ちょこれーとこわい

 

さあて今年もまたやってきたぜ、菓子業界の稼ぎ時、日本の恒例行事と化した聖バレンタ
イン・デイが!
まったく、毎年みんな飽きないよなあ…まあ、何だか楽しそうでいいけどね。
(………楽しそうってのは………語弊があるか。まったく楽しくないどころか、憂鬱そうな
顔したヤローが多いのもこの日。…まったく、罪なイベントだ)
オレもさ、幼稚園とか、小学校くらいまでは単に「男の子がチョコをもらえる日」としか
認識していなかったから、当分の間オヤツに不自由しないで済むと結構嬉しかったけどね、
バレンタイン。
それが何だかウザイ日になってきたのは、中学からだな。
軽いノリでくれる分にはこっちも気軽にもらえるけどさ。
すっごい思い詰めた顔した女の子が、いかにもな手作りチョコ(所謂本命チョコだ)を震え
ながら渡してきたりした日には―――
ハッキリ言って、あれは困る。
コッチも憎からず思っているコにそういうのをもらえれば、ラッキーだけど。ま、世の中
そう上手くはいかないもんだわ。
あ? 何だ?
ゼータクな悩みだと? 一個ももらえない野郎だっているのに、イヤミなコトぬかしてん
じゃねーってか?
でもな、考えてもみろ。オレだってな、好意を寄せられて悪い気はしないけどな。
相手が真剣であればあるほど、気持ちを返せないのが申し訳なくて、結局お互いに気まず
い思いしかしないんだよ。
誰だよ、バレンタインは女が男に告白する日、だなんてフカシやがったのは。
おかげで気軽にチョコ受け取れなくなっちまったじゃねーか。
高校の時は男子校(実際は女子もいるんだけど、校舎自体がばっきり分かれていたので、
同じ校名で男子校と女子校があるようなもの)だから大丈夫かと思っていたら甘かった。
どういう手段でか、靴箱やら机の中やらに、ちゃーんと入ってんの、チョコ。
帰り道はこっちが部活で遅くなってるのに待ち伏せしてるし、凄いのになると家の前で待
っていたりしてね。
ああ、オンナノコってパワーあるのねえ、とつくづく思ったさ。
この頃あたりから、告白というよりもいかにしてオレに受け取らせるかという風にゲーム
化してきた気がする。
そりゃあさ、実を言うと別にオレも女の子、嫌いじゃありませんから。
高校の頃はまだ、イルカとの関係は『幼馴染み兼親友』の域を出ていなかったし、まー言
ってみれば、そういうサカリのつき始める年頃でもあるからして。
アプローチの仕方にセンスがあって、ルックス好みのコだったらお付き合いしちゃったり
もしたさ。相手の性格によっては、三日で別れるケースもあったけど。
―――んで、現在だ。
オレには決まった相手がいる為、チョコをくれたコと付き合うなんて事はないのだけど。
バレンタインは、大学のヤツらはもちろん、元教え子の中学生から近所の商店街のおばち
ゃんという広い守備範囲(こういうのも守備範囲って言うのか??)にいたる女性陣から
の、既にイヤガラセに近いチョコ攻撃を喰らう日、となり果てている。
ご挨拶代わりというか、習慣というか。感覚として、お中元やお歳暮と変わらない雰囲気
で機械的に『バレンタインだからチョコをくれてやるわ』的?
それでも、たぶん好意があるからくれるんだと思うと、文句を言うのは罰当たりだ。
―――と、イルカが言うのでオレもそう思う事にした。
それにね。
たぶん、今年は少しいつもとは状況が違ってくると思うんだよね。
何せ、赴任してきた途端に、キャンパスのアイドルとなってしまった某美形天才教授様が
いらっしゃいますから!
彼女達の『攻撃』の矛先はおそらく、彼に集中すると思われるんだよね。
今までオレやイルカにくれていたコ達は、ハッキリ言って地元のちょっと目立つ野郎にミ
ーハーしている(しかもバレンタインの日限定・笑)だけってノリのが多いから、新しく
登場した若い金髪の美形教授に目移りしている可能性大。
先生は驚くかもしれないけど、まあケンタのファミリーパックラージサイズ二箱、ペロリ
と食ってしまう胃の持ち主だ。
ダンボール箱に山盛りのチョコをもらっても、三日くらいで食ってしまいそうな気がする。
もしもそういう状況になっていたら、そんなに一度に食ったら鼻血が出ますよ、くらいは
注意しておいてあげよう。
そんな事を考えていたら、噂をすればカゲ的に当の先生からケータイにメールが来た。
なんか、かなり慌ててるなー。
オレ宛てのメールは大抵日本語で打ってくるのに、英語だよ。
ナニナニ?
………あ、やっぱり。
教授の準備室がエライ事になっているので助けてくれという内容だった。
オレは、次の授業で今日は終わりだったから、その授業の後に準備室に行くとメールを返
し、一応女のコにつかまらないように注意しながら教室に向かったのだった。



