しい。
…貴方の身体はそれに通じている…」
カカシは恥ずかしそうに肩を竦めた。
「や…だな、イルカ先生ったら恥ずかしいコト平気で言う人だったんですねえ…」
イルカと触れ合ううちに自然と体温が上がり、心拍数も増えてくる。少し呼吸が乱れてき
たのを誤魔化すようにカカシは笑った。
「…ですか?」
「ですよお。……でも、嬉しいな。イルカ先生に褒められるのは嬉しい。……オレね、顔
に険が出てるって言われちゃったんですよ。…三代目に」
イルカは驚いてカカシの顔を見た。
「え? そ…んな事、無いですよ?」
「アナタとお見合いする前の話です。……まあ、そこはかとなく自覚はあったんですが。
……何だかね、ちょっと荒んだ精神状態だったんで…ちょうど嫌な事が重なって起きてし
まってね。小隊全滅だとか、命懸けで守った依頼主に後で自殺されたりとか。ま、色々と。
……で、自分のやってる事が虚しくなってねえ…」
イルカはアスマの言葉を思い出していた。
(―――あいつここんとこ荒れまくっててな。気づく人間は少なかったかもしれんが、気
づいちまった奴らはヒヤヒヤしていた―――)
「…そんな時に三代目に呼び出されましてね。…見合いでもしてみろって言われちゃって。
……そこへ来たのがアナタだったんですよ」
クスクスとカカシは笑う。
「結局、爺様の思うとおりになっちゃってくやしいですが。…ま、結局は運命の出会いだ
ったっつーコトで自分を納得させてます」
だってね、と続けるカカシの言葉を黙ってイルカは聞いていた。
「アナタと逢って、付き合ううちに人生捨てたモンじゃないなあと再認識したんですよ。
……まだオレにも欲ってものがあったというのがわかって嬉しかった。欲ってね、悪い事
のようにとらえられがちですが、オレはそうとばかりは言えないと思う」
イルカは目を細め、カカシの頤から唇に指を滑らせた。
「欲は…人間が生きる原動力みたいなもの。…違います?」
うん、とカカシは頷く。
「…イルカ先生が欲しいっていう欲も立派にオレにとって生きる力になったんですよ。ア
ナタにとって、特別な人間になれたらいい。なりたい―――」
手持ちのカードを惜しげもなくさらして行くカカシを、たまらずにイルカは抱き締めた。
こんなカカシをイルカは一時でも自分の人生から切り捨てようとしたのだ。
しなくて良かった、という安堵と、わが身の事しか考えず、カカシの気持ちを知ろうとも
しなかった愚かさを今更ながらに呪う気持ちでいっぱいになる。
「カカシさん……っ…」
自分がこの人の支えになれるのか。
自信など無いイルカだったが、今この時カカシの望みに応える事なら出来る。それは、イ
ルカにとっての望みでもあったから。
イルカの手がもどかしげにカカシがまだ纏っていた衣服の残りを引き剥がし、陽に当たる
事など無い部分に手を這わせた。
「―――ひァ……ッ」
「…………っ…」
思わず息を呑むように発したカカシの声が合図だったかのように、もう二人は余計なおし
ゃべりはやめてただ己の本能に従った―――



・・・・・・・・


 
三代目火影は上機嫌であった。
「そうかそうか。…お前達、一緒になるか。うむ、それはめでたい。で、祝言はどうする?」
イルカとカカシは一瞬顔を見合わせ、首を振る。
「……いえ。別にそういうのは……男同士ですしね。あまり仰々しい事をするのは面倒だ、
で意見が一致しまして」
火影は煙管を咥えてフム、と頷く。
「それもそうだの。…まあ祝いくらいはやろう。わしが仲人のようなものだし」
ふぉっほっほ、と笑う老人に、カカシもにんまりと笑う。
「そうですか。嬉しいです火影様。んじゃ、イルカ先生とオレに二週間の有給下さい。新
婚旅行くらい行きたいですから」
ム、と火影は一瞬苦い顔になったが、ふう、と煙を吐いて徐に頷いて見せた。
「……仕方ないの。良かろう、休みをやる。まあ、滅多にない事だしのお…」
「ありがとうございます」
揃って一礼する青年達に、火影は手を出した。
「書類を出せ。…認証してやろう」
イルカが懐から出した婚姻届に、火影は印を組んでからその手をかざす。書類の末尾にぼ
うっと字が浮かび、たちまち三代目火影の御印が刻印された。紛れもなく、三代目その人
が認めた証である。
「さあ、晴れてここにお前達を夫婦と認めよう。…仲よう暮らし、これからも里の為に一
層働いておくれ」
「はっ」
まるで任務の受諾だったが、気持ちとしては似たようなものだった。
二人が改めて礼を述べ、退室しようとすると、火影はイルカだけを呼び止めた。心得たも
のでカカシは一足先に廊下に出る。
「…何でしょう、火影様?」
「……改めて言うまでもなかろうが。…カカシを頼む」
その短い言葉の中に、様々な里長の葛藤を見たイルカはしっかりと頷いた。
写輪眼のカカシも人の子、いや、その後天的に背負った異能の力故に彼は不安定になりが
ちだった。この見合い話、カカシの為のお節介と言うよりは『里の為』に彼を支え、御せ
る手綱を持ち得る人間が必要だったのだと言う事はイルカにもわかっていた。
だが、自分は里の為にカカシのパートナーになったわけではない。
「…お互い支えあうのがパートナーでしょう。……俺も、あの人がいれば強くなれます。
…今までよりも」
「…そうか。…そうだの」

