せつぶん
………なんか、年々スゴくなってない? 『節分の日には恵方巻きを食べましょう』商戦。 あの形状に出来るモンなら、寿司に限らずパンとかケーキとかチキンまで便乗して『恵方巻きでござい』って顔で店先に並んでいやがる。 …オレはさあ、こういう行事で決まっているものを食うって、結構好きだから。 別に、ソレ見て顔をしかめたりはしねえ。 ただ、すっげーなーと思うだけ。 朝、イルカに「恵方巻きは俺が用意するから。変なもんを面白がって買うんじゃないぞ」って釘刺されたから、買わないけどね。 あ、イルカは教授の分も用意するって言ってたっけ。メールしとこ。 教授は、こういう行事はなるべく体験したいと思っているらしい。誘うと、いつもとても喜んで参加しに来る。 教授が喜んでくれるんなら、少しでも受けた恩返しになっているようで、オレも嬉しい。 ま、せっかく日本にいるんだしな。 もしも、オレがよその国に留学とかしてて、現地の人がその国ならではのイベントに呼んでくれたらやっぱ嬉しいと思うもの。 そして節分の夜。 男三人、恵方の方角を向いて、黙々と太巻きを頬張るという一見珍妙というか、笑える図になった。 もちろん、食っている間、願い事を心の中で唱えること、口を利いてはいけないと言うことなどの『決まりごと』も、あらかじめ教授には伝えてある。 「…願い事って、やっぱり無病息災、家内安全って感じ?」 ………本当に日本語に精通していらっしゃいますね、教授。 「いや、ソレじゃなくっても………個人的なもんでもいいと思いますよ? 最近は何でもありみたいな気がしますし」 暮れのクリスマス商戦の折、近所のスーパーの店頭にはクリスマスツリーが置いてあったのだが。 その傍には何故かテーブルと短冊、エンピツが用意してあり―――見れば、クリスマスツリーには、七夕の時みたいに『願い事』を書いた短冊がびっしりと吊るしてあったのだ。 将来の夢や欲しい玩具を子供が書いていたりしたのは微笑ましかったが、中には歴然とした大人の字で、『○○(たぶん息子さんの名)が早く就職できますように』とか。『仕事が見つかりますように』とかいう切ないモノも目に付いた。『死にたい』なんて、シャレにならないコト書いているのもいたけど………これは悪趣味なツリネタと思いたい。 クリスマスツリー本来の役割と意味を逸脱しているような気がしたが、かように日本人は何かにつけて祈願するのが好きな民族なのかもしれない。(日本人に限らねーか) 「ふうん。あ、でもやっぱりこういうのは、イイ事がありますようにっていう、おまじないみたいなもんだよね」 ―――うん。気持ちの問題なんだよね、結局。 笹やモミの木に短冊吊るして願い事叶うなら、苦労は無いわな。 子供はともかく、信じてやってる大人はおるまい。 教授だって、天才だけど。何も勉強しないで外国語が話せるわけ、ないものな。 「そうですね。………で、本当は豆を巻くんですけど………福は内、鬼は外って。本格的にやるなら、鬼役の人がお面とか被りましてね、豆をその鬼にぶつけたりするんですよね。………掃除が大変なんで、ウチはやりませんけど」 「へええ、面白い風習だねえ。鬼は、不幸や災厄の象徴ってことか。………誰が考えつくのかねえ、こういう事」 イルカがぼそっと呟いた。 「………きっと、空想上にしか縋るものが無い人達でしょう」 うわあ。事実かもしれんけど、何か悲しいわ、ソレ。 オレは咳払いをした。 「で、ですね、教授。節分は、年齢の数だけこの豆を食べるんです」 「それも、おまじない?」 「はあ。………この一年も健康でありますように………って感じでしょうか」 「なるほどね」 イカンな。 外国人を日本の伝統行事にお招きする時は、疑問や質問に対応する為にも、もっと基本情報と知識を仕入れておかねば慌てることになるのだな。(なんか、『こういうもんだから』って、あまり深く考えずに行事やってるし、オレ) 教授は、マスから豆をつまんで、ひょいひょい食べている。 オレは、教授の手元をさりげなくじっと見ていた。 単に、何個食うんだろうと思ったからだ。 実は、最初に聞きそびれて以来、オレ達はこの人の年齢を知らないでいるのだ。 別に彼が何歳でもいいんだけどね。 教授は、「素朴な味だけど美味しい」と、次から次へと豆を口に入れている。 「………先生、数えてます?」 金髪美形教授は、てへっと笑った。 「…途中からわかんなくなった」 ―――まあ、いいでしょう。 実はオレも毎年似たようなコトになるものな。 恵方巻きも、豆も食ったし! じゃあ、食後の珈琲でもいれようか、となった時だ。 教授が、持参した紙袋から何かを嬉々として取り出し、テーブルに載せた。 「はい、ご招待いただいたんで、デザートを持ってきました!」 テーブルで燦然と存在感をかもしだしている物体を見て―――イルカは僅かに頬を引き攣らせた。 ロールケーキだ。 しかも、きっちり三本あるってことは、教授ったらケーキ屋の商戦にのせられたんですねっ! ………食うのか? コレ、食うのか!! 丸齧りを想定しているだけあって、普通のロールケーキよりは細く作ってあったけど。 それでも、一本丸々食うとなると………結構根性を試されそうな気がした。 しかし、『今日は日本では長細いものを丸齧りする日だ』と思い込んでいるらしい教授は、ニコニコしている。 頼むから。 日本在住外国人が誤解するからっ………!! 妙な『恵方巻き』商戦はやめて欲しい、とオレ(とたぶんイルカ)は、心の底から叫ぶ。 ………日本の伝統文化を日本人が破壊しているような気がするのは、オレだけなんだろーか。 |
◆
◆
◆
季節ものでした。 (クリスマスツリーの短冊の話は、実話。…見てて何だか物悲しくなったツリーでした………) 2010/2/3 |