うみの家の食卓
大体において兄ちゃんは得をしてる。 兄ちゃんは長男だ。 お父さんとお母さんの最初の子供。 だから、すっごく『大事』だったのはわかる。 ひがむわけじゃないけど、二番目の子なんて最初の子ほど新鮮味もないだろうしね。 でも、兄ちゃんだけお母さんのすっごい必殺技の名前をもらっているのって何だか不公平 っぽくない? だっておれの名前って、何だか兄ちゃんにあわせてつけたよーな感じなんだよなー。 おれ? おれは、うみのチハヤ。 うみの家の次男。 ウチはお父さんもお母さんも忍者なんだけど、お母さんの方がお父さんより純粋に『忍』 としては格上で―――里の中見回しても、お母さんより強い忍者なんてそうそういないん だから仕方ないんだけど―――そのお母さんの必殺技の名前が、そのまま兄ちゃんの名前 なんだ。 なら、おれにはお父さんの切り札的技とか術の名前がついてもいいんじゃないかなあと思 って訊いてみたら、当のお父さんが何故か胸を反らして堂々と、「俺にはそんなモンはな いっ!」ときたもんだ。 しかも、お母さんは「素敵ですっ!! イルカ先生は何でも出来るんですものっ! すご いです!」なんて言ってうっとりしてるんだからもう……いや、コレがマジだから怖いん だ、かーちゃんは……(かーちゃんの必殺技、とーちゃん使えないじゃん)……ってえの はともかく、ウチのお父さんはアカデミーの先生で、忍としての基礎を子供に教えるのが 仕事だ。 だから当然、普通の術は何でもきちんとこなせる。 それがどれくらい『すごい』事なのか、おれにはよくわからない。 だって、俺の眼にはお母さんの術の方がすっげーカッコよく見えるし、実際スゴイんだも の。 子供のおれが言うのもヘンだけど、何であんなにスッゲー上忍のお母さんが、中忍のアカ デミーの先生と結婚したんだろう。 確かに友達んちのお父さんに比べたらウチのお父さんは若くてカッコイイけどさ。 お腹なんか全然出てないし、ハデじゃないけど、なかなか男前だし。 こんなにデカイ子供がいるのに、独身だと勘違いした世話焼きオバサンが縁談持ってきち ゃう事もまだ時々あるくらい。 アカデミーの教務主任って肩書きは、なかなかお婿さんとして理想的らしい。 でもお母さんと結婚した頃はまだお父さん、主任じゃなかったはずだよな。 しかも、かーちゃん未だにとーちゃんにベタ惚れ。大好き。 とーちゃんもかーちゃん甘やかしまくり。結婚して何年経ってんだっての… まー、喧嘩ばっかりしている夫婦よか、平和でいいけどさ。 …兄ちゃんに話を戻そう。 兄ちゃんの名前はチドリ。 これがお母さんの必殺技なんだ。 『千の鳥』って書いてチドリ。別名は『雷切』って言うらしい。 雷を切ったって言うんだよ? まだ実際に見た事はないんだけど、アスマおじさんも「す っげえ技だ」って言うんだからすげえんだろうなあ。 兄ちゃん自身も、その名前に負けてない。 『天才』って呼ばれていたお母さんの血をそのまま継いでいて、何しても上手いし強い。 んでもって、『先生』であるお父さんの血もしっかり引いている。 おれは勉強とか本とかあんまり好きじゃないけど、兄ちゃんは何時間でも本を読んでたり するもんなあ……物知りだし。 だけどやっぱ『天は二物を与えず』…とか言うのとはちょっと違うんだけど、兄ちゃんは 何つーかその……ちょっと変なトコロがある。 友達と遊んでて気が付いたんだけど、普通歳の近い(おれと兄ちゃんは二つしか離れてな い)兄弟って、もっといつもケンカとかしてるし、兄貴は威張ってて弟なんかケチョンケ チョンって感じが多い。 でも、チドリ兄ちゃんはおれをいじめた事が無い。 オヤツや美味しいおかずはいっつも大きい方をおれにくれるし、おれが困っていると必ず 助けてくれる。 おれがドジやってお母さんに怒られたりする時も、一生懸命庇ってくれるし。 だから、おれは先に生まれた兄ちゃんは色々得してると思うけど、兄ちゃんをキライにな れない。……正直言えば、好きだ。 兄ちゃんは優しいし(ちょっとおっとりしているよーな気もするけど)、お父さん譲りの 黒髪と黒い眼が落ち着いた感じで綺麗だし。 