イルカが執務室から出ると、少し離れた所でカカシが待っていた。
「…お待たせしました」
「いいえ。…爺様、何か?」
「いえ……ただ、貴方を大事にしろと念を押されただけです。無理もありませんよね。貴
方は木ノ葉の宝。財産も同じですから」
カカシは疑わしそうに連れ合いを眺めたが、「余計なお世話ってとこですね」とそれ以上追
及はしなかった。三代目の心配も思惑も、とっくに承知のカカシだ。それで結果的に得た
のがこの男ならば里長の思惑に乗せられてやるのも悪くない。
イルカは懐から承認を貰った婚姻届をもう一度引っ張り出す。
「……異性婚と同性婚って、書類が違うんですね。…同性婚には夫も妻も無かったんだ…
…はは、あの賭けってやらなくても良かったのかも……」
「えー? あれって妻か夫かを決める賭けでしたっけ? オレはベッドでの役割を決める
賭けだと思ってました。抱いてくれって言うのも気恥ずかしいから嫁にしてくれなんてオ
レも言いましたが」
「…あ、そうか。そうでしたね……」
イルカはふと真顔になった。
「…カカシさん」
「はい」
「………どうして……勝ったのに貴方は……」
「…抱かれる方を選んだのか?」
 言葉尻を濁したイルカの言葉を引き取って、カカシは微笑った。
「そっちの方がいいと思ったからに決まってますよ。…オレはね、我がままな男です。せ
っかく賭けに勝ったのに、アナタに勝ちを譲るようなそんな殊勝な性格してませんって。
……アナタに愛して欲しいと思ったんです。…自分の気持ちを押し殺して我慢しているア
ナタを抱いてもきっとオレは満たされない。…アナタに抱かれる。愛される。…どんなに
気持ちいいだろうと思ったんですよ。……それだけ」
カカシはにっこりと笑った。
「いやあ、大正解でした」
「………貴方がそう仰って下さるのなら…もう、俺は何も言いません」
「そうです。余計な問答はもうナシです。…オレ達はね、お互い相手の欲しいものをあげ
られて、お互いの欲しいものを相手から受け取れる。……それで充分でしょう? それが
お互いの幸せにつながるんですよ」
なるほど、それが幸せの法則と言うものだろうとイルカも思った。
「ま、それにオレが女役やった方が後々面倒がないでしょ?」
「は? どういう事です?」
不思議そうに問い返すイルカをカカシはあきれたように見た。
「……せんせ、同性同士の結婚には条件があるって…まさか知らないわけじゃないでしょ
うね?」
そういえば、とイルカは呟いた。
「…失念してました…聞いた事はあるような…でも、どんな条件でしたか? 先程三代目
は何も仰いませんでしたが」
「そりゃあ、念押ししなくてもアナタなら承知の上だと思われていたのでしょ。……あの
ね、同性婚の場合、婚姻から五年内に子供を作る事。これが条件なんですよ。出来なかっ
たら婚姻解消です」
ざああっとイルカの顔から血の気が引いた。
「そ、そんな…っ…どうやって…」
「女同士の場合はタネをどっかから調達する。男同士の場合は産んでくれる腹を探す。ま
あ、どっちもこれを商売にしている人達が密かにいるみたいでね。普通はそういう方法を
取るのが一般的らしいです」
「理不尽だっ…異性婚にはそんな条件無いじゃないですか。とうとう子供が出来なかった
夫婦なんてたくさんいるのに」
カカシは肩を竦めた。
「結婚ってスタイルを取るなら、子孫繁栄に手を貸せって事でしょ。要するにいずれも努
力をしろって事ですね」
イルカは首を振って項垂れた。
「………でも……俺…か、カカシさんの子供を…誰かに頼んで産んでもらうなんて……」
「嫌ですよね」
「え?」
イルカが顔を上げると、カカシの笑顔にぶつかった。
「イルカ先生。実はね、もう一つ方法があるんですよ。…オレ達忍者でしょうが。…しか
も、オレは上忍」
ふふふ、とカカシは不敵に笑った。
「チャクラを極限に高め、女体変化スペシャル上級バージョンに到達するのです! しか
らば孕むくらいの芸当は可能!」
ぐらあ、とイルカの身体が傾ぐ。
「実は里で同性婚が認められている真の目的のひとつがそれなんですよ。人情として、愛
する伴侶の子供が欲しいでしょ? これはお互いにレベルが高くなきゃ不可能な技なんで
すよ。孕む方も、そして孕ませる方も。そこで日夜精進努力する事になるのです。必然と
して、同性婚者のチャクラレベルは高くなるし、そうして生まれた子供は当然質のいい子
が生まれますから」
「……し、知らなかった……」
まさか、そんな荒唐無稽なシステムになっていたなんて。
「ま、成功例は少ないみたいなんですが…ね」
がくりと膝をついたイルカの肩を、ぽんぽんとカカシは慰めるように叩いた。
「お任せ下さい! この天才写輪眼のカカシの名にかけて、アナタの赤ちゃんを立派に産
んでみせますからっ!」


……普通は異性に興味が無いから同性と恋愛するんじゃないんだろうか。それを無理矢理
術で性転換して子作りをするなど。
絶対に根本的に間違ったシステムだとイルカは心の中で叫んでいた―――
 

      

 

 



 

ええと、カカシさんの『ある男の話』は青菜の創作ではなく、実話です。私も聞いた話なんですが。
・・・本当にいたんだそうですよ・・・そういう人。
ある意味スゴイっすよね。

さて、この話がすぐに書けなかった理由は、最終的なオチが『女体変化』と、『子供』だったからです。
似たよなネタを他のSSで書いてしまったので、オチとしてのインパクトに欠けるしネタがかぶった所為で私自身が書く気なくしちゃって。
でも、やはりケリはつけておきたかったので。
ギャグオチだし、いいか〜と。^^;
では、この設定でのお話はここでおしまいです。

2005/1/01(完結)

 

BACK