空を寿ぐ

 

『誕生日』が特別な日だなんて、知らなかった。
―――というか、そもそも『誕生日』なんてモノ自体、先生に教えてもらうまで知らなかった。

ジィちゃんは、山での狩りの仕方や、忍術しかオレに教えてくれなかったから。
そのジィちゃんが死んじゃって。
本当ならオレはあのまま、山の中ずっとひとりでいたのだろうけれど。
偶然か、はたまた奇跡か。
オレはあの人に出逢うことが出来た。
保護者をなくしたオレを、あの人は当たり前みたいな顔で引き取ってくれたんだ。

オレの誕生日。
それは、あの人に出逢った日。
オレの世界が変わった日。



「…お祝い?」
「そうだよ、カカシ。誕生日っていうのはね、お祝いするべき日なのだよ」
「………何で?」
「だって、そうだろう。人生の出発点だよ。その日生まれなかったら、この世にいないんだから。誰にとってもめでたい日だし、嬉しい日であるべきなんだ。そして、歳を重ねるごとに、それまで生きてこられたことに感謝する。それが誕生日だ」
孤児のオレを自分の家に置いてくれたその人は、そう言ってニッコリ笑った。
「カカシの場合は、本当に生まれた日はわからないけれど。…でも、カカシがこの里へ来た日は、誕生日と同じくらい重要な意味があるから。…ちょっと遅れちゃったけど、お祝いしようね」
その人は大きな手で頭を撫でてくれた。
その時のオレには、『お祝いをする』っていう言葉の意味も、よくわからなかったのだけど。
ジィちゃんとはもう二度と逢えない。山に戻る事も出来ないのだということをオレなりに理解したばかりで。
そうして目の前にいるこの人が、これからはジィちゃんの代わりなのだと。『服従』すべき相手なのだと悟ったから。
この人の言う事は聞かなきゃいけないんだと思って、大人しく頷いたのだった。

『お祝い』とは、今まで見た事も無いふしぎな食べ物を食べ、『贈り物』というモノをもらって、「オメデトウ」と言われることだった。
オレはすっかり戸惑ってしまって、どうしたらいいのかわからない、と正直に言った。
だって、『お祝い』なんて初めてだったから。
(もっとも、山を下りてからは初めてのことだらけだったけど)
そしたら、その人は「オメデトウ」と言われたら、「アリガトウ」と言えばいいのだと教えてくれた。
「アリガトウ」って言葉は知っている。
ジィちゃんも、時々言ってたから。
ジィちゃんのお手伝いをしたり、ジィちゃんの好きな食べ物を採ってきたりした時、そう言って笑ってくれた。
だから、何かしてもらった時に言う言葉なのだということは、何となくわかっていたから、オレも真似してたけど。
………でも。
「『オメデトウ』って、どういう意味?」
その人は、何だか困ったような顔をして笑った。
「んー、何て説明したらいいんだろうね。祝福の言葉なのだけど。…祝福って、わかるかな」
「わからない」
「………好い事があって良かったね、という意味だよ」
「………『オメデトウ』には『アリガトウ』なの?」
そうだよ、とその人は眼を細めた。
「………覚えること、いっぱいありそう」
「うん、そうだね。…少しずつ、覚えていけばいいよ。私が教えてあげるから」
「………『ワタシ』は、ヨンダイメっていうの? ホカゲっていうの? どう呼べばいい?」
今度は、その眼がいっぱいに開かれる。
「…ゴメン。名乗ってなかったね。…私の名前は、波風ミナト」
「ナミカゼミナト?」
「ミナト、でいいよ」
「ミナト?」
「そう」
その人の眼は、とても綺麗な空の色だった。