でもお母さんに似ているのは顔や忍としての才能だけにしときゃーいいのに、兄ちゃんと きたら、まるでお母さんと一緒なんだ。 ……つまり、『お父さんが大好き』って点で。 いやあの、おれだってお父さん、大好きだけど。お母さんも大好きだし。 どーもチドリ兄ちゃんの『大好き』は行き過ぎてないかなーって時々思う。 完璧にファザコンってヤツだよな、兄ちゃんは。 何でもかんでもお父さんが一番で絶対なんだ。 ちょっと普通じゃないカンジ。『アブナイ』って言うんだって。そういうの。 でも世間様は兄ちゃんの見た目に誤魔化されてそういう『変』なトコには気づかないし、 失礼な事におれの方が『アブナイ』存在に見えるらしい。 おれ、すっげー普通なのに。 もうすぐ8才の普通の男の子だってば。まだアカデミーの卒業試験も受けてないんだよ。 おれにとって不幸なのは、アスマおじさんに『ミニカカシ』ってからかわれるほど見た目 が昔のかーちゃんに似ているらしいって事だ。 わけあって、お母さんはずーっと男の子の格好をしていて周りにも『男』だって思われて いたらしいから、別におれが女の子に見られているわけじゃないんだけどさ。 お母さんは今でもすっげー強いけど、昔はもっと『怖かった』んだって。 それはお母さんが普通とはだいぶ違う育ち方をしてしまった所為らしいんだけど。 お父さんにくっついて、嬉しそうにニコニコしてるお母さん見てると、ちょっと信じられ ないね。 お父さんと結婚してからお母さんは随分変わったらしい。これは、紅おば…いや、お姉さ んが教えてくれた事。何て言ったっけ…そう、『ひとが丸くなった』って言ったのかな? よーするに、ちょこっと女の子らしくなったってコトか。(……あれで…?) まあ、ウチのお母さんはよそんちのお母さんに比べたらだいぶ変わってるわけ。 他所の国の忍者達が皆、名前を聞いただけで逃げ出すほどの有名な忍だったお母さん。 何でおれ、そんなお母さんに似ちゃったんだろう。見てくれだけ。 銀色の髪も、青い眼もそっくりだ。 こんなに似てなきゃ、みんなも期待しないだろうにな…… うん、つまりその…お母さんは小さな頃から凄い忍だったんで、それを覚えている人には おれが同じような感じに見えちゃうんだね。出来て当たり前だと思っている。 でも悪いけどおれは『天才』なんかじゃない。 そりゃ、同じ歳の友達に比べたら色々出来る方だけど。 チドリ兄ちゃんみたいにはなれない。 お父さんが許さないから、担当の上忍先生の推薦があっても兄ちゃんは中忍試験受けない でいるけど。受けていたら、絶対受かったと思う。 10才くらいじゃ早いって? おあいにくさま、お母さんは6才で中忍になったんだってさー……6才だって。 今のおれよりもチビの時に。しかも、女の子なのに、中忍。 ―――異常だよな。 ガキのおれが考えたって、すげえ無茶。お母さんが小さい頃周りにいた大人って皆何考え てたんだろうね。そんな小さな女の子に任務だなんて。死んじゃったらどうする気だった んだろ。 それくらいの女の子なんて、まだアカデミーにも行ってない子が多い。 走る事すらちゃんと出来なくて、転べば泣く。 そう、それが『普通』なんだよ。 4、5才でもう下忍として必要な事が全部出来たっていうお母さんがヘンなんだってば。 そんな『ヘン』なおかーさんとおれを一緒にするなってんだよ。 おれはぶくぶく、とお湯の中で口から息を吐いた。 うん。おれは今お風呂に入ってんの。 お風呂ってさ、考え事するのにいいよね。 「チハヤー、お父さん帰って来たよ。一緒にお風呂入っていいかってさ」 お風呂場の外からお母さんの声。 「うん、いいよー」 おれは慌てて返事をする。すぐ返事しないと、お母さん怒るんだよなー。 ウチってば、よそんちより厳しいみたいな気がする。そういうの。 でも、今のは迷う必要も無い事だから返事もすぐ出来た。 兄ちゃんじゃないけど、おれだってお父さん好きだもん。 一緒にお風呂入るのも好きだもん。今日は、おれが背中流すんだい。 お父さんの身体は、古い傷痕でいっぱいだ。やっぱ、忍者やってるとそうなっちゃうんだ ね。学校の先生だけをずっとやってたわけじゃないんだなって、おれにもわかる。 