ノックをして、「どうぞ」という返事を確かめてからオレはドアを開けた。
「失礼しま〜す」
「カカシ君………来てくれたんだね…っ」
何、その縋りつくような眼。
「どうかされましたか? 先生」
教授は、黙って部屋の隅を指差す。
そこには、予想通りのシロモノが。
毎年、オレ(とイルカ)んちの玄関先ではお馴染みの光景。
でかいダンボール箱に、色とりどりの包装とリボンがついたチョコと思しき包みがどっさ
りと入っていた。こりゃ大漁だねえ。
「ああ、やっぱり。…せんせ、女の子に人気あるから」
オレは呑気にアッハッハ、と笑った。
だけど教授は、怯えたような顔で山盛りのチョコレートを見ている。
「………に、日本のバレンタインって………怖い………。何でみんな揃いも揃ってチョコ
レート…なんだい?」
あ、そっか。バレンタイン=チョコレートって図式は、日本独特なんだっけ?
「昔からそうなんです。バレンタインってものを最初に日本に広めたのが、チョコレート
会社だったんですって。で、日本では二月十四日は女が好きな男にチョコを贈る日、と定
着してしまったんですよ」
「………何で…女の子からだけ、なの?」
「………何ででしょうね? お互いに贈る日にした方が売上も良さそうなものですが……
もしかしたら、特別な意味合いを持たせたかったのかも。…昔、日本女性はもっと奥ゆか
しかったから。女性から告白なんて、はしたないというか恥ずかしいとされていたのかも
しれませんねえ。で、この日は女から告白する―――してもいい日、というコトにしたん
じゃないんでしょうか」
なるほど、ヤマトナデシコというものだね…と教授は感慨深そうに呟いた。
(もっとも、そんな奥ゆかしい大和撫子は今や絶滅危惧種だ。少なくともオレはお目にか
かったコトはない)
「まあ、今は年中行事…一種のお祭りのようなものですから。…中には、真剣にこの日に
勝負をかける女の子もいるでしょうが、たくさんもらうとわかりきっている男に、こうし
てプレゼントしてくるのは………まあ、一種の人気投票みたいなもんです。………あげた
いから、あげるだけ。…だから、黙ってもらってくれればそれでいいのよって………オレ
もそう言われたし」
教授は顔を上げた。
「ああ、そっか………キミも、女の子に人気ありそうだものね。…もしかして、毎年たく
さんもらっている?」
オレは苦笑を浮かべてみせる。
「まあ、それなりに。…オレんとこはイルカ宛のとダブルで来るから、毎年結構な量にな
ります」
途端に、教授は「はあああああ〜〜〜〜っ」と深いため息。
どーしたんだ、教授。
バレンタインにトラウマでもあんのか?
「そ…そう。………じゃあ、コレ…食べるの手伝って………はもらえないね………」
「え?」
オレは思わず聞き返してしまった。
「………これぐらいの量、先生なら楽勝でしょう?」
先生は微妙に口元を歪め、視線を逸らした。
「………………す、少しなら………チョコも食べられないコトもない………けど。あまり、
得意じゃないんだ。………チョコレート」
