わがまま

 

なんだかんだで、カカシのヤツは二匹目……じゃねえ、二人目の子供を産んじまった。
(と言っても、もう一年近く前の話だが。)
二人目の妊娠発覚時、「てめえ、何考えてやがる」とイルカの胸倉つかんだら、「他人んちの家族計画に口を挟まんでください」ときたもんだ。あの野郎、だんだん図太くなってねえか?
………ってことは、アレか。避妊失敗じゃなくて、計画妊娠か。
一人目は仕方ねえとして、計画的に二人目を拵えるたァ図々しいヤツらだ。
今度はさすがの三代目もいい顔はしねえだろうと思っていたら、ナンと言うかもうすっかりジジ馬鹿になってしまっていて、また自分の屋敷で産めだのなんだの、全面的にノリノリ。
俺はバカバカしくなって、もう知るものかと思っていたんだが―――
生まれた子供の顔を見ちまうと、ダメだな。
…………………可愛いんだよ。
チドリも、二番目のチハヤも。(これがまた笑えるくらいカカシに瓜二つなんだ)
我ながらバカだと思いながら、何だかんだとあのクサレ夫婦に協力してやっちまってるんだからな。俺も終わっている。
最初の子のチドリは、子育てなぞわからない俺の眼から見ても、育てやすい『いい子』だ。
が、その反動なのか、同じ親から生まれてんのにどうして、と首を傾げたくなるほど、チハヤは手の掛かる赤ん坊で。
カカシと似たようなツラ構えのクセに、ひ弱なガキなんだわ。しょっちゅう熱を出したり、ハラを壊したり。
で、年中医者と手が切れない。
昨夜も急に熱を出して、今病院だ。
こんな時に限ってイルカは里外に出張中だったりするし。カカシに頼まれた俺は仕方なく、チドリを保育園に迎えに行ってやった。
赤ん坊の頃から遊んでやっているから、子供の眼からだと『でかくておっかないおっちゃん』らしい俺にもチドリは懐いてくれている。
迎えに行くと、嬉しそうに走り寄ってきて、脚にしがみついてニッコリ見上げてきた。
こうなると『可愛い』は最強の武器だな。
アホウな大人は、その仕草と笑顔にすっかりお手上げだ。
「抱っこするか?」と訊くと、首を小さく振って「歩く」と答える。
そして、小さな手を俺の方に伸ばしてくるので、俺はおっかなびっくりその手を握った。
これだけはいつまでたっても慣れねえ。
ちょこっと力を入れただけで、簡単に握りつぶしちまいそうで、怖くて仕方ねえんだ。
(同じような理由で、俺は小動物が怖い。突っついただけで簡単に死にそうで)
「迎えがおじさんで、悪いな」
チドリはキョトンと首を傾げた。
「どうして?」
「だって、やっぱお迎えは父ちゃんか、母ちゃんの方がいいだろう?」
ううん、とチドリはまた首を振る。
「ぼく、アスマおじさん大好きだもん。お迎えに来てくれて、ありがと」
…………………コイツは本当に三歳児か?
こんな時、このチビすけにイルカ遺伝子を感じる。いっちょまえに気を遣ってやがるんだよ。
「………母ちゃんはまだ病院だから、おじさんと何か食いに行こうか。アイスクリームでも、タイヤキでもいいぞ」
「でも、ゴハンの前にオヤツ食べたらいけませんって……」
「父ちゃんと、母ちゃんが?」
ウン、と小さな頭がこっくりする。
「おじさんが許す。……今日の夕メシは遅くなるかもしれんから、食っても大丈夫だ。…というか、食っておいた方がいい。……おじさんもハラ減ってんだ。ああ、たこ焼きなんかもいいなあ。どうだ?」
チビはようやく納得げな顔になった。
「ゴハン、遅くなるの? じゃあ、いいかしら………」
「よし、行こう。…何がいい? 好きなモン言っていいぞ」
「おじさんの食べたいのでいいよ?」
………俺が、ハラ減ってるって言ったせいか? ああもう、気を遣うな三歳児!
「あのな、チドリ」
「なあに?」
「こういうのはな、チャンスって言うんだ。父ちゃんも母ちゃんもいなくて、アスマおじさんが『好きなものを食いに行こう』と誘っている。いつもはこんな事、あまり無いだろう? だから、いつもは夕メシ前なんかには絶対に食わせてもらえないお菓子とか、そういうものを『食べたい』っておじさんに言えばいいんだよ。わかったか?」
チドリはちょっと考えて、「わかった」とお返事した。
ガキってのは『わかったか?』と訊くと、わかってなくても反射的に『わかった』と答える生き物だが、チドリは一応わかってくれたらしい。今度は『何が食べたいか』を真剣に考え始めている。
「……あのね、おじさん」
「んー? 決めたか?」
「おじさんが言ってくれた、アイスクリームと、たこ焼きのどっちがいいかなあって、迷っちゃったの。タイヤキはね、この間食べたの。……どうしよう」
いや、アイスとタイヤキとたこ焼きの三択じゃねえから。
「………おじさんは、その三つの中から選べって言ったんじゃねえぞ? 他にも好きなものがあったら言いな」
「ウ〜ン………えと、でも………」
「何でもいいっておじさんは言ってるんだ。何を言っても怒ったりしねえぞ」
チドリはもじもじしてから、少し赤くなって答えた。
「………アイスクリームにね、イチゴとか、バナナとか、さくらんぼとかのってて、チョコレートがかかってるのがあるの。………美味しかったの」
ああ、わかった。いのが大好きなアレだ。
「チョコパフェか。いいぞ。行こう」
「………でも、あのお店、お煙草吸えないの。お母さんが、アスマおじさんには来られない店だねって言ってたよ?」
それで、言わなかったのか。気ィ遣いの三歳児は。余計なコト言いやがって、カカシのバカヤロウが。
「……おじさんはな、お煙草吸えないお店でもへっちゃらなんだ。煙草は吸えるところで吸う。吸えない場所では吸わない。それだけだ。大丈夫だから、行こう」
第一、こんな子供の前で吸う気はない。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
もう、さっさとチビを抱き上げて歩き出す。『いい子』ってのも考えモンだな、と思いながら。