その傷痕は、お父さんの戦歴みたいでカッコイイ。 お母さんの身体も傷痕が多いけど、やっぱ何だか…お母さんの白い肌に残ってしまった傷 痕は、おれ、カッコイイって言うより…可哀想だって思っちゃう。 だって、お父さんの顔にもお母さんの顔にも、同じ様な傷痕があるけど。 それも、お父さんのはカッコよくて、お母さんのは可哀想な感じに見えるんだ。 お母さんのは目の上だから、余計痛そうな感じに見えるし。 こんな傷痕が無かったら、お母さんはどんなに綺麗だったろうかと思っちゃうもの。 でも、今のおれより小さな頃から忍やってんだもんな…仕方ないよね。 お父さんがガラリ、と戸を開けて入ってくる。 「おかえりー、お父さん!」 「おう、ただいま。…チハヤ、もう身体洗ったか?」 ううん、とおれは首を横に振る。 ホントはちょこっと洗ったんだけど、まだだって言ったらきっとお父さんはおれと背中の 流しっこをしてくれるから。 お父さんに背中洗ってもらうのは、すっごく気持ちいいんだ。 「そっか。よし、洗ってやる。上がって来い」 ほらね。 「うん!」 お父さんはいきなりおれの頭の上からざばあ、とお湯をかける。 「うぷっ…お父さん!」 「何だあ? お前まさか、頭洗いたくないなんて言うんじゃなかろうな?」 「ち、違うよ…でも、頭は昨日洗ったもん」 「バカ。毎日汗かいてるんだから毎日洗え。おら、目をつぶってろ」 ひゃっと冷たいシャンプーの感触。 そして、大きなお父さんの手。しっかりした指でがしがしと頭を洗われる。 んんん、これもなかなか気持ちいい… その時ガラ、と風呂場の戸が開いた。 「あー、チハヤいいなー、お父さんに頭洗ってもらってるー」 …マジに羨ましそうなその声は…… 「おう、チドリ。今帰ったのか。お前も入っておいで」 ウチのお風呂場は結構広いから、チドリ兄ちゃんが一緒に入っても狭くはないけどさ。 「はい!」 ああ、兄ちゃん嬉しそう…そんなにとーちゃんと風呂入るのが嬉しいのか…… ………嬉しいんだろうな。 兄ちゃんとお父さんの帰り時間がぶつかる事は滅多に無いから、最近兄ちゃんお父さんと お風呂なんて入ってないはずだし。 「チドリ、お前最近調子良さそうだな。担当の上忍先生からまた受験の打診があったぞ」 お父さんの言葉に、兄ちゃんはちょっとフクザツな表情になる。 兄ちゃんが中忍試験受けないのは、お父さんが許してないからだって担当の先生も知って るから、お父さんの方に話を持っていくんだ。 「……まだ、それ程難度の高い任務はこなしていませんから……まだ、中忍試験は早いっ ていうお父さんの意見の方が正しいと思います。正直、自分だけなら何とかなりそうな気 がしますが……出来たら、仲間全員で合格したいんです。先生は、僕だけでも合格すれば いいと思っている感じがします」 お父さんが優しく微笑んだ気配がする。 「…そうだな。お父さんも、お前が合格できそうも無いから『早い』と反対しているわけ ではないよ」 うん。 『早い』のは、兄ちゃんじゃなくってその仲間達の方だって、おれにもわかる。 兄ちゃんより年上だけど、あいつらは言ってみれば『トシソウオウ』っての? まあ普通 のレベルなワケよ。 兄ちゃんと一緒に試験受けたら、あいつらは確実に兄ちゃんの踏み台だね。 兄ちゃんはそれがわかってるから試験受けたくないんだ。自惚れでも何でもなく、それが 現実なんだから。 お父さんが反対してくれて、かえって助かってるんじゃ……ああっそっか。……アカデミ ーの教務主任やってるお父さんが反対すれば、いくら上忍の先生だって無理に受けさせら れないから…だから…お父さんは、兄ちゃんの代わりに反対して…あげてたんだ…… 兄ちゃんも、少しだけ微笑んだみたい。 「…はい、お父さん」 兄ちゃんにとっては、先生や試験官に認められるより、お父さんに認めてもらうのが一番 嬉しいんだろーな。 ……実は、おれもそーだもん。 お父さんや、お母さんに「よくやった!」「上手くなった!」って言ってもらえるのが一 番嬉しい。 「チハヤ、耳栓して目ぇつぶれ」 おれは咄嗟に目をぎゅっとつぶって耳に指を突っ込んだ。 ざばざば、と続けざまに頭にお湯をかけられる。 