―――びっくりだ。
この人にも、苦手な食い物があるなんて。
「そんなに驚いた顔しなくてもいいじゃない………」
「あ、スイマセン。………ちょっと、意外で。何でも好き嫌いなく召しあがる印象があっ
たから」
うん、と教授は肯定した。
「基本、偏食は無いんだよ。…甘いものも、それなりに食べるし。………でも………チョ
コは………チョコレートは………」
教授、またデカイため息ひとつ。
どーしたんだ、いったい。
「…アレルギー、とか?」
「いや、そーじゃなくて………怖いんだ………」
はあ??
オレは、思いっきり不審気な顔をしたんだろう。
教授は、ポソポソと説明を始めた。
「………本当は、結構好き…だったんだ。昔はね。………でも、ある時…大きなチョコレ
ートをもらってね。うっかり全部食べてしまって………」
鼻血でも噴いたのか?
「………………は、鼻のアタマに………」
あ、もしかして。
「………ニキビ…ですか?」
金のアタマがこっくんと上下した。
「…それはもう、大きいし痛いし。………何よりもみっともなくて、恥ずかしくて」
あー………ヒドイのが出来ちゃったんだね………気の毒に。
「………………自来也先生に、『何じゃ、そりゃ。真っ赤なお鼻のトナカイさんかい』って
…大爆笑され………て」
………教授、涙目。……思い出しただけで涙が出るのか。………可哀想に…傷つきやすい
年頃だったのね、きっと。
要するに、バレンタインというより、チョコにトラウマがあるのだな。
「それ以来、怖くて怖くて、チョコレートが食べられないんだ。…親指の先くらいのを一
欠けら口にするだけでも、勇気が要るんだよ………」
「でも…それって十代の成長期の頃でしょう? 今なら身体が大人になっているし………
抵抗力もあるから、少しくらい食べても………」
教授は、キッパリと首を振った。
「嫌だ。………やっぱり、怖い。食べたくない」
―――ああ、エロ作家の大馬鹿野郎め。
思春期の純真な少年の心にザックリと消えない傷をつけやがって。
オレは思わず、教授の肩に手を置いて慰めていた。
「いいんですよ。…いくら女の子達の気持ちだからといって、無理して食べなくても。そ
ういう過剰反応を起こすのは、やはりアレルギーとも言えます。…だから、元凶に責任と
ってもらいましょう。…そのチョコの山は箱ごと、自来也先生のうちに送りつけてしまえ
ばいいんですよ」
教授は、ポン、と手を打った。
「………それって、ナイス」
そして椅子を鳴らして立ち上がり、オレの手をがっしと握る。
「やっぱり、キミはアタマいいね! 僕、思いつかなかったよ」
………いやだから、天才教授に『アタマいい』とか誉められても………あ、こういうのは
悪知恵の域か。
教授は、何だかとってもホッとしたような表情でやっと笑みを浮かべている。本当に困っ
ていたんだな。
オレは肩を竦め、黙って事務局に宅配の送り状を取りに行った。
あの大量のチョコレートを見て、エロ作家がどう反応するかわからんけど。
送りつけられた理由を聞いて、オノレの昔の罪を思い知ればいい。