後日、彼の呼び方は『ミナト』に『先生』がつき、そのうち『先生』だけになっていった。
オレも、オレなりに世の中の事を学習した結果だ。
里で暮らすのは、山よりもいい事もあったけれど、オレの知る世界はどんどんフクザツになっていく。
それを言ったら、先生は笑って「それが人として生きていくっていうことだよ」と言った。
なるほど、山犬の世界は、もっとずっと単純だ。
強いか、弱いかだけ。
オレは山犬の世界の方がわかりやすくていいけれど。
残念ながらオレは山犬じゃない。ヤツらの仲間にはしてもらえない。
でも、ある意味『忍』の世界も、同じなのだと時々思う。
強い者が生き残り、弱い者は死んでしまう。
そして先生は、この木ノ葉の里では一番強い。
里に集う忍の頭。リーダーとなる雄だ。
オレは、この人を『服従すべき相手』だとした自分の判断は、間違っていなかったのだと確信する。
『言う事をきかなきゃいけない』ではなく、先生の言う事なら、何でも喜んできく。
先生が喜んでくれるのなら、何でもする。
いつの間にか、お天道様みたいに眩しい金色の髪と、空の色した綺麗な眼のこの人が、オレの世界のすべてになっていた。


そう、誕生日は特別な日。
中でも先生の誕生日は、とびっきり特別な日。
いっぱい、いっぱい、『オメデトウ』を言う日。
美味しいものを用意しよう。先生が、好きなものを、たくさん。
それから、贈り物も用意しなきゃ。
だって、『お祝い』する日なんだもの。

「先生、贈り物、何がいい? 何が嬉しい?」
そう訊くオレに、先生は笑って「そうだねえ」と少し考えた。
「カカシがお祝いにくれるものなら、何でも嬉しいと思うんだけど。………実はもう、もらっちゃったみたいなんだ」
オレは、先生が何を言っているのかわからなかった。
だって、オレはまだ何も贈り物をしていない。
「カカシが、私の誕生日をお祝いしたいって思ってくれた気持ち。………これがもう、私にとっては一番の贈り物になったよ」
先生は、にっこり笑った。
「ありがとう、カカシ」
「せんせい………でも………」
オレが先生と出逢ってから、初めての先生の誕生日はお祝い出来なかった。オレが、先生の誕生日を知らなかったからだ。
でも、今年は知っている。ツナデ様に教えてもらったもの。
だから、ちゃんとお祝いしたいと思っているのに。
何も知らなかった去年と違って、今ではオレも少しは里の中で暮らすことに慣れ、欲しいものはお金を出してお店で買うってことも、お金は仕事をすればもらえるんだってこともわかっている。
この間、オレは初めて仕事をして、お金をもらえた。
このお金は、先生の為に使おうって、決めてたんだ。
「オレは、先生に贈り物、したい。…何か、ちゃんとしたものを」
うーん、と先生は唸った。
「本当に、その気持ちだけで十分なんだけど………うん、カカシの言いたい事もわかる。じゃあねえ、いつでも持っていられるモノがいいかなあ。………任務で家に帰れない時も、それを見たらカカシを思い出せるように。だからね………」
「わかった!」
オレは、先生の言葉を最後まで聞かずに家を飛び出した。
ピピン、と来たのだ。
いつでも持っていられるもの。任務の時も持っていけるもの。
それは、『御守り』ってやつだ。
この間話をした中忍の人が、教えてくれた。
その人の無事を祈って、その人の『カノジョ』って人がくれたのだと言って、服の下から取り出してそっと見せてくれた。それは、小さな袋に入ってて、紐で首に掛けられるようになっていたんだ。袋の中には、キレイな石が入っていた。
先生が言っているのは、きっとああいうものの事だ。
オレは里の中を走りながら、それらしいものを売っている店を探した。
そして、やっと見つけたんだ。
先生の眼にとても良く似た色の、キレイな水色の石。
首に掛けられるように、もう紐もついていた。
これは御守りになるか、とお店の人に訊いたら、もちろんだと答えてくれた。邪気を払い、幸運を呼ぶ石なのだと。
贈り物にぴったりだと思った。
それを買ったら、オレの持っているお金は殆ど無くなってしまうけれど。
それでも良かった。