「チハヤの髪は綺麗だね。お母さんそっくりだ」 兄ちゃんがそう言いながらおれの顔にタオルを押し当てて拭いてくれた。 でも、おれは素直に喜べなくて。ちょっと膨れっ面になっちゃったかもしれない。 だって『お母さんそっくり』っての、おれには禁句なんだってば! …でも、兄ちゃんはソレ知らないもんなー… 「なーに膨れてんだ、チハヤは。カカシさんに似ているのが嫌だなんて言ったら、お父さ ん怒るぞ?」 お父さんの声は笑っていたから、怒ってないってわかっていたけど。 「……イヤ…じゃないもん。でも、男の子はキレイじゃなくたっていいんだい。…おれ、 見かけだけお母さんに似てても……嬉しくないもん…」 あ、いけね。本音出ちゃった。 チドリ兄ちゃんは黙ってタオルでぐりぐりとおれの頭をふいてくれた。 お父さんはすぐには何も言わない。 けど、思わず漏らしたおれの気持ちを、お父さんはわかってくれたみたいだった。 大きな掌が、ポンと頭に乗せられる。 「…バカだな、チハヤは。…確かにお前はお母さんによく似ている。でも、チハヤはカカ シさんにならなくてもいいんだ。 チハヤはチハヤ。……お前は、お前のなりたいものに なればいい。そうなるように努力すればいい。もちろん、チドリもな。たとえばな、お父 さんはお前達が忍になりたくないなら、それでもいいんだ。お父さんやお母さんが忍だか らって、その子供まで忍にならねばならない掟など里にはない。ただ、特別な術は血で継 承される事が多いから……忍の子は忍になる事が多い…それだけなんだよ」 そして、お父さんは照れくさそうに笑った。 「…お父さんな、初めてカカシさんに逢った時、なんて綺麗な『色』を持った人なんだろ うって…そう思った。……チハヤは、お母さんのその綺麗な色をもらったんだぞ」 おれが兄ちゃんをそっと見ると、兄ちゃんは微笑んで頷いた。 お父さんは兄ちゃんの頭にもお湯をぶっかけて、洗い始める。 「チドリは俺に似ちゃったけどな。まあ、顔がカカシさんに似たから勘弁してくれ」 兄ちゃんは黙ってクスクス笑ってる。 おれ、知ってるもんね。兄ちゃんはお父さん譲りの黒髪が嬉しいはずなんだ。 おれはタオルに石鹸をこすりつけて、お父さんの背中を洗い始めた。 「お、背中流してくれるのかチハヤ」 「うん」 お父さんが兄ちゃんの頭を洗って、おれがお父さんの背中を流す。 まさしく『親子で風呂』の図だよね。 そこへ、お母さんが顔を出した。 「イルカ先生、まだかかります…? 食事の……あ、いーなー。みんなで洗いっこして〜 …お母さんもまざるっ」 お父さんは少し慌てた。 「カカシさん、チドリやチハヤももう大きいんですから…」 「だから何ですか?」 あー、お母さん完全に一緒に入る気だ。もう脱ぎ始めてる…… 「チドリ、お前今手ぇ空いてるでしょ? お母さんの背中、流してね」 「……はい、お母さん…」 あああ……お母さんに逆らえるわけないんだけど。 兄ちゃん、恥ずかしそう……… 「カカシさん、台所の方は大丈夫なんですか?」 「あ、はい。火は落としてあります」 お父さんももう諦めたな。ホントお父さんはお母さんに甘いんだから。 お母さんの希望は大抵通るんだ、ウチの場合。 親子四人全員で風呂に入ってしまうってーのもウチくらいかもしれないなあ…つーか、こ こで男ばっかのお風呂場に入ってくるのってウチのお母さんくらいかも… まあ、いっか。 仲がいいショーコだもんね。 「あー、気持ちいい。久し振りだー…やっぱ、誰かに背中流してもらうのっていいねえ」 お母さんは嬉しそうに笑って、そして肩越しにおれ達の方を振り返る。 「今日はね、ちょっとだけご馳走なんだよ」 おれはみんなの疑問を代表して口に出した。 「えー? どうして? お母さん」 「そりゃーお祝いに決まってるでしょ」 そして、お父さんの眼を見てにこ、と笑った。 「今日、病院行きました。……2ヶ月ですって」 お父さんは兄ちゃんもおれも放り出してお母さんの手を握った。 「もしかして3人目ですかっカカシさんっ!」 お母さんはポッと頬を染める。 「ハイ」 3人目って…3人目って事は……うあ〜〜〜、お母さん、赤ちゃん出来たんだ―――! お父さんに放り出された兄ちゃんもめげない。