 

チドリは、今日保育園で遊んだこととか、色々と俺に話しながら美味しそうにチョコパフェを食べている。
俺は珈琲と焼きサンドだ。なるほど、完全禁煙の店だな。最近木ノ葉の里もうるさくなったもんだ。愛煙家には肩身の狭い世の中になったねえ。
三分の一ほど食べたチドリのスプーンが止まった。
「………どうした?」
「……………ぼく、ぼくだけこんな美味しいの食べていいのかなって……チハヤちゃんはお熱で苦しいのに……チハヤちゃん、昨日の夜、ミルクも吐いちゃったの。お顔、真っ赤で、泣いてたの」
病気で苦しんでいる弟をよそに、自分だけチョコパフェを食べることに罪悪感を覚えるのか、この子は。もうすっかりお兄ちゃんなんだな。
「…チハヤもチョコパフェ、好きなのか?」
うん、とチドリは頷く。
「アイスクリームも、バナナも好きだもの。……きっと、これも好きだと思うの」
仕方ない。
「じゃあ、チハヤには土産にアイスとバナナを買って帰ってやろう。…熱が下がって、食えるようになったら食えばいい。なら、いいだろう? お前は弟を気にせず食え」
そう言ってニッと笑ってやると、チビはようやく安心したように頷いて、続きを食べ始めた。
「………あのね、アスマおじさん」
今度は何だ?
「サンドイッチも食うか?」
「う、ううん、違うの。………あのね、お願いしてもいいかなって………」
お、珍しい。いい子ちゃんのお願いとは。
俺は何となく、ガキらしいわがままを期待して促した。
「何だ?」
チドリは、上目遣いにそっとこちらを伺う。
「あのね…おみやげね、お母さんにも買ってくれる……?」
おいおい。それが、そんなに遠慮しながら言う事かい。
「……ああ。冷凍庫に入れておきゃ何日かは大丈夫だろうから、母ちゃんの分も父ちゃんの分も、もちろんお前のも買ってやる。………美味いものは、みんなで食いたいんだろう? お前は」
うん、とチドリは赤くなって頷いた。
「ごめんなさい。……ありがと、おじさん」
「ごめん、はいらねえよ。俺も、そう思う。美味いもんは、みんなで食った方がいいよな」
うん、とチドリはまた大きく頷く。
それにしてもまあ。………どんな『お願い』を言うのかと思えば、こうきたか。
あー、こんなんはワガママのうちにも入りゃしねえ。
つまらんぞ。ホントにカカシのガキなのか、このチビ。イルカだってもう少し図々しいってのに。
………しょーがねえ。
俺は、イルカが聞いたら顔を顰めそうな『教育』をチビに施してやることにした。
だってな、こんなガキのうちから自制と遠慮のカタマリじゃ、そのうちパンクすんじゃねえか?
イルカに怒鳴り込まれねえ程度に、すこぉし『わがまま』を言う事や、自己を主張する必要性も仕込んでおこう。そのうち様子を見て、チビその2にもだ。
なんたって、俺はこいつらの『おじさん』だものな。
親には出来ねえ教育もあるって事さ。


 



 

同人誌『こねたねた』書き下ろし。
同人誌は小ネタの作品集だったので、本来ですとUPはそちらなんですが、少し長めなので夫婦の方にUPします。

2008/06/08

 

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