「先生!」
「ああ、良かったカカシ………すっ飛んで行っちゃったから、心配してたんだよ。…あのね、カカシ。私はね………」
オレは勢い込んで、包みを先生に差し出した。
「先生、誕生日おめでとう!」
贈り物だと言ったら、お店の人がキレイに包んで、ツルツルした赤いリボンもつけてくれたのだ。
「………え……っ………あ、ありがとう………」
先生は戸惑ったように、ぎくしゃくと包みを受け取ってくれた。
「カカシ………わざわざ、買ってきてくれたの………?」
先生は、何だか泣き出しそうに顔を歪めた。どうしよう。嬉しくなかったのかな。
オレ、何か間違えたのかな。
先生は、その場で包みをあけた。
「…………これは、護り石だね」
次の瞬間、オレは先生に抱きしめられていた。
「ありがと、カカシ。…すっごく嬉しい」
先生はしばらくぎゅうっとオレを両手で抱いて、それから腕の力を緩めてオレの方に石を向けた。
「………ね、これカカシが掛けて」
オレは言われた通り、石のついた紐を持って、先生の首にそれを掛ける。
先生の胸で、水色の石が揺れている。先生は、その石をそっと手で握り込んだ。
「大事にするね。ずっと持っている。任務の時も、持っていく。………本当に、ありがとう………」
良かった。
オレ、失敗しちゃったのかと思った。
先生は、嬉しいって言ってくれた。ずっと持ってるって言ってくれた。
「…おめでと、せんせ………」
「ありがとう、カカシ」


 

ずっと後になってから。
先生はあの時、オレの髪をひと房もらう気だったのだと、教えてくれた。
オレが稼いだばかりの報酬を、使わせるわけにはいかないと思ったのだと。
「…カカシの髪、白銀で綺麗だしね。御守りにしたらご利益ありそうじゃない?」
そうかなあ。…オレの髪にそんな効力は無いと思うけど。
「あ…じゃあ、御守りって点でははずしてなかったんですね?」
「んー、そうだね。それにやっぱり、カカシが選んでくれたものだと思うと嬉しかったしね」
先生は、あの時に言った通り、ずっとあの石を首に掛けてくれている。
外すのは、お風呂の時くらいだ。
それは何だかくすぐったくて、とても嬉しいことだった。
「………ねえカカシ。今年もお祝いしてくれる? だったらね、ちょっとおねだりしたいんだけど、いいかなあ」
先生は、悪戯っぽい瞳でオレを見ている。何だろう。先生がこんな事言うなんて、珍しい。
「………オレに出来ることでしたら」
うん、と先生は頷く。
「約束が欲しいんだ」
「………は?」
先生はスゥッと真面目な顔になった。
「………………カカシの、十六の誕生日。…先生は、ひとつ君にお願いをします。それを叶えて………いや、真面目に聞いて、答えをだして欲しいんだ。…そう、約束して?」
―――何、言ってるんだろう。………考えて、答える?
オレは、貴方の言う事なら何だってきくのに。
それにオレの十六の誕生日ってなんだ? まだ三年以上先の話じゃないか。
「ねえ、カカシ。………約束、して」
「………はい。………お約束、します」
先生は、「ありがとう」と言って満面の笑みを浮かべた。



 

でも、オレはその先生の『お願い』が何だったのか、知ることは永遠に出来なくなった。
オレが十六になる前に、先生は逝ってしまったから。

ねえ、先生。
貴方は何をオレに言うつもりだったのですか?
どんな願いを口にするつもりだったのですか?
それは、十六になったオレになら、叶えて差し上げられることだったのでしょうか。
あの時のオレではダメだったのですか?
―――本当にオレは、貴方にならこの命すらいつでも捧げたのに。


小雪のちらつく曇天を見上げる。
オレの世界を変えてくれた貴方。
貴方はもう、いないけれど。
それでも今日は、特別な日。貴方が生まれて、この世にあったことを寿ぐ日。


「誕生日、おめでとう。………ミナト先生………」

 

 



 

1/25 は四代目様のお誕生日。
ということで、お祝いSS。夫婦Verの師弟で。

もちろん、ミナトさんはカカシちゃんにプロポーズする気だったのです。
歳の差なんて気にしない。
(たぶんここの二人は15歳は離れている………)
ロリとか言われても気にしない。^^;
(ごめんね、クシナさん。このパラレル世界ではカカシさんが女の子なので、ミナトさんは彼女しか見ていません………;; あ、でもナルトは貴方の子供です、たぶん)

ちなみに、カカシの初めての贈り物は、トルコ石のペンダントでした。革紐の。
トルコ石って、人からもらった方が(パワーストーンとしての効き目が)いいのだそうですね。12月の守護石ですが、水瓶座の人(ミナトさんは水瓶座)を癒す石でもあるらしいです。

2009/1/24

 

BACK