お母さんに良く似た笑顔をおれに向ける。 「…じゃあチハヤ、来年はお前もお兄ちゃんだね」 あああっ! …そっかー、うわ、うわ、すげえ。おれ、『お兄ちゃん』?! 「おかーさんっ! 弟? 妹?」 勢い込んで訊くおれに、お母さんは笑って首を振った。 「まだわかんないよ。生まれてからのお楽しみ。…でもチハヤ、どっちが生まれても可愛 がってあげてね?」 おれは思いっきり頷いた。 「うんっ!!」 ああ、何だかおれ嬉しい。おれの弟か妹が生まれるんだ。 おれ、いいお兄ちゃんになる! チドリ兄ちゃんがしてくれるみたいに、美味しいオヤツ はあげて。困っていたら助けてあげる。絶対いじめたりしない。 チドリ兄ちゃんはさっさと泡を落として、おれにもお湯をぶっかけて、そしておれの手を 引っ張った。 「あがろう、チハヤ。お父さん、お母さん先にあがるね」 えー? 何で? 兄ちゃんまだ頭しか洗ってないじゃん。 でも、兄ちゃんは俺の手をどんどん引っ張って、風呂場から出てしまった。 ちらりと後ろを振り返ると、お父さんが気恥ずかしそうに苦笑して、すまんな、という仕 草をした。 お母さんは……こっちなんか見ちゃいねえ。 あ、そーかわかった! こーゆー時のウチの親は、イチャつくもんなー、絶対。 兄ちゃん気を利かしたわけだ。 おれは脱衣所で身体を拭きながら兄ちゃんにこっそり訊いた。 「ねえ、お父さんとお母さん、いつ赤ちゃんつくったのかな」 兄ちゃんは無言で真っ赤になった。 ? 何で? 何で赤くなるの? 白状すれば、おれは正しい赤ん坊の作り方なんてまだ知らないんだ。だけど、たぶんお父 さんとお母さんが何かするんだろうと思っていたからそう訊いたのに。 兄ちゃんはおれを脱衣所から引っ張り出して、囁く。 「チハヤ、いい? それ、お父さんやお母さんに訊いちゃダメだよ?」 「なんで?」 「なんででも。…そのうち、教えてあげるから。それより、お腹に赤ちゃんがいるって、 大変なんだよ。これからうんとお母さんのお手伝いをしてあげよう。…ね?」 おれは、兄ちゃんの優しい物言いと笑顔にそれ以上訊けなかった。 取りあえず、うん、と頷いておく。 まあ、チドリ兄ちゃんは嘘つかないから。教えてくれるって言った事は絶対教えてくれる はずだから、待ってよっと。 来年は5人でお風呂、入るのかな。 きっと、入るんだろうな。 その賑やかな様子を想像するとおれは楽しくてなってクスクス笑った。 「チハヤー、服着たらテーブル拭いてー」 兄ちゃんはもう着替えて台所に向かっている。 「今行くー!」 おれもグズグズ言ってないで頑張らなきゃね! だって、お兄ちゃんになるんだもん。 おれは頭からシャツを被って、兄ちゃんの後を追いかけた。
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100000HIT記念SS、『結婚10年目のイルカカ夫婦』でございました…次男視点の。 アンケートを実施した際、『夫婦茶碗のシリーズ内の話がいい』と仰って下さった方が 多数いらっしゃいましたので、その中から佐倉勇吹様の『夫婦茶碗シリーズのチドリく んがアカデミー生徒ぐらいのお話』を書かせて頂きました。佐倉さん、ありがとうござい ましたv 実際はチドリはもう下忍で、その次男がアカデミー生でしたが。 次男のチハヤ君は『千早』ですか…漢字をあてると。『千羽矢』ってのも考えたんです が妙に凝っても仕方ないな、と。普段カタカナ表記だし。(笑) チー君2号。(<怒りそう)ミニカカシ。(<可哀想) 妙に出来のいい兄貴を見て育ったので、本当は優秀なのにどこかイジケている不幸 な子。…そしてブラコン。(爆) んでもって、兄貴はファザコン。そして万年新婚夫婦な両親。 ちなみに3番目は女の子の予定。…イルカパパ、猫可愛がりしそうですね。 ………えーと…^^;……チハヤ君がグレない事を祈ります…… (10歳で正しい子供の作り方を知っているチドリ君も、まっとうに生きて欲しいものだと。) チハヤ君は10年後くらいには背丈だけはお兄ちゃんに勝てる予定。ガンバレ。(笑) 2003/3/30 |