「―――で? 本当に送っちまったのか? そのチョコ」
イルカは、せっせとチョコとカードをデジカメで撮っていた。
そうして映像に記録して後でパソコンで整理し、ホワイトデーにお礼を返しているんだ。
誰からもらったのかわからないチョコも、結構あるんだけどね。
―――そうなのだ。
今、オレの目の前には大量のチョコの山が鎮座している。
家に帰ったオレは自分の考えが甘かったコトを知った。
今年も特に例年と変わらず、玄関先にダンボール箱は設置(マジ、誰が用意してんだ? こ
れ)されていたし、郵便受けは満杯状態。
要するに、彼女らにとってはバレンタインにチョコを贈る対象が一人増えただけであって、
オレらの所に来ていたものが今年は教授に流れる、といった事は起こらなかったわけだ。
「うん。エロ作家宛に送っておいた。明日には着くんじゃね?」
イルカは苦笑する。
「…また、妙な入れ知恵をして………まあ、自来也先生はファンからももらうだろうし…
そういうモノに関しては、うまい処理の仕方をご存知かもしれんな。…先生も持て余すよ
うなら、また木ノ葉園に相談する時に一緒にお願いすればいいし」
「だよね。…ホントは、最初っからウチに来たのと同じ様に対処してあげればいいんじゃ
ないかとも思ったんだけど………何かね、教授が可哀想でさ。マジに怯えてんだもの。あ
の、食い物なら何でもカモーンな人がだよ? …世の中の美味しいものがひとつ…それも、
元々嫌いじゃなかったものが食えなくなってしまったなんて、ちょっとした悲劇じゃん。
その原因を作った張本人はたぶん、あの人がそんなに傷ついたなんて知らないんじゃねー
かな、と………ね」
「…そりゃ、大量のチョコが教授から送られてくれば、自来也先生は何故だと問い質すだ
ろうな。………でも理由を聞いて自来也先生が呆れたりしたら、彼はもっと傷つかない
か?」
「………それでもさ。傷つけたってことを知らなきゃ、謝ることも出来ないよ。…それは
お互いにとって不幸なことじゃない? ………チョコがどうの、なんて些細な事かもしれ
ないけど……ちっぽけなトゲでもさ、刺さると痛いじゃないか………」
イルカは数秒黙ってオレの顔を見た後、ポンポン、とオレの頭を撫でた。
自来也先生の反応次第で、また教授は泣くかもわからんが………そうなったら今度はオレ
が責任もって慰めるつもりではいる。………何か、彼の好物でも作って、ご機嫌とるとか
な。
あ、そうだ。
オレってばまだ、イルカにプレゼント渡してなかったぜ。
「……イルカ〜、それよりさ、これ。ウマイって評判の煎餅と梅干を取り寄せたんだぜ。
ほら、それからこれも。…オレからのバレンタインね」
煎餅と梅干だけじゃ、色気無さ過ぎだからな。
ちょっと洒落たケータイストラップも添えて、オレはイルカに手渡した。
「………へえ、美味そうだな。わざわざ、取り寄せてくれたのか? ありがとう」
野暮天なイルカさんも、こういう時はちゃんと御礼の言葉と共にキスをくれる。
んふふ、今夜はこのままなだれこめそーだな、ヨシヨシ。
ソファの上でキスを繰り返していた時、オレはふと前に贈ったコミックパンツの存在を思
い出した。
「………イルカさあ、オレの贈ったパンツ、あんまりはいてくれないよな?」
オレの身体をまさぐり始めていたイルカの手が止まる。
「………アレか? あの派手で愉快なパンツか? ………あのな、また交通事故にでも遭
った時、あんなパンツはいているのを看護士や医者に見られたら恥ずかしいだろうが」
あー、なるほど?
そう言われれば、それもそうだけど。
「………んじゃ、今度はもっと地味なパンツにするわ」
「何でパンツにこだわんだよ、お前は………」
んっふふー、とオレは笑ってやる。
「だって、オレの大事なイルカさんの、大事なトコを包んでくれるものじゃない」
「…ばっか………」
クスクス笑って、またキス。
ん〜、イイ感じ〜。…バレンタインの夜はこうじゃなきゃな!
………なのにね。
イルカの手がオレのシャツの中にもぐり込んできて、さあこれからだって時に!
ケツポケットのケータイがやかましく鳴るんだよね。
―――って…あれ? この着信メロディは教授………?
「…はい?」
ケータイからは、教授の悲鳴が聞こえてきた。
『カカシ君っカカシ君っ…! 助けて、家の前に………っ』
カンペキにパニクった声。
オレとイルカは、顔を見合わせた。
………そうか。
オレ達の住所を調べた彼女らが、教授の住所は調べられなかった、なんて事あるわけなか
ったんだ。
「落ち着いて、先生。…今、行きますから」


あ〜あ。
バレンタインえっちはしばらくお預けだな。
でも、『異常事態』に狼狽している教授を放っておくわけにもいくまい。
オレとイルカは、チョコ攻めになっているであろう教授を救うべく、マンションの最上階
に向かうのだった。

 



 

一週間遅れのバレンタインネタでした。
やはり、こういうネタは大学生Verの方が書きやすいなあ………

ここの四様はチョコが食べられないのですね。
(似たような理由で、わたしはタケノコがコワイです。…好きなのに…TT)

2008/2/21

 

 

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